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雪合戦!【チョコレートリリー寮の少年たち】

とある日の放課後、最悪で、でもとてもたのしいことがあった。でもこれは僕の鍵付き日記帳にかきとめたものなので、あまり面白くないかもしれない。初めに謝っておくね、ごめんなさい。
エーリク・ミルヒシュトラーセ


元旦の喧噪もすっかりおさまり、僕らはいつもの日常を取り戻しつつある。しかし、ちらちらと降ってきた雪がいっそう降り積もり、やがて猛吹雪に変わった。寒さに弱い僕はますます憂鬱な気持ちになってきた。スノウストームが荒れ狂う窓の外はとてつもない寒さなのだろう。109号室はママ・スノウが上手に空調を操作してくださっているから、幸い凍えはしない。問題はロロとリュリュと、108室からやってきた蘭だ。僕が編んだケープをみにつけている。ふわふわ空中に浮かんできんぎょごっこをしながらなにやら囁きあい、笑い声を漏らしている。なんだか、嫌な予感がする。
「エーリク!雪合戦しよう!!」
蘭が声高らかに、最低最悪な遊びに誘ってきた。ロロもリュリュも嬉しそうな表情でふわりと僕の肩に乗ってくる。
「あれ?もしかして嫌?」
「もしかしなくても嫌だよ!」
「おーい、ちびっこたち。いい感じに猛吹雪だ。雪合戦日和だな、準備出来たかー」
「エーリクが編んでくれた新作のケープが大活躍しそうだね」
「たのしそう!早く外に出ようよ!」
まさかノエル先輩とサミュエル先輩、悠璃先輩が完全防備でやってくるとは思わなかった。最悪だ。断れない。そしてセルジュ先輩のお姿が見えない。
「あれ、セルジュ先輩は……」
「雪合戦なんて意地でもやらないと部屋にひきこもってる。堅固な魔法で部屋の扉を施錠していて、どう頑張っても開けられなかったんだ」
「僕だってやりたくないですよ!!!!」
そこへ、くるくるターンしながら立夏がやってきた。
「エーリク!!みなさん!雪合戦、楽しみ!見て!エーリクが縫ってくれた双子コーデのコートで来たよ……ドレープが本当に美しい……あれ……エーリク悲しそうな顔してる。雪合戦、楽しみじゃないの?」
「……もしかして雪合戦のはなし、知らなかったの僕だけ?……倒れたら医療局に運んでね……」
「エーリクがどんな反応をするか、ちょっと楽しみでした。いじわるをしてごめんなさい!さあ、そうと来たらお着替えです、立夏、なんとかしてあげてください」
「うーん、エーリクすごく嫌がってる。可哀想だよ」
「じゃあ雪合戦終えたらみんなでささやかなパーティーを開こうよ」
「それならやる」
僕はあっさり意見を翻した。ご褒美があるなら話は別だ。
「このハンガーにかかってるお洋服、つやつやさらさらしてますね」
「天鵞絨だよ、それ、一応……濡らしても大丈夫なのかなあ」
「さすが、ミルヒシュトラーセ家の次期当主。天鵞絨の服を持っているなんて」
「さて、二組だとつまらないから五組になるように、あみだくじを作ってきたよ。みんなここに名前を書いて」
結果、Aチームがサミュエル先輩とロロ、Bチームがノエル先輩とスピカ、Cチームが僕とリュリュ、Dチームが立夏とリヒト、Eチームが悠璃先輩と蘭ということになった。Eチームは審判も兼ねている。
「ほんとうに、決行するおつもりなのですか」
天使たちにきれいの魔法をかけてもらいながら、窓の外を見て震え上がった。
「すぐに終わるさ、ね、エーリク」
立夏が肩を抱いてきて、部屋中をぐるぐる歩き回った。ウォーミングアップだよ、とわらいかけてくる。毛先だけをくるんと巻いた髪の毛が、真っ直ぐになるところ、見たいな、と思った。
「さあ、いこういこう」
109号室の鍵をしっかり閉めて、外階段をかけ下りる。
「寒い!!」
「あまりに真っ白だったから、みんなを誘いたくて。特にエーリクやリュリュは、こんなあそび、したことないだろ?」
「もう倒れそうです」
「死ぬ」
「まともに目を開けていられないよ!」
