「管理職は愉快です」復刻版 第10回
第2章 春~基本の型を身につける
2節 志を継ぐ②
《心得19》前任者の志は全力で継ぐ
前校長の志「基本的生活習慣の確立」
県立T高校長のときには、L前校長の志「基本的生活習慣の確立」を引き継ぎました。
どの学校でも基本的生活習慣の確立には力を注いでいます。
しかし、守らない生徒が増えてしまうと、学校全体で基本的生活習慣を確立することは困難です。
当時のT高校もそうした状況に陥っていました。
歴代の管理職や教職員も努力をしていたのですが、生徒たちの「あの先輩はどうして守らなくていいの。不公平よ」という声に押され、年度当初の指導を年度末までやり通すことができないという失敗を繰り返していました。
それを断ち切ろうと全力で取り組んだのが、L前校長でした。
茶髪の一掃を掲げ、担任指導に始まり、学年指導、生徒指導主任指導、校長指導と学校全体で指導する体制を作り、1年間頑張り通しました。
遅刻指導の徹底も図り始めました。
さらに、制服変更を決め、翌年の1年生から制服が一新されることになっていました。
私が引き継いだのは、指導徹底2年目、2004年の春です。
徹底前を知る生徒たちは2年間で卒業しますから、もう1年間だけ頑張り通せば指導を徹底できるはずでした。
しかし、徹底までに3年間を要してしまいました。
茶髪ゼロを成し遂げたのは2006年の春。
1年生から3年生まで全員が新しい制服になっていました。
改革を開始するときと継続するとき
志を引き継ぐには、前校長が始めた方法をただ継続すればよいわけではありません。
改革を開始するときには一点に集中する必要があります。
一方、改革を継続するときには一点に集中しつつ、全体に目配りする必要があります。
そこで、厳格な指導を引き継ぎながら、一人一人を温かく見守る風土づくりを心がけました。
登校する生徒への挨拶や自転車そろえ、ほめ励ますハガキ、チャイム着席指導など、新たな取組も取り入れました。
記憶に残る出来事
基本的生活習慣の確立を目指して取り組んだなかで、記憶に残るエピソードを一つ紹介しましょう。
2年生の女子生徒たちが化粧指導に不満で、校長室に押しかけてきた騒動についてです。
T高校2年目の9月16日の昼休みのことでした。
訪れた女子生徒たちは、化粧指導が厳しすぎることや他学年も統一した指導をしてほしいこと、どうして化粧がいけないかの説明がなかったことなどを訴えました。
彼女たちの主張を聞き、化粧がいけない理由をじっくりと説明しました。
彼女たちは説明を静かに聞き、化粧を認めてほしいという本音は言わないで帰りました。
納得はしていなかったでしょうが、校長が正対して説明したことを認め、引き下がってくれたようです。
そんなかわいい彼女たちの行動を大事にしなければと考え、私も行動を起こすことにしました。
教職員向け校長だよりで伝える
まず、彼女たちの行動を教員たちに知らせ、対処について徹底することにしました。
教職員向け校長だよりに、生徒たちの要望と私の考えを、藤田英典著『義務教育を問いなおす』にある次のような記述を紹介しながら、示しました。
学校における規律・秩序は、学校教育が成功裏に展開するための前提条件であると同時に、学校教育の目的・課題でもある
…
学校は外面規律の維持と内面規律の形成を車の両輪として存立し、その諸活動を組織してきた…
価値観・生活スタイルの多様化、刺激と誘惑に満ちた情報消費社会の進展、家庭のしつけ機能の低下(食生活を含む生活リズムの乱れ、保護者自身の規範意識の低下や生活態度の乱れ、放任、児童虐待・ネグレクト、家庭崩壊)などが進むなかで、内面規律の弛緩も、歯止めがかからず、進行することになった
…
学校が、家庭や社会・マスメディアとともに、規律の形成に関与し、それを維持する責任を負っている…
いま改めて問い直す必要があるのは、変化する社会のなかで、どのような内面規律の形成や公共心・市民性の育成が期待されているのか、そのためにはどのような対応が適切・有効なのか、そのためにも、学校は何をすればいいのか、学校の規律・秩序はどのように再構築される必要があるのかということである
教職員からの反応
