「管理職は愉快です」復刻版 第4回
第1章 冬~初心忘るべからず
2節 できることからやる①
【極意2】できることからやる
いつまで待たせるんだ
「やるべきことをやる」という日常業務との格闘が落ち着き始めたのは夏頃でした。
その頃から教職員の声が聞こえてくるようになりました。
「1年目の教頭には、なかなかわからないでしょうが、いろいろと課題があるんです」「学校の実態を見てください」「教頭はちっとも管理棟から出ていかないんですね」などの耳に痛い意見です。
新米教頭を立ててくれる大人の先生方ばかりでしたが、さすがにいつまで待たせるんだと声を上げ始めたのでしょう。
《心得6》教職員は役職を立てている
ところで、教職員は基本的に教頭や校長を立ててくれます。
しかし、それは人格や能力を認めているからではありません。
教頭や校長という役職に対して敬意を払ってくれているのです。
それを自分の管理職としての力量が認められたと勘違いしては、学校運営はうまくいきません。
教職員が役職に敬意を払うのは、組織で仕事をしているためです。
児童生徒と教員との間で授業が成立するのも、学校という組織や制度に守られているからです。
学校という組織においてそれぞれが与えられた役を演じるので教育活動が機能することを、教職員は本能的に知っています。
ですから、管理職を立てるという演技をして、組織を守っています。
これはとても大事なことです。
教職員が立ててくれるお陰で、能力がそれほど高くなくても管理職は務まります。
教頭であれば教頭という役を演じるために必要な知識や振る舞い方などをある程度身につけておけば、特別に秀でた能力がなくても務まるのです。
管理職の教科指導力
そのことを知っていた教員だったのでしょう。
彼からこんなことを言われました。
「管理職になる人というのは、教科指導に自信のない人が多いですよね。教頭先生も教科指導が苦手だったのですか」。
教科指導やクラス経営の楽しさを選ばずに、管理職の道を選んだわけですから、誤解されてしまうのも仕方ないことかもしれません。
「人は良くも悪くも誤解する生き物」ですから、無理して誤解を解く必要はありません。
無理に誤解を解こうとすれば、余計に誤解されるだけです。
管理職は教科の指導力がないと思いたがる教員は、自分の指導力を誇りたい教員です。
そういう教員は「ほめて活かす」とよいでしょう。
授業観察をしたときによさを正確に指摘したり、そのよさを他の教員へ広めたりしていると、自然にこちらの教科指導力を理解するようになります。
近ごろ、管理職には以前より教科指導力が求められるようになりました。
全教員の授業観察を行い、適切な指導講評をしなければなりません。
現在、教諭の方は、今のうちに思い切り授業研究を実践しておいたほうがよいでしょう。
教諭時代にそれほど熱心に授業研究に取り組んでこなかった人は不安になるかもしれません。
しかし、大丈夫です。
安心してください。
管理職になったら、授業観察に励めばいいのです。
すぐれた授業を行っている教員の授業を何度も見ることです。
指導講評は後回しにして、よい授業を数多く見て回るのです。
実にたくさんのことを学ぶことができます。
教諭時代に知りたかったと思うことがしばしばです。
こうして学ぶうちに具体的な指導講評ができるようになり、教員からの信頼も得られるようになります。
ともあれ、教職員は役職に敬意を払い、役職を立てていることを自覚する必要があります。
そして、そのことに感謝する姿勢が大切です。
いつまでも未熟ではいられない
さて、この年の夏、国際ビジネス科の生徒29人を引率してロサンゼルスへ研修旅行に出かけました。
3年間積み立てをしてきた希望者が参加する研修でしたが、次第に希望者が減り、最終的に女子だけの参加となりました。
女子生徒たちと一緒に過ごすなかで彼女たちからたくさんの元気をもらい、彼女たちに何かしてあげたいと思うようになりました。
帰国後、必死でこれから何をしようかと考えました。
いつまでも未熟ではいられません。とにかく行動しようと決心しました。
決心したものの、そう簡単にやるべきことが見つかるわけはありません。
課題を見つけても、解決策を見出すのは容易ではありませんし、解決する力があるかどうかも怪しいものです。
しかし、決心したのですから、始めることにしました。
何をするかについてはわからないので、できることをやるよりほかに考えようがありません。
「できることからやる」と、愉快なことが生まれてくる
2番目の極意を「できることからやる」にしたのは、そうするしかなかったことなのに、やってみたところ、想定外なことが生まれた経験をしたからです。
「できることからやる」と、愉快なことが生まれてくるようです。
「下手の考え休むに似たり」といいます。
考え込んで行動をためらっているより、できることを探して行動してしまったほうが、何かに、誰かに、出会うものです。
行動すると、自分という人間の器や無知が露わにはなりますが、いずれ知れることです。
