カープダイアリー第8224話「コイに焦がれて500勝…」(2023年4月6日)

少し寂しそうなファンに、こんな姿見せよう

手をたたく合図、勝つぞサプライズ!?

僕らなりの精一杯…

誇りまみれ、どうなってもいい

あの日の夢を想う

真面目に指揮を振るい

息も止まりそうで

さあ、コイを起こしてよ…

新井監督とカープナインが開幕目指して乗り込んだ日南・天福球場で“ノックを僕は受けない”はずだった坂倉が、サードのポジションで懸命に白球を追いかけていた。

準備、準備、また準備。長いペナントレースを乗り切るために、手薄な戦力でもいかにいい準備をするか?球場BGMには、「鯉」を歌うあいみょん…

それから2カ月が過ぎたマツダスタジアム。

降水確率が60%から80%に上がっても午後6時定刻のプレーボール。そして午後8時14分、五回表雨天コールドゲームが宣告された。スコアボードには初回の1点と四回の2点の計3点、阪神はゼロ6つ。

ますます雨が強くなる中で、一塁ベンチ前に整列した首脳陣とナインは、赤い雨具のスタンドに深々と頭を下げた。開幕4連敗と雨天中止の前日を挟み、新井カープ待望の初勝利、マツダスタジアム通算500勝。

予定されていたヒーローインタビューと勝利監督会見は中止になり、中継担当局NHKのカメラのひとつがベンチ裏、会見場に入った。そこには球団旗を背に、左からマット、新井監督、遠藤、秋山。

NHK・BS解説の大野豊さんがその画面を見ながら言った。「こうしてみると新井監督、選手のようなイメージしかないですね…」

アナウンサーもそれに応じる。「勝てない中でも試合前、報道陣の方に近寄ってきましてね、取材拒否するよ、と笑顔で対応されたりね」

「おそらく新井監督は、取材拒否はないと思いますよ」カープOB会長の目は鋭くも優しい。

身長190センチのマット、186センチの遠藤の間で189センチの指揮官が一番笑顔でカメラマンにサービスした。こういう撮影は難しい。どのカメラを見ていいかわからないし、笑ったりポーズしたりするタイミングもバラバラになりがちだ。

和やかムードの撮影が終わる、と新井監督はマットの肩を3度叩いてグータッチ。遠藤と秋山には帽子を取って「ありがとう」と言いまたグータッチ。ふたりも頭を下げながら応じた。

続いて会見に応じた新井監督は、あまり表情を変えずに話し続けた。

-初勝利おめでとうございます。どんな思いですか。

「ありがとうございます。どんな思い…うーんまあ嬉しいです」

-ファンに勝利の報告をした。

「たくさん雨が降っている中でずっと応援してくれていたので、いい勝ちをプレゼントできてちょっとほっとしています」

-最後は雨が終わらせてくれた。

「そうですね、こればかりは天候ですのでね」

-遠藤選手がほんとによく粘りました。

「粘りましたね。彼自身もきょうが開幕ですし、またこの悪いコンディションの中で粘り強く投げてくれました。ナイスピッチングでした」

-スライド登板。

「投手陣みんなに期待してるんですけど、その中でも彼に対する期待っていうのは大きいものがありますし、今シーズンの初登板がスライドという形ですごく難しかったと思うんですけど、粘り強く投げてくれて素晴らしかったと思います」

-打線の方でも秋山選手がまず(初回の一死二塁で)援護しました」

「まさにチームを勢いづける、勇気をもらったアキの先制打になったと思います」

-そしてデビッドソン選手、(四回2号2ランは)初球でした。

「甘いボールを一発で一振りで仕留めてくれましたし、彼の持ち味ですからね、長打力というのは、ナイスバッティングでした」

-ずっと信じているという言葉も。キャンプ中、オープン戦中多く振りなさいと伝えてきた。

「はい、彼自身も1年目のシーズンですし、日本の投手野球にアジャストするまでは時間がかかると思うんですよね。そういった中で彼の一番のストロングポイントは長打力ですから、きょうのバッティングのような、そこはどんどん振っていってねとキャンプから言ってました」

-曾澤選手、田中広輔選手を先発に起用しました。

「はい、コースケに関してはずっとキャンプ、オープン戦から状態がすごく良かったのでどこかのタイミングで、と考えてましたし、彼も1打席目(の二回の無死二塁で)しっかり捉えた中での進塁打を打ってくれましたし、この勝利に貢献してくれたと思います。また曾澤はなかなか思うように(チームに)いい流れが来ない中で彼のベテランの、経験の力というものをきょうは借りました」

