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レシャとファルリテのうっかりと少年たちの秘密②そして学食パーティー【チョコレートリリー寮の少年たち】

そんな話をしていると、空間に亀裂を入れながら、レシャがぐっと力を入れて姿を現した。
「さすがに疲れるな、ノエルさん、お力添え頂けますか」
「こんばんは!」
ノエル先輩が高く振り上げた杖を一気に振り下ろした。すると裂け目がぱっと輝き、部屋いっぱいに星屑が充ちた。
「わー!!眩しい!!ノエルくん、ありがとう!!みなさんこんばんは!!ここがエーリクが寝たり起きたり勉強してる部屋だね、あっ、君とは初めて会いますね。こんばんは、エーリクの父のリュミエール・ミルヒシュトラーセです、続いてこちらが」
「ミルヒシュトラーセ家の執事の鳳と申します。宜しくお願い致します、そして」
「使用人のレシャと」
「ファルリテです、はじめまして」
「使用人なんかじゃない、僕のお兄様達です」
「坊ちゃん、大好き!」
「愛しています!」
ふたりがベッドに駆け寄り飛びついてくる。僕は力いっぱい抱きしめた。
「僕はセルジュと申します。エーリクくんとはいつも仲良くさせていただいております……お会いできて嬉しいです。そして、僕まで明日のアフタヌーンティーにお招き頂き、ありがとうございます」
「あー!!エーリクが飛び級するすごい先輩がいるっていってた!!そのセルジュくん?」
「その通りです。凄いかどうかはさておき、この春にノエル先輩たちと同学年になります、その関係で仲良くなって」
「なるほどね、確かに並々ならないものをひしひしと感じる。すごいね」
「お父様もマグノリア出身だから、わかるのですね、そういう力」
「レシャと、」
「ファルリテもマグノリアです」
「あはは、なんだか可愛らしい先輩ですね。でも、秘められた強い力をお持ちだ。どうぞよろしくお願いします」
「ここにいるみんなと、あと黒蜜店長とクレセント店長で全員だよね、アフタヌーンティー。賑やかになりそうだ」
「そうです、お父様」
「旦那様と鳳さんにはまだ秘密のもの……を、皆さんに拵えていただきましたよ」
「喜んでくれるといいな」
「一生懸命がんばったもんね」
「嬉しい。ありがとう。でも秘密って気になるな、鳳も本当に何も知らないの?私だけ知らなかったりしたら泣くよ」
「全く存じ上げません。嘘やごまかしなどではなく、本当にです。私も明日を本当に楽しみにしているんです」
「まだ僕たちだけの秘密ですよね、坊ちゃん」
「うん!お父様、鳳、楽しみにしていて」
「レシャと、ファルリテは知っているの?」
「はい!でもまだまだひみつです。とりあえず、夕ご飯、食べにいきましょうか」
「わーい!!たのしみにしてたんだ!!やったね、レシャ、ファルリテ!!」
お父様が元気よく叫んで、愛しいお兄様たちとてをつないだ。
「やったー」
三人で部屋中をぐるぐる走り始める。部屋着からローブ姿へ着替えていたら、ふらりとよろめいたお父様にぶつかられた。
「わあ、ごめん!エーリク!」
「旦那様!!お静かに!!レシャとファルリテも!!ふたりは旦那様を止めるという役割があります」
「はあい」
「わかりました!」
「だって、たのしみにしていたんだもん」
「旦那様は少し反省してください。はしゃぎすぎです……みなさん、今日、そして明日は少々騒がしくなるかもしれません。旦那様がもうそれはそれは学食と明日を楽しみにしていて。どうぞよろしくお願い致します。そして私鳳は、学食にて大好物のオムライスが出ると聞き、とても胸を躍らせております」
「鳳さん、タイミングがよかったですね!しかも今日はデミグラスソースですよ。あと、ポトフが出ます。それから、愛玉子。これはご存知かもしれません」
「どれも私の大好物です。とてもとても嬉しくて昨晩はなかなか寝つけませんでした」
「鳳さん、ぼくたち、手を繋いでいきましょう、えっと……右手にぼくとリュリュ、左手に蘭」
「鳳さん、天使たちに捕まっちゃった。これはたいへんだ」
「私はエーリクと手を繋ごうかな」
「いいですよ、お父様、そうしましょう、こちらです、案内致します」
「凄いなあ、チョコレートリリー寮、りっぱだ。廊下もこんなにつやつやで。レシャとファルリテ、そして私が所属していたイクシシリオン寮は幽霊が出ると噂があるくらい陰鬱で、ご飯も全然美味しくなかった」
