見出し画像

チョコレートリリー寮の少年たち アルバイト② 改訂版

今日から放課後、物語喫茶レグルスでいよいよアルバイトが始まる。クレセント店長が何枚もパターンを起こしてくださって、黒蜜店長が夜なべしてミシンと格闘を繰り広げたその結晶、美しい制服を身につけ、お互いリボンタイを結びあったり調整をして、いま、ホールに立っている。
「立派立派、素敵だよ。きみたちみんな、最高だ」
「久々に本格的な服を作った」
「ぼくもあんなにミシンと向かい合ったの、久しぶりだった。楽しかったよ」
黒蜜店長とクレセント店長がテキーラをあおりながら頭からつま先まで、じっとみつめてくる。
「あ、あまりそんな、みないでください」
「だって、かわいいんだもん」
「眼福眼福」
「記念写真撮ろう」
「撮ってあげる、スピカ、カメラ貸して」
僕たちは身を寄せあってぎこちなく微笑んだ。
「いくよー!!チーズ!サンドイッチ!」
「今の掛け声初めて聞いた」
「ぼくが大好きなレトロゲームの、写真撮る時のセリフなんだけど、これがジェネレーションギャップってやつか……」
「世界線も超えてるね。まあでもいい写真が撮れたっぽいしいいんじゃない?あー、テキーラ美味しいなあ、真宵、なにかおつまみだしてほしい」
「うーん、茗荷が入荷したから酢味噌和えにしてみたんだけどどう?おいしいよ」
「じゃあそれで。茗荷なんて見たこともないし初めて食べるよ」
「良い香りがしていいものだよ。試作品だからお代は結構。食べてみて」
カウンターテーブルに小皿をことりと置く。僕たちは銀のトレイを胸に抱いて全く動けずにいる。
「あはは、最初はみんなそんなものだよね」
「レ、レモン水をどうぞ、お客さま」
ロロが真っ先に動いた。背伸びしてグラスにレモン水を注いでいる。
「お、働き出した。可愛いねえ、お人形みたい」
「ふぇ、その、ごゆっくり」
ロロがぱたぱたと僕の胸めがけて飛び込んできた。ぎゅっと抱きしめる。
「き、緊張したぁ」
「がんばったね、すごいよロロ」
「負けていられないな」
そのとき、がらんがらんと盛大に入口のベルがなった。
「よ、ようこそ、物語喫茶レグルスへ!あ!どこかでお見かけしたお顔です」
「このまえブルウライトスタア商會で会って以来……こんにちは、いらっしゃいませ!!」
「ようこそ!」
「紡ぎ手さま、ようこそ!」
僕らはぺこぺこお辞儀をした。
「あ、陸じゃん、いらっしゃい。今日はブルウライトスタア商會じゃなくてうちなんだ」
「やあ、こんにちは。テキーラ・サウザ・ブルーが飲みたくなってさ。今日はあちら、入荷しなかったらしいよ。黒蜜店長とクレセント店長、久しぶり」
「おー、元気だった?陸、カウンターにおいでよ。テキーラで乾杯しようか」
「うん!ところで、この子達はマグノリアの……」
「可愛いでしょう。この冬雇ったの」
「うん、たしかに可愛い。僕、君たちの名前、確り覚えているよ……あ、これ差し入れ。みんなで食べよう。きみたちもどうだい。さっきから微動だにしないじゃないか。大丈夫?」
「ちょ、ちょっと緊張しています」
「僕は、ちょっ……とじゃ……なくて、ものすごっく緊張しています」
「おれは緊張はしていないなあ、でも、何となく並んでおこうかなって」
「さすがスピカ」
「あはは、リヒトも全然緊張してないじゃないか」
「ぼくは、レモン水係をします」
「とにかく皆、こっちへおいで。トレイは一旦、ここに置いて。差し入れ、なんだろうね」
「フロランタンとマドレーヌを焼いてきた」
「へえ、やるな陸」
ぞろぞろとカウンターへ寄ると、真宵店長がお皿にお菓子を並べてくれた。プレートのまわりに、何色ものチョコペンを駆使し花を描いていく。なかなかできる事じゃない。僕なら即シンク行きの代物を作りだすだろう。でもこういうのも、練習していかなきゃいけないんだ。そう思うと身が引き締まる。
「いただこうか」
「はい!いただきます!!」
「いただきます!!」
