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抱っことアフタヌーンティーと飛び級セルジュ【チョコレートリリー寮の少年たち】

「エーリク、だっこ!」
四限を終え、寮に持ち帰らなくてもよい教科書を木製のロッカーへ入れていたら、そう言ってリヒトが腕を差しのべてきた。鍵をかけて、とりあえず抱きしめる。ちいさなせなかをとんとん、とんとんと優しくたたく。
「どうしたの、何かあったの?」
「ううん、理由はないんだ、なんだか無性にぎゅってしたくなった」
「おつかれさまです、ふう、ようやくひとりで鞄をせおえるようになりました」
「ロロ!だっこ!」
「わぁ、リヒトが甘えんぼう。大丈夫ですか?」
「何かあったわけではないらしいよ」
「それなら一安心です……あ、スピカたちも来た。おつかれさま、です!」
「みんな、だっこ!!」
「おいで、リヒト」
スピカが長くしなやかな腕でリヒトを抱き上げた。驚いたのか小さな悲鳴をもらしたものの、うれしそうに頬をりんごいろに染めている。
「リヒトがお姫さまです!」
「かわいい!!」
「だっこ!と言えば……ちょっと照れちゃう話なんだけど、僕もちいさいころ、鳳によくおねだりしてたなあ。先日のアフタヌーンティーのとき、不覚ながらもみんなにその姿を見られちゃったわけだけど」
「鳳さん、身長が高いからか、さまになっていたよね。なんだか舞台をみているような気持ちになったよ」
「わかる!」
「リュリュ、蘭、だっこ!」
ロロが二人を捕まえてぎゅうぎゅう抱きしめている。ほっぺたを寄せあって、手を繋いだり離したり、なんとも愛らしい。
「エーリク、だっこしてあげようか」
「僕はいいよ、なんだか照れちゃうし」
「遠慮しなくてもいいのに」
リヒトを優しく降ろしながらスピカが笑う。
「遠慮とかじゃないよ、僕、意外と重いから」
「気が変わったら言ってくれ」
「そういえば……ふと思ったんだけど鳳さんって何歳なの?」
「お父様と同い歳だよ」
「ええっ、それであの貫禄」
「まあ、お父様はいい意味でも悪い意味でも無邪気というか天真爛漫だからなあ。年相応ではないな、と息子の僕は思う」
「びっくりです。でも確かに年齢不詳だなあと思っては、いました」
一瞬、ほんの少しだけ逡巡した。でもやっぱり皆には知っていてほしかった。
「……鳳はすごくドラマティックな理由で、ミルヒシュトラーセ家に仕えているんだ。レシャと、ファルリテもだけど……僕は普通に育ったよ、あの家の中ではいちばん平凡。そのうちみんなには彼らから直接、話す機会があると思う」  
「ミルヒシュトラーセ家、すごいなあ」
「そして、これを預かっていた。一枚ずつ、どうぞ」
「あ、レシャさんとファルリテさんの新作メニューの味見役、という名目のアフタヌーンティーのお誘いチケットだ」
「わーい!!嬉しい!!」
「すごい飾り文字……ブルウのインクが美しいな」
「それはファルリテの特技のひとつ。ちょっと109号室に寄っていって。交信する。お茶も出すから」
「嬉しい放課後!」
「最高だね!」
「勘なんだけど、おれたちのほかに招かれている人、居たりするのかな」
「ご明察。それがね……お楽しみに」
僕はにまにまと、スピカを見上げた。彼はここのところぐんぐんと身長が伸び、ハーフパンツを窮屈そうに履いている。
「もしかして」
「多分当たってる」
「よーし、109号室まで転送するから、みんなおれにつかまって」
「はあい」
スピカが杖で不思議な文様を描く。眩い閃光が散る。一息ほどのあいだで109号室に到着していた。
「お見事」
「大したことないさ、あれ、天使が三人いない」
「もしかして……時の狭間に紛れ込んでしまったとか」
「どうしよう」
その時、ぱらぱらとひかりの粒子を伴って、ロロとリュリュと蘭が部屋に舞い降りてきた。
