母親の記憶

なんの用事だったか、母親と近所のフードコートにいた。わたしは成人していて、帰省した時だったと思う。ドトールかなんかでアイスココアを買ってもらった。細かい氷がぎっしり入って、表面に小さなソフトクリームが乗っていた。その丈の高いグラスをお盆に乗せて運んでいたのだが、母親の目の前で倒してしまった。「怒られる!」ととっさに身構えた。しかし母親は「せっかく買ったのに!」とは言ったが、わたしに怒ることはしなかった。
母親はもうあの頃にはしじゅう頭がぼんやりしていて、発話に詰まるし、まっすぐ歩けなかった。少しでもイレギュラーなことが起きると、破裂するように怒り大きい声を出し、子どもの頭を叩き身体を押し階段から落とした母親は、その頃には優しい、優しい人に変わりおおせていた。
ココアは若い女性の店員さんが、「持ちにくかったですかね〜」と言って新品に取り替えてくれた。

母親は昔は、犯罪と戦争に興味アリ!みたいな人だった。なので母親が自殺してから起きた戦争はすべて、母親が知るべきだった戦争として記憶されている。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?