アザトカワイイ女の子に嫉妬するこけしの挑戦②
※この物語はフィクションです。
Ⅱ
いつも目に涙を溜め込んでいる彼女を見ていると、自分がもう少ししっかりしていれば、自分の気持ちをしっかり伝えて彼女と共に生きていく勇気を持つことができていれば、と思わずにはいられませんでした。
色々な恋をしてきました。とは言っても、今でも思い出すのは、肌寒い朝、どこを向くわけでもなく遠方を眺めながら、カーディガンの袖口を少しだけ長めにして両手でグーしていた彼女の姿です。
その朝、いつものように電車に乗って学校に向かおうと駅のホームに向かうと、いかにも私を待っていたかのように彼女はそこにいました。いや、それはただの妄想に過ぎないのかもしれません。そもそも会ったことのない彼女が待っているだなんて感情を抱くこと自体がおかしいのです。しかし、私はその遠くを見つめる佇まいを見た瞬間から彼女がスマホを眺めたり自らの髪型をチェックしたりするまでの様々な一挙手一投足を凝視していました。彼女がカーディガンの袖口を握りながら私を初めて見たとき、ふと意味深な笑顔を見せたことを今でも思い出します。
彼女が何を考えていたのか、彼女が何を望んでいたのか、さっぱり分かりません。しかし、その日から毎日のように彼女と同じ電車に乗るようになり(学校は違いましたが)、一応「寒いね」と話しかけると「寒いね」と返してくれるくらいの会話はできるようになりました。彼女は無口で人見知りなのかなと最初は思いましたが、全然そんなことはなく、気さくで喋りやすい人でした。ただ、単に喋りやすいだけではなくて、どんどん彼女のペースに引き込まれていくような感触がありました。会話の主導権というよりは、その空間全てを味方につけているかのような不思議な魅力が彼女にはありました。たまに彼女が小首を傾げたり、下唇を噛んだり、キョトンとした顔で私を見つめてきたとき、なんでそんなあざとい仕草や表情ができるのか、末恐ろしさまで感じました。
幼馴染の失意を簡単に受け入れられるほど、私は薄情ではないと信じていました。彼女は真剣に思い人への気持ちを語っていたし、私もその想いを応援したいと思っていました。しかし、彼女がいざ夢破れた瞬間に救ってあげられるのは誰なのだろう、彼女が辛くて仕方ない日々をひとりで生きていくことはできるのだろうかと想像したときに、パズルのピースは自分しかいないのではないかとふと思い立ったのです。それは別に嘘偽りの感情とは言い切れません。私は彼女のことを大切な存在だと思ってきたし、彼女もそれは大体同じだったのではないかと思うのです。まぁ、今思えばそんな気障な台詞を吐いて彼女と付き合い始めたことを後悔するのですが。
幼馴染のことは誰よりも理解しているつもりでしたが、いざ実際に付き合ってみると、どうも彼女は締め付けが厳しい女の子なのだということが分かってきました。「私のどこが可愛い?」というクソどうでもいい確認事項に答えるのはさほど苦じゃなかったですが(実際彼女は、奈良美智の絵のような離れ目の陰鬱な雰囲気の女の子というよりは、もっと目がくりくりとした丸顔の可愛い女の子だと思います)、私がどこで誰とどんな話をしたかを気にするのが面倒でした。そんなことは私の勝手であって気にするだけ取り越し苦労だと当然思っていました。私のことが信じられないのかとも思いました。ですが、私はそんなことを言えた立場の人間ではなかったですし、彼女はそんな私を全て見通していたのですね。
彼女がふと微笑み返してくれたときから、私はどうしても彼女のことが忘れられなくなっていました。日々彼女と会って話をするうちに、幼馴染に対する大切な思いとともに、この恋の進展を期待してしまう自分がいました。その造形は、誰が見ても振り返ってもう一度眺めてしまうような、吸い込まれるような大きな瞳とすんと通った鼻筋に、印象的な唇が色香を纏っているのに、年相応の柔らかな笑顔が愛くるしさも備えていて、いじらしくもありました。そんな彼女と触れ合いたいと思う気持ちはますます増していくばかりでしたし、本当の気持ちはいつか伝えなければならないと思っていました。
休日、どうしてもという幼馴染の彼女とともに出掛けようと電車に向かうと、いつものようにそこには彼女がいて、私たち二人に対してニッコリと笑いかけてくれました。同じ電車に乗り込み、3人で向かい合う形で座ることとなり、私は心臓がはち切れんばかりの思いをしました。いくら知り合いとはいえ、いきなり彼女と3人で一緒に話をする展開は意味が分かりません。事情も知らない幼馴染の彼女からすれば、この人は誰なのか、知り合いなのかと訝しんでしまうのももっともでしょう。私は、普段電車で学校に向かうときにお話している◯◯さんという紹介をして、彼女(〇〇さん)の方からも適当にその場を取り持ってもらえたけれども、彼女は、普段あれだけ聞いてるのにどうしてこれまで何にも言ってくれなかったのか問い詰めてきました。私はなぜそれを今この場で言ってくるのか、面倒くさいことは言わないでほしいと心底思い、「ただとりとめのないことを、2、3話すだけですよね」と彼女に同意を求め、彼女も一応頷いてくれたから、まぁその場は収まるかと思ったけれど、「本当に?」と怪しむもんだから、本当だと念押しするしかありませんでした。私は彼女も私の気持ちを察してくれていると思っていたし、彼女も私に少なからず好意を持ってくれていると思っていたけれども、それを口に出すわけにはいきません。そんな傲慢な感情を抱いた自分は愚かなんでしょうね。彼女が幼馴染に耳打ちで何か話しているのを見て、何を言っているのだろうと思いましたが、幼馴染の彼女がそれを聞いて妙に納得したような表情をしたのを覚えています。
その次の日から、私は彼女を全く見なくなりました。初めは風邪でも引いたのだろうかと思っていたのですが、3、4日経っても彼女が現れないのでおかしいと思いました。彼女に何があったのだろうか、もしかしたら、誰かに襲われて、怪我をしてしまったんじゃないか、あれだけ可愛くてあざとくて男ウケするような彼女に振り回されたと勘違いして危害を加えるような男がいてもおかしくないかもしれないと思いました。来る日も来る日も彼女のことを思って仕方がないのに、その気持ちは徒労に終わるのかと虚しさを感じながら日々を過ごしました。
それから1ヶ月ほど経って、幼馴染の彼女と、〇〇さんの話を久しぶりにしました。彼女からしたら聞きたい話でもなかったかもしれないですが、「あの時から彼女、どこか行っちゃったんだよね」と残念な気持ちを隠すこともなく伝えると、思いもしない言葉を彼女から聞くことになりました。
次回に続く