「スピカが疲れちゃうんじゃないかなって思って。僕が連れてきたよ」
「すごいじゃないか、蘭!三人とも、まるで本当に天使が降臨したのかと思った」
「ふふ、ありがとう。すっかり僕たち、空間を制御するのが上手くなったよね」
僕はケトルいっぱいに沸かしてあったお湯で、ニルギリを淹れた。
「リヒト、ちょっと手伝ってもらってもいい?冷蔵庫のなかにカヌレとバターサンドが入ってるの、みんなに配って」
「了解!わあ、美味しそう」
「これ、鳳が送ってきたんだ。年始のお菓子たちのお礼だそうだよ、お皿はこちら」
「やったやった!お礼を言わなきゃ」
「これ、鳳さんが作ったの?」
「そうだよ、鳳はなんでもできる。あの人は、にんじんは嫌いで残すけど、それ以外に苦手なことを僕は知らないよ。だけど鳳も人間だ、万能だと思いすぎちゃいけないって常に思ってる」
「あの細長い車を運転できるの凄くかっこよかったな」
「あれにはおどろいた」
「多分次のアフタヌーンティーのときも、あの車で迎えに来るよ。遠慮しないで好きにふるまって大丈夫だから、あまり気にしないでね。うちはたまたま、歴史があるだけなの。何より僕ら、腹心の友でしょ?さあ、お茶をどうぞ。めいめい、取りに来て」
「ありがとう、エーリク」
スツールやらベッドサイドが満席だったから、極力座りたくないなあと思っている勉強机に腰掛け、くるくる、空中に円を描いた。ひかりが、やがて蕩けて、ミルヒシュトラーセ家の家紋が浮かび上がる。
「あっ!坊ちゃんだ!こんにちは!!」
ファルリテがぱたぱたと駆け寄ってくる。いつも通り、元気そうでよかったなあと思いながら、普段はセットで動いているはずの片割れがいない、滅多にない事だ。それに、あの二人は、離れてはいけない。
「大変!!ファルリテ、大丈夫?レシャは?!」
「レシャはすぐそこの廊下の窓拭きをしています、僕は花を生けていて……今日は邸宅入口をエンゼルトランペットで飾りました。それに、僕たち最近少しずつ距離を離して動く訓練をしているんです。邸宅の中くらいなら、大丈夫」
「よかった……でも、油断はしないで」
「どういうこと?こんにちは、ファルリテさん」
「……僕らの事情については、また今度改めて皆さんにお話します。リヒトさん、こんにちは」
「じゃあとりあえずきみにお礼を。アフタヌーンティーへお招きありがとう。一枚一枚、手書きだよね、これ。宝物にするよ」
「こんにちは!!」
「ファルリテさん、すこしだけおひさしぶりです」
「招待してくださって嬉しいです」
「ありがとうございます」
「お茶、火傷するからとりあえず机に置……」
「エーリク坊ちゃん!!ご学友の皆様、今日も一日、勉学に励まれ、頑張りましたね!!いちにち、いちにちと、すくすく成長されていて、鳳は……」
「鳳、もう僕おとなにさしかかってきてるから、そんなに泣かないでよ。それよりカヌレとバターサンド、ありがとう。今みんなで美味しくいただきながらお話しているよ」
「あのような簡単なものでよかったのかと思っていたのです」
僕の隣へ、スピカがやってきた。
「スピカ君、こんにちは」
「鳳さん、こんにちは。簡単なものだなんてとんでもないことでございます。このバタークリームなんて、本当に作るの大変だったのではとお察しいたします。ラムレーズン、とても美味しい」
ロロとリュリュと蘭、そして悠璃先輩がやって来る。鳳は静かにほほえんで、お辞儀をした。
「悠璃様とはお会いするのが初めてですね。私はミルヒシュトラーセ家の執事の鳳と申し上げます。どうぞよろしくお願い致します。明日直接お顔を見せてくださいね」
「カヌレ、フォーマルハウトプラザでものすごく有名な洋菓子屋のカヌレよりおいしいです。一時間半、並んで買うような品です」
「鳳さん、素晴らしい仕事を……ありがとうございます」
みんなで美味しいねとにこにこしながらお菓子を食べていたら、一番最前列にレシャが突然現れた。
