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ギフト③【チョコレートリリー寮の少年たち】

「さて……じゃあまずは、おでんを食べに行くか。リアムさんに差し入れる分も手に入れよう。しかし、不思議な食べ物だな……」
ノエル先輩がスピカから手渡されたフライヤーを見つつ、先陣を切って歩き出す。セレスティアル舎は今日も大盛況だ。
「すごいね、人だかり。おでん効果かな、そんなに美味しいの?」
蘭と手を繋ぎ、指を絡めたり解いたりしながら問いをなげかけた。
「すっごくすっごく、美味しいよ!エーリクは、炊き込みご飯とか、すき?東の国の味付けの……」
「うん!大好き!!この前きのことさつまいもの炊き込みご飯、学食でたべたよね、すごく美味しかった」
「ああいうお醤油系の味付けだから、食べやすいと思うよ、きっとみんなも気に入るはずさ!」
「へえ、蘭がそこまで言うなら逸品なんだろうな。俺たち何も知らないし、未知の食べ物だから、いろいろ蘭に教わりながら買おう。よろしくな、蘭。本当になんなんだろう、おでんって」
「はーい!まかせてください!僕の一推しはちくわぶなんですけど、兄弟の中に苦手な子がいました。はんぺんはふわふわしてて、万人受けしそうな気がします。あとはやっぱり大根かな……たまごも美味しい」
「おれ、たまごはぜったい食べる」
「信じられないくらい熱いから気をつけてね……スピカ」
「おーい!マグノリアのみんな、こんにちは!」
「木蓮!店子お疲れ様!」
僕たちは人波をかいくぐり、大声で僕らを呼ぶ木蓮の側へとたどり着いた。
「残念!ぼくは柘榴だよ、木蓮は厨房にいる」
「君たち双子は本当にそっくりだ。顔だけでなく、背の高さも同じくらいだもんね。入れ替わっていても気づかれないんじゃないかな。まあとにかく、おでんを見せてくれ」
「うん、これがおでん」
白い器の中に茶色い液体と、湯気を放つおでん種が、沢山浮かんでいる。
「これですこれこれ!!うわあ、うれしい!実家のことを思い出すなあ」
「いいかおりがする」
「ぼくらが毎日丁寧に、だしをとっているからね。木蓮!ちょっと来て!!」
「はいはい、わー、おでん種もう半分くらい無くなっちゃったね。足すか……あ、やあやあみんなこんにちは。久しぶり」
「やあ!大盛況じゃないか、ルーヴィスは?」
「買い出しに行っています」
「こんにちは!たまごをください」
「いらっしゃい。たまごね、ほかには?」
「うーん、はんぺんください、あと平たくて丸いのと、鍋底だいこんもお願いします」
スピカの注文スピードが早い。まるで何度か、食べたことのあるような口振りだ。
「フライヤーを眺めて、予習してきた」
器を受け取って、困ったように首を傾げた。
「眼鏡が曇る。誰か持ってくれないか」
「じゃあぼくがもつね」
「リヒト、助かるよ、ありがとう」
「トレイをかしてもらえる?」
リヒトが気を利かせて柘榴と木蓮に尋ねている。
「きみ、いつも可愛いよね。えびだんご、サービスしてあげる」
「ちゃらちゃらするなよ、柘榴」
「だってこの子……名前、リヒト、だったよね。髪の毛つやつやで天使みたいじゃないか」
「わあ、ぼくもチョコレートリリー寮の天使の一員になれるかもしれないね!まあそれは冗談として……ロロたちに譲るけど。ぼくはノエル先輩のお膝に乗せてもらうから、それだけでもうじゅうぶん、じぶんのこと、天使みたいだなって思ってる……うんと、ぼくはたまごと大根と、がんもどき……あと、紅しょうがとたまねぎのつまみ天ください」
「はーい、おつゆたっぷりサービス」
「ありがとう!じゃあこれテーブルに置いてくる。ついでに席、確保しておくね」
魔法のバングルをレジにかざしながら言ったかと思うと、軽やかにパラソルの元へかけて行く。
「リヒトは本当に快活だし……且つ利発というか……」
「ね、すごいよね」
「俺たちも注文しよう」
めいめい好きなものをたっぷり頼み、僕らはパラソルの元に集まった。
