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チョコレートリリー寮の少年たち 学院創立記念日①

随分涼しくなった風に髪を揺さぶられながら、僕達は周回バスに乗ってアル・スハイル・アル・ワズンへ向かった。まだ、朝の八時だ。今日は学院の創立記念日ということで、みんな浮き足立っている。門限も夜の十時だし、お小遣いが許す限り、好きなものを買うことができる。夜更かしして大切な友だちとこうして非現実な世界に身を投じる、『ちょっぴりわるいことしてる感』に、酔っているのかもしれない。
僕たちは歓声を上げて、窓から道行く人へ手を振り、リヒトが高らかにブルースハープをひと吹きした。気が済んだので大人しく席に座る。スピカはまた、ロロの髪を結い上げている。先日の給食当番の時と同じく、ゆるゆる、ふわふわな見事な王子さまっぷりだ。ヘアピンを駆使して小さな薔薇を作りながら完成!と言い放ち、懐中からトイカメラを取りだした。
「良かったら、写真を撮らせてもらってもいい?」
「はい!ちょ、ちょっと緊張しますね」
亡き妹さんの面影を重ねているのか、スピカは角度を変えつつ、何枚か写真を撮ってにこにこしている。
「僕らにも見せて!」
いっせいにスピカたちの元へと座席を変えた。
「わー……!!なんと言ったら良いのだろう。やっぱり、王子さまなんだよなあ」
「お忍びでこの学院に通っているに違いない」
「い、言い過ぎです……」
「リヒトもツインテールにする?」
「うん!やってほしい!」
スピカは杖を取りだし、美しい文様を空中に描いた。握りしめていた左手を開くと、ヘアゴムと淡いピンク色のリボンが現れた。
「わあ!かわいいね!」
リヒトがスピカの手を取って、するりと渡された装飾品を眺めている。
「レグルスからの直送便。こんな物も、彼処にはあるんだな。さあ、リヒト、後ろを向いて」
「楽しみだな、可愛く仕上がるかなあ」
「高い位置には結べないけど、リボンを編み込んでやるよ」
「さすがスピカ」
「とんでもないことでございます」
ロロはふかふかな座椅子に腰かけ、先日教えたあやとりの流れ星を熱心に練習している。
「まさかそんなに気に入ってもらえると思わなかったよ、楽しい?」
僕がロロの横に腰かけ、練習の様子を伺う。
「わ!!あの、その、これ、なかなか難しいですよね。ああ、また失敗しちゃった……」
「何度も練習してごらん。部屋では成功してたじゃないか、ここは落ち着きがないし、仕方がないよ」
「落ち着きのない場所でも、できるようになりたいなあ」
「僕も今いくつか難しい技に挑戦してるんだ。一緒にがんばろう!」
「はい!ぼく、あやとりにすっかり夢中です。昨日は夢にも出てきました。舞台の上で、上手に流れ星を作る夢でした。エーリク、教えてくれてありがとう」
ロロがもうそれはそれは可愛い笑みを向けてきた。
異国の王子さまのような顔と髪型。誰だって、胸がとくんと鳴るに違いない。
「……う、うん、こんど、図書館にあやとりの本を借りに行こう。魔導図書館っていうところ、いったことある?」
「いえ、まだです。面白い本が沢山あるのですか?」
「薄暗くて、本はあちこちから飛んできて危ないし、実は近づきたくもない場所なんだけど、一緒に行ってみない?みんなで」
「そうですね!ぼく……絵本が気になります」
「絵本ならリヒトが詳しいよ、リヒト!」
綺麗な黒髪が、ピンクのリボンによって括られている。
「なあにー!!」
「今一番重要なところだから、ちょっとまってて」
「エーリク、鏡を貸してくれない?どんなふうになってるのか見たい」
「だーめ、出来上がるまでのお楽しみ!」
スピカがいたずらっぽく笑みを零した。後ろ姿を見る限り、あと片方あみこめばおしまいになりそうだ。
「リヒトの髪、つやつやで綺麗。リボン……さくらいろ、というのでしょうか、黒髪に映えていますね」
ロロが、お出かけですし、はしゃいでもいいですよね、と言って席を立った。備え付けの冷蔵庫から一本、流星シトロンを取り出して、カウンターに代金を置いている。
「エーリクも、どうですか」
「僕は今朝の冷製ポタージュでおなかいっぱいさ。ロロ、意外と食べるし飲むよね。今朝もパンケーキ、一枚おかわりしてたでしょ」
「えへへ、体が小さいだけなんです。先日も給食当番で、エーリクと一緒にレモン水をポットで配る務めを果たしました」
封を破り、ごくごくと飲み下している。一気に半分ほど飲んで、僕を大いに驚かせた。
「おいしい。でも、やっぱり星集めをしないと流星シトロンはいまいちかもしれません。星あかりにかざして、優しく振らなくちゃ……」