フロランタンを一口、食んでみる。ナッツの香ばしい香りとざくざくした食感。キャラメルの甘さが、がつんときた。これは美味しい。
「すごいすごい!きみフロランタン屋さんをひらけるよ、美味しい!」
「喜んでもらえてよかった」
「レグルスに卸してもらいたいくらいだね……マドレーヌもしっとりしていて、すばらしい。遠くでレモンの味がするね、全く、非の打ち所がない」
「ぼくたち、アルバイト中なのに、いいのかな」
「極限までサボタージュするのが肝要と教えたじゃないか、適度にすればいいんだ、仕事なんて」
黒蜜店長がいう。でもこれでお店、成り立っちゃってるんだからすごい。
「お客様、来ませんね……」
「あの……常々ここに連れてきたかった、ノエル先輩とサミュエル先輩と蘭、喚んじゃう?」
「ナイスアイデアリヒト!!!!」
「それがいい!」
「ああ!会話の中に名前が何度か出てたね」
「ちょっと連れてきたい方々が三名ほどおりまして。良いですか?」
「勿論だとも。仲間が増えるのは、楽しい!」
「では、召喚します」
「いくよ、みんな!」
全員が呼吸を整えたあと、杖を振りかざして叫んだ。
「集中ー!!!!」
ぱっと店内がびっくりするほどあかるくなり、ノエル先輩とサミュエル先輩と蘭がソファ席に姿を現した。
「わああ!!!!びっくりした。誰の仕業?!って言うかちびっこたちがすごく可愛いよ、ここはどこ?!」
「な、なにここ、すごい!!あっ、ロロ!きみが喚んでくれたの?お洋服、かわいい!!」
「ここはいったいどこなんだ!!」
僕が一礼して、大いに困惑中の三人に腰をおって微笑みかけた。
「ようこそ、物語喫茶レグルスへ。紡ぎ手さま、お待ちしておりました、どうぞごゆっくり、物語を織り上げてくださいませ。ドリンクやフードのご注文も承っております。それから、そこの、おあしもとにころがっているがらすだま、蝶番、僕の制服の第二ボタン。何もかもが売り物です。ごゆるりと」
「お見事」
「スピカのノートを写させてもらって、覚えた」
「パーフェクト!!」
「トーションをどうぞ」
スピカもトーションを配り、またマネキンのように僕の隣へやってきた。真宵店長が走りよってきて、僕の肩を叩く。
「君たち、置物じゃないんだから、ゆっくり店内を歩き回っていいんだよ」
「では、棚の大きいケース、降ろして掃除します!脚立貸していただけますか?」
「スピカ、大丈夫なの?」
「余裕。でも、ちょっと手助けを願いたい」
「僕が受け取るね!」
「たすかる!」
「えい、えい、おー!」
思い描いていたよりずっと軽い。三つほど棚からケースを下ろし、スピカが真宵店長に振り返った。
「これ、あけていいものですか?」
「わ、わかんない、前代から店を譲り受けた時からある、いにしえの箱だから……虫とかいるかもしれないし、ぼく、こわい」
「ぼくも、虫が出てきたら泣く。クレセント、何とかしてよね」
「わかったよ」
虫に怯える大人たちに、にやにやわらいかけながら、えいっと蓋を取ってしまった。
「……虫なんかいませんよ、安心してください。あー、でもこれは賞味期限切れだ。捨てましょう。箱は上等なものなので、おれ、磨いて綺麗にしようと思います。なにかに転用しましょう」
「えーっと、俺たちは先程のエーリクの口上によれば、とんでもない浪漫に充ちた、素敵な場所にお呼ばれしたみたいだな。ここが噂のレグルスか……」
「ねぇねぇノエル、あの黄鉄鉱すごい!」
「しかもいいにおいがする」
では一人ずつ自己紹介、ということで、髪の色で人の名前を覚える真宵店長に一礼した。真宵店長も優雅に腰を折る。
「立派な体つきの、亜麻色の髪のかたが、ノエル先輩です」
「はじめまして。レグルスの噂はかねがね。伺いたいなとずっと思っていたのですが、もっと早く来ればよかった!すてきなところですね」
握手をぎゅっと交わしあっている。
「綺麗な、つやつやしたプラチナブロンドの方が、」
「サミュエルと申します。どうぞよろしくお願いします」
「で、藤色の髪の子は……」