早く行こうとひとみをきらめかせていた悠璃先輩まで弱音を漏らし始めた。先頭を行くノエル先輩が大声で笑った。
「だからみんな公平なのさ、さあ、30数えたら開始だ」
「みんな、本気でかかってこいよ」
サミュエル先輩に挑発されたので、手で雪をすくって頭にばさっとふりかけた。
「うわあ、やられた!」
「あはは!秘密にしていたことに対するささやかな仕返しです!」
悠璃先輩が、ホイッスルを吹く。
「今のは反則、です!まあ試合前ですのでノーカウントで。それでは、Let's Rock !!」
高らかに響いた開戦の合図とともに、僕らは五箇所に散り拠点を築きだした。スピカが雪玉の被弾をなるべく避けるように雪で山を作りはじめる。頭脳派だなあと思って模倣する。すると、油断したところをつかれた。ノエル先輩の襲撃にあったのだ。左側で山をこしらえていたリュリュが、おもいきり、フルスイングで投げつけて来た雪玉にぶつかりばたんとたおれてしまった。
「リュリュ!!大丈夫?!」
「な、何とか平気。僕、こういう遊びをした事がなくて、ごめんね、足引っ張るかも」
「それは僕も一緒さ、生まれて初めてだよ、雪合戦なんて……うわっ」
あちらこちらから雪玉が飛んでくる。まずは体の小さいリュリュを仕留める作戦に出たのだろう。僕たちも反撃する。
「リュリュ!雪玉作って!僕、投げるから」
「油断大敵、」
後ろから後頭部にめちゃくちゃ硬い雪玉を喰らい、僕は思いっきりパウダースノーとキスする羽目になった。
「スピカ!よくやった!!戻ってこい!」
「Cチーム、次被弾したら敗北ですー!」
ぴーっと高らかにホイッスルの音が鳴り響く。続いてリヒトが素早くリュリュの首筋目掛けて雪玉をなげつけた。ふたたびリュリュがぱたりと倒れ伏す。続いて僕も恐ろしく固い雪玉を真正面から肩にあてられて、ぺたんと尻餅をついてしまった。ああ、このチーム完全に不利だった。再びぴーっとホイッスルが鳴る。
「Cチーム、陥落です!」
ぱさぱさと雪を振り払い合う。
「さっさと終わってよかった。なかなか健闘したよ、リュリュ、お疲れ様。僕らはひと足早く109号室に戻ってお茶でも飲もうか。部屋からゆっくり観戦しよう。きみの大好きなチョコチップスコーンがあるよ。あと、前回みんなに大好評だったチョコレートのテリーヌ。うちの人たち、なんでも作れてすごいなあ、即転送してくれるし、鳳、レシャとファルリテに感謝しなきゃだね。そんなわけで皆様、僕らは109号室に帰りますので、のちほどお立ち寄りください。鳳が例の烏龍茶が届けてくれましたので」
外階段をのぼりながら、大きな声で伝えたけれど、何しろ雪がひどい。
「まあいいか、多分すぐに決着がつくだろうし」
109号室の鍵をあけ、先にリュリュを通した。
「お疲れ様!モノクル、壊れたりしてない?大丈夫?」
お互い肩に手をかざし、きれいの魔法をかける。あっという間に服や髪が新品のごとくぴかぴかでしわひとつない状態を取り戻した。
「師匠がおでんのお礼に滅多に壊れることのない魔法をかけてくださいましたので全然平気。でも、部屋が暖かいから曇りがすごい」
ベッドサイドにモノクルを静かにおいて、にこっとわらった。
「あはは、そんなにじっとみないでよ、たしかに僕がモノクルを外しているのはめずらしいかもしれないけど」
モスグリーンの瞳をほそめて、そっと囁いてくる。
「エーリクと立夏、ペアリングしているんだね!かわいい」
「あ、わあ、あああ、気づいてた?!」
「うん、だいぶ前から。みんなも言わないだけで、気づいていると思うよ。ノエル先輩とサミュエル先輩もなかよしだし、黒蜜店長とクレセント店長もとっても可愛い……って言うのは失礼かな……僕にも恋愛の時節、早く巡ってこないかなあ」
「あはは、まあこればかりはどうにもならないよね。運とタイミング」
「そんなものなのかな」
「いつか、わかる時がくるよ。立夏にオラクルカード占いでもしてもらったらいい。なかなか当たるんだよね、」