「チョコレートリリー寮の学食は本当に美味しいです。たくさんたべていってください」
「ほかの寮生も利用するって聞いていた……」
「そうなんです。蘭ともそれで知り合ったよね」
「あ、はい!そうなんです。もともとは僕、となりのアストロフィライト寮にいたのですが、カレーの香りに誘われてここへやってきて……どうしたらいいかわからずおろおろしてたらすぐにエーリクが声をかけてくれたんです。ほんとうに、エーリクは優しい。自慢の腹心の友です」
「よかったね、エーリク」
「なんだか照れちゃうな、ありがとう、蘭に出会えてよかった」
「ほら!こういう言葉の使い方をする!」
「優しいよね」
「えっ、よくわからないけどほめられてる?」
「そうだよ!!」
「エーリク坊ちゃんは、少々ぽわぽわしていると言いましょうか……うっかり道を踏み外さぬよう、是非皆様にサポートをお願いしたく思います。本来であれば鳳が二十四時間付きっきりで……」
「それは嫌だよ、鳳……ねえ、エーリク」
「う、うん、嫌というか……その、悪い意味に捉えないでね」
「そうですか……それは残念です」
「鳳さん、元気だしてください」
「僕らがふわふわな気持ちになる魔法をかけます」
「ふわふわふわふわー」
「あっ、なんだかふにゃふにゃしてきました、その辺で止めて頂けると有難いです。そしてすごくいい香りが……」
「ポトフのローリエの香りと、ブラウンマッシュルームのデミグラスソースの香りがダンスをしています、期待していてください」
ノエル先輩がお父様の左手を取り、こちらですと導いて下さった。
「すごい!!広いなあ、そしてこの活気!!イクシシリオン寮なんて本当になにもかもが最悪だったのに……こんなに明るくて、あ、あの方々は先生かな」
「あ、薬草学のイシュ先生たちだ。まああんな感じで先生も、近くの寮生や近隣住人も利用しているというわけなんですよ」
「僕たちは座っていていいんです。給食係の方がオーダーを取りに来ますので、好きな量とか、嫌いな野菜、増やしてもらいたいものなどをこまかく申し伝えて、配膳係の生徒が運んでくださるのを待つというシステムになっているんです……レモン水係、天使たちに任せていい?」
「はあい!」
「鳳さん、ぼくのとなりへどうぞ」
ロロがそう言って、レモン水を注いだ洋盃をみんなに配って歩く。
「凄いですね。高級レストランみたいだ」
「うん!我らがチョコレートリリー寮は常に全力のごはんを出してくるので。僕はそのおかげか、三センチも身長が伸びました」
「あ、皆様にこれを……」
鳳が手に提げていた紙袋から、なにやら包みを取りだしてみんなに配った。
「お気に召すか、分からないのですが」
「うわあ、うれしい!!開けてもよろしいですか?」
「是非とも」
「わあ、すごい、シルクのトーションだ。ミルヒシュトラーセ家の家紋が刺繍されている」
「畏れ多いとも思ったのですが、私がこつこつと縫いました。どうぞ、お使いください」
「すごい……綺麗……」
リヒトがうっとりとトーションを撫でている。
「こんなに上等な品をいただいてしまってほんとうによろしいのですか?」
「リヒトくん、明日のためにいい仕事をしたじゃないですか。その分の対価だと思って、お使いください」
レシャが笑いかける。リヒトが早速、膝にトーションを広げた。
「さっきからずっと気になってる。なんなの、いい仕事とか、私に秘密って。意地悪しないでよ」
「意地悪ではありません。私ですら何も知らないのです。彼らの間で固く結ばれたの秘密のようですよ」
「……うーん、オーダーが混みあっているらしい、よいしょ!」
セルジュ先輩がくるりと杖を振るった。するとたちまち、机上が整い出す。お皿が沢山飛んできて、僕たちの目の前がご馳走で満たされた。
「うわ!!すごいなセルジュくん!!」
「いえいえ。このくらい何ともないです。さあ、食べましょう」
「……旦那様……私にはなるべく、にんじんの入ってないポトフを……」
「だめだよ、頑張りなよ」
「……わかりました……」
「鳳、地獄行きの亡者みたいな顔してる、どうしたの」
鳳が嘆かわしいといった面持ちでポトフの器を選んでいる
「実はとてもにんじんが嫌いで」
「私には毎食プチトマトを食べさせるくせにずるいじゃんって話」