「ファルリテに呼ばれてきました!こんにちは、坊ちゃん、皆さん」
「やあ!お仕事お疲れ様!身体、なんともない?本当に平気?」
「大丈夫です、心配かけちゃった」
「なるべく近くにいてね、お願いだよ」
「エーリク坊ちゃん、二人は少しずつ訓練中です。見守って差し上げてください」
「うん……レシャもありがとう、またアフタヌーンティーの席を設けてくれて、うれしいよ。みんな喜んでいるんだ」
あ、あの、と、悠璃先輩が小声で言う。挨拶をしたいようだけど、声が小さくて、なかなか伝わらない。
「この方が悠璃先輩。はじめましてだね、みんな!」
「新しい仲間、そして友だちだ!はじめまして!」
「私もお会い出来るのを楽しみにしております」
「やあ、エーリク。あー、お風呂気持ちよかった!鳳、髪を何とかして」
続いて髪をターバン状に巻きながらお父様が半裸でやってきた。当然鳳の雷が落ちると思って、僕らはさっと耳を塞いだ。
「旦那様!!なんというお姿!!せっかくレシャとファルリテがワックスをかけたばかりだというのに……」
「そうですよ!旦那様、僕たち、がんばったんですよ」
「ひどーい!」
「ごめんなさい」
みんなから叱られてお父様があからさまにしゅんとした。我が親ながらころころと態度が変わる忙しい人だ。
「もうしないなら、いいですよ」
「そんなに落ち込むとは思わず」
「旦那様、仕方ありませんね。御髪など、いろいろととのえますので、こちらへ。エーリク坊ちゃん、少々離席致します」
ずるずると半ばひきずられる形でお父様は退場していった。
「新作が色々あるのですよ、召し上がって頂きたいスイーツや」
「蘭さんや鳳さん、そしてスペシャルゲストの黒蜜さん、クレセントさんがよろこびそうな、あれやこれやです」
「黒蜜店長が来るんですか?!」
「クレセント店長も!」
「どういう繋がりなのですか?そのふたりとは」
「びっくりしたでしょ……そうなの、あのお二人がシークレットゲストだった。秘密にしていて、ごめんね。みんなを驚かせたくて」
「ううん、嬉しい秘密だからいいよ、謝らないで」
「旦那様が星屑駄菓子本舗におもむいては、お菓子をどっさり買うのでそこからです。いつかの坊ちゃん宛の荷物に鉱石べっこうあめが入っていたでしょう」
そんなこともあった。ひかりに翳すとアルゴ座のホログラムが浮き上がる素敵なお菓子。先日は新春市で、赤い糸でたばねる、超短時間、三十分のアルバイトをしたばかり。お父様と僕に縁のあるキャンディーだ。
「なるほど……じゃあ黒蜜店長とクレセント店長に会ったら、その話題を振ってみます。遭遇率高いんです。〈AZUR〉によく立ち寄るもので」
「二人で協力して、何か作って持ってくるっていっていました。詳しくは秘密って言われているけれど、今からすごく楽しみ!」
「なんだろう。東の国に由来するものかな」
「きっと珍しいものをこしらえていらっしゃいますよ」
「じゃあ僕、焼き小龍包作ろうかな……」
「あ!それなら一緒につつみませんか?みんなで沢山作ったら、きっと楽しいんじゃないかなぁ、そんなアフタヌーンティーを楽しめるのが、ミルヒシュトラーセ家ですよ!」
ファルリテが眩しいほどきらきらと微笑んで提案した。
「実はぼくたち、109号室で焼き小龍包パーティーしようかって、話し合ってたところだったんです。レシャさんととファルリテさんを呼んだら、二人はぎゃうざ、と、ゆうまいであってるよね?それも作っちゃうんじゃない?って、エーリクが」
「惜しい、ぎょうざとしゅうまい!」
「そんなに美味しくはないかもしれないけど一応作れるよね」
「うん、専門ではないからなあ、どちらかと言えば僕ら、パティシエ寄りだから。お料理なら、鳳さんの方がずっと上手で」
「そんなそんな、謙遜しないでください。あんなにたくさん、小鉢を支度していたじゃないですか」
