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リュリュの本気【チョコレートリリー寮の少年たち】

「…………ねえ、ねえエーリク。エーリク!!起きてってば、お疲れ様!」
四限終了のチャイムが遠くで聴こえる。突っ伏して睡魔と戦っていた僕の覚醒をうながす、リヒトの声もきこえる。
「今日放課後、なにか予定、ある?」
気だるげに後ろを振り返る。
「…………おはよう」
「おはよう、気付け薬、気付け薬」
チョコレートボンボンを手のひらに三つ乗せてくる。
「ありがとう、いただきます!」
「ところで、予定は……わあい!スピカー!!!!」
スピカがすらりとした腕を大きく広げた。リヒトがその胸に飛び込んでいく。そして、ロロとリュリュと蘭が揃ってこちらへふわふわ飛んできた。
「おつかれさまです」
「ああつかれた。お疲れ様……」
「お疲れ様!何やってるの、三人で」
「きんぎょごっこですよ、エーリクもまざりませんか」
「ぼ、僕はいいよ、」
「お疲れ。おれ、もう、薬草学、ぜんぜんだめだ。エーリクに教わろう……」
「みんなお疲れさま!スピカ、僕でよければ力になるよ」
「ありがとう、びしばしやってくれ」
「立夏!どこ!」
講堂をみまわす。ざわついていて、声も届かないようだ。
「これではしかたがないですね、集合、です!!」
そういって、ロロが小さくローファーでステップを踏んだ。するといつもの1年生がたちまち磁石のようにロロに吸い寄せられた。立夏が鞄を抱きしめながら目をぱちぱちしている。やっぱりロロは、すごい。
「いてて、足ぶつけた」
「あっ、勢い強すぎましたね。ごめんなさい!治します」
スピカのながいあしを、杖で優しくとんとん叩いた。
「いかがですか」
「おお、さすが!もう全く痛くない、ありがとう。素晴らしい」
「たいしたこと、ないです」
「あるんだよ!!」
「ロロ、とんでもない魔法を使うねえ」
立夏が、そっとロロの髪をなでた。
「エネルギーがすごいよね。しっかりみんな集まった。ねえ、アル・スハイル・アル・ワズンに用事があるんだけど、良かったら一緒に来て欲しい!」
「リヒト、どうしたの?師匠に用事?」
「うん、頼んでいたタリスマンができたって」
「僕を通さなかっただなんて珍しい」
「こんなに立派なお手紙を頂いたんだ、優しくて素敵な方だね、リアムさん」
淡い桃色のシーリングワックスで封じられた、真っ黒なすごい封筒だ。みんなまじまじとそれを観察した。
「かっこいいね、皺ひとつない」
「開封するのに、実家からお守り代わりに持たされたペーパーナイフを使ったよ。ぼくの髪の色と、ピンクのリボンのイメージなんだって」
「師匠は生活能力が全くないのに、こういう細かいところに気を使うんだよね」
おとなってむずかしい。本当に。
「きっとミルヒシュトラーセ家でエーリクは、こんなお手紙をもらったり送ったり、ちっちゃい頃からしていたんだろうな」
「そんなことないよ!シーリングワックスおすの苦手だったし、今でも下手だよ」
「本当かなあ」
蘭がぎゅっと背中から抱きしめてくる。その後ろにロロ、リュリュがくっついた。
「帆を張れー!」
「面舵いっぱーい」
「取り舵いっぱーいっ」
「ヨーソロー」
「こらこら、それじゃ右か左か直進か、どこへ行ったらいいのか分からないだろ!静粛に」
スピカが軽々とロロととリュリュを捕らえかつぎあげた。
「逃げよう!出港!!」
蘭がますます抱きしめてくる。黒蜜店長がこしらえた白い帽子をかぶっている蘭は、本当に愛らしい。じっとグレーの瞳で僕を見上げてくる。
「えへへ、エーリク独り占め。うれしい!」
「うん!ぼくも蘭を独り占め、やった!アル・スハイル・アル・ワズン、久しぶりに行けてうれしいよね。お外に出たら、いっぱい遊ぼう。お手を拝借、」
「うん!」
「みんなで仲良く行こう!ちょっとした遠足だな」
ロロとリュリュは気が済んだのか、暴れるのをやめて床に降りた。スピカがしっかり二人の手を繋いでいる。
「……引率の先生みたいだ」