「ミルヒシュトラーセ家の皆さんは完璧すぎずどこかキュートな側面があって、微笑ましいですね」
「よし、いただきます、しましょうか。せーの!」
「いただきます!!」
「うーん」
お父様が一口オムライスを頬張って唸った。
「至高だね……素晴らしい」
「ポトフ、おそらく数分単位で煮る野菜を考えて作られていますね。時間差がもたらす絶品です。言葉足らずで……この糧に見合う言葉が紡げません。なんと言ったら良いのでしょう……」
「僕アスパラガス苦手だから鳳にあげる」
「なりません、エーリク坊ちゃん。私だって、苦手なにんじんを頑張って食べています」
「僕たちは好き嫌いがありません」
「なんでもおいしくいただきます」
「だから、すくすくと大きくなるのです」
「俺はピクルスだけはだめです。そのかわり、カエル、食べられます」
「カエル?!」
「おいしいよ、カエルの唐揚げ。淡白で」
「ぼ、僕は遠慮しておきます。そもそもカエルを触れない。怖い」
「あはは、割とゲテモノたべられるんだよね、俺、かぶとむしとかタガメとか」
「その話はもうやめなよ、ノエル」
「武勇伝を披露したかったんだ。ごめんね」
「感激致しました。こんなに美味しいものを食べて、すくすくと成長しているのですね。何度でも参上することに致します。次は、キーマカレーがたべたいですね」
「鳳、カレー好きって本当?」
「少々照れてしまうのですが、大好物です!カレーは、年齢関係なく、好む方が多いですよね。だから堂々と致します」
「キーマカレーは、にんじんを極限まで細かく刻んで拵えてたべていただいています。あれは避けようがないでしょう」
「坊ちゃんもきゅうりを細く切ると喜んで召し上がりますよね。工夫って大切だなあと思います」
「エーリクのお父様、鳳さん、レシャさんとファルリテさん、おかわりはいかがですか。僕たちはこれから暴走するのですけど、あまりきにしないでもらえるとうれしいです」
「いっくよー!」
毛糸を手繰るように、セルジュ先輩がふわふわ手を動かした。たちまち新しいお皿が現れる。食べ終えたお皿に手を一切触れず、僅かな音を立て積み上げ、返却口に送り返している。
「おおー!!すごいなあ!」
「お見事です」
「さあ、皆さん召し上がれ。配膳台のあたりでは争奪戦が始まりました。我々は僕がいる以上何の心配もないのでどうぞごゆっくり、好きなだけどうぞ」
「セルジュは本当にすごいよなあ」
「ノエル先輩だって、お菓子作ったり花生けたり、なんでも出来てすごいじゃないか」
「きみにはかなわないさ」
「とんでもない子と同学年になるんだなあ」
「そう?そんなたいしたことないよ」
「たいしたことあるんだよ!!」
「オムライス、もうひと皿貰ってもいい?」
お父様がスプーンを握りしめ、臨戦態勢だ。ノエル先輩がそっとお皿を引き寄せてくれた。先程から先輩方が細かい心配りをしてくださる。僕たちもいつかあんなふうに、自分のこと以外に気を遣えるようになるのだろうか。今は、自分と、ほんの少しだけ周りの人々のことを考えるだけで 精一杯だ。
「ありがとう!いただきます」
手を合わせたかと思うと、すごい勢いでお父様がオムライスに取り掛かる。
「たまごがとろとろでおいしいですよね、」
「うん、あとこのマッシュルームが素晴らしい。どこのものなのかなあ」
「東の国では滅多に見かけませんね。繊細そうな品ですし、この辺りで栽培されたものかもしれません」
「うんうん、とにかくおいしいね」
「デザートを確保しておきます」
「愛玉子、たくさん食べたい」
「じゃあいっぱい喚ぼう。エーリク、こういうゼリーみたいなの、好きなのかな。ワインゼリーを沢山食べてたよね」
「はい!お願いします」
小さなボウルに、どさっと愛玉子が乗ってやってきた。
「みんなで食べるから、これじゃ足りないくらいだよね……増量」
一言呟いてぱんぱんと膝を叩くと、更にぷるんと愛玉子が積み上がった。
「このレモンのシロップをかけて食べてね。これがクコの実。からだに良い作用をもたらすからいくつか乗せて食べるといい」
「すごーい!!」
「セルジュ先輩、感謝します。さっそく僕、いただこうかな」
「じゃあこのおたまで、すくって」
「お、おおきいなあ、半分くらいでいいのに」
ぷるぷるとふるいおとし、お皿に乗せてシロップなどをかけていたら、聞き慣れた声が真後ろから聞こえた。