すぐに教職員から反応があり、生徒向けに「なぜ、高校生に化粧はいらないか」について書いてほしいと依頼されました。
生徒が投げたボールを教職員に投げたところ、ボールが返ってきて、生徒たちへと投げ返すことになったのです。
生徒たちには、こんな文章を投げかけました。
T高校では「規律と節度ある学校文化」づくりに努めていますが、「いまなぜ、規律と節度ある学校文化づくりなのか」について…考えてみたいと思います
学校で多くの人が一緒に勉強や活動をするには、一定の「規律と節度」が必要なことはわかると思います
授業中に化粧を直したり、おしゃべりをしたり、寝ていたりと、それぞれが勝手なことをやっていては勉強どころではありません
ですから、学校が成り立つ前提として、「規律と節度」が必要です
そこで、T高校では「規律と節度」の一つとして「高校生に化粧は必要ない」と判断しました
学校が「規律と節度」を重視するのには、もう一つの理由があります
「規律と節度」という型を身につけさせることを通して「自分自身の規律と節度」を作り上げる力を育てることが、学校の役目でもあるのです
…
自分で決めた規律を守ることができるようになって初めて、他人から規律を与えられない自由を得ることができます…
近年、豊かさとともに、化粧という刺激と誘惑に満ちた消費が若者の間に広まり、自分を律することは美徳ではなくなりつつあるようです
しかし、みなさんが生きる時代は中国や韓国、東南アジア諸国等の経済が一層成長し、日本が現在の豊かさを維持することは難しいと思います
そうしたとき、自分を律することのできない人や学力や経験等を積み上げていない人は、厳しい生活を強いられることになるでしょう
高校時代には、自分を律する力の育成と学習習慣・学力の育成を図る必要があります
…
校則のない高校もありますので、学校の規律・秩序を巡る対応は学校によって異なります。
しかし、生徒とともに考え、対応する姿勢は、どの学校においても大切でしょう。
志を引き継ぐことは愉快
前任者の志を引き継ぐ取組は愉快でした。
自分一人の志ではなく、複数の人々の思いが込められた志なので、最後までやり抜く勇気が湧いてきました。
また、校長としての思いを伝えることの大切さや、生徒の思いを受け止め、返すことの大切さなどを体験することができました。
《心得20》教職員の思いを聞く
教頭が校長と思いを語り合うことも、前任者の志を引き継ぐことも、「言うは易く行うは難し」です。
しかし、互いの思いを大切にし、思いを共有することができたら、愉快な学校運営を体験できるような気がします。
T高校の校長になったとき、4月から5月にかけ、全教職員と一人1時間以上の面談を実施しました。
T高校のよさや課題、課題の改善案などを聞きたいということで始めましたが、ほとんど雑談で終わったように記憶しています。
しかし、当時の教頭から「あの面談から教職員が校長を受け入れたように思います。私も校長になったら見習います」とほめてもらいました。
「教職員の思いを聞く」を心得としたのは、もっと教職員の思いを聞けばよかったとの私自身の反省からです。
教職員が管理職に思いを語るようになるには、相互信頼の関係を築かなければなりません。
相互信頼を築くために管理職としてどう行動を起こせばよいかと必死に考え、実際に実行できたら、おそらく愉快かつ爽快です。
基本の型を身につける「春」
基本の型を身につける「春」も「冬」と同様にしんどい季節です。頭で理解するだけでは身につきません。
身につけるためには、継続してやり続けなければなりません。
しんどいのですが、身につけば、苦もなくできるようになり、役にも立ちます。役に立てば、愉快になってきます。
ところで、「継続する」や「志を継ぐ」を身につけるだけでもすばらしいことなのですが、まだ入り口に過ぎません。
身につけても本質をつかまなければ、真に有効活用することはできません。
奥はまだまだ深く、もっと愉快なのです。
次は、少し長めの「初夏」の章です。
(初出 2015年6月2日「内外教育」)
解説
《心得19》前任者の志は全力で継ぐ
校長として新しく赴任すると、自分なりの学校運営や学校経営を行いたいと思うものです。