「さあ、寒い中これを食べるのはすごい贅沢だ。サミュエル、友達に自慢しような」
「そうだね!ふふ、早速いただこうか、みんな、いっせーの!!」
「いただきます!!」
僕たちはふうふうとおでんを食べた。ふわふわしていて、やわらかい。すごくおいしい。特にはんぺんが好みだなあと思った。
「坊ちゃん、やけどをなさらないよう、ゆっくり」
「大丈夫だよ、さましながらたべてる。邸宅で作ったことは……ないよね」
「ないですね、でもこれは味をコピーしたいくらい。旦那様が喜びそうです」
そしてまたしても、蘭が綺麗に箸を使っている。割り箸っていうんだよ、と僕の視線を捉えて微笑んだ。僕たちはフォークで、一生懸命おでん種を突き刺しては口に運んだ。
「びっくり!ふわっとしてて、優しい味だ。これはなにでできてるのかな」
「魚のすり身だよ」
蘭が豆知識を披露した、僕らは無言で頷く。
「たまごおいしすぎる」
「大根も」
「ぼくはちくわぶ、すきです、もちもちしてて、おいしい!!」
「僕はちくわをたのんだけれど、全然見た目も違うね、名前が似てるだけで、別物だ」
「うーん、師匠に何買っていこうかなあ。あの人は年中体調を崩しているから、栄養たっぷりなものにしよう」
「それならたまごを絶対入れた方がいい。ほんとうにおいしいよ」
「うん!あとはそうだなあ、エーリクのちくわと、ロロのごぼう天……ごぼうは体にいいよね」
「さり気ない気遣いに愛を感じるよ」
ノエル先輩がリュリュの髪をするするなでて、ほめている。うらやましい。
「あとちくわぶを差し入れたら、どうかなあ。げんきいっぱいになりますよ、きっと」
「そうしようかな、じゃあ僕、ささっと買ってきます。皆さんはゆっくりなさっていてください。なるべく頑張って、早く戻ります」
「行ってらっしゃい」
リュリュがぱたぱたと走ってお客さんの列に混ざる。本当に大盛況だ。確かにおでんは、自室でも作ってみようかなと思わせる味だった。
「この、だしっていうの、どうやってつくるのかな」
「昆布とかじゃないかな、あとは種からでてる旨みみたいなもののおかげだと思うよ」
「さすがノエル先輩、博識」
「適当に言っただけさ。後で器を返す時、柘榴と木蓮に聞いてみるか」
「買ってきましたー!!三日分!!温めて食べるように言います」
「おかえり、じゃあモノクル直しにアル・スハイル・アル・ワズンに行こうか。器、これ捨てちゃっていいのかな。ちょっと柘榴と木蓮に聞いてくるよ、ついでに、だしのことも」
「お供します!」
少し歩くのも、腹ごなしになっていいなと思った。僕はもうお腹がいっぱいで苦しいから、そのことをみんなに伝えて、ノエル先輩に追いつく。
「エーリク、おいで。おなか痛くなったりしてない?」
「はい、大丈夫です、やっぱりノエル先輩、頼りになりますね。ありがとうございます」
腕を差し出されたのでぎゅっとつかまる。筋肉のついた、立派な腕だ。
「柘榴!おでん、ご馳走様!最高だったよ、さつま揚げっていうのと、うずら天、あと大根が甘くてとてもおいしかった。ちなみにだしのレシピを教えてくれないか」
「だーめ!これはセレスティアル舎の秘蔵のものなの。あと、ぼくは木蓮」
「俺、真似して作ってみるよ。勝負しようぜ」
「絶対にこの味は出せないと思うよ」
「負けるもんか」
「かかってこい!」
木蓮がまぶしくわらう。お皿を受け取ると、どんどんゴミ箱に捨てた。
「じゃあ次来る時までにタクティクスを練るからたのしみにしていてね、勝つぞ、絶対」
「負けないもん」
「またね、柘榴、木蓮」
「まいどありー!」
すぐにお客様をさばきにかかる。あの二人も、ルーヴィス先輩も、いつもこの数のお客様の相手をしているのだなと思うと身が引き締まった。僕も、レグルスでがんばらなきゃ。
「リュリュのモノクルが直ったら、これからクレープ屋とフライドポテト専門店、ディップソースがやまほどあるお店に連れていくつもりなんだけど」
「どこに入っていくんですか!それらは!」
「おかえりなさーいっ」
僕のお兄様分たちがかけてきて、ずり下がりかけたガウンを整えてくれた。
