見出し画像

アートディレクター・HARU氏に訊く、いきものがかり「らしさ」の革新〜『WHO?』と「BAKU」と「THE"特典"ライブ」〜

これまでのアルバムとは一線を画す『WHO?』のアートワーク。そして、独特の世界観で観る者を引き込む「BAKU」のMV。
これらをトータルで手掛けたのが、クリエイティブ制作に定評のあるコエ所属のアートディレクターのHARUさん。
アートワークに込めた想いから、MVの撮影舞台裏、注目シーンの詳細な解説まで。思わず唸ること間違いなし。

-まず、HARUさんご自身の経歴を教えていただけますか。

小さい頃からデザインの仕事に興味があったので、日本の大学を卒業したあと、イギリスに留学しまして。ロンドンにあるCentral Saint Martinsのグラフィックデザイン科に進学し、卒業後はロンドンに残ってイラストレーターやグラフィックデザイナーとしてお仕事をしていました。だけど元々音楽が好きで、ミュージックビデオを観ることも好きだったので、「いつか自分も作ってみたい」「映像をやってみたい」という気持ちがあって。なので、ビザの期限が切れるタイミングで帰国して、映像の道に進みました。そこから少しずつ映像のお仕事をいただけるようになり、今に至るという感じですね。
最近では、CHAIさんが5月21日にリリースするアルバム『WINK』のグラフィックデザインを担当しました。音楽以外ではファッション周りのお仕事もさせていただいていて。田中みな実さんが新ミューズを務める、PEACH JOHNさん(2021年春期)の広告や映像も制作しています。コエに対して「映像ディレクターのチーム」というイメージを持っている方も多いと思うのですが、私はグラフィック:映像=5:5のバランスでやっています。弊社の中でも珍しい立ち位置かもしれません。


-『WHO?』のアートワークや「BAKU」のMV、メンバーのアーティスト写真などをディレクションされたHARUさんですが、いきものがかりのアートディレクションを担当するのは今回が初めてですよね。

はい。まず「アートワークやミュージックビデオなど、作品を通したアートディレクションをお願いできる方を探しています」というお話があり、そこに私が企画書を提出させていただいたのが始まりでした。確かそのときはどの曲でMVを撮るのかが決まる前で、「WHO?」というお題があっただけだったと思います。「MVとアートワークに何かしらの繋がりを持たせたいです」とのことでしたが、「こうしてほしい」という具体的なオーダーはありませんでした。


-つまり、「WHO?」という単語だけを手掛かりにイメージを膨らませていったと。

そうですね。「WHO?」というメッセージの他に「この音楽を聴いているのは誰か」「自分たちは何者なのか」という問いかけがあったので、そこからどんどんイメージを膨らませていきました。あと、いきものがかりさんはちょうどデビュー15周年なので、「自分たちとは?」というアイデンティティを考えるような節目の時期だからこそ「WHO?」というタイトルにしたのかな?とも考えましたね。


-最初に提出した企画書がどのような内容だったのか、可能な範囲で教えていただけますか?

企画書では「WHO=I=YOU=SOMEONE」というコンセプトを提案しました。人はみんな、自分を取り巻くコミュニティがいくつもあって、それぞれに合わせた「顔」を持っているじゃないですか。例えば私も、親に対する「顔」と友人に対する「顔」では全然違うと思うんですよね。同じようにいきものがかりさんも、ファンから見たいきものがかり、メンバーから見たいきものがかり、スタッフから見たいきものがかり……と、いろいろな「顔」があると思います。要するに「WHO」というのは、私であり、あなたでもあり、あなたの大切にしている誰かかもしれない。人にはいろいろな要素があって、その多面的な要素によってパーソナリティが出来上がっている――というコンセプトが私の中にありました。
そこから、アルバムのアートワークでも多面的な「何か」を表現できたらいいなということで、キュビズム的な発想で、顔をモチーフとしたビジュアルを作れたら面白いんじゃないかと。MVに関しても、アルバムのアートワークと近しい世界観をイメージしていました。


-その後はどのような流れで進んでいったのでしょうか?