「まあ、簡単なものだったら作れる、かなー、自信ないな、そんな感じです」
「今日のお夕飯は何を作るの?」
「焼売の皮替わりに細くきったきゃべつをまぶして蒸した焼売、坊ちゃんの大好物ですよね、幼少の砌、一緒に作ったのが懐かしいです。偶然ですが、今日はそれをメインにしようかなあって」
「あれは美味しすぎる。今でも大好き。一緒に作ろうよ!」
「はい!楽しみです、包むところまでの餡は僕たちが作っておきますね、いつにしようか、レシャ、予定を確認して」
「とりあえず今週末ご来客予定は無いね。旦那様が執務をどのくらい頑張るかによってくるかもしれない」
「やあやあ、ただいま」
ガウン姿のお父様がもどってきた。僕と同じミルクティーいろの髪をふわふわに仕立て上げられている。三歩ほど後ろから鳳が櫛を手にやってくる。
「留まってください、まだ加減がいまいちです」
「お父様、あまり鳳を困らせないでください。気苦労が祟って倒れでもしたらどうするんですか、だいたい……」
「お説教は死ぬほど受けてきたから、エーリク、見逃して!」
「もう……鳳、ごめんね」
「慣れっこでございます。旦那様の気質は変えられませんので、私がその形に併せてぴったりと寄り添うしかないのです。ミルヒシュトラーセ家に骨を埋めることに決めてから、これは変わらない私の美学です」
「鳳さん、かっこいい!」
スピカが高らかに口笛を吹いた。
「お父様、鳳がいてくれてよかったですね、本当に」
「うん!助けて貰ってばかりだから、鳳には私の万年筆コレクションから好きな物をあげよう」
「お気持ちだけで充分でございます、そのかわり、」
「な、なに?」
「プチトマトを食べてもらいます。一日、一食につきひとつ、必ず、プチトマトを旦那様のお食事に添えてください」
「はーい」
レシャが手を挙げた。ファルリテは胸ポケットから万年筆と手帳を取りだし、すらすらとなにやら書き記している。
「僕もわすれないように……」
「嫌な交換条件だなあ……まあ頑張るさ、なるべく。本当に無理だったら泣く」
「御髪のセットが終わったのでお着替えを」
「わかったよ、ちょっとクローゼットに、ファルリテ」
「なりません。おひとりで」
「もうやだ、面倒。どれにどの服を合わせたらいいか分からない」
「駄々をこねない!!」
お父様がダークスーツ姿の鳳を眺め、ため息をついた。
「鳳はいいよね、いつも同じ格好だもん」
「さりげなく毎日違うタイを締めているのですが、お気づきになっていないのですか?」
「えっ、そうなの?」
「レシャとファルリテは気づいていましたが」
「なんで私を除け者にするんだ、ひどいや」
「除け者だなんて、被害妄想ですよ。旦那様はもう少しお洒落について貪欲であるべきです。今日はエーリク坊ちゃんが、はじめて、私に今日はこれ!って仰ったときのクロスタイですよ。小さな手で一生懸命、指さしてくださった。覚えていらっしゃいますか。深い臙脂色で、私の特別な思い出のタイです」
もうだいぶ昔のことだ。忘れ難い鮮烈な記憶。しっかり覚えていた。ここから先は、使用人の領域です、決して立ち入ってはいけませんよ、と鳳が何度も僕に教えた場所が邸宅にある。
僕は約束を破った。好奇心に、勝てなかったのだ。不可思議な装置や絵、時計などをゆらゆら体を揺らしながらいくつも眺めてにこにこしたり、触ったりしていたら、そこにやって来た鳳に見つかり、ものすごく叱られた。
泣きべそをかき、抱き上げられながら、鳳、きょうはこれ、これにしてと強請ったなあと思い起こした。
鳳は、やさしい。でも怒らせると、とっても怖い。
「クローゼットに行ってみる、とりあえず」
「重い腰を上げられたこと、評価致します。素晴らしいですね」
「鳳に!褒められた!!」
お父様はダンスが上手い。くるくるとぶれなく鳳の周りを華麗に舞っている。僕にもその才能、分けてもらいたい。
「踊ってないでさっさと行く!!」