「もう本当に、あまりにも背が伸びて困る」
あちこちで、スピカ君!!と上がる黄色い声に笑顔で手を振っている。
「大サービス」
するりとスモーキーフォレスト色のリボンをほどいてみせた。ところどころから悲鳴が上がる。ファンサービスを怠らないのも、人気の秘訣のようだ。
僕たちは揃って学院敷地内をでて、バスストップの椅子に座った。
「師匠、一応生きてるみたいなんだけど……あの様子では、ろくに食事をとっていないなあ、なんか声が、元気なかった」
「交信したんだね」
「うん、今日はクリームパンを食べたとか言っていたけれど、野菜はとってないと思う。困っちゃうよ」
「あらら、それは大変だ」
「だから、となりのセレスティアル舎で何か買って差し入れようかなって、一緒に来て欲しい」
「もちろん!」
「おー!それなら朗報。なんと先週からサンドイッチがメニューに加わった。沢山野菜が挟んであって……色々カスタムできるみたい。おれのフライヤー使おう。これを見せたら10%引きになるよ」
「ありがとう!こういう家庭的な面もあるから、スピカはやっぱりすてき!!」
「そうかなあ」
チケットケースから綺麗に折りたたんであったフライヤーを取りだし、褒められた本人はよくわからないなあという顔をしている。
「わあー!みて!!生ハムとマスカルポーネのがある!!ぼく、こんなに凄いサンドイッチ生まれて初めて見た。バジルソース!!たまらない!トーストしてくれるんだ、すごーい!!」
「僕はサーモン……サーモン美味しそう……」
「ローストビーフとオニオンもあるよ、ホースラディッシュがはいってるけど、はちゃめちゃに辛いわけでもなさそう。風味付けなのかな。子どもでも食べられるってさ」
「なるほど、じゃあぼくは、大人用の、それにします」
みないっせいにロロに視線を注いだ。ロロはきょろきょろみんなの顔を見て、綺羅星をぱらりとローブの袖から落とした。
「えっ、なに、みんなどうしたの、ですか」
「いや、なんというか、辛いもの苦手そうなイメージがあって」
「そんなこと、ないですよ。ぼく、甘いものも辛いものも満遍なく大好きです。ほうれん草だけは、どうしてもだめなんですが……」
「そうだったんだ」
ロロの意外な一面を見た。ちいさくて可愛いロロを見ていると、自然と口角が上がってしまう。いつも、その容貌からは想像もつかないことを言って僕らを驚かせる。
みんなでロロの小さな頭を撫でたり、ぬいぐるみのように抱きあげたりしていたら、スピカが懐中時計に目をおとして、小さく声を上げた。
「バス、来るから、みんな支度してくれ」
「はあい」
リヒトがブルースハープをひと吹きし、運転手さんにおおきく手をふっている。ゆるゆるとやってきたバスが止まって、まっしろな煙を吐いた。
三人の天使たちは笑いさざめきながら、二階席に上がっていった。スピカはいつもと変わらず、難しそうな本を開いて、ところどころに付箋を貼りつけている。
リヒトが後部座席にすわり手招きしてきた。誘われるままに僕もその隣に腰かけ、ひよこのトートバッグをがさがさあさる。
「リヒト、僕の黄金糖とチョコレートボンボン、トレードしない?」
「うん、いいよ!」
「じゃあ、黄金糖三つとチョコレートボンボンひとつ」
「平等にやろう、三つあげるよ」
「いいの?これ、すごく美味しいよね」
「気にしないで。分け合ってにこにこしよう。いつもきみ、美味しいお茶を入れてくれたり、お菓子をくれるじゃないか。ささやかながらお礼……ただしスピカには見つからないように、こっそりやろうね。厳密に言うとダメなのかもしれないけど……よく分からないボンボンだ。このパッケージには、お酒に弱い方やお子様が食べる際は注意してくださいって書いてあるから全年齢対象みたいだし、平気なのにね」
時期限定で〈AZUR〉で買えるラム酒のボンボンのはなしでもりあがっていたら、あっという間にアル・スハイル・アル・ワズン前に到着した。
「ついたね、まずはセレスティアル舎にいこうか、小腹が空いている子、いるんじゃないかな」
「やったー!」