「うん!またみんなでフェスタに行こうね」
「できた!完成!!」
そこでスピカが拍手をして立ち上がる。くるりとこちらを向いたリヒトに、僕とロロも思わず立ち上がって拍手をする。なんて可愛いんだろう!少し余裕を持って切られたリボンが肩の上で揺れている。
「すごい!ぼくじゃないみたい!すごい、すごーい!!かわいい!!」
「任せとけって。髪のアレンジの数だけはたくさんある」
「僕も今度、お願いしたいなあ」
僕が願い出ると、眉を寄せて何やら思案している。
「エーリクはふんわりした髪をしているから、折角の個性を潰しそうで怖いなあ」
「そ、そう?」
「うん、真っ直ぐな髪にしかふれたことがないから……もし実験でいいならモデルになってよ」
「やった!嬉しい!」
「アル・スハイル・アル・ワズン前に到着です!!」
ロロが立ち上がり、背伸びをして降車を知らせるベルを鳴らす。
「わあ、つい時間を忘れていたな、ロロ、ありがとう」
「ねえねえ、ぼく本当に可愛くなってる?」
リヒトがぎゅっと右手を握ってきた。僕はまじまじとその姿を見て、思いっきり、頷いた。
「可愛いよ、すごく。悔しくてなんか……妬いちゃうくらいだ」
「ふふ、そこまでいう?」
「うん、だって可愛いもん。いいなぁ」
「エーリクもせっかく綺麗な巻き毛をしているのだし、ロロみたいにくるくる巻いてピンで留めてもらったら雰囲気変わりそう」
雑談しながら、バスをおりる。実は、今日ここに来たのには理由があった。リュリュの体調が無事回復したこと。そして、今日からチョコレートリリー寮に入寮し、学院に通えるようになったと、ママ・スノウが知らせてくださったのだ。ママ・スノウは本当に不可思議な存在だ。一体何人いて、どれだけの情報を共有しているのだろうか。
それを聞いて、快気祝いに、セレスティアル舎でお茶でもとスピカが言い出して、僕らはその計画に喜んでのった。
店の扉を開けると、モノクルの少年が立ち上がりドアまで駆け寄ってきた。その様子でもう話はお互いついていることがわかった。僕たちはリュリュを囲み、おめでとう!!と抱きしめあった。
「良かったね、僕たち、君のことすごく心配していたんだよ」
「うん!ありがとう!!いよいよ僕ら同級生になるね、楽しみだ」
「早速ローブ、着ているのですね」
「うん、嬉しくてさ、さっき届いたばかりなんだ。師匠!チョコレートリリー寮の子達が来ました!」
分厚いカーテンを捲って、青年が姿を現す。
「……いまおきた。おはよう、みんな。ぜひ愛弟子を色んなところに連れて行ってくれないか。流行りのお店でも、ひみつの隠れ家でもいい」
「師匠、とりあえず朝餉を召し上がってください。食後のお薬も、トレイに載せて運んでありますので。お昼とお夕飯、冷蔵庫にはいってます。温めて食べてください。今日からはしっかり、自分で料理をして食べないとだめですよ。たまに見に来ますから」
「ありがとう、すまないね」
「ぐったりする前に早めに召し上がってくださいね、約束ですよ」
「わかったよ、行ってらっしゃい。マグノリアのみんな、どうぞリュリュを宜しくね。またおいで」
「リュリュ、お借りします!いってきまーす!」
元気よくリヒトが頭を下げたので、僕たちもそれに倣った。
「リヒト、今日髪結んでるんだね。うさぎみたいで可愛い。リボンも素敵だ。これはサテン生地かな……」
「スピカがやってくれたんだよ、ロロの髪も見て!可愛いよね!」
「本当だ。王子さまみたいだ」
「やっぱりそうだよなぁ」
「やめ、やめてください、恥ずかしい……」
リュリュが澄んだソプラノボイスで笑った。
「もちろん、褒めているんだよ。凛々しくていいなって思ったんだ。気品があるよね……」
「わかる」
僕が真っ先に賛成の声を上げた。ロロが眩暈を起こしたのか、くらくらと僕にもたれかかってきた、ここでいつもの電池切れは避けたい。急いでセレスティアル舎へと向かう。幸い四人がけのパラソルの下には人がいない。僕はここでロロと席を確保することにした。
「何を頼む?エーリク、ロロ」
「とりあえずロロにお水を貰ってきてくれる?」
「まかせて!」
リュリュがすぐに駆けていき、店番の少年に声をかけている。たしか、双子で、柘榴と木蓮という名前だったと記憶していた。遠目からでは、どちらなのか判別がつかない。
「ん……ぼく、寝ちゃってた」
「大丈夫?今お水をいただきにいってるからちょっとだけまっててね」
そういって、少し離れたところにあった椅子を一脚引き摺って持ってきた。
「大丈夫、です!ごめんなさい。心配をかけてしまいました」
「元気なら良かった」
「とりあえず五人分貰ってきた!あと、メニュー表も貸していただけたよ」