「旦那様がいつもこう、肩掛けを、鳳さんになおしてもらっているのです」
「ありがとう、なんかその様子、交信した時見たかもしれない」
「あー、しあわせ。でもまだ全然食べられるよね、レシャ」
「うん!……坊ちゃんは本当に幼い頃から食が細いので、心配しています。腕だってこんなに細くて」
「大丈夫だって!僕、ロリポップとチョコチップクッキーとミルクケーキで駆動してるから。それに、少し移動すればまたお腹が減るよ」
「無理はしないでください。だれも強要はしないですよ」
ファルリテが僕の背中を擦りながら言う。
「うん、僕もみんなと同じペースで食べたいんだけどなあ、ごめんね」
「エーリク!わあ!花かんむりが売っています!エーリクは今日、とても凛々しいから、被ったら益々かっこよくなりますよ、行きましょう!」
ロロに思い切り腕を引かれた。予想以上の力につんのめる。
「まってー!」
リュリュと蘭も走りよってくる。
「どれがいいかな」
「いらっしゃい。マグノリアの生徒さんだね、立派なローブ!花かんむり、すきにかぶっていいよ。優しく取り扱ってね」
「ありがとうございます!……ぼく、ブルウのがほしいな。せっかく紺色の目をしているから合いそうな気がします。……どう?」
「ロロ!なんか王子様を超えて、神話に出てきそうになってるよ」
「すごい」
「こういうのは直感で決める主義です。これください」
「よく似合っているよ、お買い上げありがとう。今日は学院、休みなのかな?」
「僕たち今日さぼってるんです、どうか、学院には連絡しないでください」
蘭が手を合わせ、お辞儀した。売り子の青年が笑い声を立てた。
「俺も君たちくらいの歳の頃は、散々遊んでまわったものだよ。勉強より大切なもの、あったりするよね。誰にも言わないよ、安心して」
「よかったー!」
ほっと胸をなでおろした。早速華やかな商品を手に取り出す。
「蘭は、どれも似合いそう。白がよく映える色の髪だけど、先日白いベレー帽を買っていたもんね、きょうはどれにするの?」
「ぼくはこのチョコレートリリーにしようかなって」
「いいね!かわいい。我らがチョコレートリリー!!おちついたかんじでとてもすてき」
「差し色に白のピンをどうぞ、サービス」
「ありがとうございます!ではぼくはこれで」
「どれがいいかなあ、ロロ、みたててくれない?」
リュリュがお願いしている。そうだ、一人で悩むより、僕のことを僕よりも深く知っている、愛おしい仲間たちにお願いすればいいんだ!!
「僕はどれも似合わない気がするよ」
困ったように眉尻を下げたら、ロロが背伸びをして自分と同じ色の花かんむりを僕の頭へのせた。
「おそろい!です!とてもよく似合っていますよ。エーリクこそ、神話に出てきそうです」
「君は気品があるね。お見事。今朝から頑張って作ってよかったなあ。この花かんむりはプリザーブドフラワーだから。劣化していく様子も楽しめると思うよ、お買い上げありがとう」
「ありがとう、ロロ。だいすき」
「ふふ、ぼくもです、エーリク。うーん、リュリュはとても綺麗な翠いろのひとみをもっているから、やっぱり翠いろかなあ、ちょっと、あたまにのせてみてください」
「こう?」
「つぎはこっち、」
どんどん頭に乗せていく。ロロは色彩の感覚というか、センスがいい。美術の講義の時は、誰よりも見事な絵を描きあげた。夜の海辺に寂しげに横たわる人魚の絵で、あのときは、皆で驚いて喝采を上げた。その絵はしばらくの間魔導図書館で展示されたりもした。
「ちょっと青みが強いほうがいいかなと、その、おもいます」
店主の青年がさっと手鏡を取りだす。
「かわいい!これにしよう。お会計、お願いします」
「君たちとはまたどこかで会える気がする。俺はオリヴィド。またね、いっぱい楽しんで」
「ちびっこたち!おいで!」
「いこう!!」
ノエル先輩たちが僕らを呼んでいる。オリヴィドさんに手を振ってノエル先輩たちの元へ戻った。
「可愛いじゃないか!みんな、素敵だ」