「リュリュ、蘭、見て回りましょう」
「ぼくらも行こう!エーリク!」
リヒトが腕を絡ませてくる、僕もにっこりと笑んで、ゆっくりバスから降りた。最後にスピカが降りてきて、運転手さんにお礼を述べている。
「さあ、美味しいものを探しに行こう。リアムさんのことが心配だから、ささっとテイクアウトしようか」
看板娘ならぬ、看板少年が今日は二人で店頭に並んでいる。
「おーい、柘榴、木蓮!美味しいもの買いに来た!ルーヴィス先輩いる?」
「やあ、いらっしゃい!店長は留守。最近黒蜜店長の真似をして、出張販売してまわってる!幸いなことにサンドイッチの売れ行きが凄くてさ、いまちょうど、お客様、はけたところなんだ。ゆっくりしてって」
「それがそんなにゆっくりしていられないんだ。となりのアル・スハイル・アル・ワズンに行くんだよ。テイクアウトでお願いする」
「えー、つまらない」
「また今度ゆっくりおいで……そういえば見た事のない子がいるよ、ぼくは柘榴、仲良くしよう」
「ぼくは木蓮、よろしくね!」
「あっ、立夏と申します、立つ、夏、と書いて、立夏です。おふたりは、双子さん……」
「そうだよ!そっくりだろ!あっ、きみももしかして、東の国出身?ますますなかよくしてほしいな」
「は、はい!その通りです。どうぞよろしくお願いします」
「あー、惜しいな、おでん販売の時期が過ぎてしまったんだよ、」
「わあ、くやしい。でも、冬にまた買いに来ます」
「おでんで繋がる仲……」
僕とリヒトがくすくす笑っていたら、スピカに脇腹をやわらかく突っつかれた。
「まあ仲良しの仲間が増えるのはいい事だよな、さて、早速オーダーしよう」
「野菜大盛り、サービスしてるからどんどん注文して」
「それならこのフライヤーの割引はきかないかなあ」
スピカがチケットケースを取り出す。その様子を見て、柘榴が首を横に振った。
「いいよ、友達だもん。連日大盛況だし、店長も買いにきてくれたことをよろこぶはずさ」
「それなら遠慮なくいこうか」
銀フレームの眼鏡がいたずらっぽく煌めいた。
「おれ、ぜんぶ野菜二倍増しで。ペッパーハムとたまごのものを」
「はーい!パンはどうする?ハニーオーツがおすすめだけど、セサミのも美味しいと思う」
「うーん、悩むけど、今回はおすすめ通り、 ハニーオーツにしておく」
「了解!味は、ペッパーハムにしっかりついてるから、余計なソースは使わない方がいいかな。オリーブオイルとほんのちょっとの岩塩がおすすめ」
「じゃあそれでお願いするよ、お代は」
「300Sで」
「毎度ありがとう」
「セレステイアル舎の皆さん、冬の間は毎日おでんをアル・スハイル・アル・ワズンへ届けてくださってありがとうございました、今日もたくさん買っていきます」
「ありがとう!うれしい!」
僕らは寮で食べられるように、たくさんサンドイッチを手に入れた。邸宅のみんなにもお土産に買って、転送を済ませる。鳳がまた泣いて、僕が編んだレースのハンカチで涙をぬぐうかとおもったけど、邸宅の問題は邸宅内で済ませるだろう。
すぐ隣にあるアル・スハイル・アル・ワズンの扉を、リュリュがノックし、応答がないとみると合鍵で扉を開ける。
「はいりますよ!師匠ー!」
今日も店内は真っ暗で、陰鬱な雰囲気だ。
「またサボタージュしてるなあ、師父ながら情けない。師匠!!」
「リアムさんー!!」
「差し入れ、持ってきました!!」
「……おはよう」
肩まで伸ばしたぼさぼさな髪を揺らし、カーテンの奥からリアムさんがやってきた。皆目配せしあって一斉に耳を塞ぐ。
「師匠!!!!!!何をやってるんですか!!!!!!こんなんじゃこのまじない屋、潰れますよ!!!!!路頭に迷うことになったらどうするおつもりですか!!!!いくら王宮お抱えの大魔法使いだからといっても、大目玉を食らいますよ!!!!」
超弩級の雷が落ちた。リアムさんが涙目でしょげかえる。
「ごめんね、」
「まったくもう……セレスティアル舎で買ってきたサンドイッチをお召し上がりになってください」
「わあ、ありがとう。とっても美味しそう。こんなに野菜がたくさん!」
