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「管理職は愉快です」復刻版 第2回


第1章 冬~初心忘るべからず

1節 やるべきことをやる①

冬から始まる

 ものごとはすべて、動きの見えない「冬」から始まります。

 「冬」は、志を固め、基礎力を鍛える季節です。
 この季節にしっかりと志を固め、力を蓄えておかなければ、「春」以降の季節を愉快に過ごすことはできません。

 しかし、「冬」は苦しいばかりの季節ではありません。「冬」には「冬」の楽しみ方があります。

 ところで、ほとんどの人は教頭になるまでに「冬」を経験しています。
 教頭になったらすぐに、動き始める「春」を迎えることができるでしょう。
 ところが、私は教頭になってから「冬」を経験しなければなりませんでした。

 では、私なりの「冬」の楽しみ方をお伝えしましょう。

【極意1】やるべきことをやる

 2000年4月、私はL市立L高校へ教頭として赴任しました。
 8年ぶりの学校でした。
 教諭時代に教務主任も進路指導主事も生徒指導主任も経験していませんでしたし、教育局で担当した人事や秘書の仕事は教頭の仕事にはほとんど役立ちませんでしたから、知識不足、経験不足が甚だしい不安いっぱいの新米教頭でした。

 この年は桜の開花が遅く、赴任してから桜が満開になりました。
 満開の桜や当時流行していた福山雅治さんの「桜坂」の詞に励まされたのを覚えています。
 職員室から見る桜は特にきれいでした。
 しかし、職員室の住人は教頭一人だけでしたから寂しいものでした。

 桜に見守られながら悪戦苦闘したのは、出勤簿と動静表、週休日の指定簿、旅行命令簿の点検です。
 4つの書類が一致せず、当初はどこから手をつけたらよいかもわかりませんでしたが、一つ一つの書類を丁寧に読んでいるうちに直すところが見えてきました。
 すべてを一致させるのに3日間かかりました。
 文書や調査も山のようにあり、一つずつ前年のものを確認しながら片づけました。

 そのとき、前教頭のN先生からの引継書はどれほどありがたかったことでしょうか。

 引継書には4月1日にすべきことや4月当初の行事、提出物、起案等が具体的に示されていました。

 4月1日にすべきこととして示されていたことは、①管理職一覧表を高校教育課(現在の県立学校人事課です)へファックスする、②着任者へ春季休業中動静表を提出させる、③着任者のうち自家用自動車出張予定者に登録申請書を配布する、の3点でした。

 4月当初の行事としては、着任式と始業式、入学式があり、それぞれ教頭が話すべきことをまとめたファイルが残されていました。

 最後に「この辺りを乗り越えると落ち着きます」という一文を見たときは、前教頭の心遣いに涙が出そうになりました。

《心得2》準備を怠らない 

 着任式の司会や始業式・入学式の開式・閉式の言葉は教頭の仕事です。

 何度やっても緊張しますが、最初のときの緊張は格別です。
 教頭の言葉は「入学式を挙行します」「閉式といたします」など簡単なものですが、前日に書いた原稿を何度も読み返したものです。
 話上手で仕事も正確な先輩が、どんな時も必ず原稿を書いていたことや、どんな時も一つ一つ確実に点検していたことを思い起こして、頑張ろうと自分を励ましていました。
 不安を通り越し、ただただ夢中で、やるべきことをしっかりとやらなくてはならないと必死に体を動かしていただけでした。

 着任式や始業式、入学式などでは、教頭用の進行表をつくることをお勧めします。
 自分用につくることで進行に漏れがないかのチェックになりますし、自分自身の予習にもなります。
 何よりも手や口などの体を動かしていると、不安が和らぎます。
 しかも、しっかりと準備すれば、たいていの仕事は無事に終わります。
 そうして、やるべきことを一つずつやり終えていくと、心が落ち着き、仕事を楽しむ余裕が出てくるものです。

《心得3》2年目から引継書をつくる

 新米教頭にとっての引継書は、準備すべきものを示す指針であり、心の支えでもある大事なものでした。

 そこで、私は2年目から引継書の作成を始めました。
 理由は2つあります。

 1つは、後でまとめて作成しようとしても、忘れてしまってできないからです。
 年度当初から1年間かけて作成しないと、利用可能な引継書になりません。

 もう1つは、引継書を作成することで自分の仕事を整理することができるからです。
 整理すると、仕事が楽になり、仕事の楽しみが見えてきます。

 教頭時代の引継書は「初めての教頭のために」「教頭の一日」「4月当初の提出物、起案その他」「教頭の職務」の4つに分けました。

 「初めての教頭のために」については、自分がそうしていただいたように、必要最小限やっておくべきことに絞りました。

【初めての教頭のために】
▼4月1日にすべきこと(略)
▼4月当初の行事
2日(月)着任式
9日(月)始業式
9日(月)入学式
この辺りを乗り越えると落ち着きます
▼その他
ファイルを参照
在籍者数を教務主任と確認してください

