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ギフト②【チョコレートリリー寮の少年たち】

「……坊ちゃん、坊ちゃん……おはようございます……」
「……こうして寝顔をながめていると、昔のことを思い出す……ふふ、かわいい。こうして川の字になって僕ら、寝てたよね。坊ちゃん、寝顔がずっとあどけない……」
僕は聞き慣れた声でゆるゆると覚醒した。寝台がものすごく狭い。何事かと瞳を開くと、レシャとファルリテがぎゅうぎゅうと、おしあいへしあいしながら僕の寝台を支配していた。僕は腹筋に思い切り力を入れて飛び起きた。
「わあ、わぁ、はぁ……驚いた。おはよう!!」
失礼いたしました、と唱和したあと、満面の笑みでおはようございます!と言って抱きしめてくる。星屑が散って、ぱちんとおでこに当たった。
「坊ちゃんをびっくりさせようと思って」
「旦那様がサプライズしかけてみたらどうかって……魔法でやってまいりました。旦那様、昨晩、届いたアスコットタイをひらひら振り回して踊っていらっしゃいましたよ。奥様も、一緒に舞っておられました……鳳さんは、せっかくなのでとクロスタイを身につけ、涙を堪えながらバイオリンでワルツを弾いて、邸内大騒ぎでしたよ。僕らもぴょんぴょんはねまわったりしてたのしかったです……本日落ち着いたら渡して欲しいって、お手紙をお預りしております。最後のお楽しみに」
「これはびっくりするって!!寝起きドッキリは心臓に悪いよ。まあ、でも荷物が無事に届いてよかった。僕、変な寝言とか言ってなかった?ロロとリュリュは?」
「かわいい寝言は言っていましたよ。内容については、秘密です。ロロくんとリュリュくんは、ゆっくり朝のバスタイムです。さあ、鏡台に座ってください。髪をといてさしあげて、レシャ」
ばたりと再びベッドに横たわる。呆然としていると、レシャがため息をついた。
「坊ちゃん、とてもびっくりしてるじゃないか。僕は寝台に潜り込むのは、やめようって最後まで反対したのに」
「まあ、そう言うなよ。坊ちゃん、甘くていい香りがします。昔と変わらないですね……ミルクキャンディーみたいな……鏡台が無理ならお体を起こして、そうです。上手ですね、えらいえらい」
「済んだことはどうでもいいや。ナイティ、失礼します」
邸宅で暮らしていた時のように、みるみるうちに姿かたちを整えられた。
「お召し換えも、お手伝いするのを楽しみにしていたのですよ」
「うん……君たちにかかるとあっという間だね、ありがとう」
僕はまだ寝ぼけたままだ。九時にと約束したのは僕だったし、しっかりしなきゃと思いながら、ルームシューズを履かせようとするファルリテに首を振り、そっと制した。きちんと自分で履く。
「まだ朝の七時です」
「よかった。僕が寝坊したのかと思った。ロロの松ぼっくりのかたちの時計がまだ鳴ってないもんね。僕は毎朝、朝八時にかけられた時計のアマリリスのメロディーで目覚めるんだ。なあんだ、約束破ったかと思った」
「坊ちゃん、今日はご学友や先輩方とお出かけということでしっかり髪を整えますね。ワックスがここにあります。気合いを入れますよ!さあ、手鏡を」
僕のふわふわしたミルクティー色の髪をそっと優しくといて、そのあと毛先を入念に遊ばせている。
「坊ちゃんの髪、整髪料をつかうと扱いやすいんですよね。ここをこうして……ふわってなりました」
ウェットティッシュで手を拭っていたレシャが目を細めた。
「可愛いー!!!!やっぱり坊ちゃんは、小さい頃からずーっと、果てしなくキュート!!ミルヒシュトラーセ家のアイドル!!」
ぎゅうぎゅう抱きしめられる。ほっぺたをさわられたり、擦りつけてきて、もうベッドの上は大騒ぎだ。
「もう!びっくりしたけどかっこよくしてくれたからゆるしてあげる」
