悪徳大臣(略)23


正妃の問いに“わたし”アーモンド公爵は反射的に答えた。


『隠居して田舎で農業がしたいです』


偽りのない言葉だった。


幽閉されている間、暗闇の中で耐えられたのは“わたし”の脳内ではそれを実現させていたからだ。


『は?』


無辜でありながら牢に放り込まれ、長年身を粉にして尽くしてきた王に弁解する余地すら与えられなかった。


粗悪な環境で満足な食事など望めず、光を見ることさえわずかで、ただ死を待つの身だった。


そのような状況で正気を保てたのは、【これは現実ではない】と置かれた立場を否定し、【今は田舎で農業してる】と妄想に耽っていたおかげであった。


頭の中ではずっと、どこかの土地を開墾し、草を刈り、鍬で耕し、種を植え、水をやり、収穫していた。


『……王宮に舞い戻り、大臣としての地位を奪還するとか?』


『ないです』


『公爵を陥れた者共に復讐してやろうとか?』


『面倒くさいです』


『偽情報に踊らされた陛下に謝らせたいとか?』


『陛下には妃殿下とお健やかにお過ごしいただけたら、と』


“わたし”の返答に正妃は目を丸くしていると、正妃の叔父が声を上げて笑いだした。


『おじさま!』


『失敬』


正妃の咎める声に、竜族の男は笑いをおさえた。


『なんと』


正妃は顔を扇子で覆った。


『陛下は奸臣に唆され、あなたの忠義を疑ったが為に、まこと得難い左腕を失うのですね』


『正妃様』


“わたし”は胸に手を当て、跪いた。


『あなたさまが陛下の隣で手を取り合い、政(まつりごと)を執り行っていただけるなら私など必要ではございませぬ』


無実だった、とはいえ、“わたし”いや私アーモンド公爵は失脚した。


名誉が回復されたとしても、家名についた傷は消えない。


そんな私が再び陛下のお側で仕えることは、ひいては陛下のためにはならないのだ。


『よろしいでしょう』


コホン、と正妃は咳払いをした。


『で、ジョセフィーヌのことはどうする気?』


正妃が一番私に問いただしたかったのはこの質問だったらしい。