「坊ちゃん、お綺麗です。この姿、旦那様や奥様、鳳さんに見せましょう!!」
「後で交信しよう。さて、まずはリアムさんにおでんを届けて、モノクルを直してもらおうね。アル・スハイル・アル・ワズン、すぐそこだ」
「本当に隣ですよね、リュリュ、扉開けてみて、まっさきに愛弟子の顔が見られた方が嬉しいと思うから」
「うん!!師匠ー!ただいま!」
店内は薄暗いし物音一つしない。
「師匠!!」
「……おはよう」
その時ぼんやりとあかりのともっていたカーテンの奥から、リアムさんがゆらりとあらわれた。
「今起きた。リュリュ、ご学友、先輩の皆様、おや、僕と同い年くらいの子がふたりいる。見ない顔だね。僕はリアム」
「僕らはミルヒシュトラー……」
「師匠!あかりはつける!朝八時半までに!九時までに食事を取り、あとはぼんやりしていて構いません。顧客さまのあれやこれや、事務作業などは僕が、師匠に授けていただいた杖で色々承っています。お伝えしているその魔法具やまじないにかかわるものたちは、もちろんちゃんと作っていますよね?」
レシャとファルリテの自己紹介をさえぎり、リュリュの雷がどっかんと落ちた。
「つくってたから、朝起きれなかった」
「とりあえず、となりのセレスティアル舎でおでんを買って参りましたので、召し上がってください」
「リュリュ!!本当かい!!ありがとう!!」
いきなり生気を取り戻したリアムさんを見て、リュリュが小さく笑った。
「まったくもう……ちゃんとご飯は食べていますか?」
「昨日パンを食べた」
「著しい野菜不足です。パン以外には?」
「チョコレート」
「全くもう!ちゃんとご飯を作ること!!心配で僕、勉強が出来なくなります。生活能力が低すぎることはよくわかっていましたが、ここまでとは。とりあえず僕、おでんを食べて欲しいです。沢山買ってきました」
リアムさんが椅子に腰かける。リュリュが甲斐甲斐しく、袋からお皿を取りだし世話をしている。
「食べさせて」
「甘えない!!」
再び雷が落ちる。リュリュは怒らせると、とてもとても怖い。天使のようないつもの姿からは、想像もつかないほどだ。そしてリアムさんは、どこかの誰かさんによく似た駄々をこねるのだなあと思った。
「たまごとか、栄養あるものを優先的に食べてください」
「いただきます……ああ、うれしいなあ、アルバイトのお給金で買ってきてくれたんだよね。ありがとう、リュリュ。あんなに小さくて、外にもろくに出られないくらい病に苦しんでいたのに、すくすく健康に育ってる。安心した」
「そうですよ、僕の血と汗と涙の結晶です。ゆっくり、おなかいっぱいになるまでお召し上がりください」
「おいしい」
あたたかいものをたべるのがひさしぶりだったようで、とても嬉しそうだ。にこにこしている。
「ところで師匠、僕のモノクルの度が合わなくなってしまったんです。直していただけますか」
「うん」
ぱちん、と、リアムさんが気だるげに指を鳴らした。
「……ちょうど良くなりました。見えます、師匠のうれしそうなおかおも、はっきりと。ありがとうございます」
本当に一瞬だった。手も触れずに……リアムさんは甘えん坊なところばかりぼくらにみせているけれど、とんでもない方なのかもしれない。
以前安全飛行のタリスマンをいただきにここへ訪れた時に、ロロが、『なにか困ったことがあったらその方を頼りなさいと母に言われています』と言っていた。不思議な縁だ。詳しく聞くのもなんとなくはばかられるので、そのあたりについて聞くことはしないようにと自制した。いつか、何もかも知る時が来る気がする。
「ふう、お腹いっぱい、ありがとう、リュリュ。花かんむり、とてもかわいいよ、おいで」
リュリュはリアムさんに、ぎゅっと抱きついた。肩をふるわせている。
「……ほんとうに、おねがいです。あたたかいものをおなかにいれることを、ちゃんと毎食……白湯でもいいです、飲む、約束を、してください……」
「うん……ごめんね、心配かけちゃった。師父失格だ。これからはちゃんとのむ。約束する」
リュリュは腕でぐいっと顔を拭うと、僕らに向き直った。
