川端康成 女性の描写①

会話文
要素:匂い、声

 安全剃刀の刃でそぐばかりで、そう言えば、ずいぶん頭を洗わなかったから臭いのだろうと、銀平はふとおびえたが、両肘を膝について頭を前に出しながら、石鹼の泡で髪をもまれているうちに気おくれはなくなって、
「あんたの声は、じつにいい声だね。」
「声……?」
「そう。聞いた後まで耳に残っていて、消えるのが惜しい。耳の奥から優にやさしいものが、頭のしんにしみて来るようだね。どんな悪人だって、あんたの声を聞いたら、人なつかしくなって……。」
「まあ? あまったれ声なんでしょう。」
「あまったれ声じゃないよ。なんとも言えないあまい声だけれどね……。哀愁がこもっていて、愛情がこもっていて、それで明るくきれいだね。歌うたいの声ともちがう。」

みずうみ(新潮文庫)

会話文
要素 女性自身の感情

「あんた、恋愛してるの?」
「いいえ。それならいいんですけれど……。」
「ちょっと……。ものを言う時は、そう頭をかきまわさないで……。声が聞きにくい。」
 湯女は指を休めたが、困ったように、
「恥ずかしくて、ものが言えなくなりますわ。」
「天女のような声の人もいるもんだね。電話で二こと三こと聞いても、しばらく余韻を惜しむだろうね。」

みずうみ(新潮文庫)

地の文
要素 比喩

 銀平は真実涙ぐみそうになっていた。この湯女の声に、清らかな幸福と温い救済を感じていたのだった。永遠の女性の声か、慈悲の母の声なのだろうか。

みずうみ(新潮文庫)

会話文
要素 女性自身の感情、天国

「あんたの国はどこ……?」
 湯女は答えなかった。
「天国か?」
「あら。新潟ですわ。」
「新潟……? 市?」
「いいえ。小さい町です。」

みずうみ(新潮文庫)

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