企画書を提出したあと、しばらく経ってから「今回はHARUさんにお願いすることに決定しました。よろしくお願いいたします」というご連絡をいただきました。そのあとにMVを撮る曲が「BAKU」に決まり、メンバーのお三方やスタッフさんとディスカッションしながら具体的に詰めていった感じですね。


-歴代のアルバムアートワークと並べると、『WHO?』のアートワークはやはり異色だなと感じます。

そうですよね。私はいきものがかりさんと一緒にお仕事をするのが初めてなので、自分がやるからには、みなさんが今まで築いてこられた「いきものがかりらしさ」をいい意味で壊しつつ、お三方の新しい側面を引き出しながら、新しい表現ができたらいいなという想いはありました。一つ意外だったのが……今回デザインを2パターン出させていただいたんですよ。一つは背景が黒で床が黄色のもの、もう一つは背景が木材で床が緑色のもの。私は後者に決まると思っていたんですけど、お三方が「もしかしたら黒の方がいいかも」と仰っていて。私の中ではそれが新鮮でした。


-メンバー自身も新しさを求めていたんでしょうね。

そうですね。今までの「明るい」「温かい」といったイメージから、今までとは違う何かにシフトしていきたいのかな、と感じました。ただ、ファンのみなさんが思う「いきものがかりらしさ」ももちろん大切にしたくて。私としては、色味や配色などを工夫することで、ポップさが担保されるバランスをすごく意識して作りました。

画像1

-アルバムのブックレット(歌詞カード)で、HARUさんが特に気に入っているポイントは?

私はダークポップ的な世界観が好きなので、目玉がかわいくて気に入っているんですけど、みなさんには怖がられてしまうかもしれないです(笑)。目玉ってちょっと気持ち悪いモチーフだと思うんですけど、いきものがかりさんの世界観に上手く入れ込むことができたかな?と思っていて。例えば、「生きる」の歌詞が載っているページにある、カーテンの下から出てくる青い手が目玉を持っているところは、ギリギリを攻められたかなと。また、吉岡さんや水野さん、山下さんが写っているぺージでは、ご本人を象徴する
ようなモチーフを置いています。例えば、吉岡さんのぺージにはマイクがありますし、水野さんのぺージにはエレキギターのような形のオブジェがあります。山下さんのページにある木の板は、ご本人のウェービーヘアを意識したものです。というふうに、それぞれのモチーフにこだわりがあるので、ぜひじっくりと見てみてください。


-「BAKU」のMVについても聞かせてください。まず、HARUさんは「BAKU」を聴いてどんなふうに感じましたか?

すごく疾走感のある曲だなあ、と思いました。飛んでいるような。


-飛んでいる?

ナルトたちって、飛んでいるみたいに速く走るじゃないですか。シュタタタタッ!って。私は「NARUTO -ナルト-」世代でアニメをよく観ていたので、「BAKU」を聴いて、ナルトたちが走っているイメージが浮かんだんです。そこから「この疾走感をMVで表現するにはどうしたらいいかな?」と、プロデューサーの山口洋介さんとリサーチを重ねていく中で、「カメラワークで動きをつけることができれば、狭い箱の中でも疾走感を出せるんじゃないか」という話になって。


-スリリングな映像はそういった工夫の下で成り立っているんですね。真っ白で毛むくじゃらなバクのビジュアルもかなりインパクトがありました。

ネットでは一時「モップ」と言われていましたね(笑)。Googleでバクを画像検索すると、犬より少し大きくて鼻の長い動物のイメージイラストが出てくるんですよ。だけど私の想像しているバクはそうではなくて、アニマルというよりもクリーチャーというか。もっと毛むくじゃらで、得体の知れないような……雪男に近いイメージだったんです。


-なるほど、HARUさんのイメージを具現化したビジュアルだったんですね。

バクは架空の生き物なので、MVでは、メンバーのお三方がいる箱の中を現実世界、バクがいる箱の外を抽象世界という設定にさせていただきました。最初は、外にいるバクが箱の中を見ているだけ。だけどバクが徐々に箱の中に興味を持ち始めて、ちょっかいを出し始めるんですよね。現実世界が抽象世界に浸食されて、どんどん小さくなっていく。やがてお三方とバクがスイッチして、外にいたはずのバクが箱の中にも現れる。自分たちにとってのリアルだと信じていた世界と、自分には関係ないと思っていた世界がスイッチし始めたとき、「私はバク?バクは私?」という疑問が生まれます。自分には関係ないと思っていた世界のものが、実は自分の中にも存在しているかもしれないし、関係ないと思っていた世界に立ち入る瞬間だってやってくるかもしれない。そういうストーリーを描こうと思いました。


-メンバーとバクがスイッチするシーンは、メンバーが実際にバクを演じているんですか?

もちろんです!「演奏シーンはやっぱりお三方じゃないと」ということで、毛むくじゃらのあの頭をつけてもらいました。ご本人が演じるからこそ、あれだけシンクロ率が高いんですよ。例えば、吉岡さんは同じタイミングに手を上げてくださいましたし、水野さんが頭をぐるんと振ってくださったのもそう。山下さんはずっと同じポーズですけど、あれこそが山下さんという感じがしますよね(笑)。バクとスイッチするシーンはカット割りをすごく細かく刻んだんですけど、それでも見やすいのは、お三方のパフォーマンスに一貫性があるからです。編集する上ですごく助かりました。


-MVに関しても、HARUさんのお気に入りポイントを教えていただけますか?