あっという間に瞳を煌めかせはじめた。嬉しそうに手渡されたショッパーを漁っている。
「昨晩は何をお召し上がりになりましたか?」
「チーズリゾットとコールスローサラダだよ。これお駄賃。ありがたくサンドイッチ、いただきます!」
「えっ、もしかして、師匠一人でお作りになったのですか?」
リュリュが目を丸くして尋ねるとうんうん頷く。頬張っていたサンドイッチを嚥下して、誇らしげに胸を張ってみせた。
「うん、本気出した」
「素晴らしい。驚きました」
「えっとね、これを買ったんだ。その通りにやったらできた」
「トマト倶楽部……?」
ごちゃごちゃなデスクに乗っかっていた冊子を指さす。
「すごく簡単だった。定期購読することにしたから、リュリュはなにも心配しないで。私も少しずつ料理を覚えなきゃいけないと思ってさ。トマト倶楽部は、10分でできるスピード料理とかも沢山あって助かるよー!レンジを使いながら、コンロも扱える」
「感慨深いです、たまに、小田巻蒸しを作りに参りますね。ご褒美です」
「本当?!大好物!!あれはちょっと難しいから、自分では作れないなあと思っていたんだ」
「リアムさん、愛らしい人ですね」
ふたつめのサンドイッチに取り掛かりつつリアムさんが頬をゆるゆる、ほころばせる。真正面の椅子に腰かけ、リュリュが複雑な表情をしている。
「……だから許してしまうんだ……僕ももう少し、厳しく言おうと思いながらここへ来たけど、リゾットが作れるまでになるとは思っていませんでした。コールスローだって、野菜を切るの、すごく大変だったと思います」
「リアムさん、すごい!」
「さすがです!」
みんなが拍手してリアムさんを称える中、立夏はすみにあった椅子にふらふら揺らめきながらすわりこんだ。
「びっくりした、リュリュの本気を見た……」
「怒らせるととんでもないことになるんだよ、」
「これからは耳を塞ぐことにするね」
「なにもかも、師匠がしっかりすればいいだけの話です、トマト倶楽部を一生懸命読んで、沢山お料理、勉強して下さい」
「はーい!」
「僕、セレスティアル舎でタピオカミルクティーを買ってくるから、みんなここで師匠がよからぬ事やわがままを言い出さないように見張っていて」
「酷いなあ、わがままなんて言ってないじゃないか、全然」
「生活が杜撰すぎるのです!!!!いってきます!!!!」
ばたんと扉を開けてリュリュが出ていった。
「こわーい」
「リュリュ、普段の天使っぷりがすごいから、驚くよね。僕も初めての時はびっくりした」
「しっかりしてるよねえ」
呑気にリアムさんが呟いた。リアムさんの世話をしていれば自然とそうなる気がしたけれど、だまってにこにこわらった。
「学院でのあの子の様子はどう?」
「それはそれは、愛らしくて。すっかり元気いっぱいですよ!なんにも心配はいりません。天使三人衆のうちの一人で、可愛いって大人気です」
「デイルームに集って、お茶を飲んだり、ケーキを食べていたりもしています」
「楽しそう。今度私も学食いこうかなあ。美味しいんだってね、チョコレートリリー寮のごはん」
「それはきっと、リュリュ、大喜びするとおもいます。僕らだって嬉しい」
「大歓迎!ぜひおいでください」
「うん!ミートソースパスタの時にぜひ声をかけてほしい」
「ただいま!みんなの分も買ってきたよ!すごく綺麗なんだ!!感動したから、僕の奢り」
わっとみんなで大声を上げた。重たそうに袋をぶら下げていたので、急いで受け取る。
「ありがとう、」
「みんな、どうぞ。ミルクティーにしようかと思ったけど、綺麗なブルウの曹達水のがあったからそれにした」
「わーい!!かわいい!!夏仕様かな。うれしい。ありがとう!氷がお星様の形だ!」
はしゃぐポイントが誰かさんとそっくりだ。ちょっと、探りを入れてみようと、こえをかける。
「あの、リアムさん。ミルヒシュトラーセっていう家、ごぞんじだったり、しませんか?」
「ん?もしかしてリュミエールのことかな」
「はい!僕の父なんですよ、」
「ええっ、わー!!!!ほんとう?!!」
