見出し画像

Moment Tokyo 伊東孝俊さんに訊く ライブ映像&ドキュメンタリー制作の舞台裏

11月3日にリリースされた映像作品「いきものがかりの みなさん、こんにつあー!! THE LIVE 2021!!!」。そのライブ映像とドキュメンタリーの撮影・編集からパッケージデザインまでトータルで手掛けたのが、ライブの熱量を凝縮したアフタームービーで定評のある総合映像プロダクションMoment Tokyoだ。総監督としてチームを指揮した伊東孝俊さんに、本作の見どころや制作舞台裏について語ってもらった。

―まず、Moment Tokyoが普段どのような映像を制作しているのか教えていただけますか?

自分は海外のフェスが好きなのですが、海外のフェスにはアフタームービーという文化があります。ライブの高揚感を収めた短尺のダイジェスト動画のことをアフタームービーと言うんですけど、「この高揚感をデジタルの力で伝えられるんじゃないか」「アフタームービーは日本にまだ浸透していないけど、この分野には可能性があるんじゃないか」と思い、そのジャンルを追求してきました。瞬間という意味を持つ「Moment」という言葉を社名につけたのもそういった想いからです。Moment Tokyoでは、アメリカ発のEDMフェス「EDC(Electric Daisy Carnival)」やサーフカルチャーをルーツに持つ「GREENROOM FESTIVAL」といった様々なフェスのアフタームービーを制作してきました。フェス以外では、m-floの20周年ライブ(「20th Anniversary Live "KYO"at Zeep Tokyo」)の映像も作りましたし、コロナ以前は音楽ライブだけではなく、アパレルブランドやコスメブランドなどのイベントのアフタームービーも制作していました。「現場にいた人の熱が冷めないうちに」というコンセプトでライブ当日のうちにアフタームービーを公開する「Moment Movie」がMoment Tokyoの特徴的なサービスで、各方面から「鮮度がありクオリティが高い」という評価をいただいています。


―アフタームービーはリアルイベントがあるからこそ生まれるものかと思いますが、そうなると2020年春以降は事業領域を変えざるを得なかったのではないでしょうか?

事業領域は変わったというよりも圧倒的に拡大しましたね。コロナ以降は、イベント/コンサートありきの既存の事業を一旦ストップして、「ライブ配信の可能性を徹底的に追求してみよう」と思ったんですよ。それでまず、去年の4月からDJライブを毎日配信しました。3カ月で300組ほどのアーティストに出演してもらったんですけど、ただライブを配信するだけだと、1〜2カ月もすると飽きてくるんですよ。なので今度は、潰れてしまったクラブハウスを借りて、新しい配信ライブのやり方を研究してみたり、バーチャルライブの領域に取り掛かってみたり……。Moment Tokyoは平均年齢25歳の若いチームなので、柔軟性もあるし、新しい話題に対する感度が高いので、新たな事業にも積極的に取り組んでいけました。そうしてCGの領域を突き詰めていくなかで、ヒップホップのアーティストのバーチャルライブや、キズナアイのXR LIVE「Kizuna AI Fireworks Concert」(※REZ、huezと3社合同で制作を担当)を手掛けたほか、嵐のバーチャルライブ(嵐が出演したオンラインライブイベント「Spotify presents Tokyo Super Hits Live 2020」)にも携わることができましたし、1年かけて物事を追求してみると世界が広がるものだなと実感しました。


―いきものがかりと一緒に仕事をするようになったのは「TSUZUKU」のMVからですか?

そうですね。その前に、「ミュージックステーション」で「笑顔」をリモートパフォーマンスした時(2020年5月22日放送回)にもお手伝いさせてもらいました。ディレクターの梶(望)さんとは以前にもご一緒したことがあったので、そこからの繋がりですね。「TSUZUKU」のMVは横浜アリーナでの配信ライブ(2021年3月14日開催「いきものがかり デビュー15周年だよ!!! ~会いにいくよ~特別配信ライブ」)から1週間後の3月22日に公開するスケジュールで、梶さんやメンバーの水野さんの中に「ライブの熱量をそのまま詰め込んだミュージックビデオにしたい」というコンセプトがあったとのことで、うちのチームがハマるだろうと思ってくれたみたいです。


―いきものがかりに対しては元々どのような印象を持っていましたか?