それ自体は、人それぞれの思いがあり、多様性につながることですので、悪いことではありません。
でも、校長が替わるたびに運営方針や経営方針がコロコロ変わるのでは、生徒たちも教職員たちも混乱します。
しかも、コロコロ変わる方針の下では、成果は上がらないし、何も残らないでしょう。
まずは、前任者の志を受け継ぎ、それを実現したり、継続・発展させることに全力を尽くすことです。
私は2校の校長を経験しましたが、どちらの学校でも、赴任当初は、前任者の実践を引き継ぐこととハガキ表彰状をやりたいことの2点だけを教職員に話して実行に移しました。
自分なりの経営方針を示し、行動し始めたのは、2年目に入ってからです。
1年目の後半に前振りはしておきましたが。
前任者の志を全力で引き継ぐうちに、成果が現れてきますし、学校文化として定着していきます。
また、教職員や保護者、生徒たちの信頼も得られます。
そうなれば、次の改革に着手する余裕や気力が学校全体に生まれてくるものです。
《心得20》教職員の思いを聞く
生徒たちに日々接するのは、教員たちです。
それぞれの教員たちは、それぞれの思いを持って生徒たちと向き合っています。
教員たちの思いを大事にしなければ、学校の教育力は高まっていきません。
教員たちが何に課題を感じ、どうしようと考えているかを知らずに、校長や教頭だけの思いで、改革を始めてもうまくいきません。
教職員の思いを聞くことが改革の第一歩です。
現在は、学校評価や教員評価が導入され、教職員一人一人と面談し、PDCAサイクルを回すことになっています。
ですから、年度当初と年度末には教職員との個人面談が年間計画に組み込まれています。
その際に、一人1時間、それぞれの思いを聞くことができたらいいですね。
L高校では、2時間も面談した教員もいました。
中身は、ほぼ雑談です。
精神的に病んでいる教員とは、面談以外に、空き時間を見つけて、雑談をしていました。
雑談から、アイデアが生まれたり、心の通い合いが始まったりするものです。
評価制度が導入され、効果的であることや効率的であることが強調され、無駄が省かれ、雑談が失われ、潤いがなくなっています。
無駄な雑談が持っている豊かさが失われていくようで、心配です。
必然ばかりを重視する時代になってしまいました。
偶然が持つ思いがけない力をもっと信じても良いのではないかと思っています。
2年生の女子生徒たちが校長室に押しかけてきた騒動について
女子生徒が20名程度、校長室に押しかけてきたとき、J教頭は事務室にいました。
事務室と校長室のドアの陰から、J教頭は、女子生徒たちと私のやり取りをニヤニヤしながら見守っていたそうです。
私が楽しそうにしていたので出る幕がなかった、と言っていました。
確かに私はワクワクしていました。
真剣な生徒たちと真剣に対応できることは、めったにあることではありません。
生徒たちから行動して、それを受け止める立場にいるという、こんな素敵なチャンスはあまりありませんし、そういう時と場に出会えたことはなんと幸せでしょうか。
ですから、うれしくてたまりませんでしたし、これを機にやることやできることが沢山ありそうで、ワクワクしていました。
教員たちや全校生徒、保護者を巻き込むことができました。
私の対応が功を奏したかはわかりませんし、私の対応が良かったかどうかもわかりません。
ただ、様々な人たちに考えるきっかけをもたらすことができたのではないかと思っています。
「基本的生活習慣の確立」や「規律と節度」、「化粧」、「自律と他律」などについては、時代や国より考え方が異なりますので、20年前の取り組みは参考にならないかもしれません。
でも、生徒に身につけてもらいたいものについて考え、実践する姿勢については、参考になるのではないかと思います。
本気で生徒を思い、本気で生徒と対応したことは、私の心に深く刻み込まれていますし、生徒たち一人一人にも何らかの思い出が刻み込まれたのではないかと思っています。
自分で自分のことを律することのできる人になってもらいたい、という私たちの願いは、生徒たちに届いたでしょうか。
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