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映像ディレクター・牧鉄馬さんに訊く 「うれしくて」MVに込めた想いとその表現

プリキュアシリーズ20周年記念映画「映画プリキュアオールスターズF」の主題歌としても話題の、いきものがかりの新曲「うれしくて」。先日公開されたミュージックビデオ(以下、MV)は、2人体制となって初めてメンバーが出演する作品だったこともあり、たくさんの好意的な声が寄せられている。本作の監督を務められたのが、映像ディレクターの牧鉄馬さんだ。牧さんは「うれしくて」をどのように解釈し、どのような想いを込めて映像を制作したのか、お話を伺った。

――はじめに、牧さんのご経歴について教えてください。

もうずっと、こういう仕事をやっています。元々はソニー・ミュージックコミュニケーションズという会社でアートディレクターとして働いていて、レコードやCDのジャケットのデザインを手掛けていました。そこから、MVも撮ってみたいと思うようになって、映像の仕事をするようになって。制作したMVを観た広告業界の方たちから声を掛けてもらって、コマーシャルの仕事も増えていきましたね。


――レコードやCDのジャケット、MV、広告における制作時の考え方は、それぞれどのように違うのでしょうか?

レコードやCDのジャケットは、一枚絵でその世界観を表現するものなので、画の強さを意識しながらデザインしていました。MVは、本人がリップシンクしている映像とか、本人が出演しない映像とか、いろいろなものがあるじゃないですか。なので、自分の演出できるフィールドの幅が広がった感じはしましたよね。それで今度コマーシャルの世界に行ってみたら、クライアントという存在がいる。自分が企画して演出するというよりは、クライアントがやってみたいと思っている企画を自分の演出の力で上手く膨らませたり、アシストしたりするイメージです。


――最近のお仕事を一つ紹介していただけますか?

「サントリー天然水」のCMの演出を担当しました。サントリーは今、SDGsへの取り組みの一環として、「Water Positive」という活動をしているんですよ。リサイクルに対する考え方や、自然環境を大切にしようというメッセージをコマーシャルを通じて発信している。商品訴求じゃなくて、みんなの気持ちをいい方向に持っていこうという企画だから、自分もやりがいを感じています。制作も楽しいし、世の中のために自分の力を少しでも使えているならうれしいなと。


――ここからは「うれしくて」のMVについて聞かせてください。牧さんがいきものがかりのMVを手掛けられたのは今回が初めてになりますが、いきものがかりに対してはどのような印象を持っていましたか?

ポジティブな印象を持っていました。素直で、優しくて、誰の耳にもすんなり入っていくような音楽を作っている人たちだなと。


――「うれしくて」を聴いて、感じられたことを教えてください。

「時間」というものを表現している歌なんじゃないかと思いました。先の見えない道を何とか明るい気持ちで歩いているような、時間をかけてもう一度築き上げていこうよというような。吉岡さんの歌声やサウンドからも感じられるけど、歌詞にもそういった言葉が散りばめられていますよね。〈雨はあがる 奇跡じゃない〉とか〈こころ折れて やりきれない日々を ひたむきに願いをつなぎあわせて 橋をつくる〉とか。そして、出だしの〈うれしくて きらきら〉〈飛びあがれ ひらひら〉は「♪きらっきらっ」という跳ねたリズムも含めて、キャッチーな感じがする。自分はこの曲を聴いて、「いろいろな出来事があってもチャンスは必ず回ってくるし、苦しい出来事があってもまた笑えたり泣いたりする時がきっと来るから、みんな頑張ろう」ということなのかなと思いました。「こんなところでへこたれちゃいけないよね」とみんなを後押ししているような気もするし、いきものがかりの二人がそれぞれに自分たちを見つめながら歌っている気もする。


――そこから、どのような映像にしようと考えていきましたか?