 「教頭の一日」については、一般的かどうかはわかりません。

 私が送っていた教頭の一日に過ぎません。
 しかし、こうした一日を積み重ね、大過なくかつ大胆に教頭職を全うできたのですから、何かしらの参考にはなると思います。

【教頭の一日】
全教室のゴミ箱と教卓を拭き、太陽に挨拶(6:50~)
欠席・遅刻等の電話番(7:40~)
校長と打ち合わせ(8:10~)
事務長を含めて、校長と打ち合わせ(8:15~)
職員朝会の司会(8:30~)
駐輪指導(8:40~)
出勤簿整理、文書処理、旅行命令簿処理、起案処理、各種課題整理など
授業巡回(一日に一度はチャイムの鳴る前に各クラスを回ろうとした)
校長への報告・連絡・相談/職員室清掃(15:15~15:30)
各種委員会への出席(01年度は毎放課後、委員会があった)
全教室の見回り(17:00~)

 「4月当初の提出物、起案その他」については、「初めての教頭のために」をできるだけ少なくするため、別立てにしました。
 最初から「こんなに仕事があるんだ」とショックを受けて寝込まれたら困りますから。

【4月当初の提出物、起案その他】
▼提出物については、2001年度起案文書一覧を参照してください
起案については、01年度起案一覧の各ファイルを参照してください
▼管理職緊急連絡先
高校教育課学事担当へ提出/ファックスで/〆切4月1日(月)
▼01年3月高校卒業者の就職状況等に関する調査
指導課進路指導担当へ提出/〆切4月4日(木)必着
▼01年度教員別教科別週間担任時間数一覧表について
▼以下略

 「教頭の職務」については、市立L高校の教頭としての職務を具体的に示したものです。

【教頭の職務について】
▼服務/PTA/県教委/市教委/生徒/入試関係/部活動/教頭仕事/分掌/委員会等/教科/行事/月末処理/その他

【最後に】
市高をよろしくお願いいたします
かわいい生徒が沢山います
いい先生もいます
大変なことが多いと思いますが、市高をプライドの持てる学校にしてください

 前教頭からいただいた引継書を改訂して次の教頭へ託していくという作業は、思いのほか楽しいものでした。
 前任者の仕事や思いを引き継ぎ、できるだけのことを加えて次の人に引き渡すというつなぎ役を担うことで、自分の存在意義を実感することができました
 引継書を一年間かけて綴ることは、反省や展望の整理であり、つながりの確認であり、不易と流行の再確認でもありました。

 素敵な引継書をいただいた私は幸運でした。
 しかし、自分自身の心が温まるような引継書を最初につくり、次の人に残す人はもっと幸運です。

 次の人、その次の人と受け継いでいく最初の幸運の種を植えるのですから。
 管理職に幸運は必要不可欠ですので、幸運についてはいつかお話ししましょう。
 ここでは、心を込めた引継書づくりが幸運を呼び込むとだけ、お伝えしておきましょう。

(初出 2015年1月20日「内外教育」)


解説

 引継書って、単なる形式になっていませんか。
 形式してしまったら、もったいないと思います。

 私は、引継書に救われました。
 引き継ぐ相手のことを思いながら作成した引継書は、必ず役に立ちます。
 心を込めて、引継書をつくってみませんか。

《心得2》準備を怠らない
 心得2について、補足します。

 「準備・実行・後始末」という言葉を知っていますか。
 桜井章一さんが大事にしている言葉です。

 ものごとを遂行する際には、準備と後始末が大事です。
 しっかりとした準備ができれば、間違いなく実行できます。
 実行した後、きちんと後始末をすれば、実行したことが生涯の財産として残ります。
 そうして、自分の財産が増え、大きく成長していくことができます。

 準備の効能は、実行が確実になるだけではありません。
 準備は精神安定剤にもなるのです。
 一所懸命に準備していると、気持ちが落ち着いてきます。
 準備に集中すると、余計な心配をしなくても済みます。
 そうすると、本番でも、焦らなくて済むのです。

 どんなに慣れてきても、準備は怠らないことです。
 できる人ほど、周到に準備しています。

《心得3》2年目から引継書をつくる
 この心得は、初めての教頭や初めての校長のときに有効なものかもしれません。

 実は、2校目の校長のとき、教育長のとき、引継はありませんでした。
 「あなたの好きなようにやりなさい」
と言われ、引継なしで、パソコンのファイルも全て消去されていました。
 残っていたのは、歴代校長の入学式と卒業式の式辞だけでした。
 私をよく知る方でしたので、私が先輩の式辞を参考にしないことを見抜いていたのでしょう。

 確かに、後任が自分で何とかしてしまう人であれば、詳細な引継書はいらないかもしれません。
 私の場合、先輩は私に「過去に囚われず、自分の信じる道を行け」と叱咤したのだと思っています。

 私が残した《心得》も、鵜呑みにせず、自分で取捨選択して活用してください。

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