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sustainable と survival

コロナ禍以降、「sustainable」という言葉を、今まで以上に目にも耳にもするようになった。
そのまま「持続可能な」という意味で使われていて、環境破壊や気候変動などの問題に、事の発端はどうあれ企業や社会がマジメに向き合い出した事に関しては良い事だとは思う。

茅葺きに関わるものとしては「やっとか。」と言ったところで、身の回りの自然環境とダイレクトに関わるような職種は、持続可能性はデフォルトの思考なので、自然の持つ生成力や回復力を超えた量や速度の物事は、初めから実現不可能なものとして扱えませんし、扱いもしません。

世の中で「sustainable」を謳っている物事を見回してみても「どこがやねん!」っと突っ込みたくなるようなものも多いですし、それをブランディングの材料として、更なる消費を促すような物事も多いので、社会に本当の意味で定着するにはもっと時間はかかりそうです。

そして「sustainable」という理念が社会に拡がるほどに、同じくらい「survival」という実情も必要だなと思う。

日本みたいに地震や台風などの自然災害の多い国においては、非常時という事態に遭遇する機会も多く、いくら平常時に持続可能な暮らしをしていても、非常時においては半分も役に立ちません。

そして、ただ「生きる」のではなく、平常時も非常時も「生きのびる」事が可能な知恵を身体に入れて、それをいつでも引き出せるような状態でいる事が大切で、もっと言えば非常時に誰かを助けてあげる事が出来るくらいの存在になって平常時を生きる事が、本当の意味でsustainableという理念を体現する事だと思います。

南海トラフ地震も近いうちに来る可能性が高いという研究結果が出ていたりもしますし、集中豪雨やそれによる土砂災害も頻発しているので、いざという時にあたふたしないように、なんとか平常が保たれている今のうちに、ひとつでも非常時に活きる知恵を、身体にインストールしておきたいと思います。

とは言え自分自身もまだそこまででは無いので、自戒と備忘録も兼ねて。

相良育弥

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