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スピカとたまごと色んな計画

「……さて、リュリュの歓迎会、いつにしようか。俺は最近スイートポテト作りにはまっているからみんなに振る舞いたいな。最近一気に秋の味覚が店頭に沢山並ぶようになってうれしい。あとはかぼちゃ、そうだなあ、かぼちゃとかさつまいもをつかった、ちょっと摘める、ケークサレでも焼きたい気分だ。材料は部屋にあるからもう焼くだけ。明日にしちゃおうか」
いつもの様にデイルームで寛いでいると、ノエル先輩が不意に言い出した。すっかり仲良しになったサミュエル先輩と蘭も加わり、随分とこのデイルームも賑やかになった。蘭が瞳をきらめかせている。ノエル先輩がお料理をすることにやはり驚いているようすだ。
「それは楽しみです!ノエル先輩、本当に持っていらっしゃるレシピの数が豊富で、おれ、ほんとうにびっくり」
スピカが、少し長くなった砂色の前髪を揺らして言う。
ノエル先輩が、まあそうたいしたものでもないけどな、とメロン曹達を一口飲んでから続けた。
「あと、蘭の胃袋をがっつり掴んだチョコレートリリー寮の食堂を崇め奉る会合も、同時に開催しよう」
「よろしいのですか?住んでいる寮、違うのに」
「細かいことは気にしない!」
サミュエル先輩が、切れ長の、色素の薄いひとみをほそめて花が咲きほころぶように笑った。気品のある方だなあとふんわり思った。
「は、はい!ありがとうございます……」
僕の膝に、ロロとリュリュがやって来て、靴を脱いでよじ登ってくる。軽い。重力を操っているんだな、きっと。でもこのふたりはあまりにも愛らしすぎて、もしかしたら本当に天使のようななにかなのかもしれないとよく思う。両サイドから、ふわふわなほっぺたに挟まれた。
「……ノエル先輩にお願いごとというか、わがままを言いたいのですが、話だけでも聞いていただけますか?」
おずおずとリュリュが話し出した、視線がいっせいにリュリュに注がれる。
「僕の一生のおねがいです。歓迎会と食堂を崇め奉る会合の際にアールグレイのシフォンケーキと、あじつけたまごを十個くらい、作っていただけないでしょうか。無理なお願いで申し訳ありません……」
ノエル先輩が、ぱん!とおおきなてのひらを叩いた。
「なんだ、どんな無理難題を言われるかと思ってはらはらした。そんなもので良かったら、ぱっぱと作るよ!ついでに角煮もつくろうかな」
「じゃあおれ、鶏とちょっと戦ってくる」
スピカがママ・スノウにバスケットを借り、ぱたぱたと廊下を走って螺旋階段を駆け下りていった。あっという間に校庭に現れ、僕らにむかって手を振っている。
そして鶏のケージを指さし何度か頷いた。ゆっくりちかづいていく。
「あのケージ、掃除してるやつスピカくらいだよな」
「ロロはつつかれて泣いちゃったもんね、怖かったね、あとに残らなかったのが幸いだよ」
「エーリクだって!飛びかかってきた鶏にパニック起こしてたから、ひとのことは、とやかくいえないのです。ぼくは、鶏がきらいです」
ロロの手をそっと取った。ごめんね、と、きゅ、と優しく握ると、きゅ、きゅ、きゅ、と3回、シグナルのように握り返してくる。
「幸いなことにスピカが鶏の扱いに長けているから、ぼくらはおるすばんしていようね」
リヒトがロロとリュリュの肩をとんとん叩いた。
「いいなあエーリク、美味しそうなほっぺたにくっつかれてて」
その時、鶏小屋がいきなり騒がしくなった。ものすごく威嚇されている。鶏の断末魔みたいな鳴き声が聞こえる。たまごをあたためてまもっていた鶏から、襲撃を食らっているようだ。ぬけ散った羽根がケージの中で舞い上がっている。それにも負けずにがさごそと巣を漁っていたスピカが、鶏小屋から出てきた。
