悪徳大臣(略)20

『予想より貴殿が賢くて、我としては歓喜の舞を披露したいところだが』


甲高かった声は地を這う如くに低く。

女官の光る眼が“わたし”を見つめた。


『それはご遠慮願いたい、さて』


ジョセフィーヌ嬢を装う必要がなくなったので、“わたし”も口調を戻した。


『あなたは何者だ?』


“女官”だった者の手を払いのけると、“わたし”は腕を組んだ。

得体のしれない者と対峙しているせいか、無意識に身体がこわばっていく。


『誰だと思う?』


と、くくく、と低い笑い声をあげた“女官”。


『敵ではないぞ?』


『その質問はめんどくさいので答えなくてよいか?』


相手の出方をうかがって慎重にならねばいけないのに、“わたし”の口は思ったままを吐き出した。


『ワタシいくつにみえます?ワタシどういう女にみえます?というタイプにほとほと嫌気が差してるので』


形ばかりの妻であったノートリアがそういうことを聞きたがる人だった。


ノートリアは“わたし”の屋敷に来た当初は“わたし”に媚を売っていた。


公に結ばれる可能性のない神殿長から大臣職についている有望だけどお人好しに乗り換えるつもりだったらしい。


年齢なんて最初から知ってるし、たずねられたら禁じられた神殿長との恋に見境をなくすバカ女と言うしかなかったのだが、“わたし”の軽口が頭にきたようだ。


屋敷で子供の世話を大人しくしていればよかったのに、親族たちと結託し、神殿長を色仕掛けで当主を陥れる企みに加担させた。


彼女の愚かさを受け入れて“妻”として扱っていれば、きっと彼女は“わたし”を裏切らなかっただろう。


いいや、愚かだったのは彼女の自尊心を傷つけた“わたし”だ。


彼女の心がわからずに、今の状況に陥ったのはすべて“わたし”の不徳の致すところ。


子供の頃からうまく立ち回れていたら、暗愚の当主としておだてられ、命を狙われることもなかったろうに。