「蘭です、一年生で、最近親しくなった新参者です。でも皆さん、旧知の仲のように接してくださいます」
「チョコレートリリー寮のみんな、いいこでしよ」
「とっても!!」
「ふふ、からだが冷えてると思うから味噌仕立てのスウプでも出すね」
僕は昨晩中繰り返しメモに書いて覚えたこの店のコンセプトなどを、ノエル先輩たちに説明した。ロボットの形の貯金箱の臓腑に、500S玉が、からからかわいた音を立てながら吸い込まれていく。
「500Sで食べ放題、飲み放題……そしてお店全てのものが商品だなんて、すごいお店だ」
「あ、真宵店長、いつもの、お願いね」
「ぼくもいつもので!」
「おれもお願いします!」
「ぼくも!やった!!」
「左に同じく、お願いします」
「いつものって、なに?」
ノエル先輩に問われて、とりあえず頼んでおけば間違いないメニューです、と説明した。
「それなら、俺もいつもの」
「僕もお願いできる?」
僕はポケットから伝票とハーバリウムのペンを取りだして、書き付けた。
「少々お待ちくださいませ」
「凄いじゃないか、エーリク!!もうオーダー取れたんだ。いつもの、頑張るね」
「うわあ!このトランペットが刻印されてる金ボタン、なんて素敵なんだろう、彼処に下がってるタペストリーもきれい」
蘭がハーフアップにした藤色の髪をぴょんぴょんゆらしながら、店内を駆け回っている。そして、蕩けるような声音で呟いた。
「とびきりかわいいベレー帽発見」
「それ、ぼくが編んだやつ。巧妙に隠したのに」
「まっしろで、ふわふわ。僕この子をお迎えしようと思います」
「どうするの黒蜜、おいくらで売るの?」
「初回サービスってことで300Sでいいよ」
「嬉しい!!ありがとうございます、早速かぶろう」
「わあ、蘭、雪の妖精みたい。紫の髪に映えてる」
「えへへ、そうかな?ふふふ……ありがとう」
「ロロとリュリュと蘭は天使だよなあ」
「本当にね。自覚がないのがまた恐ろしい」
一瞬、間を置いてみなさん、と蘭が声を上げた。
「皆さんにお知らせがあるのです……でも、109号室と108号室も鍵がかかっていたし、デイルームにも誰もいないし、ママ・スノウには今日はいつもの子達と一緒じゃないのねって言われたし……とにかくチョコレートリリー寮中を走り回ったんですが、どこにもみんなが居なくて」
懐中から折りたたまれた羊皮紙を取り出し、ばっと僕らにみせた。
「転寮許可証!!」
「ついに、チョコレートリリー寮生になることが決まりました!そのお知らせをしたくてみんなを探し回っていたのだけど、姿を見ないので途方に暮れていた。そこで最高のタイミングでロロがここへ呼び出してくれたというわけで……」
「やったー!!!!」
「おめでとう!」
「わあわあわあわあ!!」
僕たちは大歓声を上げながら、ぐるぐると蘭の周りを手を繋いで回った。ぎゅうぎゅうとくっついて、ソファ席のあたりは大変な騒ぎだ。
僕たちはアルバイト中であることを忘れて、大いにはしゃいだ。また邸宅に嬉しいお知らせをしようと思った。みんな、絶対に喜んでくれる。
「もうそれなら、お店閉めてパーティーしようか。貸切貸切!大人たちがどんどんテキーラを飲むものだから、儲かって仕方がないし」
「真宵の適当さ、みんな見てよく覚えておくように」
「そんなこと言ってないでちょっと看板しまってきてよ、黒蜜」
「はぁい」
クレセント店長の手を借りて、黒蜜店長が光が漏れないよう真っ黒な天鵞絨のカーテンで窓を覆う。小さな看板を店の中に引き入れて、戻ってきた。
「労働の引き換えにテキーラをだすね」
「みんなで乾杯しようか!!」
「本当におめでとう。よかった。遂に正式に仲間だね!」
「モクテル注文して!作るから。大人はテキーラでいいよね?」
「僕、オレンジフラワークーラーを、」
「了解。子どものテキーラサンライズだね」
「何にしようかなあ、あ!このあおみどりのモクテル綺麗」
「ノンアルガルフストリームかな」