今日だけで何度雷を落とされたことだろう。これが最後になるといいなと思いつつ、僕は邸宅のみんなを前に集まらせた。
「アフタヌーンティーの件、みんな、よろしくお願いします」
「おまかせ下さい!」
「ここはどーんと!」
「ミルヒシュトラーセ家の本気をご覧下さい」
「みんな!あえるのたのしみにしてるからね!!じゃあ私は寒くなってきたし着替えてくるよ」
「そうです、優秀ですね」
「えへへ。じゃあみんな、またね!」
「お父様の頑張り次第で、アフタヌーンティーの日付が、早くなったり遅くなったりします。お仕事、頑張ってください。鳳、レシャ、ファルリテ、邸宅のあれやこれや、よろしく頼んだよ」
「ふーん、次の当主らしい振る舞いじゃん。私はさっさと引退してひきこもりたいな」
「拗ねない!!」
「じゃあ、坊ちゃん、またご連絡差し上げます」
「適度に適当に、頑張ろうね、お互い」
「はい!無理はしない!ミルヒシュトラーセ家の家訓ですね」
「それじゃ、またね」
そこで僕はぐったりと杖を机に置いて、突っ伏した。
「お疲れ様、エーリク」
スピカが肘で肩を押してくる、ぐりぐりとちょうどいい優しさで肩のこりをほぐしてくれた。
「きもちいい」
「もう少しやってやる、首触るよ、そのまま天井みて」
「あー、これすごくきもちいい!効くねえ」
「おれは指を当ててるだけ。このマッサージ、いいよな。ノエル先輩に教わったんだ」
「ぼくもよくやってもらうよ、スピカ、とても上手い」
「それほどでも!」
「あ、みなさん、マッサージを終えたら、食堂に行きましょう。お夕飯の時間です」
「今日の献立は何かなあ」
「一緒に見ましょう、リヒト、リュリュ、蘭」
ロロが献立表を手元に喚びよせた。
「やった!ラザニア!!」
「最高!ねえねえ、キウイが!」
「デザート、もう一品ワインゼリーが出るみたい」
「ぼく、ワインゼリーだいすき。ロロもすきだよね」
「はい!さっさと主食を食べ終えて、ワインゼリーおかわり争奪戦に加わります」
「ロロ、リュリュ、蘭。協力しよう。ぼく、何としてもワインゼリーのおかわりをゲットしてくるから、君たちはラザニアのおかわりをよそってきて」
「うん!大人気メニューだからそうやって分担すればいいね、今日は当たりだ」
「おれも!まぜて!」
「スピカ!それならきみは鶏小屋のたまごを取ってくるのが得意だから、ワインゼリーぼくよりうまくもってこれるかも。同じ要領でしょ?お願いしてもいいかな」
「まあ似たようなものかな。いいよ、頑張る」
「僕はキウイが三つ食べたい。ワインゼリーもたくさんたべたい。ラザニアはちょっとでいい」
「そんなんじゃまた砂糖菓子扱いされるぞ」
「いいの、それで満腹だから。それにしても今週、給食当番でなくてよかった。みんなすごい剣幕で奪い合うもん、ラザニアもワインゼリーも」
「あはは、どう?疲れ取れた?」
「うん!ありがとう!すっかり元気さ。なんだか元気になったら、お腹がすいてきた」
「いいことだ!よしよし」
「ゆっくり歩いていこう」
僕たちは手をつなぎながら、食堂までの道をてくてく歩いた。食堂に着くと、すぐにノエル先輩とサミュエル先輩が早足でこちらにやってきた。
「やあ、ちびっこ達。うーん、もうスピカはちびっこじゃないな。次回の身体測定で俺を追い抜くんじゃないか?身長!」
「こんばんは、ノエル先輩。まだまだちびっこでいさせてください」
「こういうところがかわいいんだよなあ、スピカは」
「僕も身長欲しい。うらやましい。でも最近膝が痛くなってきた。成長痛かも」
リュリュがスピカを見上げて、ちょっと背伸びした。それでようやく肩に届くか届かないかくらいだ。
「ちっちゃい子たち、可愛いですよね」
「俺たちの気持ち、わかる?」
「はい!」
「僕も天使三人かかえているので、よく分かります」
「ノエル先輩、サミュエル先輩、だっこ!」
「どうしたリヒト」
