■ 「消せない消しゴム」
私はその辺にいる普通の高校生。
勉強ができるわけでもない、運動ができるわけでもない、ましてや彼女がいるわ
けでもない。ただ毎日をぼんやりと過ごしている、そんなどこにでもいる高校生。
ある日の塾の帰り道。ふと裏路地に目をやると、老婆と思われるそんな風貌の人が何やら座り込んでいる。
「あんな暗いところ、一人で座って何してんだ…?」
少年は立ち去ろうとしたが、まったく身動きしないその老婆が気になってしまう。
気付かれないよう遠目から観察することにした少年。
よく見てみると老婆の前には風呂敷が広げてある。
その風呂敷の上に何か乗っていて、立て札みたいなものがその横に置かれていた。
何かを売っているようだ。
少年は迷っていた。
当然何が売っているのか気にはなるが、だからと言って簡単に近づけるような勇気は持ち合わせていない。数分の葛藤があった。少年が意を決して近づいてみてみると、そこにはぽつんとひとつの消しゴムがたたずんでいた。
【消せない消しゴム】 500円
立て札にはそう書かれていた。
「あの…、これ何ですか?」
と少年は恐る恐るその老婆に聞いてみる。
「………………。」
老婆は無言でただじーっと一点を見つめている。
まるで僕の存在に気がついていないみたいだった。
「あの!すみません!!」
少年は少し声を張りその老婆に詰め寄った。
「この消せない消しゴムってどういうことですか?
消せないなら消しゴムじゃないじゃないですか?」
老婆は口元だけをかすかに動かしにやけた。その怪しいとても奇妙なその雰囲気に少年はたじろぐ。
「これは、消せない消しゴムでございます…。」
老婆はそう答えた。
少年は不気味に思い、すぐに帰ろうと思ったが何故かこの商品が気になって仕方がない。
その後何を聞いても老婆の反応はなく、口元はうっすらとにやけたままだった。
まるで操り人形とでも話しているような気分だった。
これでは埒があかないと思ったその少年は、少し高いと思ったがそれを購入することにした。
「おばあさん、それください。ちょっと高いけど面白そうだから買ってみるよ」
「お買い上げありがとうございます…」
自宅に着いた少年は時計を確認する。
時刻は遅く、そろそろ日付が変わろうとしていた。
とりあえず少年はその消しゴムがどんなものか試してみたかった。
ノートを取り出し、文字を消そうと試みる。
だが、文字は消えない。何度もこすって見るがまったく効果がない。
確かに消せない消しゴムだ。素材は消しゴムそのものなのになぜが文字が消せな
い。
「何だよ…、ホントに消せないじゃん…。買って損したわ」
少年は消しゴムを机に放り投げた。
放り投げた消しゴムの先には一枚の写真が置いてあった。
色ペンで色々描かれた写真。
「もしかしたらペンなら消えるかな?」
そう思った少年は写真と消しゴムを手に取る。
すると不思議なことが起こった。
「え、なにこれ…」
消しゴムで消した部分は確かに消えて白くなった。
しかし、ペンで書いた部分は消えていない。写真の印刷された部分だけが消えている。
少年はよくわからないまま消しゴムを使い続ける。どんどん写真の写っている部分が消えていく。
気が付いた時には、写真は真っ白になっていた。ただ、ペンで書かれた部分だけを残して。
ピピッ。
目覚まし時計から日付が変わったことを知らせる電子音がした。
ふと我に返る。
そして少年はもう一枚写真を机の中から取り出し、同じように消しゴムでその写真を消していった。
翌日、あるひとりの子が学校に来なかった。
次の日も、またその次の日も。
そしてここ数日何かがおかしい。何かいつもと様子が違っているような気がする。
少年はハタと気付く。そうだ、みんなあの子のことを話題にしていない。こんなに何日も休んでいるのに心配している様子のクラスメイトが全くと言っていいほど見受けられなかった。
普段あれだけ騒がしいあの子が数日も学校を休んだら話題に上がるだろう。
それなのにそんな雰囲気は一切感じられず、皆ただ、何気ない普段通りの日常を過ごしていた。
気になった少年は恥ずかしい思いを振り切り、担任の先生に聞いてみることにした。
授業が終わり、先生が教室を出ていく。あたりを見渡し、先生の後を追いかける。
廊下を歩く先生。生徒が周りにいなくなった隙を見計らい先生に駆け寄る。
「あの、○○さん、何日も学校に来ていないみたいなんですが何かあったんですか?」
先生は困ったような顔で首を傾げる。
「んー、誰だそれ?」
「いや、うちのクラスの〇〇さんですよ。いつも賑やかにしてて、先生もよく注意してるじゃないですか」
今度はびっくりした様子の先生が
「うちのクラスにはそんな奴おらんだろ。どうしたお前、何かあったのか?」
先生は逆に僕の心配をしているようだ。
「あ、なんでも無いです。僕の勘違いでした。失礼します」
僕は先生から逃げるように走り去った。
少年は家に帰り、中学校のアルバムを引っ張り出す。
しかし、そこにはあるはずの彼女の姿はなかった。
そして彼女の存在を知るのものは、誰ひとりとしていなかった…。
消しゴムは、まだ、机の中で眠っている。
ぼくの目は光を失った。もう、決して戻ることはないだろう。
(了)
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