Zさんとの別れ

※私自身がZさんの腹話術人形である以上、これはただの自己言及であり、自己弁護を多分に含む内容であることを留意いただきたく思います。

Twitterで久しぶりにZさんを見かけたので、会って近況を聞くことにした。
Zさんの部屋に行くと、彼は半袖半ズボンという出立ちでベッドの上に寝転がっていた。

ーお久しぶりです。あれからマッチング活動はどんな感じですか。
「あー……順調では……あるかもしれないですね」
その様子から見て、てっきりまたすっぽかしでも食らったのではないかと思ったので、これは少々意外な返答であった。
ー順調とは、つまり何かしら進展があったということでしょうか。
「はい、まぁ」
ー具体的にお聞かせください。
「あれからまた別の人とマッチングして、何とかメッセージを交わしながら会う約束をしました」
「当日すっぽかされる覚悟はしていましたが、意外にも相手はちゃんと集合場所に来てくれました」
「その後は博物館を見に行って、その後は居酒屋でお酒を飲んでから解散しました」
Zさんがまるで普通の人に見えてきそうな内容であった。
「それからも毎週末に会うような関係が続いていて、この前は寺社巡り、先々週は古本屋巡りをしましたね」
これらの場所は相手が提案したものらしい。ふむ、なかなか落ち着いていていい趣味をしているようだ。
ー今週もどこかに行くのですか?
「今週は科学館に行く約束をしています」
ーえらく順調じゃあないですか。どうしたんですか。
「それが、僕にもどうにもよく分からなくて」
「これまでは相手と会うために口実を必死で考えて、送って、無視されるかすっぽかされるかの二択だったのですが、今回の相手については1回目はともかく2回目と3回目は相手から誘ってくれたんですよね」
ーもしかすると脈があるのかもしれませんね。Zさんはその相手のことをどう思っているのですか?
「それは……」
ー是非お聞かせください。
「正直、あまり趣味じゃなかったんです」

ー趣味じゃない、とは、具体的にどのあたりが趣味じゃなかったのでしょうか?
「うーん……あまりよく分からないです」
ーよく分からない、と言うのは、本当に分からないのか、それとも非常に微妙な問題であるために言及を避けたいか、どちらでしょうか?
「強いて言うなら両方ですね」
ーなるほど、つまり、幾つか心当たりはあるものの、それが本当の理由であるという確証はなく、かつその内容も微妙なものであるため、できれば口にしたくないと言うことですか?
「まぁ、はい、仰る通りです」
ーそうならそうと最初からはっきり言ってくれないと困ります。私がZさん自身じゃなかったら到底推測できない内容でしたよ。
「すみません」

ーまぁ、話したくないならそれでも構いません。それで、あなたはこれからどうするのですか?
「しばらくは何もせず、本業か何かに集中しようかと思います。今回の一件で、何だか自分が本当に出会いを求めていたのか分からなくなったので」
ーそれはもっと先の話です。今週末に科学館に行く約束をしていた彼女はどうするんですか?
「特にどうもしません。まだ付き合っているわけでもありませんから、別れを告げるのも変でしょう」
ー……そういうものですかね?

ーそもそも、なぜZさんは出会いを求めていたのですか?
「これについても色々な理由は考えられますが、最も大きいと思うのは……羨望、ですかね」
ー誰に対する羨望ですか?
「具体的な対象はありません。しかし、強いて言うなら、『ラブコメ主人公』というのが一番近いかもしれません」
「ああ、彼らが労せずして異性にチヤホヤされているとは僕も思っていませんよ。彼らは彼らなりに悩みを抱えて、努力して、好きな人を見つけています」
「僕が『嫉妬』ではなく『劣等感』という言葉を使ったのは、彼らが、作品中のヒロインに純粋な好意を持てることに対して素直に羨ましいと感じたからです」
「僕の場合、どんなシチュエーションであれ、気心の知れない相手と会う時点で非常に疲れます、肩が凝ります、喉も渇きます。使えているかどうか分からない気を張るよりは、早く一人になってどこかをぶらつきたいと思うことすらあります」
「そしてそれを我慢してまでお付き合いをしたいと思うほどに相手のことを好きかと言えば、絶対にそんなことはないんです」
「そういう意味で、僕はラブコメの主人公が羨ましい。彼らはヒロインの前で真っ当に顔を赤らめられるんですよ」
ー素直な反応をできるようになりたい、ということでしょうか。
「それはあると思います。しかし、できていないのも事実です」
ーそれはなぜでしょうか、人間、素直が一番ですよ。
「それが原因で相手に嫌悪されたら、それこそ本末転倒じゃないですか」
ー最初からそうと決めつけるのですか?
「そう考えた方が気が楽なんです。嫌われないように気を遣って距離を取れば、少なくとも嫌われることはありませんし、嫌われたとしても負う傷は最小限で済みます」
ーその考え方はあまりに消極的過ぎると思うのですよ。
「…………」
Zさんは黙り込んだまま、口を聞いてくれなくなった。
所詮、僕はZさん自身なのであって、それが消極的な考えであることなんてZさんも最初から分かっているのである。
だからこそ、根本的な結論に辿り着いてしまえば後はどうしようもない。

ーこれまで取材にご協力ありがとうございました。これからのZさんに幸多かれと祈るばかりです。さようなら。


(2022/07/02追記)

この記事が公開されてから一日後、件の彼女からは「もう会うのは辞めてもいいかな」と連絡が来た。彼女曰く、「平行線」だと。

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