「ばっちりだ、みんな!!」
叫びながらバスケットを掲げてみせた。髪の毛が乱れて、リボンが完全に解けている。
「おつかれさまー!!!!」
リヒトが窓際から身を乗り出している。ノエル先輩がすぐにやってきてリヒトをかかえあげると、ソファに座らせた。
「危ないからだめだぞ」
「えへへ、ごめんなさい!」
「いくつくらい取れたんだろう。それにしてもスピカは凄いなあ。僕には真似出来ない」
「本当に度胸がある。かっこいいよな」
「わ!!羨ましい!スピカ。ノエル先輩から褒められるだなんて」
「リヒトはとても可愛い、かな」
「えっ、ほんとうですか、わあ、うれしい!!可愛いだって!!どうしよう……」
「ほっぺたがまっかっか。リヒト」
「やめてよエーリク、いじわるしないで」
「やあ、ただいま。たまご、十二個とれた。リボンを鶏に奪われちゃったよ」
悠然とスピカが戻ってきた。僕らは拍手で称える。
「とっても頑張ったね、えらい、えらい」
「全部ノエル先輩にあずけてよろしいですか」
「うん、俺が受け取っておく。さすがだなあ。じゃあ、たまごを取りに行ってくれたお礼に、俺が新しいリボンをプレゼントしよう。何色がいい?」
「わ!ありがとうございます!じゃあ、モスグリーンのものを……」
ノエル先輩がふわふわ空中に文様を描いた。杖を使わなくても大丈夫だなんて、風渡りの一族のロロといい空間を制御するノエル先輩といい、すごすぎる。
ぽんっと、ノエル先輩の膝にくるくると束ねられたリボンが落ちた。
「サービスしてくれたな、かなり」
「すごい!これ何メートルくらいあるんだろう」
「好きなように使いなよ。とりあえず髪、束ねちゃいな」
「はい!ありがとうございます、こんな上等なリボン……宝物にします。今度、皆の髪も結わせてね」
スピカがすっと指をスライドさせて、リボンを断ち切った。きらり、と、ひかりの粒子が散る。髪の毛をちょっと高めの位置で結い、残ったリボンを鞄にしまっている。
「じゃあ、歓迎会と食堂を崇め奉る会合は明日催そう。約束通り、シフォンケーキとあじつけたまごをつくる。あとスイートポテト……蘭もサミュエルも、もちろん参加してくれ」
「嬉しいな、仲間に入れてくれるのかい」
「やったあ!皆さん、よろしくお願いします」
「……そうだ。来週のアフタヌーンティー、もう二席、つくってもらうように連絡を入れておくよ。サミュエル先輩と蘭が来てくれたら、きっともっと楽しい!」
「えっ?何の話?」
「俺たち、エーリクの家に招かれているのさ。土いじりという名目のアフタヌーンティーにね。エーリク、ご実家の皆様によろしく伝えてくれ」
「アフタヌーンティーなんて、生まれて初めてだよ。ついていってほんとうにいいの?」
「僕、こんなにチョコレートリリー寮の皆さんに良くしていただいていいのかな、嬉しすぎてなんだか上手く言葉が出てこないや……ありがとう、アフタヌーンティー、とても楽しそうだ」
「賑やかになって、父も喜ぶよ。みんなで美味しいお茶を飲もう……鳳がいれてくれるお茶は本当に美味しいんだ。みんなもきっとびっくりすると思うよ」
「エーリクの家、どんな規模なのか想像がつかないな……よし、時間だ。そろそろ夕食を摂りにいこうか。今日も豪華だぞ。バジルパスタとカポナータ、かぼちゃのポタージュ。デザートにブルーベリーヨーグルト……みんな、支度して、オールドミス……じゃなかった、いけないいけない。ママ・スノウに挨拶を」
「ママ・スノウ、ありがとうございました!」
「ごちそうさまでした!」
