悪徳大臣(略)17
有力な貴族の男性が複数の妻を娶ることが普通のは知っていたが、自分がその複数の妻の立場になろうとしていたのを知って、ひどく“わたし”は混乱してしまった。
『違うのよ、ジョゼフィーヌ』
動揺する“わたし”の手を公爵夫人は掴んだ。
『ユリウス殿の“妻”とされているノートリアはユリウス殿の遠い親戚の娘。神殿で下働きをしている際に神殿長との子供を授かり、世間体のためにノートリアの両親がユリウス殿に娘とその子供を押し付けただけ』
『公爵夫人』
ユリウス様の声がほんの少し尖って、聞こえた。
『根も葉もないことを口にされるのはどうかと』
神殿に仕える者は禁欲が理(ことわり)。
子供が生まれた、となれば一大事。
それが神殿長だったら大問題のはずだ。
『公然の秘密でしたね。失言でしたわ。反省いたします』
少しも反省した素振りは見せずに公爵夫人は笑顔を見せ、すぐさま真顔になった。
『ユリウス殿。私はあなたが心配なのです。よくない噂が私の耳にまで届いています』
『私の耳にも届いてますよ、公爵夫人。ご心配はご無用』
“わたし”とユリウス様の縁談は一旦白紙に戻ったけれど、ユリウス様は度々コール公爵家を訪ねてくれるようになった。
ユリウス様いわく、『ここでの時間は落ち着く』そうだ。
“わたし”もそうだ。
ユリウス様と過ごす時間は心が落ち着いて、余計なことを考えなくて済む。
頭の中がユリウスさまでいっぱいになる。
何度も会ううちに、“わたし”はユリウス様のことが好きになってしまっていた。
すでに縁談を断られた時点で失恋しているのだけど、“わたし”はどうしても気持ちを抑えきれず、ユリウス様に心を伝えた。
『は?こんなおっさんになんで?』
『わたしのような小娘、相手にされてないことはわかっています』
ユリウス様はきっと呆れている。
“わたし”はその顔が見たくなくて、うつむいた。
『公爵様たちはわたしの縁談先を探しています。家督を譲られて田舎に引っ込むまでにはわたしはどこかに嫁ぐでしょう』
だからせめて。
『好きになった方に思いを告げてみたかったのです』