悪徳大臣(略)7
元の“私”の記憶はいつか消えてしまう。
その可能性に思いついて、“私”は考えた。
悪徳大臣アーモンド公爵。
王宮の裏の裏の裏を知っている男。
それって、今後田舎に隠匿して穏やかに暮らすジョセフィーヌ嬢の人生に必要なものか?
否。
引退する公爵夫妻と静かに生活するには知らないでいいものだろう、と“私”は結論づけた。
“私”が身内に陥れられたのも政敵の弱みだけではなく、身内の彼らの不正も知りすぎていたからだ。
アーモンド公爵として長生きしたいなら、何も知らずほどほどにボンクラで、誰からも無害だと思われるようにのらりくらりとやっていかなきゃいかなかったのに、ちょっと仕事をしすぎた。
前回は失敗したからには、今回は平和に厄介事スルーしてハッピーに生きていこう。
「ジョセフィーヌ」
コンコンとノックのあと、公爵夫人のためらいがちの呼びかけ。
「起きてますか?」
「はい」
私はベッドで体を起こし、肩からローブを羽織って微笑んだ。
困り顔の公爵夫人のうしろには、執事とメイド長が控えていた。
「どうかされたのです?」
「それが……旦那様が早くにご帰宅なのです」
執事が公爵夫人のかわりに答えた。
窓から外を見たがまだ陽は高い。
執務が終わるにしては早すぎる時間だ。
「今日は狩りに随行されていたのですが」
「ええ」
私はテキトーに相づちをうったが、随行、という単語が頭の中を駆け巡っていた。
随行とは、地位の高い者に付き従うこと。
つまり公爵より上の身分の者と狩りに行ったということだ。
この国で公爵より上というと、治外法権である神殿と風の塔の、それぞれの長。
そして、王。
「陛下がご休憩のためにお立ち寄りになりたいと」
「まあ、狩りというものをしりませぬが、たいへんなのでしょうね」
私は曖昧に笑ってみせた。
「しかも御御足を痛められたと屋敷に一晩お休みになられたいと」
なーに、ちゃっかりジョセフィーヌ嬢に近づこうとしてるんだ?陛下。
嫌がって、世を儚もうとしたうら若き娘なんだぜ、こちらは。
「まあ、それはたいへんですこと。私も体調を崩しておりますし、そのような者が陛下のお目に触れるのは心苦しゅうございます。ご休養の邪魔にならぬように、私はこの部屋から出ずに、じっとしております」
私は微笑んだ。
勘の悪い娘だと思われても、笑っとけばなんとかなる。
ふへへへへ。