hatra・chloma・BALMUNG ――③

はじめに「ラグジュアリー」を「有用性」であると定義しよう。印象派以後のアートはその所有権をサロンから市民へと移したように、プレタポルテ以後のラグジュアリーもまたオートクチュールを好む道楽家から洗練された市民の身体へと"市場"を移した。最も才能のあるジョン・ガリアーノも、最も才能のないカール・ラガーフェルドも、身体への丁寧な"マーケティング"から装飾を配置している。依然として華美であろうとテイストとしてコントールされスタイルそのもののバランスを崩してしまうことは無い。服をそれ一個の宝飾に仕立てあげるようなオートクチュールの時代への郷愁は断ち切られて既に久しい。ファッションにおけるモダニズムは欲望の喚起に適した"身体論"に基づいているのである。それぞれの一個人の持つ身体と目の前の服とを連関させるファッションという「媒介<メディア>」、これほど身体論の説明に適する例はない。

ではこうした「ラグジュアリー」に「ストリート」を対峙させるなら、有用性の欠如、「無用性」こそ定義であろう。時に動きづらくなるほどの装飾、身体から逸脱したフォルム、過剰な記号。未だにほとんどの評論家諸氏は低俗とされるカルチャーを服に反映させることを「ストリート的」と形容するが、これほど多様かつフラットな文明に至り、ロックの歴史は既に半世紀を超える伝統にも関わらず用語のみがゾンビのように生き続けているのではないか。これは服を趣味<テイスト>でしか判断しないためである。エディ・スリマンからグランジを漂白し、マルタン・マルジェラからヒッピーの残滓を拭うところに、服によって服そのものを問いに付す「モード」はあるのだ。

BALMUNGのデザインは純度の高いストリートではあるが、またモードでもある。第一に「無用性」に富んでいる。特徴的な背面から袖への切り替えは機能的要請ではなく効果のための装飾であるし、服の性別はオーバーサイズのためにかろうじて"ユニセックス"と呼ばれる。機能の放棄と放棄による造形美がここにはある。第二に、単なる趣味に堕すことのない造形美がある。エル・グレコの絵画のように(あるいはマルジェラ、アンリアレイジ)、縦横に引き延ばされたような服が目立つ2014AWはいかにも非人間的であるが、デザインの放棄をコンセプトに掲げる他の「コンセプチュアル系」とは異なる。動勢を下方に向ける力を強くしながらも、重心は服そのものの中央へと寄せられている点が内在的な造形上の問い掛けなのである。

2014SSからは異素材のコンビネーションとエナメル素材の使用が控えられ、フェイクファーや日本語フォントがアクセントとして使われるようになる。素材自体の持つ非日常のイメージは背景に後退する。2012SSの黒が印象的なシーズンもまたキッチュのイメージが控えられているものの構成上は2013AWまで繋がる動勢の作りと同じであるのに対して、2014SSからはイメージそのものよりも造形上の「節約」へと関心が移っているように思われる。

例えばエナメル素材の目立つ時期さえ、人間ごと一つの装飾にしてしまうようなchloma的志向とは異なり、かといってhatraのような一個の完結した<モノ>の印象もBALMUNGには存在しないだろう。イメージを喚起させる素材を使うという点ではchlomaの特徴的な「ネオンカラー」と同様であるが、服の内部にレイヤー構造そのものを作り込もうというほど執拗に重ねられるパネルは全く異なる関心だろう。ある意味では、猥雑の極まる新宿のような無趣味の都市を反映する試みのようにも思える。その点ではややリテラルさが残るとしても2014SSから始まるフォントの使用は実に興味深い選択である。文字は<モノ>としては単なる線であるが、読まれるものとして認識されれば<意味>へと、非現実な次元に属する。

「二次元を三次元の服へ昇華する試み」というのは――また二次元・三次元に少年性やらロックやらという適当な語彙を代入する形でも――、よくテーマとして使われるクリシェだが、その格闘は仮想される「バーチャルの身体」と目の前にある「リアルの身体」の差異、いわば"何が服を着るのか"という支持体の問題でしかないのである。三次元において、四角いディスプレイという制限は無く、皮膚と服の質感も統一されえない。事実上、次元を壁にした戦い――何らかのカルチャーを服に反映させる試み――というのはほとんど単なる主題<テーマ>に堕すのである。対してBALMUNGの試みというのはむしろ「三次元の服を"異"次元に昇華する試み」とも言えるだろう。これは単なる主題<テーマ>以上に、より根源的な「モード」の問いなのである。


<参照元>

http://www.balmung.jp/collection.html

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