真宵店長が冷えたグラスに氷をからり、と落とした。
「それください!」
「ぼ、ぼくは、ヘレネで」
「良いチョイス!おいしいよね、ヘレネ」
「それならぼくもそれをお願いしようかなあ、蘭、決まった?」
「うん!ヘレネ気になるので僕も、お願いします」
三年生二人が、さわさわしずかにことばをかわしている。
「サミュエル、どうする?」
「ピニャコラーダ……これのモクテルください」
「じゃあ俺は、前回ロロとリュリュがジョッキで飲むものじゃないとデイルームで話していたシンデレラを」
「さて……今のオーダー、全部伝票に書けた子いる?」
「ばっちりです」
スピカがなんと、とんでもない能力を発揮した。伝票をすっと真宵店長に差し出す。訊いた本人が一番びっくりしているのを眺めて、小さく笑い声を漏らしてしまった。
「えっ!!すごい……スピカ、ぼく、まだ誰も伝票書けないだろうと思っていたんだ。試すようなことをして、ごめん」
「このくらいなら、ちょちょいのちょいですよ、お任せ下さい」
「先日のティーパーティの時も、鶏に攻撃されてもめげずたまごを回収したり、ノエル先輩とふわっふわのシフォンケーキ焼いたり、すごく活躍してたよね」
「まあおれのことはどうでもいいよ、モクテル、楽しみだなあ!」
誰よりも聡明で、そして照れ屋なスピカを可愛いなあと思った。僕たちもカウンターに座り込み、味噌仕立てのスウプが出来上がるのを待ちつつ、めくるめくスピードで出来上がったモクテルをゆっくり持ち上げ、チョコレートリリー寮に乾杯!!!!と歓声をあげた。
真宵店長が、ぐいっとショットグラスのテキーラを呑みほし、櫛形にきられた檸檬をかじりながら、先ほどから大鍋をかきまぜている。
「豚汁、って知ってる?」
「聞いたことない……」
「給食にも、一度も出たことないです、俺の知る限りでは……」
「野菜と豚肉がたっぷり入った味噌のスウプさ。いつものを作ってる間、食べてて。はい、どんどん出すよ」
「はーい!」
「いただきます!」
「うわあぁああ、なんて優しい味のスウプなんだろう。あの、だめなら諦めますが、今度スープジャーを持ってきてもいいですか……?部屋でも飲みたい……」
蘭が華麗に箸を使うのはおどろきだった。名前から察するに、東の国にルーツがありそうだなあと思っていたけれど、その推測は遠からず、といったところかもしれない。
「かまわないよ。持っておいで。どうせ余って、ぼくが毎食食べる派目になるし」
「やった!」
「みんな、嫌いな野菜とかあるのかな。定番の具材しか使ってないんだけど……もし苦手なら残してね」
「カリフラワーとアスパラガスだけはダメです」
ノエル先輩がまっさきにいう。余程苦手なようだ。
「僕はキューカンバーがだめ。それはもう真宵店長、長い付き合いだし知ってるよね」
その辺の野菜は入ってないよ、といいながら、オーブンからミートボールを取り出す。リンゴンベリージャムと、暖飯機からマッシュポテトを掬い、プレートに盛り付けた。
「はい、いつもの」
「えっ、ミートボールにジャムですか?」
蘭が瞳をぱちぱちしている。びっくりしたのか、星屑を瞬きの度に落としている。
「騙されたと思って」
陸さんがカトラリーケースからスプーンとフォークを取り出しながら言う。
「美味しいんだから!この組み合わせ考えた人天才だと思う」
僕たちは熱弁した。これは食べなきゃ人生損だ。
いただきますと全員で声を上げて、ころころ転がり回るミートボールにたっぷりジャムをつけて食べる。
「こ、これは中毒性があるな、びっくりしました。本当に美味しい!!」
「このマッシュポテトとの組み合わせもいいですね、なめらかに潰してあって……」
「生クリイムを使っているんだ」
「なるほど、美味しくないわけがない」
レグルス初来店で、この味を知ってしまうととんでもないことになるぞ……と思いながら、奔放に逃げ回るミートボールにフォークを突き刺した。
ちらり、とリュリュに視線を送った。目を細めて、幸せそうにご飯を食べている。
