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鬼は外福は内、節分の誤謬

鬼は外に出てけ、福は内に来い。それってもろエゴイズムでしょ、自分さえ良ければ後はどうなっても良いんですか。

マイカーにタバコの吸い殻が溜まってきた、窓開けて吸い殻をポイすれば、車内だけ福は内、良かった良かった。
自分さえ良ければそれでオーケーなんですか。マフィアは家族や身内を大事にするが、それ以外なら簡単に殺す。

人類はエゴイズムや家族第一主義、身内だけえこ贔屓するマインドを卒業できないから、天に棲めないのである。

さて「鬼は外」と大声で叫べども、本当の鬼は、あなたの心の内奥に永住権を取得して追い出される心配もない。あなたが何故鬼かと言うと、血の滴るビーフステーキをニコニコしながら頬張り牛たちを青ざめさせ、骨付きチキンに齧り付き舌鼓を打って鶏たちを凍りつかせるからである。そして戦場では敵兵の頭をライフル銃で吹き飛ばし歓声を上げる。人間は自身が鬼であることになかなか気づかない。

さて「福は内だけで良い」といったエゴイズムから脱却できた神人類は、内と外を分離した生き方を止める。つまり「内即外」といった世界観で生きる。何故なら外界とは自身の内面の反映に過ぎないと気づいたからである。

だから内も外も無い。福は内側にも外側にも充満して満ち溢れている。その時エゴイズムは脱され、私の福は余っているので貴方にもお裾分けしましょうとなって来る。

節分を期に春は本格化する。梅はまだ二分咲きか。日向ぼっこするにはまだ寒いが、日は着実に長くなっている。

内即外、外界即内面、宇宙即我、エゴイズムの高い壁の向こうには、大宇宙の煌めく星たちが眩い。堕天使は改心して天に復帰したのか。鬼子母神のように鬼が神になるプロセスが人類の目指す未来であるべきだろう。その時ライオンは食生活を改め肉食を止めるだろうか。

宇宙と仲良しになった人類は、「宇宙にお任せ」といった生き方になる。内と外を隔てる「分離意識」は瓦解し、内か外かといった二者択一的ライフスタイルは流行らなくなる。それは言い換えれば「 or から and へ」のパラダイムシフトである。「内か外か」とは、「敵か味方か」「生か死か」の二者択一を迫る戦争モードだったのである。
人類が和を以て貴しと為すと気づき始めるのが本当の春、平安の新時代であろう。

他人とは自分自身であった。春の陽気にほだされて意味不明のたわ言を言ってみたくもなる。宇宙空間とは隔たりでは無く「繫がり」だったのである。福を内と外に分けたのは、人間たちのエゴ、我欲我執に他ならない。



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