最後にスタッフクレジットが流れるとき、バクが1人ずつ増えていくところですね。初めは水野さんバクが一人ぼっちでいたけど、そこに山下さんバクが加わって、吉岡さんバクも加わって……。水野さんの自伝(『いきものがたり』)を読んで知った「いきものがかりの誕生」を私なりに表現しています。


-撮影時のエピソードで印象に残っていることはありますか?

お三方が穴から顔を出すシーンがあるじゃないですか。そのシーンの時に水野さんが変顔をして、吉岡さんがそれをイジっていたのはよく覚えています(笑)。実は、ブックレットの撮影とMVの撮影とアーティスト写真の撮影が全部同日だったんですよ。だから撮影当日私は必死で、ちょっとテンパっていたんですけど、お二人の絡みを見たときに「水野さんってキリッとしたイメージだったけど、こんなにお茶目な面があるんだ」と思って。すごく癒やされたし、そのおかけでちょっとホッとすることができました。
あと、私からMVのコンセプトやイメージをお伝えしたとき、お三方が「このときのバクはこういう気持ちなんですか?」というふうに質問してくださったことが印象的でしたね。MVの内容をしっかり理解した上で、細かいところまできちんと把握してから表現しようとしてくれているんだなと感じました。


-今回の制作を通じて、いきものがかりに対するイメージは変わりましたか?

変わりました!いきものがかりさんに対しては、今まで「穏やか」で「やわらかい」イメージを持っていました。だけどそのイメージはいい意味で裏切られたというか。冷静に自分たちのことを客観視している方々だなと思いましたし、そのスマートさは一緒にお仕事をすることで初めて感じられた部分でした。自分たちのことや立ち位置、「これからどこへ進もうか」といったことを、きちんと考えてながら活動されているんだろうなあと感じましたね。
お三方それぞれに関しては……まず、吉岡さんは太陽のように明るい方だなと。私、いきものがかりさんと一緒にお仕事するということで、実はすごく緊張していたんですよ。だけどオンラインで打ち合わせしたときも、撮影現場でも場を和ませてくださるので、良い意味で緊張しすぎることはなかったというか。チームをいい流れに持っていく力のある方だと思いました。水野さんは冷静な司令塔という印象でしたね。だけど実は引っ込み思案でシャイ、そしてお茶目で温かい人だなあと(笑)。もうね……すごくファンです。Twitterこっそり追っかけてます(笑)。山下さんは包み込む海のように、大らかで穏やかな方だと思いました。そう考えると、すごくバランスのとれたメンバーなんですよね。15年以上も一緒にいると、その時々で関係性も変わってくるものじゃないですか。その変化によって上手くいかなくなるグループももちろんいると思うんですけど、ずっと一緒にいるのに、いい三角形を築けているんだなというのがすごく伝わってきて。本当にただのファンになりました(笑)。もしも機会があれば、新しい表現をまた一緒に楽しめたら嬉しいです。


-そして4月10日に行われる『WHO?』CD購入者限定の配信ライブ「THE“特典”LIVE」は、HARUさんの所属するコエが演出を手掛けているんですよね。

はい。私はデザイン面をまるっと監修しています。ライブというと、ステージがあって、ご本人たちがいて、後ろに映像が映るスタイルが一般的だと思います。だけど今回の会場は3月にオープンしたばかりのライブ配信専用スタジオで、大型LEDパネルや特殊照明を用いた演出を考えています。普段とは違う見え方を意識して演出を考えている最中なので、当日まで楽しみにしていてください。


【PROFILE】
HARU
ディレクター/アートディレクター/グラフィックデザイナー/モーションデザイナー
http://www.koe-inc.com/members/haru/

Central Saint Martins BA Graphic Design Courseを卒業。ロンドンにてグラフィックデザイナー・イラストレーターとして活動したのち、日本へ帰国。帰国後は主に映像の制作に携わり、2020年より、関和亮らが設立したクリエイティブカンパニー・株式会社コエに所属する。ミュージックビデオやアートワークの制作のみならず、企画からブランディング・グラフィックデザイン・イラスト・映像・モーショングラフィック・ ファッションファッションなど、幅広い分野で活動を行う。
取材日  : 202103月
取材/文 : 蜂須賀ちなみ (@_8suka)
編集   : 龍輪剛
企画   : MOAI inc.