そこへ、ロロとリュリュが良い香りを纏わせながらバスルームからでてきた。きちんと髪の毛も乾かしているし、着替えもばっちりだ。しっかりしているなあと感心した。それにひきかえ、僕なんて、こんなにお手伝いをしてもらってしまった。ちょっと気恥ずかしくもあり、久々の邸宅での扱いを受けて、なつかしく、そして心をくすぐられるようで嬉しくもあった。ロロとリュリュにはどう伝わったかわからなくて、ちょっとだけ不安だけど。
「エーリク、おはようございます、洗面台が空きましたのでどうぞ。レシャとファルリテさんを抱えてぐっすり眠っていたのであえて起こさなかったんです」
「おはよう!お風呂、気持ちよかった!まだ真宵店長からいただいたバスボムがいくつもあるから、明日にでも三人でお風呂、入ろう!」
「では坊ちゃんは洗面台に行ってきてください。髪を濡らさないように気をつけて」
「うん!いってきます。バスボムたのしそう!!浴槽で遊ぼうね!そうだ、朝ごはんはみんな、食べない?少しお腹になにか入れていく?」
「チョコレートリリー寮の学食、すごく美味しくて、ほかの寮生や先生たち、学院関係者以外の方もやってくるという噂を聞きました。僕らがいた寮、イクシシリオン寮の学食は最悪だったんですよ。レンズ豆のスープとか、忌まわしい。勿体ないけど、また機会はあるよね。せっかくフォーマルハウトプラザ界隈に行くので、僕は食べない方向でいきたいなと思います」
「僕も、すぐおなかいっぱいになるからやめておくよ」
「みんな食べないんだね、ノエル先輩とサミュエル先輩、リヒトたちはどうするのかな」
その時、扉をとんとんと叩く音がした。
「俺だよ、おはよう。サミュエルもいる。108号室の三人も一緒さ。入っていい?」
「あっ、噂をすれば影」
「おはようございます、いいよね、開けても」
「どうぞ。おはようございます!」
リュリュが軽やかに扉を開けた、きい、と小さな音を立て開いた扉から、ばたばたとみんながなだれ込んできた。遠足が余程楽しみだったみたいで、ローブの裾から星屑をぱらぱらこぼしている。ロロとリュリュと蘭は手を繋ぎあって、そこらじゅうに星屑を撒き散らしながら、手を取りあいくるりくるりとまわっている。
「レシャさん、ファルリテさん、おはようございます。今日は一日、めちゃくちゃに楽しい日にします。俺について来てください、朝ごはんはどうしますか?今日は美味しいものが出てくる素敵な場所へ連れていくから、腹ぺこで行った方がいいかも」
スピカが暴れるロロたちを諌めながら言った。
「じゃあお腹を空かせて行きましょう」
「一件目からすごいから覚悟して」
「わあい!嬉しい!」
リヒトがノエル先輩の腕にすらりとした腕を絡めた。
「ちょっと早いけど、出かけちゃおうか。いま、朝市をやってるから、練り歩くときっと楽しい」
「そうしましょう!」
「とっても楽しい息抜きコースを作りましたので……これをどうぞ」
「遠足のしおり!よくよく読むこと……なんて大仰なものじゃなくて、はぐれた時とかの待ち合わせ場所が書いてあるだけ」
「わー!!これはたのしいし嬉しい!ノエル先輩たちの手作り!!今日のために……ありがとうございます。可愛いマップとイラストがいっぱい!!」
「絵はサミュエルが描いたんだよ。ちょっとだけ頑張った。オールドミスの作ったチョコレートリリー寮のしおりに叛逆を起こしてやろうと思って。あんなに嫌な冊子、表紙見るだけでげんなりするから、俺は目に触れない棚の最下段のその下段にしまってあるよ」
「あれ見る度にオールドミスの無機質な顔が思い浮かびますよね……お絵描き!サミュエル先輩、そんな特技があったんですね!素敵です!!」
「おはようございます!みんな集まってる!」
元気よく挨拶した。みんな、早起きだ。夜までこの元気、もつかなぁ、天使たち……と若干心配でもある。
「おお、おはよう。なんだかエーリク、今日すごくかっこよくない?」
「僕らがやったんです」
「実家ではいつも、こんな感じなんだね……凛々しい。はい、遠足のしおり」
「ありがとうございます!わあ!!表紙に描かれているのは僕たちかな、すごくかわいい」
「落描き程度の代物さ。はい!それじゃ皆、ガウン着て。外かなり寒いよ!風邪ひかないようしっかりあたたかくしてね」