最近はすっかり寒くなり、野外で行われる授業が極端に減った。座学が中心となっているけど、特にスピカとリヒトの観察眼や応用のきかせ方、理解力は目を見張るものがある。僕も頑張らなきゃいけない。
特別できることは何も出来ない僕だけど、みんなの笑顔は守りたい。絶対に。
「エーリク、ぼーっとしてる。なにか考え事してるの?」
「何かあったら相談してくれるよな、信じてる」
「そうだよ、親友でしょ」
「なにもおそれることはないのです」
「僕にも話してくれるよね?」
「僕……仲間に入れてもらったばかりだけど、話、して、一緒に笑ったり泣いたりしたいな」
皆が顔をのぞきこんでくる。せめて考え事をしているのが顔に出てしまうという悪い癖をどうにかしなくてはいけないな、と反省した。
「なんでもないんだ。あの……ノエル先輩、サミュエル先輩。みんな。ぜひデイルームでも歓迎会、やりましょう」
「そうだな!蘭、楽しみにしてろよ!!とびきり美味しいお菓子、作るからな!」
「ありがとうございます!!ねえ、エーリク。モクテル、すごく美味しいね」
微笑みながら蘭が体を寄せてくる。ほっぺたをくっつけ合い、にこにことわらった。
「そのみんなお揃いの制服、いいなぁ」
蘭が僕の緩んだリボンタイを結び直してくれた。
「蘭も雇われて、みる?」
真宵店長がSサイズの洗い替えの制服を広げて見せた。
「えっ?!宜しいのですか?」
「アルバイトは多い方が助かるし、愉快だ。雇われてくれるかい?」
「はい!!勿論です!!僕がお役に立てるのならば、是非、よろしくお願いします!」
「本当にありがたすぎる話だよ、裏で着せてもらっておいで」
「わあああ、何この怒涛の展開」
蘭は黒蜜店長にくるくる回されながら店の奥に行ってしまった。
「夢みたい!!!!」
「みんなで働けるだなんて嬉しいね」
「本当に!」
「ぼく、口上覚えなきゃ」
「僕でもできたんだから、君もできるよ」
「さっきのエーリク、すごく凄くかっこよかった!」
「ありがとう、頑張って覚えてよかったなあ」
「モクテルはおいしいし、ここは愉快だし、ちびっこ達がかわいいしで、最高ですね、レグルス」
「お褒めに預かり光栄だよ。ノエルくん」
「呼び捨てでいいですよ」
「じゃあ……ノエル。何か食べたいものある?」
「うーん、鶏肉とじゃがいもと玉ねぎのシチューポットパイ、気になりますね」
「秋冬の限定メニューなの。渾身の一作。我ながら美味しいと思う。良かったら焼くよ」
「じゃあ、それをお願いします」
「僕もオーダーしても宜しいですか?」
サミュエル先輩もメニュー表とにらめっこしていたけれど不意に顔を上げて言った。
「鯖の竜田揚げおろしポン酢定食を」
「サミュエルくん、渋いね!」
「僕のことも、呼び捨てでいいです」
「うん、わかった。みんな、あんな四つばかりのミートボールじゃ、お腹膨れないよね?どんどん頼んでね。とびきり美味しいの、作っちゃう」
大人然としてテキーラを飲んでいた陸が、何やらロロに囁きかけている。
「オーダー、はいりました!アマレットジンジャーと、えっと、トマトのカプレーゼです!」
「アルバイト、楽しいな……」
ふと僕がつぶやくと、クレセント店長が肩を抱いてきた。
「こんど〈AZUR〉でも雇いたいなあ」
「考えておきます」
「わー!!!!これは!!ちょっとみんなみてみてみてみて!!!!蘭、かわいい!!おいで!」
黒蜜店長に手を引かれやってきた蘭の制服姿にみんな立ち上がって声を上げた。淡い藤色の髪がブルウのチェック模様に絶妙にマッチしている。
「よく似合ってる!」
「エーリクこそ!」
「蘭!」
リヒトが蘭の腕を取り、絡ませた。二人ともいい笑顔を咲かせている。
「本当にみんな、ずるいくらい可愛いよ!」
陸さんがアマレットジンジャーを一息で飲みほしながら言う。
「ロングアイランドアイスティーを作ってほしい」
「陸、楽しいからお酒が進むのはよくわかるのだけど、潰れないでね……チョコレートリリー寮のみんな、年末年始、すごく忙しくなるよ!楽しくお店回そうね。どうか風邪なんかひかないでおくれよ」
