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「性的欲求」を感じるまでキスから18年経っていた

情報過多の時代。自分のセクシャリティを先に決めてしまっていないだろうか。カテゴライズするのが早すぎないだろうか。

キスがイヤ過ぎて彼氏と別れた16歳

私は、10代の恋愛では彼のことは好きだがスキンシップが嫌だった。嫌過ぎて別れた。友達は「好きならスキンシップしたいものだ」というが、そんな欲求は湧かなかった。謎だった。

好きならシたくなる。

そんな「性的欲求」がスムーズに湧くほうが不思議。潔癖だとか言われたけど、そうでもなくて興味はあったのだ。でも、触れられて心地いいと思えないし、なんとなく怖いと思っていた。

二人目の彼氏と文化祭の中夜祭の帰り道、初めてキスをした。
15歳だった。

しかし、キスしても気持ちいいともうれしいとも楽しいとも思わなくて。だから、また、キスしたいという欲求もない。全然どきどきもしないし、できれば「手を繋ぐ」で留めていただけないか、と思っていた。手を繋ぐだけで私は幸せだった。

キスされても、胸を触られても、「なんだ、この時間は?」という気分だった。先のことを考えてみても、私は情報もなく男女がどうまぐわうのかも知らず、そして、よくわからないので、「興奮したふりをしないといけないのではないか」と思っていた。喘ぎ声を出さないとダメ、はぁはぁ言わないとダメ……と、勝手に先を想像して「うーん、どうしたらいいのかさっぱり分からないわ」と思っていた。女の人は、声を出すものだと知っていたけれど、なぜ声を出しているのかわからなかったのだ。

気持ちがいいから喘ぎ声が出てしまう。
という女体のメカニズムを知らなかった。

つまり、経験がないだけだった。

ふれ合い始めてから1年以上経ってからやっと少し開花?

次の彼と18歳からつきあった。つきあってから1年近く経って、スキンシップで少しずつ「もしかしたらちょっと気持ちいいかも」と知った。でも、最後までしたいとはやっぱり思わなかった。「20歳まで待ってくれ」と、平気で伝えていた。触れられることに快感も感じていなかった。

触れられるよりも、むしろ、服を脱がされることの方が興奮した。

裸になること、興奮して求めてくる彼にただどきどきするだけで、だから彼氏と同じテンションでエロい気持ちになるということはやっぱりなくて、気持ちいいのかどうかわからないまま、好奇心もあって身を委ねた。許可していないのに、そういう関係になったこともあって(つまり同意していないし、私はまだ触れ合うだけでよかった)、それでもまだ「性的欲求」なんて微妙だった。

その彼氏と4年近く付き合ううちに、少しずつ「性的欲求」というものがわかってきた。

人生初の彼氏ができてから、実に6年。自分に「性的欲求」があるかもと気づいたのは23歳ごろ。

そして、しっかり「性的欲求」を感じるようになったのは、33歳。離婚してシングルマザーとしてつきあった彼と肌を重ね、私はやっと「シたい」という気持ちが内側から湧き上がることを知った。彼は実に魅力的だった。

ファーストキスから18年経っていた。

私たち女性は「性的に目覚めるまでに時間がかかる生き物」だ

「性的な欲求がないタイプ」というカテゴリーがあるそうだ。20歳までの私が知っていたら、自分がそうだと思っていたと思う。みんながみんな自然に「エロ」に目覚めていく訳ではない。

カテゴライズすることで、自分の未来を閉じてしまうことに私のようなアラフィフはすごく怖さを感じる。

私たち人間は「変化し続ける生き物」だ。
「生き物」は変化する。
いつも、変化し続けている。

それが生き物である理由でもある。

カテゴライズすると、その枠に自分が縛られることもある。だから、あまり不安がらずに、自分の思いを泳がせてみてほしい。

「自分は男に興味がない」と思っていたら、後に素敵な男性に出会った恋をしたという人もいる。

私自身、結婚しておいておかしな話だけれど、実は、3人目の彼氏である「前夫」までは「嫉妬」という気持ちが理解できず、自分を「嫉妬しない人」だと思っていた。

そして、「好き」の度合いが、人よりも少ないので薄情で「恋愛に向かない」と思っていた。だけど、それは「自分の感情」を押し殺して生きる癖がついていただけであり、離婚後の私は、文字通り燃えるような恋をした。

33歳で初めて「恋愛」を知った。

それまでの「好き」はなんだったのかと思うほどの激しさ。恋愛の「回路」が自分にはないと思っていたが、そうではなかった。

その彼と出会って、私は初めて「自分が性的に興奮する」ということを知った。そして、その次の彼氏、続いて、今の夫。彼らに対しては強烈に恋をして、「シたい」という思いも生まれた。

女の性的欲求は「時間」と「相手の魅力」に大きく左右される

自然発生的に興奮しやすい男性と違って、女は、すぐにはエロエロしたいと思えるようにできている訳じゃないと、私は思う。

奥の方に閉まっておいて、大切な相手にだけ花開くようにできているのではないだろうか。でなければ、不安感や寂しさから、簡単に相手に身を委ねることになってしまうのではないだろうか。

カテゴライズして安心できるのなら、安心してもいいと思うよ。
だけどね、「性的欲求」が育つかもしれないとだけ、知ってもらえたら、もっと柔軟に生きやすくなると、私は思う。

自分のことって意外に知らない。変化を恐れず、しなやかに生きるためにも、自分の中にある「たね」が育つのをゆっくり待ってみてはいかがだろうか。

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