「助かる。ロロ、お水飲める?」
「う、うう、はい……」
「身体が思うように動かないって辛いよね。僕も長らく病を患っていたから、君の気持ちがわかるよ。ゆっくり」
リュリュが優しくロロの背中を叩きながら、コップをロロに差し出した。
「これ、ヴィス水っていう天然水なんだってさ。ミントが乗っているだろう。きっと冷たくて気持ちいいよ」
「ありがとうございます、リュリュ……大丈夫です、飲んでみます」
「リュリュは何だか、振る舞いが堂々としてるよなあ、見習いたいところだ」
「ぼくも!優しいしね。きっとノエル先輩ともすぐ仲良しになれるよ」
「ノエル先輩?」
首を傾げて、リュリュが誰と問う。
「すっごい先輩なんだ、もう、とんでもなくやさしくて、思いやりがあって、お菓子作りが上手で、かっこよくて、ぼくたちの頼れるお兄さんってかんじなんだ。直ぐにひきあわせるよ。明日にでも!」
「きっといつもの場所で、ニュースペーパーを読んでいると思う」
「ええっ、なんだかとんでもない方だね。僕が仲間に入っても、幻滅されたりしないかなあ」
「そんなことは、あのノエル先輩に限って絶対にないよ。誓える」
リヒトが胸を張ってお腹から声を出した。
「ロロ、どう?具合は」
「あっ、はい!このお水のおかげで元気になりました。ありがとう」
「よかった。氷菓子、頼もうか!」
「ぼく、マグ・メルにします。前回散々悩んで、食べられなかったんですよね」
「おれもそうしようかな」
「右にならえ!」
「リュリュはいっぱい悩んでいいよ、ずっと来たかっただろう、ここ」
僕が肩を抱くと、全力の笑みを返してきた。本当に元気になったんだ。よかった。
「うーん、これは悩むなあ、どうしよう、みんなと同じものを食べて喜びを共有したい気もするし」
「またいつでも来れるから!」
「そうだよ、好きなものを頼みなよ」
「じゃあ変化球投げちゃおう、タピオカミルクティーにする。僕ずっとずっと、これを楽しそうに飲みながら登下校するマグノリアの子達が羨ましかったんだ」
「そっか、それなら一度飲んでみるのありだね!おいしいよ、タピオカ、もちもちしてて……あとはエーリク」
「あ、僕……うーん……そうだな、僕はシンプルに看板メニューのティル・ナ・ノーグにしようかな、ここにも書いてあるけど、フランボワーズとベリーたっぷりで美味しいんだって。午前中で売り切れてしまうという話も聞いたよ」
「よし、じゃあ頼んでくるから、リヒト、手伝って」
「はーい!」
出会った頃より、広く大きくなったスピカの背中と、その後ろをぴょんぴょんはねてついて行くリヒトを見送った。
「僕、君たちに教えてもらいたいことが沢山ある……ああ、もちろん、直ぐでなくてもいい。……えっと……師匠はあんな感じだけど、実は僕に甘えてるんだ。そういう所がある」
「そうなんだ、さっきぐったりしていたけど、大丈夫かな」
「いつもの事!昨日はタリスマン作りに追われていたから、ちょっと疲れてしまったんだと思う」
そこでひと呼吸して、リュリュがおひさまのように笑った。
「僕、孤児院で生まれ育ったんだ。引き取ってくれた師匠をとても大切に思っているけれど、そろそろ、親離れの時かなって」
「そんな事情が……大変だったでしょう」
リュリュは首を横に振る。
「それが、意外とそんなことなくてさ、大勢で暮らすのは楽しかった。決まり事は多くてうんざりしたけど!だからチョコレートリリー寮への入寮は楽しみにしていた」
「オールドミスがうるさいぞ……ただいま、みんなそれぞれ受け取って」
「ありがとう、スピカ、オールドミス、とは……」
「ぜんまい仕掛けの寮母がいるのさ。重たい!!そんなわけでお待たせ!ちなみに店番の子は木蓮だった」
僕たちはすぐに氷菓子に夢中になった。こんなに甘くて、優しい味の氷菓子を売ってくれて、本当にうれしい。奇跡みたいだ。氷の結晶がきらきらとひかり、すぐにきえていく。ティル・ナ・ノーグは評判に聞くように美味しくて、感嘆のため息を漏らした。
「この後、どうする?ロロとリュリュはあまり、暑いところにいられないと思うし、どこか涼しいところに行こうか」
「〈AZUR〉か、レグルスかなあ。星屑駄菓子本舗はここから少し離れているし。最近開店したブルウライトスタア商會ってところも気になるねって話してたよね」
「レグルスならリボンとヘアゴムのお礼が言えるね。ぼくのこの髪、みてほしい!」
「じゃあ、レグルスにしよう。暫く、真宵店長の姿を見てないし。リュリュ、ぼくらの秘密基地に連れて行ってあげる!」

【続】

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