「はい!元気にお務め、頑張ります!」
「手洗いうがいを徹底しなきゃ」
そのとき、箱を一生懸命磨いていたスピカが、手を止めた。
「ふう、疲れたけど綺麗になりました。あと少し頑張る。これも物語になるといいな」
スピカがいう。僕も心の底からそう思った。愛おしい仲間たちとつくりあげていくお店……やさしく、やわらかく、あたたかい。小さな小鳥を手のひらに乗せた時のようなきもちになった。よし、頑張ろう!と、僕は、おへそのあたりにぐっと力をいれた。
「聖歌隊組ませたいなー、もろびとこぞりてとか、このボーイソプラノで歌ったらどっと人が集まると思うんだよね」
黙々とテキーラを飲み下していた陸さんがそんなことを言い出す。
「【チョコレートリリー寮の少年たちをよりいっそう可愛くするプロジェクトphase2】に移行?」
「うん、この子達にクリスマスソングを唄わせて、お客さまを呼び込むんだよ、この格好で歌ったら絶対かわいいよ」
「僕、歌は苦手です。音感もリズム感もないし、音楽の授業では、組んだロロに大迷惑をかけました」
「気にしないでください、ぼくだってリコーダー苦手で、いっぱい足引っ張っちゃったし」
「スピカは見事なんだよなあ、何やらせても完璧」
「そんなことないよ、おれだって苦手なことたくさんあるよ。裁縫なんかは特にだめ。だから、リヒトとリュリュが見事なナップザックを作りあげた時は感動したし、黒蜜店長とクレセント店長が型紙を起こすところからお洋服まで作れちゃうのは、どういうことだと理解が追いつかないくらい」
「ロロは風渡りの一族だしね」
僕だけ見事に何も出来ない。何かで挽回しなきゃいけないな……とおもっていたら、蘭が口を開いた。
「エーリクは、ものすごくたおやかで優しい。困っている人を放っておかない。このまえ、バスストップで声をかけてきたおばあちゃんを、列の先頭に導いてあげていた……僕、あのキーマカレーの日、チョコレートリリー寮の学食に導かれて行ったのは運命だったんじゃないかと思うんだ。あの時僕がもっと勝手が分からずうろうろしていたら、助けてくれた人はいたかもしれない。でも、きみが真っ先に声をかけてくれたんだよ。そういう、人の心をぎゅっと掴むものを持ってると、僕は思う」
「そうさ、エーリクは本当に思いやりの塊だ」
みんながにこにこ僕の瞳を見つめている。ありがたくて、ありがたくてたまらなかった。
「僕にもできることがあるんだね」
「当然さ、述べ始めたら丸三日かかるけどいい?」
リヒトが真顔で言ったので、笑いの渦が沸き起こった。
「みんなちがってみんないいんだよ、東の国の詩人が、そんなことを言っていたね……あ、ポットパイ焼けたみたい。持っていくね。おまたせ。すっごく熱いから、気をつけてね」
「わ、バターの良い香り」
「パイ生地をスプーンで割ってシチューに落としながら食べて」
「いただきます」
「鯖の竜田揚げおろしポン酢定食ももうできるよ。あとは大根を……」
「僕、キッチンにはいってもいい?すり下ろすのやってみたい」
「僕もやりたいです」
「じゃあエーリクとリュリュに任せようかな、おいで」
「はーい」
僕とリュリュは手を傷めないようストッパーのついた大根おろし機でがりがりとひたすらに大根をすりおろした。かなりおろしたつもりだったけれど、ぎゅっと水分を適度に絞るとほんのちょっとになってしまった。
「ねぎ、切りましょうか」
「いいね、リュリュはさすが、リアムのご飯を毎食作っていただけのことはあるね。エーリクは伸びしろがある、これからもちょくちょく、こういう作業任せることにするね」
「うん!なんでも申しつけて」
僕はひらりとホールに出て、大人たちのオーダーを取り、提供し、なかなか忙しく過ごした。最初は緊張で何も出来なかったけど、だんだんレモン水を注いだり、作ったりするタイミングが掴めてきた。たのしい、とってもたのしい!