テレビやラジオから流れてくるような代表曲はもちろん知っているけれど、正直深くは知りませんでした。実際に関わってみたら本当に面白くて、「人間的だな」と思うようになっていきましたね。特に水野さんの音楽づくりにおける視点が面白い。一つのアウトプットが出来上がるまでの過程の中で深く考えているし、俯瞰した視点を持っている人なんだなと思ったんですよね。水野さんは自分のことをソングライターと言っているけど、いろいろな人のことをすごく見ていて、そういう意味でプロデューサーとしての力も持っている。その上で、細部までこだわってアウトプットを作っていく姿勢はすごくリスペクトしています。


―11月3日にリリースされた「いきものがかりの みなさん、こんにつあー!! THE LIVE 2021!!!」に収録されているライブ映像とドキュメンタリーもMoment Tokyoが制作しているんですよね。

はい。映像の制作だけではなく、パッケージの企画なども行いました。「TSUZUKU」のMVを制作したところから、まずは「ライブシューティングも頼めるのかな?」ということでライブ映像を制作することが決まって。そのあとにドキュメンタリーも一緒に作ることが決まったんですけど、途中から「こういうことをしたら面白いな」というアイデアがどんどん浮かんできて「もしもパッケージを作るならトータルで作りたい」と思うようになって。そこでレーベルのスタッフさんにパッケージ制作の提案をしたところ快諾いただき、企画を詰めていきました。ライブ映像の制作をする過程で、自分たちがやりたいことも、いきものチームのみなさんから任せてもらえることも一つずつ増えていったという感じですね。実は映像作品のパッケージ制作は、Moment Tokyoにとって今まで経験したことのない挑戦でした。ただ、DVD/Blu-rayのパッケージを作ったことがなくても本を作ったことはあるので、その経験を応用すればできると思ったし、大事なのはアイデアと「コンセプト通りの形を作っていこう」と踏ん張る力なので。初めての経験だということ自体は大きな問題ではありませんでした。


―「いきものがかりの みなさん、こんにつあー!! THE LIVE 2021!!!」には、今年6月10・11日に行われたツアーファイナル・横浜アリーナ公演のライブ映像が収録されています。伊東さんはこれまで多くのライブを観てきたかと思いますが、あのライブを観てどのような感想を持ちましたか?

いきものがかりがあの時に出すべきアウトプットとしては100点以上のライブだったと思います。個人的なことを言うと、今年編集したライブ楽曲ベスト10を挙げるとしたら、「コイスルオトメ」は確実に入ってきますね。あの曲のロック魂はすごくよかったですし、たとえ自分が映像監督という形で関わっていなかったとしても、きっと「よかった」と思ったんじゃないかと。


―横浜アリーナ公演は、3人のいきものがかりのラストライブでもありました。山下さんの卒業発表を受けて、「どのような映像作品にするか」というコンセプトからして方向転換を余儀なくされたと思います。

方向転換はありましたね。当初は「歌えるDVDにしよう」と思っていたんですよ。感染症対策ガイドライン下でのライブだったので、お客さんは声を出せませんでしたが、声の出せないライブをそのままパッケージにするのは寂しいなと。そこで、いきものがかりの「ネガティブなワードをポジティブなものに昇華していく」という魅力を生かして、「声が出せないことを逆手に取って“歌えるDVD”にしたらどうかな」と。家で歌える要素を徹底的に盛り込んだ企画を作って、めっちゃ真面目に「スナック聖恵」とか書きましたね(笑)。


―それは気になります(笑)。

「歌えるDVD」という企画はいきものチームのみなさんからも「いいね」と言ってもらえて、プレゼンも通っていたんですけど、ライブ映像はアーティストとファンのコミュニケーションツールなので、状況が変わったならコンセプトも変えるべきだろうとすんなり思って。そのあとすぐに代わりの企画を出しましたね。


―それで卒業アルバム風のパッケージになったんですね。

はい。ただ、「卒業アルバムというコンセプトでパッケージを作りたいんです」というのをパワーポイント資料で説明しても楽しくないんですよ。なので、レーベルのスタッフさんに「小学校から大学までの卒業アルバム、全部持ってきてもらっていいですか?」とお願いして、「作りたいのはこういうものです」とその場でバーッと並べて。そうすると、プレゼンされた側も「おっ」ってなるんですよね。常に印象に残るプレゼンをすることは意識していました。


―ライブ映像において、こだわったポイントを教えてください。

ライブ本編はカメラを25台入れていたんですけど、横浜アリーナで25台はちょっと少ないんですよ。いろいろな兼ね合いがあってその台数になったんですけど、前半と後半で撮り方を変えたり、カットのタイミングやスケールなど編集も微妙に変えたりすることで、ナチュラルだけど飽きのこない映像を目指しました。「あ、これさっきと同じ構図じゃん」という瞬間は少ないはずですし、その結果、「3時間なのにスルッと観られる」という印象になっていると思います。編集って一つひとつをいかに丁寧に処理できるかが大事なので、「塵も積もれば」みたいなところがあるんですよ。だからこそモチベーションが大事で、いいチームでいい曲でいい人たちじゃないと僕らも「もうやってられないよ!」ってなるんですけど(笑)、そういう意味で最後までモチベーションを保ちながら取り組むことができたのは大きかったと思います。


