悪徳大臣(略)14
“わたし”ジョセフーヌの両親は大きくなるまで【普通】と違うことを知らなかった。
“わたし”の父は薬草を集め、それを加工して売り、生計を立てていた。
母は体が弱く、家事一切は父が仕切っていた。
父が薬草を探しに出かけるときのために、と父は“わたし”に料理や掃除などを教えてくれたので、10歳になるまでには家事をこなせるようになっていた。
森の一軒家。
周りに民家はなく、町までは遠い。
楽しみといえば、母が教えてくれた手芸くらい。
母のように父の大きなマントに印をつけずに美しい刺繍を施すのは難しかったが、小さなハンカチから始めて、“わたし”の腕前も次第にうまくなっていった。
『これは無事に帰ってきてくれるおまじない。私の一族でなければ誰にも読めないはずよ』
独特な刺繍の意匠について尋ねた“わたし”に母は口元に人差し指を当てて微笑んだものだ。
母のいう【一族】が何者であるか、“わたし”が理解したのは17の冬。
その年の夏の日照りで、獰猛な獣が家の近くを徘徊するようになった。
父は仕事で留守にしている間、母と“わたし”だけでは心もとない、と父が町に行くときに拠点としている仕事場に一時期だけ移り住むこととなった。
馬車でなら半日もあれば着く距離。
本来なら陽の高いうちに目的地につけるはずが母が突然、家に戻りたいと言い出した。
マントを持ってくるのを忘れたから取りに戻りたい、と。
父が『マントなら着ている』と言ったが、これは破けたので効力が失せ始めている、と母は主張した。
新しく刺繍を施したものを置いてきてしまったが、仕事場に行けば春になるまで家に戻ることは不可能だ。
絶対あれがないといけない、と珍しく母が語気を強めたので、父も折れた。
多分、母は迫りくる危機を無意識に察知していたのだろう。
特別な刺繍を施したマントがあれば、“わたし”たち家族は離ればなれになることはなかったのかもしれない。
住み慣れた我が家に戻る“わたし”たち家族は獣に襲われた。
父は勇敢に戦い、母は“わたし”を逃がすために盾となった。
命からがら逃げた“わたし”は、獣討伐のために編成された町の自警団に保護された。
彼らが“わたし”たちの家まで行き、獣を退治したが、すでにその時には両親は傷を負っていた。
それほど深手ではなかったが、獣の爪には毒があった。
三日三晩、両親は苦しながら亡くなった。
“わたし”たちを助けてくれた町の人たちが両親の葬儀を出してくれたことになった。
『お嬢さん』
町の長老がその準備の際に“わたし”に話しかけてきた。
『どちらのかたに連絡すればよろしいのかの?』
どちら?
なんのことがわからず、“わたし”はただ泣き明かしていた目で長老を見つめた。
『お嬢さんのお父上は王族、お母上は竜の一族であった。お二人共、婚約者が居られたのに駆け落ちされたので勘当の身で身分は剥奪されたとはいえ、さすがにお知らせしないわけには行かぬだろう』
初めてそこで“わたし”は“わたし”たち家族がなぜ森でひっそりと住まなければならなかったのか、知ることとなった。