ママ・スノウは不思議な存在だ。本当に、一体何人いて、どれだけの情報を共有しているのだろうか。これは以前も不思議に思ったことがあった。まあ、逆らっても良いことはないのは確かだ。
「ふふ、スピカ。砂色の髪にモスグリーンのリボン、とってもかっこいいよ。似合ってる」
「そう?ありがとう。ノエル先輩のセンスが光っているんだよ」
「俺の知っている雑貨屋から取り寄せたんだ。ちびっこたち、フォーマルハウトプラザを知っているだろ?この前デリでさんざん飲み食いしたって言ってた……彼処に隠れ家的な、とても素敵なお店があるんだ。今度連れていくよ」
「嬉しい!ノエル先輩のこと、もっともっと大好きになっちゃう」
リヒトがノエル先輩の腕をぎゅっと掴んでいる。
「ほら、ロロ、リュリュ。僕の膝の居心地がいいのは分かるけど、降りて靴を履いて」
「はぁい」
「はーいっ」
「じゃあ、行こうか」
「うん!」
右手にはロロ、左手にはリュリュと言った具合でデイルームから出る。サミュエル先輩が、勝手がまだよくわかっていない蘭に色々話しかけたりしていて、時折ふたりで笑っている。ノエル先輩がサミュエル先輩のことを、本当に優しくていいやつだよ、朝なんか、甲斐甲斐しく俺のためにホットショコラを作ってくれるんだと言っていたことを思い出した。
「うわー!もうバジルの香りがすごいよ!今日も特盛で頼むでしょ?」
「もちろんです。沢山食べて大きくなりましょう……エーリクは、食が細くて心配です」
ロロがそう言いながら見上げてくる。眉をぎゅっと寄せて、その表情で本当に心配をかけていることが伝わってきた。ごめんと一声かけてから僕は言った。
「ぼくは黒蜜店長のチョコチップのクッキーとさかなのかたちのビスコッティとミルクキャンディで稼働してるから大丈夫さ」
「甘いものが好きだもんね、エーリクは」
先頭を歩いていたノエル先輩がこちらを振り返る。
「お菓子で稼働するっていうジョークは、あながち間違っていない気もするよ」
さんざんノエル先輩にからかわれたりしつつ、席に着いた。
「蘭、お腹の減り具合はどう?」
「普通ですね……たりなかったら、おかわりします」
「特盛組は誰?リヒト、ロロ、サミュエル、俺かな。エーリクとリュリュは?」
「僕、パスタはほんの少しでいいです。この小皿に乗るくらい。でも、かぼちゃのポタージュはたくさんいただきたいです」
「僕も少なめで……アル・スハイル・アル・ワズンまで、これから出かけなければいけないんです。あまり食べてしまうと、軽やかに動けなくて」
ちょっと目を伏せて、リュリュが呟いた。顔を覗き込む。
「リュリュ、リアムさんに何か言われたの?」
「うん、ちょっと具合が悪いから来てくれって。師父ながら、なかなかこどもっぽくて困っちゃう」
「行っておいで、僕らも同行したいところだけど、積もる話もあるだろうし、あまり騒ぎ立てると、きっとお疲れになってしまうだろうから」
「エーリク、気遣ってくれてありがとう。お粥を食べさせたら、すぐに帰ってくるよ」
「じゃあまとめてオーダーしちゃうね。すみませんー!」
ノエル先輩がバリトンボイスで給食当番の二年生を呼び止めた。メモを渡している。なるほど、ああすれば、大勢のオーダーもしやすくなる。ノエル先輩は本当に気遣いのお方だ。レモン水を引き寄せ、洋盃に注いでくださる。優しい。
「チョコレートリリー寮の食堂の裏メニューを教えておこう。本当にこれは、ここだけの話」
「カスタムがきくのはわかるのですが、裏メニューとはいったい」
「俺が給食当番の時に限り、限定でレタスとツナのクレープを焼いているんだ。オーロラソースの」
「クレープ?!いいな!!」
「これは俺が勝手に作りだした裏メニュー。今度作ってあげる。ちびっこ達には、どうしようかな、いちごとチョコスプレーの可愛いクレープも作るよ」