―ドキュメンタリーは、歌詞のフレーズを機に展開していく構成になっていましたね。単なるオフショット集ではなく、これもまた一つの「作品」になっていると思いました。

設計としては、Netflixで配信しているワンオク(ONE OK ROCK)のドキュメンタリー(「Flip a Coin -ONE OK ROCK Documentary-」)とも結果的には近いものでしたね。分かりやすい起承転結があるわけではないけど、作り手としての覚悟、熱量を伝える映像というか。
いわゆるオフショット的なものを喜んでくれるのはコアなファンだけで、以前の僕がそうだったように「代表的な曲は知っているけど……」というライト層からすると「へえ~」で終わってしまうんですよ。コアなファンもライトなファンも共通して心が動くのはやっぱり曲だし、「あの曲のあのフレーズがいい」というのがいきものがかりの本質だと思ったので、「好きな曲が少し増えるドキュメンタリー」を目指しました。
余談ですが、ファンのみなさん、ドキュメンタリーの感想をSNSにあまり投稿してくれないなあと思っていて。おそらく他のファンの方を気遣ってネタバレを避けてくれているんですよね。今はこうして僕がいろいろと話していますけど、逆に、みなさんがどう思ったのかも聞いてみたいので、感想をもっといただけるととても嬉しいです。


―Moment Tokyoはヒップホップ系のアーティストと関わりが深いようですが、ほぼ真逆のジャンルに位置するいきものがかりと共に制作をしてみて、どんなことを感じましたか?

「やりやすかった」の一言に尽きますね。アーティスト自身もメンバーを支えるレーベル、マネジメントもモチベーションの高い人たちばかりで、すごくいいチームだなと感じました。会社でも何でもそうですけど、成果を挙げているところはやっぱり空気がいいんですよ。みんなが高いモチベーションで仕事しているから、前向きな空気感になっていく。成功し続けているアーティストにはやっぱりそういう空気感があるんだなと感じました。「こういうふうに育っていきたいな」という、長期的なモデルケースとして見ていた部分もありますね。


―それは、伊東さん自身クリエイティブチームを率いる立場として「参考になった」ということでしょうか?

そうですね。水野さんってそんなにベラベラ喋るような人じゃないけど、気さくで、数多くの人と会っていて、他のアーティストやクリエイターからのインプット量が多いじゃないですか。その上で、新しいことに挑む意欲にあふれつつ、これまで応援してくれた人たちのことも大事にする文化がいきものチームにはありますよね。そういうところをリスペクトしています。


―今後またいきものがかりと一緒に仕事をするとしたら、どういう形で関わりたいですか?

今回の制作を通じて、水野良樹のクリエイションの面白さを知ることができたので、例えば「1つの曲が出来上がるまで」というふうに物づくりの過程を追いかけるものを作ってみたいです。イメージとしてはNHKのドキュメンタリー番組のようなテイストです。あと、Moment Tokyoは海外志向が強いので、海外のいきものがかりファンに向けて何か発信したいということがあれば、声を掛けてもらえると嬉しいです。いきものがかりは「生きる」の時にVolumetric Capture技術を使った生配信ライブを行っていましたが、弊社もバーチャルの領域には自信があるので、そういうものを使って海外に発信してみてもいいんじゃないかと。ただ、どっぷり交わる機会はそんなに多くなくてもいいと思うんです。弊社は今バーチャルライブを頑張っているし、いきものがかりもいきものがかりで、何か力を入れている領域があると思うし。


―お互いが自分の登るべき山を登る過程で、また出会えたら嬉しいという感じですか?

そういうことですね。何かちょうどハマるタイミングがあれば、「久しぶりです」という感じでしっかりやれればいいのかなと。なので、次はいきものがかりが30周年を迎えたタイミングで呼んでもらえたら嬉しいですね。


【PROFILE】
伊東孝俊
株式会社Moment Tokyo CEO
http://www.moment-movie.com/

ライブ現場にある熱量に惹かれ、アソビシステム株式会社でイベント制作業を担当。退社後の2015年に株式会社110(現・株式会社Moment Tokyo)を設立した。同社は、広告制作やWEB制作、ドキュメンタリー制作等を手掛けるなか、ライブのアフタームービーを24時間以内で排出するサービス「Moment Movie」を2016年にリリース。2020年の新型コロナウイルスによる感染症拡大の影響で市場が一変して以降はデジタル領域に注力することで、XR配信ライブの国内におけるリーディング企業となった。
CEOとして会社を経営しながらクリエイターとしても前線に立ち続け、いきものがかり「TSUZUKU」のMVではディレクター/ビデオグラファーを担当。ライブ映像&ドキュメンタリー作品「いきものがかりの みなさん、こんにつあー!! THE LIVE 2021!!!」では総監督としてチームを指揮し、パッケージの企画や映像編集も行った。

取材日 : 202111月
取材/文 : 蜂須賀ちなみ (@_8suka)
編集 : 龍輪剛
企画 : MOAI inc.