遥かな尾瀬

 軽めの二日酔いで朝早く目が覚めたとき、頭痛と胃の痛みと同時に、なぜか頭が冴えているような錯覚に陥ることがある。しじみの味噌汁を買うために外に出てみると空気が心地よく感じられ、今日はなんだかいろんなことがうまくいきそうだと思える。しかしこれは酔いが継続しているからなのであって、実際に頭が冴えているなどということはないのだから、こういうときに何かを決断しないほうがいいと、過去の失敗から学習した。
 身体は水分を求めている。コンビニまで歩いてポカリを買って飲むが、本当はシャキシャキしたものが食べたい。水分の多いシソやミョウガ、ネギなどの薬味をこれでもかというくらい刻んで冷奴の上に乗せて食べたい。だがこんな時間にスーパーは開いておらず、コンビニにあるすでに刻まれた薬味ではなんとなくだめだという気がするのであきらめる。体内に取り入れる水分だけでなく、目でも瑞々しいものを見たいと思う。湿地に行きたい。もうミズバショウは咲いているんだろうか。何年か前にミズバショウを見に行って以来、夏が来れば必ず遥かな尾瀬のことを思い出すようになった。尾瀬は都会で荒んだ心をリセットするにはもってこいの場所だ。空も湿原も広々としていて、目の前に大きな山がそびえている。木道のそばには平地にはないいろんな花が咲いている。天国はこのような場所であってほしいと思う。
 実際のところ、自然の中に身を置いてリフレッシュしても、次の週にはまた元の生活の中で心は徐々に汚れていく。だが時々こうして昔見たよい景色を思い出すことで、一回一回思い出すことに大きな効力はないにしても、長い目で見ればやはり心を慰める助けとなっていることは間違いないように思う。酔った次の朝にはとくに思い出す。

2021年初夏の尾瀬ヶ原にて

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