「もう、大丈夫です。おでんも差し入れ出来て良かったし、モノクルの度もちょうど良くなりました。行きましょう」
「今日は講義サボってるの?楽しそうだね。リュリュを、宜しくね」
「勿論!!」
「怒ると怖いけど、チョコレートリリー寮の天使、三人のうちの一人です、リュリュは」
「今度、溶かせば飲めるようなスウプを買って持ってきます」
「楽しみにしてる」
「それから、セレスティアル舎のおでんを毎日、届けて貰えるよう手配しておきます。この遠足が終わったらすぐにでも。本当は師匠がちゃんとしなきゃいけないことなんですよ?僕に甘えていたらいけません」
「うん……自分でやるから大丈夫」
「約束ですよ、それも」
リアムさんがしょげだしたので、僕は優しくリュリュをとめた。
「リアムさん、約束してくれてよかったね。いこう、リュリュ。リアムさん、またお顔を見に来ます!」
「それでは、また。お身体にはお気をつけて」
「またそのうちまいります」
全員で一礼した。リアムさんは軽く手を振る。
「みんな、またね」
僕達は静かに扉を開け、アル・スハイル・アル・ワズンを後にした。
バスを待っていると、蘭が僕の手をぎゅっと握ってきた。けぶるような笑顔だ。胸が、とくん、と鳴る。
「エーリク、次は甘いものを食べたくなっていない?」
「そうだね!クレープ屋さん行きたい!僕いちごとアイスクリイムのにしようかな」
「フライヤーはこちら。みんなで見よう」
「坊ちゃん、僕、いちごのとバナナの食べたいんですけど、ふたつは食べられないと思うのでシェアしませんか、チョコスプレーが乗ってるのを狙っていて」
「いいね、ファルリテ」
「ママレードどクリイムの、シンプルだけどいいなあ」
「あっ、それ美味しそうだよな!俺、それとサラダクレープにする」
「ノエル先輩、本当にそれら、どこに入っていくのですか……」
「今日はまだ全然食べていない方だよ」
「なんですって」
僕はセレストブルーの瞳をぱちぱち見開いた。
「フライドポテト専門店も隣にある。揚げたてで、カットの仕方も色々あるんだ。オニオンリングもあるよ、あと、フィッシュ・アンド・チップス。タルタルソースでいただくと最高だよ。フライドポテト専門店は、みんなで囲んでお話しながら食べようか。結構量がある」
「いいですね、そうしましょうか!……あ!バス、きた。乗りましょう」
ファルリテが大きく手を振ってバスを停めた。次々に乗り込む。
「リュリュ、体の調子はどう?」
「見ての通り元気いっぱいさ」
ロロはどうだろうと様子を伺っていたら、蘭にあやとりを披露している。綺麗な流れ星を上手に手繰って、蘭が拍手で讃えた。僕とリュリュも拍手を送る。
「すごいね、それも東の国の遊びだよ。誰に教わったの?」
「エーリクです。エーリクはとってもあやとりが上手なんですよ」
「そんなことないよ、もうきみの方がずっとずっと上手だ。あっさり追い抜かれた」
「免許皆伝ですか?」
「うん!!」
「やった!!」
「僕にも教えて!」
リュリュが早足でロロに歩み寄り、ソファに座り込む。
こんな小さいことが喜びを呼ぶなんて全く想像していなかった。良かったなあと思いつつぼーっと景色を眺めていると、ノエル先輩がやってきて、僕の肩をだいた。
「楽しいな!こうしてみんなでお出かけして、色んなものを食べて……俺、こんな愉快な友達に恵まれて、とても嬉しいなって思ってるんだ。エーリクにだけ、こっそり教えておく。俺もなかなか不器用で……普段はあまり言わないだろ、こういうこと……」
「ノエル先輩……!」
僕は少し背伸びをして、ノエル先輩を抱きしめた。ノエル先輩は、ずっとずうっと、大人だと思っていた。ぼくらよりずっと、いろんなことをこなせてしまう。手の届かない、すごい存在だと思って、いた。
でも僕たちのことを対等な、友達だと思ってくださっていた。嬉しくてたまらなくて、頬をよせる。
「ノエル先輩、ありがとうございます。これからも仲良くしてください。そして、困った時は手助けをしてくださると嬉しいです、僕らはまだまだ子どもで、先輩の手を借りないとできないことが沢山ある」
