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料理勝負 side A

 私は、ご飯にはうるさい。

 元来食べることが好きで、美味しいものをもとめることが趣味。そんな話を大学の食堂でしていたら、そのとき一緒にいた仲のいい男友達がこういった。

「じゃあ、俺の自信作を食べさせてやるから、今度うちに来いよ」

 私はすぐさま了承した。ちょっとやそっとのことじゃおいしいと言わない自信があった。そんな私に、おいしいと言わせるだけの自信が彼にもあったのだろう。いわばこれは、彼と私の勝負だった。

 そうして迎えた決戦当日。一人暮らしのそいつの家にあがりこむ。私にお茶を出してから、早速彼は台所へ。私は料理ができるまでのあいだ、リビングで一人テレビをつけて待つことにした。

 1Kの部屋は、料理をしている彼の姿がよく見えた。テレビを見ることにすぐ飽きて、私は彼をひつまぶし・・・じゃなくて暇つぶしに見ることにする。むむ、早くもお腹が減ってるようだ。

 きちんとエプロンをつけ、てきぱきと動く彼の後ろ姿は様になっていた。材料を切る音が途切れると、こんどはフライパンで炒め物をする音が聞こえてきた。ほんのりと、サラダ油のいい匂いが漂ってくる。私のお腹の虫が、ものほしそうにくう~、となった。

 そしてとうとう、料理が完成した。綺麗におわん型に盛り付けられたチャーハンが、私の前に現れる。立ち上る湯気は出来たてのそれで、食欲をそそられた。うむ、見た目は合格。

「お待たせしました。どうぞ召し上がってください」

 おどけた彼に促されるまま、私はいただきますと手を合わせてスプーンを手に取る。一杯すくって、あむっ、と一気に口に入れた。

 途端、口の中に旨みが広がった。玉ねぎ、人参、豚肉。具材の味がきちんとわかるのに、そのどれもが主張しすぎていない。調味料の塩コショウもアクセントになるだけでなく、風味付けとしての役割も果たしている。ご飯粒に紛れるように混ざったいり卵が、噛むたびにふんわりとした食感を伝えた。

 ゆっくりと味わって、それを飲み込む。想像以上の完成度の高さにおどろいて、思わず正面のそいつを見た。

「どうだ? うまいだろ?」

 得意げに笑うその顔をみて、心臓が一度大きく跳ねる。不意に、顔がだんだんと火照ってきたのがわかった。

 人生でなんども味わったことのある胸の高鳴り。それを自覚して、赤くなった顔をごまかすために、慌てて私は顔を伏せる。視線の先には、まだ湯気を立てるチャーハンがあった。このたった一皿、たった一口でこんな気持ちになるなんて、自分はなんて単純なのだろう。

 こうして私は、いとも簡単に胃袋を掴まれた。そうしてどうやら、しばらくは解放してもらえそうもない。悔しいがこの勝負、見事に私の完敗だった。

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