給食当番の支度や仕事もしつつクレープを焼くノエル先輩……なぜこの方は、こんなにもマルチタスクで動けるのだろう。凄いを通り越して神秘だ。
「お待たせしましたー!」
二年生がやってきた。僕も先輩たちのようなバランス感覚が欲しい。切実に。
「ありがとう、お疲れ様です」
サミュエル先輩がすぐに席を立って、お皿を受け取り配膳して回って下さる。
「特盛、ものすごく重いぞ」
「全然このくらい、なんともありません」
「はい!一瞬でお腹におさまってしまいます。セルフィーユがのっていて、とっても、おしゃれですね。学食とは思えないくらい」
テーブルの上がバジルパスタから始まりかぼちゃのポタージュなどで埋め尽くされていく。どんどん食べないとだめだ。
「美味しそう!!せーの!」
「いただきます!」
僕はかぼちゃのポタージュを引き寄せて、手前から奥にすくって行儀よく飲んだ。ひと皿、あっという間に飲み干してしまう。
「エーリク、かぼちゃのポタージュ、こちらのもかたづけてしまってよ」
「うん!ありがとう。すごく優しい味。リヒトも飲みなよ」
「とりあえずバジルパスタを何とかする、ふにゃふにゃになっちゃうから」
サミュエル先輩はくるくるとフォークにバジルパスタを絡めていたけれど、とても食べづらそうにしている。
「行儀悪いけど、スプーンを使おう。取ってくれないか、蘭」
「はい、どうぞ」
カトラリーケースからスプーンを取り出し渡している。
「ああ、美味しいなあ。最高です、チョコレートリリー寮の学食。僕、寮を変えてもらえないか掛け合ってみます。実は母がマグノリアの教育委員会の補佐をしていて、おねだりしたら叶えてくれそうな気がするんです」
「おお!それなら本格的に仲間になれる。おれもイシュ先生にちょっと話してみるよ」
今季から学級委員長になったスピカが提案する。僕たちは喝采をあげて、タクティクスを練ることにした。
「アストロフィライト寮はチョコレートリリー寮のすぐ隣だし、荷物の搬入も俺たちが手伝えばいいだろう。幸い空き部屋は沢山あるし」
「嬉しい。ありがとうございます!」
「誰にも迷惑をかけないし、提案、通りそうな気がします」
ロロがいち早く食事をおえて、ご馳走様でした、と手を合わせながら、微笑んだ。
「ああ、僕もうおなかいっぱい。ヨーグルト、誰か食べる?」
「ぼくもらってもいい?なんか食べるそばから、お腹が減って仕方がないんだ」
リヒトにヨーグルトを手渡す。彼の胃袋は、ブラックホールへと続いているのかもしれない。
「ふう、ご馳走様でした。美味しかったな、カポナータも野菜の甘さがぎゅっと濃縮されていて」
「まさにそうだよな。ズッキーニが美味しすぎた」
サミュエル先輩も机上のナフキンで口元を拭いながら言う。
リュリュが静かに立ち上がってお辞儀をした。
「僕、師匠に会いに行ってきます。心細い思いをしていると思うので」
「行ってらっしゃい、アル・スハイル・アル・ワズンへ転送してあげる」
「ありがとうございます、では、みんなまたあとでお会いしましょう」
先輩方二人が杖を取りだし、リュリュの肩をとんとん叩いた。するとたちまち、リュリュの姿が光を伴ってきらきらと消えた。
「リュリュがいないと寂しいな、早く帰ってこないかなあ」
リヒトが頬杖をついて、足をぶらぶらさせている。
「俺たちは部屋へ戻ろうか。もうあとはお喋りして眠るだけだね」
「はい、あの、今日も一日、楽しかったです」
「そうだな、おれは鶏と格闘してちょっと大変だったけど、ノエル先輩からは素敵なリボンをプレゼントしていただけて嬉しかったです」
「僕も。最後にささやかながらプレゼントがあります」