-きょうはみなさん新井監督のお面をかぶって(応援して)、マツダスタジアム通算500勝、ここからまたスタート。

「そうですね。500勝に携わったすべての方々に感謝したいですし、また応援してくれたすべてのファンの方々にも感謝したいです。次は501勝目を目指してまたベストを尽くしたいと思います」

12球団で指揮を執る監督には当然ながら個性がある。昨季、日本シリーズを戦った高津監督と中嶋監督もまた、強烈なキャラを有している。この日、初勝利の相手をしてくれた阪神・岡田監督もそうだ。

コーチや二軍監督経験が豊富だった高津、中嶋の両監督やすでに阪神とオリックスで8シーズン指揮を執った岡田監督らに新井監督はどう対抗していくか?

大野豊さんはこれまで「コーチにどれだけ任せることができるか?コーチを媒介にして選手にどれだけ自分の思いを伝えることができるか?」が大事だと説いてきた。同世代で構成される今の首脳陣の腕の見せ所、という訳だ。

スライド登板で連敗ストップの大役を託された遠藤は、そんな首脳陣の“自信作”のひとりだ。

最初から重点強化メンバーにその名を連ねていた。そう、2月7日に行われた最初の紅白戦。そこで投げたのは先発が遠藤と森。そのあと島内、中村祐太、松本竜也、高橋昂也、ケムナ、薮田、藤井黎來。9人中、開幕一軍は4人。先発では遠藤のみ。

開幕ローテ入りを決めた過程で遠藤はオープン戦3試合に投げた。15イニングはチーム最多で、防御率1・20、与四球2に抑えた。

武器は回転数の多いスピン球。「真っすぐでファウルを取る」投球ができれば優位に立てることは分かっていた。

ところが雨のマウンドでは思うように下半身が使えない。そうなると腕のしなりも使えないから、ボールにスピンがかからない。初回、二番・中野に中前打されると四番・大山には早くも四球。分厚い雨雲同様の暗雲が漂った。

二回は先頭の森下に初球をまともにぶつけてすぐに帽子を脱いだ。三回も先頭の近本に四球。五回もまた先頭の近本を歩かせた。

5回で83球。不思議なくらい遠藤が投げると雨脚が強まった。

だが、途中でマウンドに砂が入れられようがスリーボールになろうが、変化球がショートバウンドしようが、足元に視線を落としたり、雨を嫌がるような素振りを一度も見せない。6年目の右腕には確かに成長の跡がうかがえた。

迎えた六回、先頭の佐藤輝明に5球目を投じたタイミングでもう野球ができる状態ではなくなった。雨雲レーダーでは線状降水帯が確認できた。審判団が集まり午後7時53分に試合中断となった。

打のヒーローふたりも直接指導した新井監督やコーチ陣の“代表作”だった。

秋山はオープン戦では一番に固定されたにもかかわらず、本番での得点力アップを目指して三番へ。初回、西純矢の初球のストレートを叩いて阪神バッテリーの出ばなをくじいた。三回の第2打席でも左前打を放ち、開幕5戦連続ヒット、しかもマルチが3度。

「(キャンプで新井監督から)自分のバッティングについてどう思うかを聞かせてもらって、それで自分が思っていたほど悪くなかったんだなと…」(秋山)

マットは二回、高目に浮いたスライダーをレフトフェンスにぶつけると、四回の第2打席でも初球に甘く入ってきたスライダーをバックスクリーン左へ叩き込んだ。

2月の対外試合でバットがクルクル回ってもオープン戦で良化の兆しが見られなくとも「しばらく打撃フォームをいじらない」方針が首脳陣の間で徹底された。

一方で開幕が近づくにつれて2つの改善点が示された。

「タイミングを早く取ること、引っ張りにかからずとにかくセンターに打ち返す意識」

こうして奪い取った3点も9イニングではどうころぶか分からない。栗林を含めたブルペン陣が開幕から相次いで失点する中にあって、遠藤に試練を与えた雨は最後に恵みの雨に変わった。

泥臭く戦い現役生活に別れを告げた新井監督の船出に相応しい、土砂振りの中での勝利あいさつは、温かい拍手も雨音にかき消されそう…

でも、スタンドから耳を澄ませばラブコール、そう新井監督が大切に思うファンたちは、あんな負けやこんな勝ちで、コイに焦がれてきた…

※この記事内で選手などの呼称は独自のものとなっています。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?