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【SNS】誹謗中傷してしまう背景

誹謗中傷を受け取る側は心に刺さる。
投げかける側は、暴言やいじめ問題も含めて
安易な気持ちでしていることが多い。
個人的な心の奥底にある、ストレレスや不満などが
言葉や文章、態度などによって現れ見える。


多くのSNSでは閲覧する側と
自己表現としてUPする側に分かれている。


もちろん自己表現する人は何かしら想いがありUPしている。
それはTwitterであれInstagramであれ
FacebookであれBlogにしてもである。
現在ではありとあらゆるところに存在している。
TV番組や政治に対しても関連されたSNSが評価を知るために存在する。

閲覧のみをしている人は統計的に多い。
何もアクションをしない閲覧者はとにかく多い。

私の勝手な判断であるが、
“いいね”や“ハート”など
クリックひとつのアクションすら無い人の7割は
閲覧のみではないか?と、思っている。(笑)

その中でも残りの3割の人の中には
興味を持ち登録をしたり友達申請をしたり
”ハートや、いいね。”1アクションをする。

私も、見たら1アクションをするようにしている。
しかし、不快感や関係ない話題などはスルーをしている。
ノーリアクションである。
それが私の中の礼儀やマナーなのかと思っている。(笑)

しかし、アクションをする残りの3割の人を100に戻して
またまた3割がコメントを書いてくれたりすると思っている。
そのコメントは心温かい言葉や感想を残してくれる。

しかし、しかしである。
そのアクションが出来る3割の人を、またまた100にして3割の人が、
誹謗中傷者が現れるのではないか?と思っている。

自己表現ができる人の中には
YESと賛同する表現者も出現する7割と
NOと感じる人も出現する。
これは、統計学的にはほぼではあるが
仕方のない法則でもある。

賛同する人にもそれぞれの意見があり、
もちろん反対意見にもそれぞれの考えがある。
炎上してしまう、その逆のパターンも存在する。

自由表現で受け入れるだけなら平和であるが
誹謗中傷に遭遇すると話は違ってくる。
心が傷つくのだ。
その傷は重く一瞬で気持ちは落ちる。

誹謗中傷とは
名誉毀損、侮辱、信用毀損、業務妨害に当たる行為である。

こんなことをお伝えできるのは
私のYou Tubeでの出来事である。

閲覧者が少ないうちは
相手にされず誹謗中傷をしてくる人はいない。
とても平和である。
殆どが閲覧してアクションもしない人ばかりである。
しかし閲覧者が増えると、コメントも増える。

コメントも増えると、誹謗中傷者が現れるのである。(笑)
いいねが増えると、よくないが現れる。(笑)
自然の摂理とも思える法則なのだが…

様々なジャンルを私はYou TubeにUPしている。
そんな中、偶然にもバズってしまったものがある。
通常は数十の閲覧にも関わらず、毎日増え続けて…
1万以上の閲覧になってしまったものがある。
すると、コメントも増える。
嬉しいコメントも増えれば
もちろん誹謗中傷をする存在も現れた。(笑)

誹謗中傷的なコメントがあった場合の私の行動。


ひとまず誹謗中傷者に丁重に向き合ってコメントを返してみた。
しかし、しばらくして、それが正しいのか?と
自問自答が始まった。
向き合うことはある意味助長させてしまうのではないか?
強い関心があるが故でもある。

向き合うには様々な手法がある。
言い訳や言い合い、謝罪などである。

しばらく考えて
誹謗中傷者と言葉で向き合うことは間違いだと考えた。

なぜなら
そのチャンネルは私のフィールドである。
そう。私の家なのだ!
もしも、問題が有り直さなくてはいけない時は
You Tubeの運営側に言われた時のみである。
とかなんとか、自分なりの言い訳を考えていた。

そして最終手段は必殺技である。
その必殺技は、消去&ブロックである。
相手にする事が、(反応する)相手のその行為を
許す事にもなるからだ…。

と言うのも、
コメントをたくさん頂いていつも思うのは
そのコメントから学びがあったり
そのコメントの中で
私以外の人同士の繋がりを感じたからである。

不快なコメントはその円滑な流れを止める現象も見えた。
その他の人が書き込めなくなるのである。

もちろん。
誹謗中傷の意見を受け止めないままでも良くないが、
現実的に言葉遣いの悪い人はそばに置いてはいけない。
気がつけば人にも癖で悪い言葉遣いで
使ってしまう傾向があるからだ。
SNS上の関わり方も環境は大切である。

世間では、”余計なことを言うなよ!”とか
”発言に気をつけて!”とか監視されていると噂がある。

だからといって、
意見を全く言わない事がいいとも思えない。

反対意見は誹謗中傷なのか?と考えてみた。

生きていれば、愚痴や不平不満は誰もがある。
気持ちを伝えることは大事だと思う。
様々な人の意見も大切である。

そこで、私は数ヶ月前から
Twitterで最近意見を書き込むようにしてみた。
無関心の象徴であるスルーばかりではなく、
見ていい気分や好みのものは“ハート”や“いいね”をし、
え?それはどうなの?という批判的な気持ちの時は
どう表現すべきか?を考え言葉にしてみた。

すると、相手がどうので言葉を選ぶのではなく
私はこう思う!という言葉に変わった。
これなら、誹謗中傷にはならないのではないか?と考えたのである。
なぜなら、意見だからである。


SNSは意見や気持ちを発信できるものとして人気である。
しかし中には価値観が違う人も存在している。
例えば赤が好きな人も赤が嫌いな人もいるのである。

誹謗中傷といえば
侮辱するような言葉や業務妨害といえば
やる気を無くす事とかも入らないわけでもない。

メンタル的に嫌な言葉は誰もが心がすぐ折れる。
気をつけているものの
私も知らないうちに発言しているかもしれない。
どちらかといえば、
Twitterでは賛同者としての発信も多い。
私自身が正しいとは思えないが、
自己表現も何かに対する発言もとにかく難しい。
だから大半は閲覧のみの人が多いのである。

人気がある人ほど誹謗中傷者も現れる。
それは人気がある証とも思える。

しかし、誹謗中傷してしまう人は
もしかしたら言葉を知らないだけなのかもしれない。
自己表現や誰かとの関わり方の言葉の使い方を知らないだけだと
そう思うことが平和的な受け取り方である。

誹謗中傷者に対し私は結局、最大の必殺技を使った。
その必殺技はある意味、神の1クリックである。(笑)
SNSも発信者は自分のフィールドの環境整備が大切なのかもしれない。

          心を大切に考える 田中千栄子

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