天球儀柄のトートバッグから、苦労してラッピングした格子柄のクッキーを取り出すと、みんなに配った。
「ノエル先輩の味には到底及びませんが、僕の手作りのクッキーです。よろしければ」
「わあ、かわいい!」
「ありがとう!とっても美味しそうだ。後でゆっくり紅茶でも飲みながら食べよう。ね、サミュエル」
「うん!ありがとう、エーリク。君も器用だね。格子柄なんて、作るのすごく大変なのに。とびきり洒落てる!!」
「大切に食べるね」
「えへへ……よかった、頑張って作った甲斐がありました」
「それじゃ、早くクッキーを食べたいし、部屋に帰ろう。魔法で飛んでいくのは簡単だけど、最近ちびっこたちを見ていると、歩いていくのも良いものだなって思い始めた。ゆっくり行こう」
「エーリク、電池切れ、です」
「あああ、ロロ、あと少しだけ頑張ろう。今日は色々なことが起きたもんね。僕の背中へおいで。しっかり掴まって」
「ふぇぁあ」
「大丈夫か、」
「慣れているので!ロロ、軽いですし」
「んうう」
「それならいいんだけど……」
「ぼくもロロが落っこちないように後ろから押し上げながら行くので、大丈夫です」
僕たちは109号室の前で挨拶を交わし合い、各々の部屋へ帰った。なんと、蘭は魔法を使い一瞬でアストロフィライト寮へ帰っていった。
ロロの靴を脱がせてベッドに横たわらせる。ナイティに着替えさせた。この仕事にもすっかり慣れた。
杖を振ってお父様と交信を始める。すると、お父様でなく鳳が出てきた。
「エーリク坊ちゃん、如何されましたか」
「あ、鳳。あのね、アフタヌーンティー、席をふたつほど増やして欲しいんだ。今からでも大丈夫?お父様にもつたえてほしい」
「もちろんでございます。ご学友がおふたり、さらにいらっしゃるのですね。何も問題はございません。レシャとファルリテも、今から張りきっておりますよ」
ワックスがけをしていたレシャとファルリテがモップを投げ出し駆け寄ってきた。
「わー!!また坊ちゃんだ!こんばんは!」
「いっぱい通信、ありがとうございます!」
「僕たち、坊ちゃんたちと一緒にお茶を飲むの、本当に楽しみにしているんです。鳳さんにも、たまには羽目を外して結構ですよと言われていて」
「僕もさ。久しぶりだね、君たちとアフタヌーンティーを飲むのも。あとふたり……サミュエル先輩と、蘭という子を連れていくよ」
「はい!かしこまりました!道中、お気をつけて」
「うん!!机上をできるだけ華やかに整えて欲しいな。白薔薇をたくさんいけてほしい。よろしくね」
「はーい!お待ちしております!」
手を振って、交信を切った。
魔力を使い果たしてしまったので、ゆっくりお風呂に浸かろう。バスタブにお湯をためて、バスボムを放り込んだ。金木犀のような甘い香りが漂ってくる。そのとき、静かに扉を開ける音がした。
「エーリク、ロロ、ただいま!あっ、ロロが寝ちゃってる。静かにしなきゃ」
リュリュが帰ってきた。疲れ果てた様子で、ベッドにぐったりと座り込んだ。
「お粥を作ってたべさせてくれとか林檎と柿を剥いてほしいとか、さんざんわがままを言われたよ。明日の分のご飯も作ってきた」
「お疲れ様、お風呂、先に入って。今お湯をためたところなの。リラックスしたらいいよ」
「ありがとう、お言葉に甘えるね」
僕は勉強机にすわり、詩集を読み始めた。遠い異国の、大仰な言い回しがとても面白い詩人だ。気に入った一節には、ぺたぺたとカラフルな付箋をつけている。拾い読みをしていたら、リュリュがバスルームの扉を開けた。
「エーリク!すっごくいい香りがする。一緒に湯船に浸かろうよ」
「うん!ちょっとまっててね、パジャマ持っていく」
僕はタオルを二人分と着替えを持って服を脱いだ。