「座ってください!!師匠!!」
「あはは、僕は息子のエーリクです。父とはどういう繋がりなのですか?」
「アルバイト仲間。学生時代、一緒に半分遊びでムーンライトフェスタの売り子をやってたんだ。気があってすごく仲良くなっちゃってさ、よく手紙が来るよ。そのうちミルヒシュトラーセ家、訪問する」
「その格好では絶対だめです、僕が許しません。ちゃんと支度させなくては」
「えー、嫌だなあ」
「しっかりしてください、お願いです」
「うーん、まあそうだよね、あんなにでっかい御屋敷にいくときはちゃんとしなきゃいけないよね」
「あ、あまり、気にしないでください。家の人たち、全く飾らないひとだらけなので。あ、鳳はちょっと色々しっかりしすぎかな。でも、大丈夫です!」
「せっかくだしおしゃれをしていくよ!!リュミエールや邸宅の皆さんに宜しくね」
「わかりました、伝えておきます」
「なんかぼくおなかすいてきた」
「みんなで食べよう!」
リアムさんがぱちんと指を鳴らす。すると、あかりがともり、机の上に乗っていた台帳や伝票の類が一気に消えうせ、ぽんっとかるいおとをたててたくさんの椅子が現れた。
「ありがとうございます!」
「師匠、こういう時本当に力を発揮させますよね、すごい、なんだかんだいっても、大魔法使いなんだよなあ」
いただきます!と唱和してサンドイッチを食べる。新鮮な具材がたっぷり詰まっていて、僕は思わず目をとろりとさせた。
「エーリク、美味しい物食べる時の顔してる、かわいい」
「えっ、だからさ、いつも思うんだけど、僕のどこに可愛さを見出すの」
「普通にしてるだけで可愛い。クッキーを両手で持ってたべるじゃないか、そういうところだよ」
「えっ、だってクッキーは普通に両手で持たない?」
「もたないです」
「持たないよね」
「天使長、認めろよ!」
スピカが僕の頭をぽん、と優しくたたいて、くしゃくしゃなでまわした。
「照れるからやめて!」
「かわいい!エーリク!ぼくもまけないくらいかわいいけどね」
「自分で言うのか」
「うん!だってきょうもさくらいろのリボンで髪の毛結ってるもん。編み込み、だいぶうまくなったでしょ。ほらほら、みて!」
「リヒトはたしかに可愛い。天使たちとはまた違った愛らしさがあるよね」
「そうでしょ?あざとかわいいリヒトをよろしくお願いします!」
「誰に言ってるの」
「ひみつ!」
「ああ、サンドイッチすごく美味しいね。オリーブがまたいい感じ」
「たまごの茹で加減も最高」
「そういえば師匠、サンドイッチに夢中になるのは分かりますが、タリスマンのことをお忘れなく」
「はーい!可愛くできたよ、ピンク色の」
「後でゆっくり。今はご飯を食べましょう。僕は二つ目を食べ終えたところです。いくらでも食べられちゃうなあ」
「おれすっごい量のピーマンはさんでもらっちゃった」
「スピカの大好物じゃないか」
「よかったね!」
「このハニーオーツっていうパン、美味しい」
「立夏もそう思う?次はまた別のにしてみようか、」
「全制覇するつもり」
立夏が言い出して、みんなそうだそうだと言い始めた。
「タピオカも最高!!!!今日は奢られるけど、リュリュ、すっごく美味しいチョコレート、後で渡す。おれいにならないかなあ」
「そんなことないよ!チョコレート大好きだから嬉しい!ちょっといけないチョコレートだよね!」
「よし、じゃあタリスマンを渡す。ほうきは持ってきていないのだね、じゃあこの箱のまま持っていって」
「ありがとうございます、お代をお渡しします」
「お買い上げありがとう」
「開けてみてもよろしいですか?」
「どうぞ!」
箱を開けると、ぴかりぴかりと閃光が散った。波止場の水上花火のように、しずかに、だけどまばゆくひかる。
「わー!びっくりした……でも、すごく可愛い……見て、みんな。すてきだから!」
「綺麗!!」
ピンク色から茜色に移ろっては、ゆらゆらとふしぎな渦をまく。たまに星がちらりと光って、箱の中に積もっていく。だんだんその速度が早くなってきて溢れだしそうだ。
「大変!箱しめて!」
「頑張りましたね、師匠」