「今日はだっこ日和なんです」
「可愛い!」
先輩方ともぎゅっと抱きしめ合い、リヒトが満足気に笑った。リヒトの素直なところ、すごく素敵だなと思う。
「きょうの献立、豪華じゃないですか、もう早めに、大量によそってもらいましょう」
「えい、えい、おー」
「早い者勝ちだ。例の飛び級の二年生が給食当番だから喚ぶ。先日、同級生になるって事で友達になった」
ノエル先輩は椅子にすわったまま、不思議なリズムでかかとを鳴らした。ふわふわと空間が歪み、ピーコックブルーのタイの先輩が現れる。
「ノエル先輩、ごきげんよう。みなさまも、ご機嫌麗しゅう」
「やあ、オーダーを取ってくれないか。ここにいる子みんなお腹空かせてる。俺とサミュエルも」
「承ります」
「あの、先輩、お名前をお聞きしても宜しいですか」
「僕はセルジュ。きみは?」
「エーリクと申します」
「あ、あの!なんでも、飛び級されるとか。おめでとうございます。えっと、ぼくの、兄のミケシュをよろしくお願いします。大学院に進学していて……きっと、すれ違ったりすると思うので」
「ありがとう。君の名前は?」
「ロロです。ミケシュは、ぼくをそのままおおきくしたような風貌で……」
「わかった。かわいいね、そのみごとな巻き毛。王子さまみたいだ。一度見たら忘れられない」
「ロロは王子さまだし、眠り姫なんです」
「どっちなの」
「えっと、ぼくすぐねむくなっちゃって、いつもエーリクに、おんぶしてもらって……その……」
「この前の給食当番のとき、レモン水をついでまわっていたよね。所々で可愛い!って悲鳴が上がっていたから、きみのことをおぼえていたよ。意外とパワフルですごいなあって思った……よかったらみなさん、今日一緒にご飯食べない?」
「いいよな、みんな!」
「勿論です!」
「ふふ、見てて」
懐中から杖を取りだし、さっと一振りした。するとみるみるうちに机上にご馳走が現れた。ラザニアが声を失う量だ。ワインゼリーがぷるぷるふるえながら、大きなお皿に着地する。忌まわしいママスプーンが添えられているけど、これならたくさん分け合えるなと思った。
「すごい、すごい!!」
「セルジュ先輩、びっくりしました」
「ふう、召し上がれ」
「それでは」
「せーの!」
「いただきます!」
「うーん、チョコレートリリー寮のごはんはほんとうに、なんというか、びっくりするよね。こんなおいしいごはん、なかなかたべられないよ」
蘭がうっとりとした口調で言う。今日は藤色の髪を綺麗に編み込んでいる。器用だし、よく似合っている。
「僕、キウイもらっていい?」
「まずはラザニアを食べましょう」
「えー、うん、わかった」
お父様のような駄々っ子はしないことにきめている。僕は仕方なくフォークを手に取り、ラザニアを食べた。すごくおいしい。呆然としていると、サミュエル先輩がくすくす笑った。
「沢山食べないと、損でしょ」
「あ、はい!驚きました。まさかこんなに美味しいとは思わず……いっぱいたべよう」
「よそいますよ、エーリク」
「ありがとう。あ、そのくらいでいいや。ワインゼリーもらうね」
「沢山食べなよ。セルジュ、また魔法でお願い出来る?」
「うん、取りに行くの面倒だし、奪い合いがはじまる前に沢山確保する」
「さすが、飛び級するだけのことはある。解ってるな」
「うーん、魔法はちっちゃいころから得意で、たまたまタイミングよく飛び級のはなしがきたから、ありがたく乗らせてもらう感じだよ」
ノエル先輩たちに敬語を使わず話すけど、全く厚かましくなくて、むしろ好感度が上がった。そういうのが許されてしまう、愛嬌のある、不思議な人だ。
「ワインゼリーどんどん持ってきちゃうね」
ぱちんと指を鳴らす。すると更にぷるんぷるんとゼリーがうず高く積みあがる。端から小皿に取り分けて食べる。おいしい。セルジュ先輩は大魔法使いになる予感がする。
「ああ、美味しかった。ご馳走様でした」