「フォーマルハウトプラザまで、みなさんを飛ばしましょうか」
「お役に立ちたいです」
レシャとファルリテが言う。本当にすごいなあと思っていると、ノエル先輩が瞳をぱちぱちと瞬かせて、言葉を継いだ。
「それは助かります。この人数、一度で連れていけますか?」
「大丈夫です。任せてください!!」
「ありがとうございます!」
「では、みんな僕とファルリテの腕をしっかり掴んで」
「はい!」
「集中ー!!」
「集中ー!!!!!!」
一瞬だった。僕らはフォーマルハウトプラザの朝市のど真ん中に佇んでいた。
「うわあ!」
よろめいたスピカを支えた。ぐっと背中に手をまわし、抱きしめる。
「ありがとう、エーリク。転ぶところだった」
「やっぱりレシャさんとファルリテさんの魔法は本物だ」
「お疲れに、なっていないですか」
「こんなのちょちょいのちょいですよ!さてと、ああっ、みてファルリテ、あんなに新鮮な魚が……」
「ほうれん草もなんて瑞々しい……あっ、煮物にしたら美味しそうなじゃがいもとたまねぎが山になってる。旦那様と奥様、鳳さんに和食膳作りたくなってしまうね。魚捌いてホイル焼きにしても美味しそうだなあ、あっ!あっちにはきのこ」
「胡麻団子の屋台が!ぼく、買ってきます!リュリュと蘭も一緒に行きましょう」
「うんっ」
「まってー!」
「おれ、ちっちゃい肉まん食べたい!行ってくる」
「レシャさんとファルリテさん、お魚もほうれん草もじゃがいもたまねぎもきのこも美味しそうですが、今日は遠足ですので。お仕事のことは忘れて、はねをのばしてください!」
「とりあえず朝ごはん、ここにしましょう。秘密のお店。おいしいパンケーキ屋さんだよ」
表に佇んでいた看板を見て、ぎょっと目を見開いた。
「……生クリームの量がえげつない」
「これ、一人分ですか……」
「そうだよ、ぺろりとたべられちゃう」
「リュリュ、半分こにしてたべない?」
お店の人がばら撒いていたフライヤーをキャッチして、夢中で読みふけっていたリュリュは、視線を僕に向けて、モノクルをかけたりはずしたりした。
「これは、僕、一人で食べられる量だなあ」
「きみまでそんなことをいうの?!チョコレートリリー寮の、脆弱胃袋組のきみまで!」
心の底から絶望した。お腹が痛くなったりしたらどうしよう……
「だって美味しそうだもん、ごらんよ、このふわふわなパンケーキに堆く積まれた生クリイムと新鮮そうなベリーを。メイプルシロップのも美味しそうだなあ」
「肉まんすごく美味しい。お店の中に入るのちょっとまっててください、とりあえずこれを平らげてしまわないことには……先輩たちもいかがですか?」
「胡麻団子もほかほかですよ」
「俺はパンケーキを倍量たべるつもりだからいいや」
「手が汚れちゃった。でも美味しかった」
「スピカ、これで綺麗に拭ってください」
ロロがさっと鞄からティッシュを取り出し渡している。
「ありがとう、助かったよ」
「はいはーい!取り敢えずみんなおみせにはいっちゃえ」
ぐいぐいファルリテが押してくる。レシャも面白がって、僕の背中を押した。
「助けてー!!!!」
僕は悲鳴を残し店内に入った。さっそく、小麦の焼ける甘くていい香りが漂ってくる。店内はまだ人もまばらで、ギャルソンエプロンをみにつけた青年が、ティーコジーを被せたお茶と、茶器、おしぼりを持ってきた。
「パラプリュイへようこそ。あ、ノエルとサミュエルだ。おしぼりをどうぞ。よく来たね。仲間を連れてきてくれたのかい。全員、マグノリアの生徒さんだよね。式典用のローブを着ているからすぐにわかった」
「こんにちは!ここにいる子達はみんなそうです。僕たちふたりは卒業生で……」
レシャとファルリテがお互いを紹介しあっている。
「もしかして、有名だから知っているかもしれないんだけど、星屑駄菓子本舗の黒蜜わかる?あと物語喫茶レグルスの真宵と、〈AZUR〉のクレセント」