「景色は変わっていくけど、時間が流れているんじゃなくて積み重なっているんだ」「時間が自分を作っているんだ」ということを、MVでも上手く表現できないかと考えました。それなら、回転台のステージを組んで、ワンカットで見せようと。ワンカットという手法を選んだのは、演出においても場づくりにおいても緊張感がある方が「時間」を表現する上で効果的だと思ったから。吉岡さんの表現力を存分に活かすには、カットを割らない方がいいだろうと思ったからでもあります。回転台に関しては、音楽のテンポに対してどのくらいの速度で回転させるべきかをすごく気にしました。


――MVは室内のシーンのみで構成されていますが、あの空間を一つの街に見立てていますよね。照明の色合いの変化が空の色の変化を思わせるし、それこそ「時間」の流れが表現されている。

そうですね。吉岡さんの歌声によって、あの空間が街に見える。


――背景のビルのシルエットの中には、スカイツリーやアサヒグループの本社ビルのような形があります。「墨田区なのかな?」と思ったのですが。

そこまで細かく舞台設定をしたかったわけではないんだけど、「ここは、どこなんだろう?」と思われるよりは、実在の街、東京の街なんだと思ってもらいたかったんです。


――特徴的な形の建物の存在によって、東京だと伝わればよかったと。

そうですね。このMVは室内で撮影しているので、光も空も人工のものであって、ある意味ファンタジーと言えるじゃないですか。その上で、人の「道のり」や「時間」というリアリティを表現しようとしている。いろいろな人が、いろいろな想いを抱えながら暮らしていることを表現したいと考えると、舞台は実在の街であるべきで、田舎よりは東京の方がさらに伝わりやすいと思いました。



――落ちサビがちょうど朝になるシーンで、4:27~4:40の13秒間が印象的でした。最初は吉岡さんが立ったまま歌っていて、カメラは吉岡さんを正面から捉えているんだけど、舞台が回転しているから徐々にアングルが変化していく。空が明るくなったタイミングで前向きな表情をした吉岡さんの横顔と、〈きっと大丈夫〉と歌いながら一歩踏み出す姿を捉える。この一連の流れから伝わってくるものは多いなと。このセットで、この撮り方だからこそ作れたシーンってたくさんありますよね。

たくさんありますね。小劇場で見るような、すごくシンプルなセットじゃないですか。豪華なセットではないけど、吉岡さんと水野さんの二人芝居でこの歌を作ってもらおうというイメージはあったので、セットは作り込み過ぎない方がかえっていいんじゃないかと思いました。その分、時間の変化や世界観は、照明などで丁寧に見せようと。


――このMVは光の表現が本当に美しいですよね。ピアノの屋根に反射する光にも物語が宿っている。

ピアノに映り込む光も丁寧に作ったつもりです。舞台の周りに水を撒くことで、汚れとかが流れて、光の映り方が綺麗になったんですよ。それは美術の桜田さんのアイデアなんですけど、すごくよかったなと思っています。先ほど「ファンタジーの世界でリアリティのあることをやっている」という話をしましたけど、そうなると、光の質感もすごく大事になってきます。やわらかい光だと、できあがりもふわっとしたものになってしまう。そうじゃなくて、人間のリアリティをちゃんと映し出せるような光にしなければならない。


――因みに、牧さんはどのシーンが特に気に入っていますか?

月が出てきて夜が明けるところ(3:32~4:00)が好きです。ここ、ドラマティックじゃないですか。


――ドラマティックですね。最初は月だと分からないけど、カメラが引くことで、初めて満月が出現するという。

そうそう。そのシーンは吉岡さんの動きとカメラワークがシンクロしていて、いいなと思いました。


――今回のMVは、吉岡さんと水野さんの演奏シーンがメインですが、いきものがかりのMVにメンバー自身が出演するのは、2人体制になってから初めてです。

2人体制になってから初めてのCDシングルだし、ボーカルとピアノの印象が強い曲なので、余計なものを入れずに2人にフォーカスを合わせること、2人から逃げないことが大事だと思いました。リップシンクしているのは吉岡さんなので、彼女をメインにカメラを切っていくことになるんですけど、とはいえ、吉岡さんの目線の前にカメラを置くと、わざとらしい画になっちゃうじゃないですか。そこで回転台の上に立ってもらうことによって、常に人物が動いているような状況を作り出せたと思っていて。そんなに派手なカメラワークじゃなくても、いい映像が撮れたんじゃないかと思います。


――吉岡さんの佇まいはとても絶妙ですよね。演じている感じはなくて、自然なんだけど、吉岡さんの表情や目線、身振りによって、曲の内容がより膨らんでいる。ディレクションはどの程度行いましたか?