飾ることはありません。
見られることより、見ることを心がけたいものです。
昔の人も「人の己を知らざるを患えず、人を知らざるを患うるなり」と言っています。
人を知ろう、ものを見よう、と行動する姿勢が大事です。
とにかく「できることからやる」と一歩踏み出してしまうことです。
《心得7》案ずるより産むが易し
一歩踏み出してしまうと愉快なことに出会うようになるのですが、そう言われてもなかなか一歩を前に踏み出すことができないのが人間です。
私は当時、「案ずるより産むが易し」という言葉を呪文のように唱えていました。
「できることからやる」と一緒に覚えておくといいかもしれません。
「案ずるより産むが易し」とともによく唱えた言葉が、「今より早いときはない」という言葉です。
これはもっと早くにやればよかった、今からでは遅すぎるのではないか、とくよくよと悩んでいるときに唱えました。
過ぎてしまった過去には戻ることはできません。
とすれば、私たちにできる一番早いときは、今です。
この言葉を思いついたのは、高校生の頃でしたでしょうか。
遊びすぎてのことでしたか、ほっつき歩いての末でしたか、朝方に家に帰るときがありました。
怒っている父親の顔を浮かべながら、「今より早いときはない」と唱えて玄関の戸を開けました。
しかし、結局、叱られなかったように記憶しています。
さて、5カ月前に「できることからやる」べきだったのでしょうが、悔やんでみても仕方ありません。
今、始めることが一番早いときなのですから、今、始めることにしました。
踏ん切りをつけるときの呪文
「案ずるより産むが易し」も「今より早いときはない」も、踏ん切りをつけるときの呪文です。
皆さんも踏ん切りをつけるときの呪文を一つか二つ持っているといいと思います。
始める前にはぐずぐずするのが人の常ですから。
愉快に生きるためには、ぐずぐずを断ち切る意志決定が必要です。
ぐずぐずを断ち切る意志決定を下すためには、呪文が必要です。
愉快に生きるためのアイテムだと思って、自分用の呪文を用意することをお勧めします。
ところで、東京大学大学院教授の高橋伸夫さんによると、「人生は、勢いでしか決められない重大な意思決定と、熟慮に基づいたつまらない意思決定とで彩られている」そうです。
では、「できることからやる」という意志決定は、重大な意志決定でしょうか。
それとも、つまらない意志決定でしょうか。
「案ずるより産むが易し」や「今より早いときはない」の呪文で勢いをつけて決めたのですから、高橋さんの主張が正しければ、重大な意志決定と言えそうです。
という理由から、「案ずるより産むが易し」や「今より早いときはない」の呪文で勢いをつけて「できることからやる」ということは、重大なことであると思うことにしました。
重大なことに携わると、愉快なことに出会う確率も高くなりますから、「できることからやる」という極意は愉快を生むと信じています。
なにやら怪しい論理展開ですが、信じる者は救われます。
(初出 2015年2月17日「内外教育」)
解説
《心得6》教職員は役職を立てている
一般的に、人は、人物に敬意を表するのではなく、役職に敬意を表します。
それは、本能的に組織に守られていることを知っているからです。
このことは、肝に銘じておく必要があります。
決して、自分という人物を尊敬しているのではありません。
教頭や校長という役職に対して敬意を表しているのです。
それぞれが就いている役職の責務を果たしているので、組織として機能しているのです。
ですから、教頭としての職務は全うしなければなりません。
しかし、教頭の責務と言われても、期待されている職務は膨大ですし、人によって期待も異なります。
どうしましょうか。
整理しておいた私家版「教頭の職務」のできることからやることにしましょう。
実は、学校という職場では、とても厄介なものがあります。
それは、人望です。
人望のある管理職の下では、教職員は協力的で学校が生徒たちにとってもどんどん魅力的になっていきます。
この人望については、追々触れることにしましょう。
《心得7》案ずるより産むが易し
この当時は、「案ずるより産むが易し」を呪文にしていましたが、後には「愉快、痛快、爽快」を呪文、すなわち口癖にするようになりました。
どんな呪文を持つかで、その人の人生は変わっていくようです。
自分用の呪文を身につけて、魔法使いになってしまいましょう。
最近、孫たちを魔法使いにしてしまおうと企んでいます。
様々な呪文を身につけてもらおうと考えています。
生徒たちを魔法使いに育てる学校を作ってしまうのも面白いかもしれません。
管理職には自校を魔法使い養成学校にしてしまう力が与えられているのです。
愉快でしょう。
この記事を読んでいるあなた、管理職になってみませんか。
子どもたちを魔法使いに育てるのは、愉快ですよ。
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