悪徳大臣(略)10
ガタゴト、ガタゴト。
公爵家の馬車といえども、山道を行けば揺れる。
「ジョセフィーヌ、緊張しなくてもよろしくてよ」
隣に座る公爵夫人が私の手を握りしめた。
「大丈夫ですわ」
口元をハンカチで覆いながら、私は答えた。
ハンカチで隠してないと、怒りのあまり震えている唇が見えてしまうからだ。
一週間前、陛下が色々理由をつけて公爵家を訪ね、具合が悪いから失礼します、と体よく断ったのに、私との食事会を強要した。
側妃の話が出たら、不敬だろうがなんだろうが、きっちり断ってやろうと思っていた。
「それでな、ミーニャが」
「つまりはミーニャが」
「やっとミーニャとすれ違って」
陛下が口に出す話題の中心は“ミーニャ”様のことばかり。
ミーニャって誰や?と思うだろう。
ずっとテキトーに相づち打ちながら、私もミーニャって誰やねん、と思ってた。
側妃候補の貴族の娘たちの名前にそんなのいたかなー、と。
そして、思い出した。
龍族から嫁いだ正妃の名前がミーナスコタラサッサだったことに。
「陛下は正妃様のことを愛おしくお想いなのですね」
「あ、そういうわけではないぞ」
照れたように顔を赤らめて、必死で否定する陛下。
「あんな龍族の姫など」
カマかけただけだったが、ミーニャイコール正妃だったとは。
口では正妃のことをよく言わないくせに、陛下の顔はにやけきっていた。
でも、この二人喧嘩しまくってるんじゃなかったか?
「陛下」
静かに食事をしていた公爵が口を挟んできた。
「我が妻は龍族の血を引いておりますぞ?それはそれは美しく賢い妻にございます」
「おほほ。龍族といってもおばあさまのおばあさまが龍族からお嫁入りしたくらいで」
お?
公爵夫人は龍族と縁のある方なのか?
すっかり忘れていたなあ。
「それは失礼した」
王は公爵夫妻に微笑みかけた。
「それで、ここに来たのは龍族の血を引く公爵夫人にご相談があってな」
「いかがされまして?」
「妃の話し相手になってくだされんか?」
「まあ、わたしでは年齢が離れすぎて、ミーナスタコラサッサ様のお話し相手にはなれないと思いますの」
「そうかもしれぬ。ならば妃の話し相手にはジョセフィーヌ嬢が適任だな」
公爵夫人の言葉に、王の目が輝いた。
「ジョセフィーヌ嬢も遡れば龍族の血が混じっている。ミーニャも安心して話ができよう」
つまり、整理しよう。
王が私を王宮に上げたがっていたのは、正妃と同じ龍族の血を引く娘だったから。
私という話し相手を正妃のもとに送り込むことで、会うことすら拒否されてる正妃とのつながりを復活させたい。
なんとか糸口がほしい。
「そういうことだ、ジョセフィーヌ嬢。聡明な女性で助かる」
おや、思わず心の声が口から出てたか。