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世界一面白い生き物は童貞

以下の文章は2017年、日本作文コンクール小学校3年生の部で佳作入賞したものである。

世界一面白い生き物は童貞

八千代小学校 3年1組 松原 良哉


大切なもの、感受性は移り変わる。その中でカギになるのは何か?
僕は最近そんなことを思いました。

友達のまさき君がある日言った。学校からの帰り道、河川敷に差し掛かったところだった。

「世界一面白い生き物は童貞だよな」

確かにそうだなぁ、と僕は思った。
S〇Xというパンドラの箱を開けるまでの男というのは、飛行機を発明したライト兄弟並みの想像力を持っている、そんな気がした。

「どんな下ネタも本当に面白いもんね。パンチラのためになんでも投げ出せるのは童貞の特権だと思う」

「そう、目に映るものすべてが新鮮で、未知の秘宝を探す毎日は感受性を刺激してやまないんだよな」

そう話すまさき君は学校でも成績がとてもよくて、みんなのあこがれの的のような存在であった。僕と比べたら非の打ち所がない。そんなまさき君が童貞について憂うように語る。僕はまさき君でも童貞卒業は危惧すべき事態なのかな?と思い、つい励まそうと思った。

「でもまさき君の下ネタは童貞を卒業しても、きっと面白いままだと思うよ。みんないつも面白いって言ってる」

まさき君は毎回膝を打つような角度からの下ネタを学校で披露する。この前はケツの穴に墨汁が染み込んでいく様子の繊細な描写を瀟洒に語ってみんなを爆笑の渦に誘った。

「そうかなあ、りょうやは童貞を卒業しても俺の下ネタで笑えるかな」

そう言ったまさき君の顔には明らかに影が差していた。いったいどうしたというのだ、と僕は思う。

「そうに決まってるよ。まさき君のセンスには毎回驚くし、卒業したくらいでそれは揺らがないって!」

「ありがとう、そう言ってくれて嬉しいよ」

「うん」

しばしの沈黙が流れた。川のせせらぎ、キックベースをしている違う小学校の生徒の歓声は空虚に僕らの間をすり抜ける。秋口の空は高くて、夕日だけが僕らや道のわきに生い茂るすすきに落ち着いた視線を向けるようだった。

「どうかしたの?なんか元気ないよね」

僕はしびれを切らし、沈黙を破った。
まさきくんは漏れ出るような声でこう返答した。

「実はさ、かずやが童貞を卒業したんだ、それで最近すれ違っててさ」

かずやとはまさき君と二人で一つのような親友である。そういえば最近一緒にいるところが少ないような気がしないでもない。

「あいつ童貞を卒業したせいか、どこか余裕なふりしだしてさ。俺の下ネタにもくだらないみたな目を向けてる気がするんだよな」

かずや君とまさき君はまさに阿吽の呼吸でお互いを笑わせあっている仲だった。お互いに笑わせあっては床をバンバンたたくほどいつも盛り上がっていた。

「そうだったんだ、でも今は卒業したてで落ち着いてないかもしれないけどいずれまたいつもの二人に戻ると思うよ」

「多分かずやはそうだろうな、でも、俺は違うかもしれない」

「え、どういうこと?」

思わず聞き返した。言ってる意味がよくわからなかった。

「俺は今までかずやと一緒にいて何も臆することなく喋ってきたし、そういう意味では安心しきってた」

夕日を写すまさき君の瞳は心なしか潤んで見える。

「でも最近はちょっと違う、心の距離を感じる。かずやが何か大きく変わったというよりは、自分で心の壁を作ってしまってるようなんだよ」

「それはいったいなんで」

思わず聞き返す。

「多分童貞を卒業されたことに対して、自分のもとから離れてしまったような、どこか遠くに行ってしまったような疎外感を感じてるんだと思う」

なんとなくわかる気がした。実際に経験値の差が出た以上の、心の距離がそこにはある。

「なあ、りょうや。本当に童貞っていうのは面白い生き物だよな」

まさき君のその声は震えていた。

「面白いっていうのは単に自分が童貞だから面白いってのもそうなんだけど、仲間が童貞だからでもあったんだよなあ、童貞は何を言っても、何を聞いてもそこにはS〇Xをしたことがねえっていうかわいげ、ある種下手に出るような安心感があるからさ」

そしてそのままこう続けた。

「そういう意味では童貞ってある種優しくて、包容力があって、でもアホでさ。本当に世界一面白い生き物だよな、童貞って」

そう言ったころにはまさき君は大粒の涙をこぼしていた。
僕もつられて泣いた。

「うん、本当にそうだね」

僕は何とか返事をした。

そのころにはもう夕日は沈み切って、あたりはまばらに街頭が付き始めていた。キックベースをしていた少年たちはもういない。僕らは路地でそれぞれの帰路に別れた。

僕は思う。童貞はきっと目に映るものを面白くしてるだけではないのだ。お互いがお互いに童貞であるからこそ優しく包みあえる。そんな優しさ、安心感の上に面白さを醸成しているのだ。本当に童貞は世界一面白い生き物、いや、面白くする環境を作る優しい生き物かもしれない。

涙でにじむ街頭は温かで、童貞に似た部分があると感じることを僕は禁じ得なかった。

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