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 お風呂に浸かっていると、何ともタイミングの悪い時にテレビ電話が鳴った。湯船の中で、ボクの前に立ち現れた未来の一瞬に心を預ける。裸のままの立ち会いが始まろうとしていた。

 この時のために、特訓でもしておけばよかったかな?なんて思いながら、お風呂から慌てて飛び出し、服を着ようとした。「ちょっと待って」と言うと、向こうからは「もう待てない」と妻の絶叫する声が。その瞬間、こちらももう裸のまま立ち会うしかないと覚悟を決めた。タオルを巻いてソファに座る。カーテンの向こうから降りそそぐ月光と共に、その時を待つ。

 画面の向こうで必死になっている妻を見て、「がんばれ!」などという言葉が簡単に口に出せなくなってしまった。そこで生まれた沈黙は、まるで夜のジャズクラブのような深い静けさを感じさせた。そこには、音楽を奏でる楽器もなく、ただ妻の力強い姿を静かに見守るしかなかった。

 そして、その時が訪れた。新たな命が誕生した。取り上げられてからの無音の時間がとても長く感じ、一瞬、時間が止まったように感じた。しかし、次の瞬間、「オギャー」という声が聞こえてとても安心した。心の中でジャズドラムがリズミカルに鳴り響いた。頭がかなり変形しながらも、この世界にやってきた我が子を画面越しに見て、なんとも言えない感動を覚えた。

 そう、この日は、裸のままの父親としてのデビューだった。人生における重要な出来事において、服を着ているか裸か、それはさして重要ではない。大切なのは、その瞬間、心を開いて、真剣に立ち会うことだった。

 そして、妻と新たに生まれた我が子の力強さと美しさに触れることができた一日だった。それをソファに座り、裸のままで見届けられたのは、少しユーモラスでもあり、人生の奥深さを感じさせる経験でもあった。

 これからの毎日が、この新たな家族と共に、新しい音楽を奏でる日々になることだろう。そして、その音楽の中に、今日の奇妙なタイミングと裸のエピソードも、きっと美しい旋律として刻まれるのだと思う。人生の音楽は、時に予測不能だけれど、その中には深い愛とユーモアが詰まっている。今日の一日が、その最高の証拠だった。

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