「ああ!実はぼくたちレグルスで短期アルバイトしています!黒蜜店長とクレセント店長に、すごく素敵な制服を縫っていただきました。良かったら、その姿、見に来てください」
「雇った子達ってきみたちだったのか。わかった、近いうちに伺うよ」
思いもかけないつながりに驚き、ざわざわと僕たちは言葉を交わした。
「黒蜜とクレセントと真宵はぼくの同級生。よかったら仲良くしよう。ぼくはここの店員を統括してるエトワール。今の店長が隠居されるので、かわりにぼくがつとめることになった。今のところはまだ、店長見習いさ。春に正式に店長になる予定」
「それなら俺たちばんばん通う!!おめでとうは、まだちょっと早いか、とにかくこのちびっこ達を何度でも誘おう。さあ、みんな挨拶して」
めいめいお辞儀をしながら名乗りあった。元気はつらつだね!と褒められて、席に座るよう促された。
「せっかく来てくれたから、生クリイム、サービスしちゃう」
「ひぃ」
「えーっと、この子……エーリクは少食だから、とびっきりおいしいフルウツを乗せてやってくれないかい」
「クリイムと枚数は少なめで、よろしくお願いします」
「ふふ、かしこまりました。皆さん、どれか狙ってるものある?ぼくはコケモモのソースがたっぷりかかったベリーたっぷりのこちらを奨めたい。今日からの新作。フライヤーまいてたでしょ、外で」
「黒すぐりも入ってるかな、これ……こんなにふんだんに。さくらんぼも美味しそう」
「ご名答。届いたばかりのものの種を取り除いて、すぐにシロップ漬けにしているんだ」
「いいねえ!サミュエルもどう?」
「うん!とてもおいしそう」
「じゃあ、俺とサミュエルはそれで。ちびっ子たちはどうする?」。
「ぼく、プレートにお花が並べられているのがいいな」
「それは砂糖菓子だよ。花びら一枚一枚、クルーが仕込んでいるんだ」
エトワールさんがロロと視線を交わして微笑んでいる。
「メープルシロップとチョコスプレーが!かかって、いますよ!」
「ロロが素敵なものを見つけてきてくれた。華やかで可愛い。僕もそれにしようかな。ハーフサイズとかもありますか、とってもおいしそうだけど、僕食べ切れる自信なくて」
「少し軽めにするね、あとは……」
「このシャティの乗ってるの、おいしそう、モンブランみたい」
「うう……それとても美味しそうだよなあ、じゃあリヒトそれを頼んで、おれと分け合おう」
「やった!」
レシャとファルリテが、先程から声もあげず、まじまじとメニュー表をながめている。
「ふたりとも、好きなものを選んで」
「えっ、どうしよう、僕たち、こういうお店に滅多に来たことなくて……エトワールさんのおすすめは間違いないのかな」
「興味のあるものリヒトとスピカみたいに、半分ずつシェアするとかね」
「じゃあ坊ちゃん、僕ら三人でシェアしましょう」
「そうしよう!!えへへ、ありがとう。二人ともだいすきだよ」
「では、このバナナのと……」
「パンケーキにかぼちゃがねりこまれているものを、お願いします」
オーダーをとって去っていったエトワールさんの背中を眺めた。しばらく歓談の時間が訪れる。
「坊ちゃん、その、だいすきだよっていうことば、無くさないでずっとずうっと、いだきつづけてくださいね」
「あんなに凄い歴史やいわれのあるミルヒシュトラーセ家の当主になるお方なのに、ちっとも偉そうじゃないのがまた、坊ちゃんの魅力なんだよなあ。幼い頃から良い意味で、本当にひたむきで素直です」
「照れるからやめてよ!」
「照れ屋なところも、可愛い」
「もう!」
わいわいとさわいでいたら、パンケーキがやってきた。
エトワールさんが配膳して下さるのを手伝う。
「うわあ、いいかおり!」
「みて!この焼き色!!たまらない!!」
「生クリイム、塔!?」
「お茶もそろそろ、いい感じ。東の国の、杉林溪烏龍茶」
ティーコジーを取り外し、湯のみに注いでくださった。
ロロがみをのりだしてながめている。
「ぼくの大好物です!うれしい!エーリクが、教えてくださいました」
「これ、エーリクが淹れてくれたの、びっくりするくらいおいしかったよね」