「エーリクは素直で可愛いね、もちろんさ、こちらこそよろしく。仲良くしような」
不意に可愛いと言われて僕はどぎまぎしてしまった。僕はロロたちやリヒトのような愛嬌がないし、スピカのようにしっかりしているわけでもない。とても中途半端な存在だと思っていた。
「今度、膝に乗せてやる」
「嬉しい、重力を操るので、ぜひ」
「リヒトが妬くかもしれないな、まあその時は俺に任せて。あ、見てごらん、みずふうせんのプールがある!綺麗だな!」
「わあ、本当だ、素敵……中になにか入ってるのかな、うすぼんやりと光っていますね。夜なんかになったら、いっぱい売れるんだろうな……」
ノエル先輩に後ろから抱きしめられる。くすぐったくて小さく声を立てた。
「たまにはいいだろ」
「はい!」
「ああっ!僕たちの坊ちゃんは渡しませんよ!!」
「いくらノエルさんと言えども、だめです、なりません!」
「なりませんよーっ!!」
「鳳みたいな言い方するようになったね……二人とも」
「一時間に一回くらいのペースで、邸宅で聞いているからかなあ」
レシャとファルリテまでばたばたとよってきて、おもいきり抱きついてくる。大騒ぎだ。
「何をしているのですか」
「エーリク争奪戦」
ノエル先輩がにやりとわらって、集まってきた天使たちの髪をそっと撫でた。
「エーリク、大人気だ」
「助けてよ、スピカ」
「おおっと、次降りるから支度して。リヒト、ベルを鳴らしてくれ」
「はーい!」
道におりてみると、たくさんの人々で溢れかえっている。僕らは行儀良く、左側の白線の内側を歩いた。
「ユナル・ユラ通りっていうんだ。楽しいぞ、色んなお店があって」
「わあ!みて!レシャ!!フルウツプチトマトの量り売り!旦那様、あれなら食べられるかなあ」
「フルウツプチトマトでしたら、悪くならないでしょうし、買ってみたらいかがでしょうか」
「じゃあお父様と邸宅あての、お土産その一にしよう。二人とも来て」
「わーい!」
「ちょっと行ってきます」
「わぁ、すてき、魔法のバングル、いっぱい売ってる。ぼくのバングル最近調子が悪いんです、乗り換えちゃおうかな」
「俺もなんだよね、なんでだろう」
「きれいだね、ロロにはこのブルーのがいいんじゃない?」
「うん、みなみの海みたいな色のがいいな」
そんな会話を背中で聞きつつ、僕たちは野菜の露天に向かった。
「こんにちは、たくさんサービスするから見ていって」
「こんにちは!量り売りの容器、頂けますか……レシャ、ファルリテ、好きなだけ詰めて」
「はい!緑とか、黄色とかのがいいかな、どう思う?レシャ」
「うん、あまりトマトっぽくない色合いのがいいと思う」
「ごめんね、お父様、すごく好き嫌い激しいから、迷惑かけてると思う」
「いえいえ、工夫をしてご飯を作るという喜びもありますよ」
「いつも鳳さんが雷を落としていますけど、もう慣れてます」
「このプチトマトはなんとしてでも食べさせてね」
「はい!坊ちゃんからのギフトだと言えば、召し上がるはずですよ」
「美味しく調理します。焼いた白身魚に、トマトをすごく小さく切ってマリネみたいにしてかけるの……どうおもう?」
「いいと思う。僕、そのソース作るよ。ファルリテは白身魚を美味しく焼き上げて」
二人はなにやら相談しながらどんどんフルウツプチトマトを詰めている。
「お会計、これでお願いします」
魔法のバングルをかざすと、決済が完了する。すごい世の中になったなあと思う。美味しそうなトマトを三つ、頂いてしまった。
「坊ちゃん、ありがとうございます!」
「これは僕らと鳳さんが工夫を重ねて、何とか食べさせますので!」
パラフィン紙でできた美しいショッパーにいれてもらった。ちいさく、ラ・フィナ商會と箔押しされている。
「お買い上げありがとう。楽しんでね」
「また来ます!」
「まってるよ!」
僕らはお辞儀をして、魔法のバングル屋さんで熱心にちょうど良いサイズのものを探しているロロ達に声をかけた。
