京口紘人 VS. 久田哲也: 足りないのは速さか力か

はじめまして、安田智博です。普段は大学院で研究をしています。私の研究に関してはおいおい書いていきますが、ただこのノートでは、私事よりも読んだ本や論文、参加した諸々のイベントに関する雑感がメインになる予定です。
そういうわけでどうぞよろしくお願いします。

久田哲也というボクサーについて

私は、たまに縁もゆかりもない見ず知らずのボクサーの試合、すなわち応援を目的としないボクシングの試合を観戦することがある。ただし、あくまで試合当日に思い立って行くため、チケットの予約が必要ではないノンタイトルのものが中心である(もしくは、タイトルマッチでも当日券が買えるとき)。久田哲也の試合もまた、偶然その日時間ができて観に行った試合の一つにすぎなかった。2014年の戎岡淳一との試合だった。

後述するが久田のボクシングは、一言でいえばセンスを感じさせるボクシングであった。にもかかわらず、彼の戦績をみると意外と負けが多く、少々意外ではあったが、その理由も試合が進むにつれ得心がいくものであった。

久田のボクシングは、シャープで回転の速いパンチが魅力的で、上体は少し硬くみえたが、身体の軸もしっかりしていた。そこはどちらにもみてとることができる。ただ、久田は相手を倒しきる力をもっておらず、その鋭い回転では相手を仕留めれなかった。例えば、井上拓真や亀田和毅のようなボクサーにも当てはまるが、早い回転とコンビネーションは優れているものの、相手を倒すだけのパンチ力をもたないボクサーは一定数存在しており、久田もまた多分にその一人であった。

そして倒しきる力がないということは、試合を長引かせてしまうことに繋がる。試合をみていて、ボクサーとしてのポテンシャル自体(パンチや動きの速さ)ははたからみて久田の方が優れていたにも関わらず、戎岡のベテランの巧みにより随所でポイントを押さえられ、結果は引き分けとなった(正直久田が勝ったかなとは思ったが、引き分けでも仕方なし)。当時の印象としては、その頃の久田はたしか日本ランキング8位か9位ぐらいで、いろいろ惜しいという意味でも下位ランカー相応という印象だった。見ていて気になったところは他にもある。俊敏性はあるのに攻めこまれるとまっすぐ下がりがちで印象が悪かったし、相手との微妙な距離感を維持したまま試合を停滞させてしまう姿も良くはみえなかった。少なくともその日の久田は、良いところも悪いところも際立っていた。

私は帰りの道中、むずがゆい気分だったのを覚えている。いま思い返せば、その時の久田には、試合の流れを自分に引き寄せるための覚悟が希薄だったように思う。

その後の久田、そして京口紘人戦へ

その後、久田が日本王者になったと知り、当時の私の感慨を裏切ってくれたことを密かに嬉しく思っていた。2017年の角谷淳志との初防衛戦に足を運んだ。

たしかに戎岡戦のときの久田ではなかった。久田はパンチの交換のなかで強弱のパンチを上手く混ぜるようになり、さらにコンビネーションの冴えといった攻撃の幅も確実に広がっていた。相手の正面に立ちすぎないように左右へと俊敏に動くようになっており、久田のボクシングは相手を倒すというよりは、ギブアップに追い込ませる、もしくはTKOにまで持ち込むスタイルへと変貌していた。以前のときと同様、気になる箇所もいくつかみられたが、それでもそれ以上に積極的に前にも出るようになっていた。彼の覚悟を感じた。ボクシングのスタイルは、あえていえば上体の硬さから鑑みてゲーリー・ラッセルJr.が近いか。

たしかにこの3~4年で急成長した遅咲きボクサーであり、そうであるが故に知名度はまだほとんど無いに等しい。そして、いまだ名もなきボクサーが名のあるボクサーを倒すさまは、闘いの王道である。

(この動画の3分21秒からのシャドーは、パッキャオの動きを意識しているようにみえる。)

兎にも角にも、プロで煮え湯を飲まされながらもそれでも諦めずに一枚も二枚も殻を破って力をつけた姿は、応援したくなる条件の一つといえる。

その試合の展開については、実は久田が主導権を握っている。
王者の京口紘人は相手を倒せるパンチを持っているが、他方でときにその強打に頼り過ぎてしまい、相手につけこまれることもある。久田が京口の強打に付き合わずにポイントアウトできればチャンスはみえてくる(※ただし、久田に京口の強打を封じるだけのアウトボクシングのスキルがあるのかはわからない)。
だが京口は、前戦が不完全燃焼に終ったことから、今回はいっそう気を引き締めてくるだろう。久田には是非とも勝ってほしいが、ボクサーとしての実力も知名度も京口の方が上である。ただ京口のスタイルは確立しているので、久田の選択によって試合展開は大きく変わってくる。京口の強打を終盤まで封じることができれば、逆に倒すチャンスもみえてくるが、序盤から打ち合った場合は、京口の強打に見舞われる可能性が高い。久田がどのような選択を選ぶにしても、彼にとって幸あることを私は望む。


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?