「エーリク!」
「こんばんは!」
「わあ、黒蜜店長、クレセント店長!!」
「こんばんは、先日ぶり、黒蜜店長。クレセント店長もご一緒!丁度ここに、明日のアフタヌーンティーに来るメンバーが集まったねぇ」
「学食、オムライスが出ると聞いて店を閉めてすっ飛んできたんだ」
「このとおり、シュガーはオムライスが大好き……あれ、君は初めてお会いしたかも」
「こんばんは、はじめまして。僕はセルジュと申します。最近ここにいるみんなと友達になってつるんでいるんです」
「なるほど、ぼくは星屑駄菓子本舗の黒蜜。そしてこちらがぼくのダーリン」
「はじめまして、〈AZUR〉のクレセントです」
「よろしくお願いします」
「あ、黒蜜店長、あしたのアフタヌーンティーに、何やらエーリク達が一品作ったみたい。秘密だって言って教えてくれないんだよ。そんなわけで私は少し拗ねている」
「ぼくも全く知らない」
「俺も」
黒蜜店長たちが席につきながら言う。
「ぼくらもひみつのものをつくった。美味しくできたと思う。楽しみにしていてね」
「さて、色々持ってきます」
セルジュ先輩が指を鳴らすと、またたちまち机上がご馳走で溢れかえる。
「わぁ、おいしそうだし、きみ、すごいね!!」
「いいえいいえ、たいしたことはありません」
「いただきます」
「カトラリーはこちら」
「ありがとう」
ふたりが揃ってオムライスを口に運ぶ。みるみるうちに笑顔になる。一度スプーンを置いて、ぱちぱちとまばたきをした。
「こ、これは!!」
「おいしい!!すごいごちそうだ」
そう一言感想を述べたあと、スプーンを握りしめて二人はめくるめくスピードでオムライスとポトフを食べ始めた。
「ブラウンマッシュルーム最高!!!!」
「えーん、クレセント!にんじん食べて」
「だめだよ、シュガー、しっかりたべなきゃ」
「えーん、えーん」
「仕方ないなあ。俺の器に入れて」
「みてよ鳳、ミルヒシュトラーセ家もあのくらいゆるく行こうよ」
「たしかに、苦手なものを無理やり食べても仕方ないかもしれませんね。私もにんじんを食べたくありません」
「プチトマトももうやめよう。いやだ、無理やり食べても、きっとこころは喜ばないよ」
「この件に関しましては、検討したいと思います」
「うーん、おいしい……ぼくのオムライスを超えたかなあ」
「俺、シュガーのオムライスも大好きだよ、また趣が違うんだよね。これはたまごがとろとろだけど、シュガーのチキンライスがたまごに綺麗にくるまれてるのも、とても美味しいよ」
「そう?じゃあまた作るね」
「このゼリーは何?」
「愛玉子だよ」
「おーぎょーち?」
「黒蜜店長も東の国にルーツがあるから、ご存知ですよね、クレセント店長によそってさしあげてください」
「ぼく、よくこれ実家で作ってた。クレセント、好きそうな気がする。すごい弾力!」
「シュガー、ありがとう」
「えへへ、いっぱいお皿に取っちゃった」
「あらら、俺こんなに食べられないよ。一緒に食べようか」
「うん!」
いちゃいちゃしだした大人のことは置いておいて、僕はふーっとながく息をついた。
とにかく今日はいっぱいものを食べた気がするなあと思っていたら、スピカが僕のほっぺたを軽くつまんだ。
「大丈夫か」
「うん、平気。いっぱいご飯食べたから、なんだか眠たくなってきちゃった」
「たまには甘えてくれよ、親友だろ。疲れているんだと思う」
「無理だと思ったらちゃんと言う」
「約束、だからな」
「うん!」
「エーリク坊ちゃんは、学食のメニューでは何がいちばんお好きですか」
ふいに鳳が話しかけてきた。優しいほほえみをたたえている。僕はちょっと考えた。どれもこれも美味しいから、こまる。
「なんでもすきだけど、強いて言えば……パンケーキと春雨スープ、きのこの炊き込みごはん。パスタも好きだよ」
「今度きのこの炊き込みごはんが出る際には、鳳に一報くださいませ、飛んでまいります」
「わかった。鯖の竜田揚げとかもおいしいよ」
「たまりませんね」
食事を終えたロロがふわりと浮いて僕のひざの上に乗った。ほっぺたをすりすりしてくる。
「ここは特等席なんです、えへへ」
「かわいい……」
お父様が呟いた。
「愛玉子、たべる?」
「はい!」
スプーンですくって、少しずつ食べさせる。
「おいしい?」
「うん、エーリクがたべさせてくれるから、余計に美味しいです、ありがとう」
