見出し画像

 妻と僕の間でのやり取りは、彼女が入院した後も変わらず続いていた。生活の些細な話題から、これから訪れるであろう子供の誕生についての話まで、LINE上で無数に交わされた。

 「しばらく私はご飯食べられないだろうから、冷蔵庫の残り物食べてね」なんていう、まるで普通の日常のようなメッセージが届くと、それが僕の胃袋をくすぐった。なんとなく口にした冷蔵庫の残り物は、今となっては、それが我が家最後の二人の食事だったという思いに包まれ、その味をずっと記憶に残しておきたいと感じた。

 やがて、新たなメッセージが届いた。「促進剤を入れ始めたよ。」その後間もなく、「ちょっとお腹が張ってきた。生理2日目くらいな感じだよ」と、まだ軽快な調子で報告が届く。僕は自然と微笑んでしまった。その彼女特有の楽観性と、いつもと変わらぬ笑顔を想像するだけで、僕の心はあたたかくなる。

 この現代社会では、テクノロジーの進歩とコロナウイルスの影響により、私たちは遠隔での立会いを選ばざるを得ない状況になっている。生まれそうになったら病院からテレビ電話がかかってくると言われた僕は、その一方で昔からは想像もできない状況に立ち会うことになった。

 静かに時計の針が進む中、心の中は不安と期待でいっぱいだ。妻からの連絡は前触れもなくぱったりと来なくなり、僕はひたすら待ち続けることとなった。この時の感情は、まるでダリの絵画のように曖昧で、時間の流れ自体が不確かに感じられた。しかし、その全てが、やがて我が子の誕生という喜びに変わることを信じて、僕は彼女を待ち続けた。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?