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「天井」

日本語教育推進法が無事、参議院本会議で可決・成立した。このあたりのことはYahooの記事にまとめると思うので今は割愛。でも、まさか一つの法律の誕生を、これほど「自分事」として捉え、具体的な(微々たるものだけど)アクションを起こし、最後まで見届けることになるとは思わなかった。(「政争の具」みたいな、ニュースで聞いたことしかないような言葉に精神的に”翻弄”されることになる、みたいな経験も生まれて初めてのことだったし・・・)

人生は何があるかわからない。

昨日、この法律の成立を受けて日本語教育学会が開いた記者会見に潜り込ませてもらうことができた。「記者会見」を間近でみるのも生まれて初めてだ。

人生には未経験のことがたくさんある。

その会場で立ち話をしていた中で、そういえばその日の朝もあるメディアの取材で話していたことを思い出した。そのメディアの記者の方から、「日本語教育推進法を機に、政策面での実効性」みたいなことを問われたのだけど。

その点について、今、気になっていること。

1つ目は「誰がやるの?」ということ。日本語教育をはじめとする”外国人受け入れ環境整備”的なものは、確かに自治体がベースになって進む。その自治体はこれまで、外国人集住地域以外は何もしてこなかったり、ボランティア頼みだったりで、この分野に関する「人材」という”資源”は限りなく限定的なんだろうと思う。

で、これから外国人の担い手を多く必要とする、つまり、外国人の”受入れ体制の整備”がより急がれる自治体の中には、「日本人の担い手がいない」からこそ、外国人人材を必要としている自治体も少なくないだろうし。

もちろん、「支援人材=日本人」である必要はなく、はじめから海外ルーツの人を支援人材として登用する、という手段はある(それに特化した在留資格は今のところないけど、「人文知識・国際」あたりで自治体から委託を受けた企業あたりが雇用する、みたいな感じはできそうな気がする。いずれにせよ、たくさんの知恵と工夫が必要だろうなと思う。

2つ目は資源には限りがある、ということ。これから、日本語教育推進法を後ろ盾にして基本計画とかが立てられて、事業が行われることになるんだろうけど(今は施策の方がどんどん先に行ってしまっているが・・・)、それでも1つ目の懸念の「人的資源」の問題に加えて、資金的な資源の問題も小さくない。日本語教育推進法は理念法だから、文字通り「きれい」な目指すべき理想を描くものだと思う。だから、支援者がはたから見て、うれしくなるようなことが書いてある。

これは教育全般に言えることだけど、日本語教育の分野でも、その”天井”はなんというか・・・青い。

青天井。

私のような日本語教育の素人から見ると、「どこまでやればいいの?」と思うような感じ。もちろん、語学に終わりはない。

私も一時は通訳レベルまで行ったビサヤ語は、まだあと10年学んでも学び足りないと思うだろう。海外ルーツの子どもは確かに、できる限り長期間サポートが必要に応じて受けられるようにすべきだと思う。しかも、急いで。

それ以外の人たち(大人)の日本語教育は、どこまでできれば「じゅうぶん」と言えるのか。留学生なら、それはあまり難しくない。大学進学を目指していれば、そのために必要な日本語力がその天井となるだろう。

では、生活している人や働く人のための、特に「公的な領域における日本語教育」はどこまで必要なんだろう。

「”生活で困らない”くらいの日常会話」?
「”簡単な”文書の読み書き」?
「いやいや、学校からのお便りが読めないと、保護者(とコミュニケーション取れない学校)が困る」?
「いやいや、行政や地域からの通知や掲示は読めないと・・・」?

その「天井」が示されないと、必要な人的資源も予算規模もまったく見えてこないし、たぶん、翻って「いつまでたっても予算も人材も足りない」「国はもっと予算つけて!」、みたいな状況が続くことになってしまう。

現実は厳しい。

社会的な課題への対応のために予算を必要とする領域は他にもたーーーーくさんあって、限られたパイを、今は、みんなで分け合っていく以外にない。外国人の受入れ体制の整備が、30年後の日本の税収を爆上げするかもしれない「投資」だとしても。今の日本では長期的な視野に立って他に我慢させてでも資源を集中投下する、ということにはならないだろうし。

その「天井」を移民受け入れ諸国のように時間で区切る(ドイツとか、韓国とか)のはわかりやすい。「やさしい日本語」(これもレベルが様々だけど)が理解できる、というのを一つの基準にして保障すべき学習時間数を算出するのもいいと思う。

何はともあれ、割と急いで「日本社会の中で求める最低限の日本語力とは何か」みたいな天井そのものと、その日本語力を身に着ける必要のある人の数(学習者数)と、その偏在状況(どこにどれだけその学習者がいるか)と、その学習者を教える人材がどの程度必要になるか、そこから算出された必要な財源はトータルでいくらくらいなのかは出してから、中長期的な計画を立てられるといいなと思う。(いや、もうすでにある程度概算はされているのかな?)

一方で、もう一つ。その天井は「最低限の公的保障の範囲」であって、必ず到達すべきKPIにすぎない。最終的な目標はあくまでも、日本語教育推進法にあるように、日本語教育を必要とする人が日本語を学ぶ機会を最大限確保すること、でなくてはならない。望めば、誰もが学べる機会をつくっていくことを、常に目指していくべきだし。

・・・昨日、産声を上げたばかりの新しい法律。

まっさらな、「キャンバス」のようなもの(お皿、でも箱、でもいいかも)が生まれたという感じ。人材とか予算とか、なんとかとか、そういうものはすべてこれから、の状態。でも、その誕生を心から喜んでいます。これからの成長に、少しでも栄養を与えることができるように、すべきことを1つ1つしていきたい。

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NPO法人青少年自立援助センター定住外国人支援事業部責任者。海外ルーツの子ども・若者の学習と就労を支援。(http://kodomo-nihongo.com) Yahoo!ニュース個人オーサー。愛夫家。2019年度文科省外国人児童生徒等の教育の充実に関する有識者会議委員
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