「おまけと仕掛けをいろいろ考えていたら、ちょっと時間かかっちゃった、完成が遅くなってごめんね」
リヒトが箱を胸に抱きしめて、愛しげになでている。
「いいえ、こんなに素敵なタリスマンを授けてくださって、感謝します、リアムさん」
「それ程でも。また壊れちゃったら直したりできるから、またおいで。何も無くてもまたおいでよ、リゾットふる舞えるようにしたくする」
「うれしい!師匠、本当にだんだん、身の回りの事ができるようになってきたんですね、素晴らしいことです」
「私は、やればできる」
「本当に、そのとおりです。僕、バターチキンカレーが食べたいので、次来る時までに練習しておいて下さい」
サンドイッチを食べる手を止め、リアムさんがひとみをまたたかせた。
「い、いきなりえげつない難易度のものをリクエストされてしまった……まあ、頑張ってはみるけど、美味しくなかったらごめんね」
「何事も挑戦です。師匠は僕を、そうやって育ててくださいましたよね。今は立場が、些か逆転してしまいましたが」
「はーい」
「毎日、お疲れ様です」
「労われた」
黒目がちな瞳を三日月形に細めて、リアムさんが笑った。確かに生活能力は低いのかもしれない。でも、できることはものすごく沢山ある。不思議で、面白くて、優しい方だなあとぼーっとしていたら、とんとん肩を叩かれた。スピカが頭一個分上から僕をみおろしてほほえむ。
「今日も食べてないなあ」
「そんなことない、食べてるよ、色んなのが食べたくて、ハーフサイズのを四つも買ったもの」
「何食べてるの?」
「えっとね、今はローストビーフ。バジルがきいててとってもおいしいよ」
「ひとくちちょうだい」
「いいよ、どうぞ」
「おれのたまごとトマトの、食べていいよ。ペッパーハムのはもう食べ終わっちゃった。でもこれもおいしい。ディルとオリーブオイルのかおりがたまらないんだ」
「ありがとう」
「あっはっは、かわいいねえ」
「師匠もそう思われますか?僕もいつもにやにやしちゃうんです」
僕とスピカは顔を見合せ、くすくす笑った。
「もう可愛くはないかなあ」
「おれも」
「スピカはかわいいっていうか、凛々しくてかっこいいでしょ。ファンクラブがあるくらいだもんね」
「初耳!すごいねスピカくん。たしかに綺麗だなあ、背も高いし、髪の毛つやつや。眼鏡も似合ってる」
「生まれた時からこの姿ですので、よく分かっていなくて」
「エーリクくんは密かにファンクラブがありそうだよ、お人形のようだもの」
「そんな、よしてください」
僕はぶんぶん首を横に振った。
「南の海みたいな、ブルウのきれいなひとみ、ミルクティー色の髪、ビスクドールみたいなほっぺた」
「師匠、エーリクはとても照れ屋なので、その辺にしてあげてください」
「それより、リアムさんが学食に行きたいって仰っていたはなしをしましょう」
僕は話題を逸らそうと、そう切り出した。
「あまりはしゃがないならいいですよ」
「わーい!」
「ちゃんとみなりをととのえているか、事前に僕がチェックしにきます、」
「大丈夫だってー!よし、じゃあ、一張羅の藍染の浴衣でも着ていこうかなあ」
「だめです。そういう浮世離れした格好はなさらないで下さい。一応宮仕えの大魔法使いなのですから……それらしい、ローブがありましたね、たしか」
「あれ、センス悪いよ。亀の甲羅みたいな刺繍、どどめ色で本当にどうにかしてほしい。あれをデザインした人はどうかしてるよ。魔法使いとかそれに関わる人は変人が多いから困る」
「それなら僕が誂えます」
「うん、お願いするね」
リュリュも硬かった表情をやさしくゆるめた。
「師匠がしっかりしはじめたことですし、僕は勉学によりいっそう、励みます。師匠のような、大魔法使いになるのが夢ですから」
「がんばれ、素質は十二分にあると思う。とにかく、物事を飲み込むのが早いからな、」
「嬉しいです。師匠。何もかも、僕を養子として受け入れ教育して下さったおかげです」
リアムさんがリュリュのほっぺたを両手で包んで、目を細めた。
「素敵な関係ですね」