「二日でここまで成長するとは……末恐ろしい」
「黒蜜のコーチもいい感じだったもんね」
「とにかくサボれって教えただけ」
「サミュエル先輩、レモン水をどうぞ。お好みでガムシロップを」
「アレンジ利き始めてる!!」
「大したもんだ」
「はい、デセールの時間です」
スピカが懐中時計を見て声を上げた。
「いちごのマカロンケーキ、並べるの手伝って。全員に回ったら、もう座って食べていいよ、チョコレートリリー寮のみんな、お疲れ様!」
「わあ、かわいい。こんなに素敵なマカロンをお給仕できるなんて嬉しいな」
リヒトが小皿を並べて回る。
「これは映えるな!」
黒蜜店長がはしゃぎながら携帯端末で写真を撮っていたりする。僕たちはぐったりとソファ席に腰かけた。
「もうだめ、うごけない」
「腰が痛いよ!」
「脚がぱんぱん」
「肩こりすごい」
「いちごのマカロンケーキ、おいしいな」
「つかれたー!!ほとんど何もしていないのに」
「やることを見つけられるようになったら、そこまで疲れる仕事じゃない。今日は緊張もあったと思う。バスボムあげる。これでもつかってゆっくり休んでね。明日もよろしくお願いします」
マカロンを食べたかと思うと、ロロが全く動かなくなってしまった。リュリュもくたりとソファに横たわり、静止している。
「このふたりはこうなるともう、背負って帰るしかないんですよ。エーリク、ロロをお願い」
スピカがリュリュを背負いあげた。僕はロロに声を掛けながら軽い体を抱き上げた。
「気をつけておかえり。あ、魔法で一瞬か」
「はい、ぼくらずいぶん、魔法も上手くなってきました」
「俺たちはもう少し飲んでから帰るよ、ここからは、大人の時間」
「早くそれに加わりたいものですね。それじゃ、また明日」
「皆さん、お疲れ様でした」
ぼくが踵をとんとならす。するとふわりと体が浮かぶ感覚がした、その刹那、109号室にたどり着いていた。
「お、先についてた。リュリュの着替えをしてやらなきゃ」
「スピカ、ありがとう」
天使たちの眠りを妨げないようにそっとナイティに着替えさせる。ロロの松ぼっくりのかたちの時計にアラームを設定する。勝手に触ってごめんね、と小さくつぶやいた。
「エーリク、スピカ、」
そっと109号室の扉をノックされたので、小さく扉をきしませて開けると、リヒトと蘭が佇んでいた。
「大丈夫そう?」
「うん、こちらは平気」
「それがさ、オールドミスの仕業なんだろうけど、108号室めちゃくちゃ広くなって、蘭のベッドも運び込まれてる。お風呂もユニットバスじゃなくなったんだ。ベッドメイクも完璧なんだよ。何者なんだろうね、あの人」
「感謝しなくてはね。荷物の搬入はあした四限を終えて、その後か」
「よろしくね、みんな。僕一人じゃ運びきれない」
「まかせて!とりあえず今日はもう寝ようか。もうくたくた。蘭もサプライズで、もう今日からチョコレートリリー寮生になれてよかったね!」
「うん!まあ積もる話はまたあした」
「おやすみなさい」
「よいゆめを」
僕は制服を脱ぎ、形崩れがしないようハンガーにかけナイティに着替えた、ベッドに腰かけ、やり切った、という、長いため息をついた。このアルバイトの件、ミルヒシュトラーセ家のみんなに伝えたら、どんな顔をするだろう。鳳は泣くかもしれないな、などと思いながらベッドに横たわると、ゆるやかに夢の世界へと誘われて、ふわりと眠りに落ちてしまったのだった。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?