「すごいね、きみ。えっと、エーリクくん。お茶好きなの?」
「はい!特にこの時期、よく飲みます、杉林溪烏龍茶」
「わかってるねー!今度ここで聞香杯パーティーやるから、君たちを招きたいな。これ、チケット。気が向いたらおいで」
「ありがとうございます!」
突然のお茶会に招かれ、みんなお礼を言いながらチケットを受け取る。流星が箔押しされている、美しいチケットだ。
「無くしちゃったら困るから、スピカのチケットケースにいれてしまっておいて」
「それが一番いいね、エトワールさん、ありがとうございます」
「黒蜜たちも来るよ、今から楽しみだね。さあ、パンケーキを召し上がれ。取り皿置いておくね」
「いただきます!」
「いただきまーす!!!!」
「これ、どこから食べるのが正式なの?」
「あはは、レシャ、正式も何もないよ、好きなところから食べていいの!」
「とりあえず、僕たちは三等分にして……」
「うん!ファルリテ、ありがとう」
「めちゃくちゃ美味しい!!」
「ああああああ」
「ふわふわふわー」
「もうだめだ、これはたまらない」
テーブルのあちらこちらから、ひっきりなしに悲鳴が上がっている。
「はい、坊ちゃん、どうぞ」
「ありがとう、わあ、ビオラの砂糖菓子をのせてくれたんだね」
「可愛いかなって」
「こうしてこころをぐっと掴んでくるファルリテがかわいい」
「もったいないおことばですよ」
「トーションをどうぞ」
シルクのトーションを、ファルリテが膝に乗せてくる。
「大丈夫だよ、トーションなんてなくてもちゃんと食べられるもん」
「あんなにぼとぼとミートボールを床に転がしてた坊ちゃんが、ご立派に、なられて……って、鳳さんなら泣くかも」
「なになに?邸宅での可愛いエーリクの話?」
みんながいっせいに僕を見た。僕は必死に首をぶんぶん横に振った。
「違うよ、気のせいだよ」
「ちゃんと聞こえてたってば」
「もう!みんなに僕の失態を晒すようなことはしないでよ」
「ごめんなさいー!!」
「さあ、坊ちゃん、気を取り直してパンケーキを召し上がってください。生クリイムがだんだん熱で蕩けてきています」
「わあ、ほんとうだ、大変!いただきます!」
ひと口、生クリームとベリーを掬ってたべてみる。程よい甘さで、くどくない。僕はだまってナイフを駆使し、二口目にとりかかる。パンケーキを切り分け、生クリイムたちと一緒に頬張る。
「うん!とっても美味しい!!」
「だろう?俺はここのパンケーキに目がなくて。発酵バターを使っているんだってさ。サミュエルを連れてよく食べに来るんだ」
既に半分ほど平らげてノエル先輩がいう。
「パンケーキ、ふわっふわ」
「しあわせ」
不思議と杉林溪烏龍茶と合うのも面白いなあとぼんやりおもっていると、たべおわってなかったのは僕だけだった。
「みんな、ごめん。もう少し待っててね」
「遠足のしおりを読む限りまだまだ時間に余裕がある」
「そのしおりはどうでもいいことしか書いてないから、すててもいいよ」
「なんてことを仰るのですか!これはぼくのたからものですよ!!」
愛おしそうにしおりを抱きしめて、リヒトが表紙を撫でている。
「本当にお遊びで作ったものだから……そんなに大切にしてくれるだなんて、うれしいな。次からは入念につくろうよ、ね!ノエル」
「十二分すぎます」
「ふう……ご馳走様でした。美味しかったなあ、お腹いっぱい」
「動ける?エーリク」
「あっ、大丈夫です、参りましょう」
「よし、行こうか。このチャージ式の魔法のバングル、便利だよな、レジのところでかざせばいいだけだし」
エトワールさんがレジを打ち、またおいでと言って僕らに一本ずつ、ロリポップをくれた。
店を出ると、びっくりするほど寒い。
「さあ、次は俺の大好きな、カレイドスコオプと手回しオルゴールのお店に連れていくね」
「坊ちゃん……本当にありがとうございます、ご馳走になってしまいました」
「いいのいいの、それよりお父様に、何か言われたんじゃない?多分」
「だまって高いものを遠慮なくごちそうになるといいよ、と言われました」