「本当にいい香り!これレグルスから取り寄せたんだけど正解だったなあ」
ちゃぷんと、リュリュと向かい合うように、大きなバスタブに入る。少しだけお湯が溢れて流れた。
「気持ちいいなあ、ママ・スノウに、三人部屋にするにあたってだいぶバスルームを広くしてもらっちゃった」
「そうなんだ、くらえいっ!!」
リュリュが手桶にお湯をくんで、いきなり僕の頭にかけた。びっくりして悲鳴をあげる。手桶を奪い取り、僕もばしゃんとリュリュの頭にお湯をひっかけた。笑い声が響いたけれど、静かに、と声を潜めた。
「眠り姫、起きちゃう」
「明日シャワーを浴びればいいよね」
「そう思う。ああ、それにしても、来週の日曜日、土いじりもアフタヌーンティーも楽しみだなあ。早く日曜日にならないかな」
「みんな、もしかしたらちょっと驚いちゃうかもしれないなあ、鳳たちがはりきってるから」
「えっと、鳳さんって執事?」
「そういうことになってる」
「レシャさんと、ファルリテさんは」
「あの二人は使用人みたいな存在だけど、変に気を張らない、いい子だよ。雑務や家のあれやこれやをしてくれている。窓拭いたり、庭の植物の世話をしたり、あとはお父様……父や鳳の食事の支度とか。僕のチェスの相手をしてくれたりもしていたよ。特にファルリテが強い。全力で挑んでくるんだ、勝てっこない。父がかなりチェス、上手いんだけど、いい勝負をするくらい強いんだ。レシャは優しくて、手加減してくれる」
「なるほどね……」
「あの二人もティータイム、僕らと一緒の席につくから、色んな話が聞けるとおもうよ。ああ、僕のぼせちゃった。先に出るね」
「冷蔵庫にヴィス水がはいっているから、飲んでいいよ」
「ありがとう。封切って待ってる。一緒に飲もう」
大きなバスタオルでしっかりとからだを拭いてパジャマに着替えた。三人がけのソファに腰かけて、リュリュを待っていると、眠り姫が起きた。
「あぅ、ぼくまた寝ちゃってた。きょうもエーリクが部屋まで運んでくれたんですよね、ごめんなさい」
「お、ちょうどいいタイミングで起きたね。お風呂、入りなよ」
「はい!そうします!すっごくいい香り!」
三人ともお風呂に入って、ヴィス水を洋盃に入れて分け合って飲んだ。ヴィス水はハーブの香りがするお水で、お風呂上がりにぴったりだ。
「さあ、すっきりしたところで、明日のこともあるし今日は寝ようか」
「本当に夢みたいだけど、本当にお誘いいただけているんですよね、来週、アフタヌーンティー」
「そんなに期待するほどのものじゃないよ」
「でも、ときめく!キューカンバーのサンドイッチ、楽しみだなあ」
「鳳たち特製のスコーンとかもティースタンドにならぶとおもうよ」
「わあい!」
眠り姫を再び横にして薄手の毛布を掛けた。
「もう!!明日のティーパーティーもアフタヌーンティーも楽しみすぎて眠れないよ!!」
リュリュもテンションが上がっているのか、一応ベッドに横になったけれど悲鳴をあげている。
「頑張って寝よう」
「もしも貫徹しちゃったら、エーリク、起こしてよね」
「責任重大だなあ、それは」
「ぼくの松ぼっくりのかたちの時計、音量最大にしました。多分すっきりとみんな起きれます」
「ロロ、ありがとう。そんなことを言っていたらもうだいぶおそくなってしまったね。さあさあふたりとも、横になるだけなってみようか」
「はーい!!」
僕は電気をけし、ゆったりとベッドに横たわった。今日も、一日楽しかった。幸せ者だな、僕は。ゆっくりめをとじて、とろりとやってきた睡魔に身を任せたのだった。

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