「エーリク、まだまだこれからだよ!」
「うん、たりない」
「僕の分までいっぱい食べてね」
「そのママスプーンを貸してください。みんなのぶん、よそいます」
ロロはたくさんの兄弟の世話をしてきただけのことはあって、平等に色んなものを取り分けたりするのが上手い。給食当番のときは、いつも脅威のおたまさばきを見せつけられる。
「リュリュ……きみそんなに食べて平気?」
「えっ、どういうこと?全然食べられるよ。もう体もすっかり良くなったし、今まで食べてこなかった分を今とりもどしてるの」
「胃袋が弱いの僕だけなのかな」
「気にすることはないさ、好きなものを無理のない範囲で食べたらいい」
「そうだよ!」
みんなに優しく慰めてもらって、あとでみんなに、だっこ!をおねだりしようとおもった。自分に、そんな甘えん坊な部分がまだあったのだなと思うと、ちょっと照れてしまう。
飲むようにワインゼリーをたべているみんなをにこにこしながらながめる。
「セルジュ先輩、連絡先、交換しましょう」
「うん、いいよ。チョコレートリリー寮の仲間だもんね、仲良くしよう。きみ、かわいいね。何だかふわりふわりとしていて」
「えっ、そうですか?全然そんなことないと思うんですけど、この子達は可愛いですよね」
天使三人を見ながら言う。セルジュ先輩はうん、と頷いた。
「でも、きみも相当可愛い」
「なんと、無自覚なんですよ」
「末恐ろしい」
「最近良く可愛いって言われるけど、何がなのか分からない」
ぴんとこなくて、首を傾げた。ワインゼリーを飲み干して、ロロがまた更にゼリーを皿に乗せながら、僕を見てにこりと笑った。
「エーリクは砂糖菓子です」
「美味しそうですよね」
「うん、肌なんて、こんなに真っ白で……お人形みたい」
「あ、ありがとうございます」
夏になると日焼けして真っ赤になっちゃう肌を呪うことはあるけど、周りからはそう見えているんだ。とりあえず一礼した。
「褒めていただいて嬉しいです」
「可愛い!」
「素直なところもいいよな」
「も、もうやめてください、僕の話はおしまい!」
僕はもう恥ずかしくて仕方なくて、ぎゅっとトーションを握りしめた。
「エーリク、困ってる。皆さん、エーリクはあまり褒められるとどうしたらいいのかわからなくなっちゃうみたいです。ほめたいきもちはぼくもたくさんもってるけど、がまんします。だから、その辺にして、おきましょう」
ロロが凛とした声で告げた。軽く抱き寄せて、ありがとうとささやいた。何も言わず、微笑みを返してくる。
彼は、たまにこの世の真理を呟くことがある。何度、救われてきただろう。
「まあ、とにかく仲良くしたい気持ちは変わらないから、よろしくね」
「こちらこそ!」
仲良く杖を突っつきあった。
「みんなも、連絡先を教えてね」
「はーい!」
みな杖を懐中から取り出し、とんとん叩き合わせている。
「僕の部屋、209号室。一人で使ってて、さみしい。いつでも遊びに来て。なにかおいしいものをふるまうよ」
「僕らは真下の109号室です。賑やかなので、楽しいですよ。是非お立ち寄りください」
「うん!遊びに行くね」
「またひとり仲間が増えてよかったな、仲良くしようぜ」
「よろしくお願いします。僕、ノエル先輩のお菓子食べたい。お菓子作るの上手いって言ってた、サミュエル先輩が」
「じゃあ何か作るよ。俺たちいつも放課後大体デイルームに集まってお茶飲んでるから、セルジュもおいで」
「彼処で賑やかにしてるの、ここにいる皆だったんだね」
ぼくはひとつだけ、伝えておきたいことがあった。
「どうか、セルジュ先輩、リボンタイだけはしっかり結んでくださいね」
その忠告が本当の意味でわかるのは遠くない未来だったのだけど、それはまた、別の話。

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