「リュリュに甘えっぱなしさ。しかし、リュリュを家族に迎え入れて、もう十二年になるのか。赤ちゃん同然だったのに、成長したね、病気も克服して……私は師父ってことになってるけど、ほんとうに、だめだなあ」
「だめなんかじゃないです。師匠だって、素敵なところ、沢山ありますよ」
「なんだか照れちゃうからやめてよ」
「褒め始めると止まらなくなっちゃう。まあ止しておきますが、自信をお持ちになってください。料理もこなせる大魔法使いなんて、かっこよすぎですよ!」
リュリュとリアムさんがハイタッチしている。僕らはサンドイッチを食べながら、美しい師弟関係をながめた。
「さて、食べ終えた子からきれいの魔法をかけますから、ぼくかリュリュか蘭を呼んでください」
「お願いします!」
リヒトが元気よく言ってロロの手を取った。
「きらきらきらきらー」
星屑で手を洗わせている。床にちらばった星屑は、すぐに熔けて、消えていく。
「リアムさん、これからどんどん暑くなりますので、どうぞお体を大切になさってくださいね」
僕がそう言うと、リアムさんは僕の髪をするりと撫でた。
「ありがとう。リュリュをよろしくね」
「はい!もちろん!大切な親友ですから、大事に大事にします!ここにいるみんな、リュリュのことが大好きなんですよ」
「リュリュは愛されています!」
ロロがひと声あげると、皆わいわいと騒ぎ出した。
「ここまで育てあげたかいがあるというものだ。あぁ、それから、本当に困ったことがあったら私を喚んで。連絡先、交換しておこう」
杖を重ね合う。一瞬で済んでしまうあたりがまたすごい。
「うん、ばっちり」
「大魔法使い様がうしろについてしまった……」
「見てわかる通り私は大した魔法使いではない」
「なんてことを!!とんでもない事でございます!!」
スピカが声を上げる。リュリュがふわっと浮き上がって、リアムさんの膝に乗った。
「大きくなったね、本当に」
「まだまだたくさん学ばせてください。大切な師であり、それ以前にお父様でもあるのですから、」
「ん、いいこいいこ。私にとってもリュリュは可愛い弟子だし大切な大切な息子さ」
「さあ、そろそろチョコレートリリー寮に帰ろうか。師匠、夏バテに気をつけて。しっかり食べてくださいね」
「はあい。さみしいなあ」
「小田巻蒸しを作りに、またすぐにまいります」
天使たちが空中を旋回しはじめた。
「きんぎょごっこをしながらかえりましょう」
「魔法で一発さ、送ってあげる」
すっかりいきいきとしだしたリアムさんが細くて長い杖を取りだした。
「ありがとうございます、それではまた、近いうちに」
「うん!お勉強、頑張って、たまには遊んで楽しく過ごしてね」
「はーい!」
「またね!」
さっと杖をふりかざす。次の瞬間、僕らは109号室に佇んでいた。
「わー、すごいね!リアムさん」
「幼い頃は溢れ出る魔法の力で親御さんを相当困らせていたみたいだけど、今が良ければそれでよしだね……」
「タリスマン見せて!」
「うん、わああああ!!」
箱を開けるとハート型のピンクいろの風船が、天井いっぱいにふわりと飛んだ。そして、色とりどりの星屑があふれでて、109号室の床いっぱいに充ちる。
「すごい演出!」
「本当に、こういう遊びにばかり耽って……肝心のタリスマンはどうなったんだろう」
「うん!素敵だよ、とっても綺麗。早速ほうきに括り付けなきゃ」
「そんなわけで、おれたちは108号室に戻る」
「うん、またあした!」
スピカたちが静かに扉を閉めて自室へもどっていった。
「さあ、僕らは真宵店長から貰ったバスボムでお風呂に入ろうか!一応ヴィス水も持って入ろうね」
「ローズとジャスミンのがいいな」
「ぼくも、いま、そうおもっていたところです」
「じゃあ決まりだね!」
こうして、チョコレートリリー寮の優しい夜はすぎていく。今日もどきどきがいっぱい、素敵な一日を過ごせてよかったな、と、僕は心の底から大いなるものに祈ったのだった。

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