「おまたせしました!ロロ、どう?気に入るのあった?」
「うん、この青緑色のマーブル模様か、透明なブルーの、どちらが良いと思いますか?」
「僕、センスないからなあ」
「俺はこの黒いのにしよう、これ、ください。ここでつけて行きます」
ノエル先輩が、黒曜石のような美しいバングルを腕にはめた。ぴかりとひかりをはなって、しずかにきえていった。
「じゃあ直感を信じて、あおい透明のものにします。あ、ぼくもここでつけていっちゃいます」
「よし!いいかんじ。みんな、少し歩いてからクレープを食べよう。せっかく来た商店街だから、色々見て歩こう」
スピカがいつのまにか、串に刺したパイナップルを手にして、美味しそうに食べている。
「うーん、最高」
「一口ちょうだい」
リヒトのおねだりに応えて、スピカが串を差し出す。
「ん、」
「うーん!!!!甘酸っぱくて美味しい!!」
「そこで売ってるよ」
「わあ、ほんとうだ!メロンやりんごあめもある!」
リヒトが大はしゃぎだ。リヒトは無邪気で、いつも天真爛漫だ。みんなに明るい気持ちを齎す。素直で邪気がない。見ていると思わず口角が上がる。
「これからまた美味しい物食べに行くし、夜はムーンライトフェスタにいくんだろ、ほどほどにね、リヒト。でもどうしてもというのなら、」
サミュエル先輩がリヒトの小さな手をぎゅっと握っている。
「よかったら、りんごあめはんぶんこしない?」
「わーい!サミュエル先輩、ありがとうございます!それならぼく、買ってきます!」
「一緒に行くよ、みんなもくる?」
「みんなで行きましょう!僕、あんず飴が食べたいな。水飴にあんずがとろりと閉じ込めてあるの。ちいさいころ、レシャとファルリテとお祭りに行った時、たべたよね。僕ら、甚平だっけ、簡単に着られる東の国の和装をしてあそんだ。鳳のガード付きだったけど。おぼえてる?」
「はい、はっきりと!」
「勿論です!」
「じゃあ見に行くだけ行ってみようよ。ノエル先輩やロロたちも、みんなで!」
屋台へ近づくと、甘くていい香りがする。
「チョコバナナ食べたい!!おひとつ下さい」
ロロが早速買い求め、ほっぺたをほんのり赤く染めている。
「あんず飴、美味しそう!レシャたちも食べる?」
「なつかしい、この、氷をけずって、冷やしてあるのとっても風流。食べましょう」
「粋ですね、ひとつ頂きたいと思います」
「では、三つください」
「……本当に、こんなにご馳走になって宜しいのですか?」
「もちろんだよ、この位。今日は遠慮しないでご馳走させて。邸宅の事も鳳が何もかもやってくれてるし。悠々とあそぼう!なんでもほしいものがあったら言ってね」
「……玉ねぎが食べられなくて、鳳さんにしかられ、べそをかいていたあの頃を思うと、なんて成長されたのだろうと思います」
「玉ねぎはむしろ今、大好物のひとつ!みんなが色んな工夫をしてくれたから、食べられるようになったよ。ハンバーグにひそかに混ぜたりとか、美味しいスウプにしてくれたりとか……ありがとう、感謝してる」
「坊ちゃん!!大好きです」
「坊ちゃんー!!!!本当に愛おしい!!」
二人にもみくちゃにされながら、もなかにのせてくれた、宝石みたいなあんず飴を手に取る。
「頂きます」
「美味しいね、みずあめがブルウなのがまたいい。とてもうつくしい」
「俺もチョコバナナ食べよう」
「蘭、なにかたべる?」
リュリュと蘭がそんな会話をしている。
「僕はいいや、あとでめちゃくちゃフィッシュアンドチップスをたべるつもりだから。クレープも!」
「うん、じゃあ僕らはみんながおいしそうに食べているのを眺めてにこにこしようか」
「そうしよう」
「……サミュエル先輩とリヒトが可愛すぎる」
「とても美味しいよ、えへへ」
「チョコバナナ、とっても美味しいです」
「たしかに。このチョコレート、多分すごくいいものをつかってる。ちょっと行儀が悪いけど、食べながら歩こうか」

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