母親が自殺した

母親が自殺した

yuri

お母さんが死んだ。

わたしのお母さんはものすごいヒステリックで、わたしが子どもの頃ものを落としたり足音を立てたりすると頭がぐわんぐわんするくらいの声量で怒鳴って、頭を叩いてくる人だった。お母さんの機嫌を損ねないように顔色を伺っていつもニコニコしてできるだけ音をたてないように暮らすのが習い性になった。

でもわたしが中学生になって、家にあんまりいないようになって、お母さんがガラッと変わった。あんなにキレてた物音におびえるようになって、叩いたり怒鳴ったりしたわたしにそばにいてほしいと言うようになった。広い家にひとりでいるのが嫌だと言った。

わたしはそんなお母さんが嫌で、大学受験のとき遠く離れた東京の学校を志望した。お母さんは泣いたり喚いたりしたけど、最後にはわたしが受かってしまったので離れて暮らすことになった。入学式のあと、茅場町のジョナサンで、「お母さんのこと嫌いになったわけじゃないよね?」とわたしの肩で声を上げて泣いた。

そういうのがぜんぶぜんぶ気持ち悪かった。

大学生の間はそれでも、ちょくちょく実家に行っていた。地元に帰ると友達にたくさん会えるのが嬉しかった。嫌だったのは東京で一人暮らししているあいだ毎日お母さんからくるラインで、短いこともあれば長文なこともあった。返さないとすごく怒られた。「心配だから」と言われた。

大学を卒業して2年が経って、長く住んだマンションを引き払った。お母さんに黙って引っ越そうと思ったのに、手続き上の必要があって結局ばれてしまった。当然お母さんは新しい住所を聞いてきたけど、適当にはぐらかした。「住所を知られているといつ押しかけられるかわからない→押しかけられないように毎日ラインの相手をしなければいけない」のこのサイクルを切りたかった。適当にはぐらかしたあとラインもブロックした。

ブロックして、わたしとしてはかなり脳みそがよくなって、色んなことが考えられるようになった。お茶をこぼした時に耳の奥に響く、子どものわたしを怒鳴るお母さんの怒鳴り声とか、そういう記憶のフラッシュバックがかなり減った。わたしの時間がこれから始まる、と思った。

思っていたんだけど、ブロックして2ヶ月経って、2021年の12月末にお母さんが死んだ。どうやって死んだのかは聞いてない。遺書もあるらしいけど読んでない。というか、実家に帰っていない。ぜんぶお母さんのお母さんであるおばあちゃんから聞いた。おばあちゃんは「あんたに会おうと必死やったから」と言ってた。

おばあちゃんからこの連絡を受けたとき、血が下がって、呼吸が浅くなって、なにも考えられなくなった。いまも似たような状態になる。

お母さんが死んだのはわたしのせいではないと思う。というか、ほかの人間に依存して、その人がいないと本当に生きていけないような人間になってしまうのは、ロマンチックだけど、正しいことではないと思う。どうあったって、わたしにはわたしの意志があって、それは「お母さんと関わるのはイヤ、子どもの頃のつらい記憶を思い出すのはイヤ」と言っていた。わたしは、お母さんが嫌いだった。

お母さんが嫌いだったんだ。全部が嫌いだった。わたしの機嫌を損ねないようにぼんやり笑う顔が、歯磨きをしなくなって歯石がこびりついた歯が、歩かなくなってやせてたるんだふとももが、すこし複雑な話をすると頭が追いつかなくて焦点が緩んだようになる目が、ぜんぶが嫌いだった。

わたしは昔の、弱くみじめで泣いてばかりの子どもの自分から変わりたかった。このように衰えてしまったお母さんを見て思うのは、「昔はあんなにわたしを怒鳴って叩いたのに」ということばかりで、それがたまらなく嫌だった。いつまでも子どもの頃の経験にとらわれて恨みごとを垂れる人間になりたくなかった。だからお母さんをブロックした。お母さんを苦しめたかったわけでも死んでほしかったわけでもない。わたしの知らないところで健やかに楽しく生きてほしかった。それなのに。

いまわたしは、昔のことばかり考えている。わたしが子どもだった頃のこと、弱くみじめで、お母さんに怒られないように、お母さんがご機嫌で暮らせるように、そのためなら自分はなんでもできるような気がしていた時のこと。お母さんのことも考える。手先が不器用で、神経質だけど掃除や整理整頓はできなかったお母さんのこと。それでも赤ん坊のわたしのオムツを替えたり、抱き上げたりはしていたのだろうということ。これらのすべてを、おぼつかない手つきで、静かな家でたったひとりでやっていたのだろうということ。

でもきっと、これもそのうち忘れるだろう。わたしはお母さんが嫌いだった。

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