「たしか、レグルスでのアルバイトの時も、紡ぎ手さま方にサービスでやっていたよね」
そんな話をして温かいお茶をのんでいたら、扉を元気に叩く音がした、
「エーリク!リュリュ!入るよ、あけて!」
「はい、どうぞ。わぁ、みんな雪まみれ!!天使たち、きれいの魔法かけるの手伝ってね。悠璃先輩、結局どのチームが優勝だったのですか?」
「スピカ君とノエルのBチーム、です。つよすぎました。Dチームもなかなか健闘したのですが、なにしろスピカ君とノエルの機動力が高すぎた……凛々しかったな、スピカ君……嗚呼……いくらでも雪玉をぶつけてもらいたかった……」
「立夏、どうだった?雪合戦楽しかった?」
「散々だよ、背中に雪玉入れられて絶叫しちゃった」
「あ、それぼくがやったんだよ。つめたかったでしょ、えへへ」
「リヒト!君だったの?!酷いなあ」
「ふふ!そしてぼくは一度も被弾してない」
「運動神経がよすぎるんだよ、きみは!!」
「ノエル先輩の雪玉、すごいスピードでひやひやしたけどね。なんとかひらひらよけてまわった。サミュエル先輩はそっと下投げして下さったんだよ。にっこにこしてるから受け取っちゃった。それ、即おでこにぶつけちゃったけど」
「鬼畜の所業」
「ほんとうに。自分でもそう思ったよ。サミュエル先輩、ごめんなさい」
「あはは、楽しかったし気にしてないよ!きれいの魔法、かけようか。いくよ、ノエル、悠璃」
「はい、じゃあせーので」
「せーの!」
ローブがふわりと風を孕む。次の瞬間にはぴかぴかの新品のようになった。髪もすっかり乾き、つやつやのかがやきをとりもどしたのを見て、僕らはため息をついた。やはりまだまだ先輩方にはかなわないなと思う瞬間だ。
「ほら、姿見鏡で見てごらん」
「わあ!!僕たち可愛い!!」
「ピンクのリボン結いなおしてくださったのですね!さすがノエル先輩、サミュエル先輩、そして悠璃先輩!!」
「あ、チーク入れてある……ありがとうございます!ねえねえ、僕かわいくなったよね」
「うんうん、ふわりとしたピンク色でとってもかわいい」
立夏のさらさらな、絹糸のようなかみをそっとなでた。毛先を軽く巻いているけど、これは、天然パーマなのか自分でコテで巻いているのか、どちらなんだろう。近いうちにわかる気がする。
「あ、そういえば邸宅から、年賀の品々のお礼として、お菓子がどっさり届きましたよ。お茶を淹れるので、楽しんでいってください」
「じゃあ音漏れ光漏れの大騒ぎが絶対バレない魔法を109号室にかけておくね、オールドミスに気づかれると面倒だからな。年明けてすぐだからか、いつもより頻繁に巡回して回ってるみたいだし」
「わーい!パーティーだ!!」
それからは、さんざん、レシャとファルリテが作った美味しいお菓子を食べた。みんなが大好きだという東の国の烏龍茶も淹れて、歌ったり踊ったり大騒ぎだ。そして、天性の器用さとセンスをいだくサミュエル先輩が、みんながばたばたあばれたりしている間に、テリーヌを切り分けて、生クリームを搾ってシルバーと共にテーブルに置いてくださった。飾り切りの美しさに皆感嘆のため息を漏らしたほどだ。春の学園祭には大量にきゃべつを切ったりたまごを割っていたし、夏の給食当番の際にはレモンを歌いながらスライスし、レモン水を作るのにとても貢献してくださった。あの時は美しい所作に感激したし、すてきな方だなあと思った。
いつか先輩方のように立派な魔法使いになれるのだろうか。マグノリアの先輩、レシャとファルリテの魔力も目を見張るものがある。お父様は魔法の方はいまいち成績が良くなくて、ぎりぎりでマグノリアを卒業したと聞いて育った。
愛おしい仲間たちとすごす愉快で優しい時間。僕には何ができるかな、と思っていたら立夏が隣へやってきた。手のひらからこぼれる綺羅星の欠片を窓辺に並べ、顔を見合せて微笑みを交わしあったのだった。

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