「なんだか巻き毛のカナリアの餌付けをしている気分だよ」
「私もエーリクのお膝に座りたいなあ」
「旦那様!!エーリク坊ちゃんを困らせるような真似はなさいませんよう」
「じゃあ鳳の膝に乗せてよ」
「だめです、なりません」
「昔はよく乗せてくれてた!!」
「もう大人でしょう!!」
「関係ないよ、大人とか子どもとか」
リュリュと蘭もふわふわ飛んできて、僕の周りは天使たちでいっぱいになった。
「みんな、膝に乗るのはいいんだけど、順番だよ」
「はーい」
「なんと愛らしい……」
「可愛いよね、僕本当に幸せ」
「写真撮ってもいい?」
「みんな、どう?」
「うん!」
「もちろん」
「エーリクをぎゅっとしよう」
スピカがトイカメラを取りだし、ぱしゃりぱしゃりとシャッターを切っている。
「いいねいいね、その表情。もっと寄ってくっついて。そうそう、いいかんじ」
「撮影が終わったら、そろそろエーリクから降りてあげて、みんな」
ノエル先輩が一言告げると、みんな行儀よく席に戻っていった。
「エーリク坊ちゃんは愛されていますね」
「ほんとうに、誇らしいよ」
「旦那様も、思わず甘やかしてしまう天性の愛らしさをお持ちです。エーリク坊ちゃんはそれを受け継がれたのですね」
「えっ、私褒められてる?今」
「おいしいごはんをたべたので、私はご機嫌なのです。だから素直に申しあげました」
「鳳、大好き」
「私も旦那様を愛しております」
サミュエル先輩がレモン水をついで回る。ロロが立ち上がりかけたけど、そっと制して、座ってていいよと優しく声をかけている。サミュエル先輩も、柔和でやさしいかただ。
「ご馳走様でした……さて、じゃあそろそろミルヒシュトラーセ家に戻ろうか。明日はいよいよアフタヌーンティーだね。みんなが持ち寄る自慢の品々、楽しみにしているよ」
お父様が目を細めて呟いた。こういう、嬉しいことが直前にせまっている時のお父様は、少年のような面持ちになる。
「明日、109号室に九時集合で。黒蜜店長、クレセント店長、魔法の指輪で飛んでこれるよね」
「明日は僕ら、レシャと、」
「ファルリテがお迎えにあがります」
「わーい!」
「よし、くるくるくるくる」
「手伝います、くるくるくるくるり」
「セルジュくん、ありがとう!」
たちまち時空の扉が開く。セルジュ先輩が、レシャとファルリテと肩を組んでいる。
「じゃあ、また明日」
「寝て起きたらアフタヌーンティーだ!!うれしい!」
「お気をつけてお帰りください」
「うん!本当に最高だった。また度々遊びに来ることにした。私はご機嫌だ」
「はいはい、後がつかえてるので旦那様、早く扉の向こうへ」
「じゃあ、またあした」
「おやすみなさい!」
みんなが去っていった。僕はばたんとテーブルに突っ伏す。そのままじっと動かずにいた。
「エーリク、どうした」
「緊張した……」
「なんで、たのしかったよ、ねえみんな」
黒蜜店長が僕の肩に手をかけて、ぎゅっと力を込めた。
「シュガー、マッサージ上手いよ」
「……甘えることにします。黒蜜店長、ありがとうございます」
突っ伏したまま、言葉を継ぐ。
「お父様はあんなだし、いつ鳳がどかんと雷を落とすんじゃないかってはらはらした。しかも初めて来る場所だから、お父様がめちゃくちゃにはしゃぎまくるんじゃないかって、凄く不安だったよ」
「レシャさんとファルリテさんはしっかりしてるよね、まだ二十歳そこそこなのに」
「うちで働いていたら、自然としっかり者にならざるを得ないんです」
「お父様も、お勤めしている皆さんもみんな、可愛い方だった」
セルジュ先輩がそう言って笑ってくれたから、僕はなんだか救われたような気持ちになった。
「眠い……疲れた……」
「歩いて帰れる?」
「うん、たぶん……」
「……ほら、無理するな。おぶってやる、おいで。エーリク」
ノエル先輩の背中にしがみついた。広くて立派な背中だ。しっかりと筋肉のついた腕で、僕を抱き上げる。
「ごめん、電池切れ」
「みんなで着替えさせるから、大丈夫」
「エーリク、安心してゆっくりおやすみ」
ゆらゆらと揺さぶられたり、みんなにほっぺたを触られたりしているうちに、僕は眠りの国へと転げ落ちて行った。

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