「このタイミングで歩いてもらっていいですか?」「この辺りに座ってほしいです」といった段取りはもちろん事前に決めていましたけど、「この辺りで大きく声を張り上げてほしい」「笑ってほしい」といった演出は一切していません。なので、彼女自身の、この曲を歌いながらの表現が全てですよ。


――吉岡さんの表現力を信じていたからこそ、こういう構成のMVにしようと思った、という側面もありますか?

そうですね。今年の春に、海老名のショッピングモールでフリーライブをやっていたじゃないですか(「2人体制で“STAR” トしまSHOW!!」)。あのライブの映像を観て、人に押しつけずに気持ちよく届ける力のある人だと思ったんですよ。「きっとこの人なら、ポップでかわいいけど、歪みなく人の心に届くMVになりそうだ」と思いました。


――撮影に臨む吉岡さんを現場で見た時、どのようなことを感じましたか?

一番に思ったのは、「歌唱力、表現力が素晴らしいな」ということですよね。明るくて、ポジティブで、少しシャイな人だけど、歌う時はすごく自信を持って歌う。表現のメリハリが効いていて、いろいろな顔のある人だと思いました。


――終盤(5:40~6:04)に、MV制作に携わったスタッフを映したカットが入るのも印象的でした。この部分に込めた意図、メッセージを改めて伺えますか?

実はあのシーンは、水野さんから言ってもらったことがきっかけで生まれたんですよ。最初のプレゼンの時に、「こういう感じにしようと思います」とお二人に見せたところ、「いいですね」と言ってもらえたんですが、水野さんから「“市井の人々”をストーリーに入れることはできないでしょうか?」「この曲を届けたい人たちでもあるので」と言われて。「二人の立つ舞台を支えたり一緒に作ったりしている人たちも、同じ時間を共有しているんだ」ということを表現するシーンをドキュメンタリーっぽいトーンで入れるというアイデア自体は元々思いついていたものの、2人だけでも十分表現できると思っていたので、使わなくてもいいんじゃないかと自分は思っていたんです。だけど水野さんからそういうふうに言ってもらったので、「こういうやり方はどうでしょう?」と提案をさせてもらいました。


――いろいろなカットが連続的に挿入されていますが、中には、画質の粗いカットもありますね。

いろいろなタッチの映像があることで、インパクトも強くなるだろうと思い、いろいろなカメラを使って撮りました。お二人と市井の人々がほぼ同等のインパクトにならないと、こういうシーンを入れる意味がないと思ったので。


――先ほど吉岡さんに対する印象を伺いましたが、水野さんに対しては、どのようなことを感じましたか?

ピアノに向き合っている時の姿が素晴らしいなと思いました。あとは、誰もが素直に「ああ、いい曲だな」と思える曲を書けるのがすごいなと。「もっといろいろなことを話してみたかったな」と思いましたね。これは水野さんだけじゃなくて吉岡さんにも言えることだけど、お二人ともいい意味でミュージシャン然としていなくて、自分を大きく見せようという感じがないんですよ。だけど歌ったりパフォーマンスしたりした瞬間には、素晴らしいものが出てくる。自然体でその場にいるんだけど、存在感がある。お二人とも魅力的な人だと思いました。だから、また機会があれば一緒にお仕事してみたいです。


――いきものがかりの2人やいきものがかりのファン、「うれしくて」のMVを観た人へのメッセージはありますか?

いきものがかりの曲はすごくバラエティに富んでいるので、お二人がいつまでもやわらかく、しなやかに力を出しきれることを願っています。そしてこのMVが、少しでもみんなに届いたら嬉しいです。


【PROFILE】
牧鉄馬

株式会社ファンタジスタ 代表取締役
演出家/映像ディレクター/アートディレクター
桑沢デザイン研究所卒。丸屋、ソニー・ミュージックコミュニケーションズでの勤務を経て、1998年に株式会社ファンタジスタを設立。GLAY、平井堅、森山直太朗ら数多くアーティストのミュージックビデオや、キユーピー、日産自動車、月桂冠など様々な企業・商品のテレビCMを手掛けた。2012年にホンダ「負けるもんか」でADC賞グランプリを受賞。

取材日 : 2023年10月
取材/文 : 蜂須賀ちなみ
企画/編集 : MOAI inc.

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