「うん!今日は任せて!僕、意外と稼がせていただいてる!」
「坊ちゃん!!」
ファルリテにぎゅっと抱きしめられた。レシャがファルリテを小突き、手を差し伸べてきたので掴まった。
「ひどい!ぶつなんて!旦那様にいいつけてやる」
「ぶつなんて、大袈裟な言い方しなくたっていいじゃないか、ちょっと、髪を撫でただけ、よしよし」
「不満は残るけれど、まあいいや。遠足は楽しく!」
「えい、えい、おー」
ロロとリュリュと蘭が元気いっぱいに、何もかもどうでもよくなる魔法の言葉をとなえてわらっている。ほんとうに、チョコレートリリー寮の天使たちは、愛らしい。
「坊ちゃんは、一緒にやらないのですか?」
「僕は見てるだけ」
「混ざったら絶対かわいいのに」
「三人は小さいから可愛いの!」
「ぼくはおおきくなりたいです。長兄のミケシュの体つきを見ていると、ぼくの手足もぐんぐん伸びて、大きくなる予定です」
「ロロをおんぶできなくなるのは寂しいなあ」
「エーリクは、たまにいじわるです」
「ごめんね、意地悪をしたつもりはなかったんだ。行こう!ロロ!」
小さな手のひらを握ると、ぱらぱらと星屑がロープの袖から零れ落ちた。
右手にレシャ、左手にロロと言った具合で引っ張って歩く。
「エーリク、足が長いで、す!もうすこし、ゆっくり、あるいてください!」
「えっ、そう?!そんなこと言われたのははじめて。背が伸びたせいかな」
「僕は身長低くてもいいかなあって思ってる」
モノクルをかけ直しながらリュリュが言う。
「それより、度の強いモノクルが欲しい。最近度があわなくなってきて。アル・スハイル・アル・ワズンに寄ってくれるなら、直してもらってくる」
「それは大変。リアムさんにお願いしたほうがよさそうだね」
「師匠なら、一瞬で直してくれます。少しだけ、僕のために時間を割いてくださいますか、みなさん」
「勿論だよ、なかなかここまで周回バスに乗って来れないもんね」
「顔を見せたら、きっとリアムさん、よろこぶとおもう。クリスマス、年末年始と帰らないもんね、寂しがっているんじゃないかな」
「駄々を捏ねだしたら皆さんが頼り……よろしくお願いします!」
「さあ、話しながら歩いているとあっという間だね、ここがカレイドスコオプと手回しオルゴールのお店。さあ、みんな入って」
「お邪魔します……」
ぞろぞろと中に入る。ふさふさと商品のほこりをはらっていた青年が手を休め、頭を下げる。見事なまでにつやつやなブルネットをゆらし、微笑んだ。
「やあ、ノエルとサミュエルじゃないか。三日ぶり。初めましての子がいっぱいだ。ようこそ、オルタンシア・ノベルへ。僕はファリス。ここの店長をしている。ゆっくりしていってね。商品は好きに手に取ってあそんでいいよ。カフェオレ苦手な子いる?」
「大丈夫です!」
「わあ、ちいさくてかわいいオルゴールがたくさん!こっちのカレイドスコオプは面白い、オイル式……?模様がゆらゆらします……」
「ご名答。珍しい品じゃないかな。あまり取り扱ってるところないと思うよ」
「あっ、ペンダントになってる、すてき!」
「わあい!!!!」
あっという間にカレイドスコオプとオルゴールに夢中になった僕たちは、順番を守ってくるくるとお店中をたむろした。
「ここ、楽しいだろう!そうだ、俺が頼んでたきらきら星の流れる手回しオルゴール、まだ届いてない?」
「うん、もう少し待っていて。船便が遅れてる。大きいのならあるんだけどね、きみがほしいのは、手のひらサイズのものだよね」
「そうそう。届いたら電報をくれないか、楽しみにしている」
「わかった。さあ、みんな、ソファに座って。カフェオレできた」
「わあ、ラテアートがかわいい」
「いい香りですね」
「シュガーポットはこちら、お好みでどうぞ」
「ありがとうございます」
「いただきます!」
しばしゆっくりとカフェオレをいただいた。フォームミルクがふわふわで、あたたかい。優しい温度だ。
「ファリスは凝り性だからなあ、豆を挽く所からやってるから、もう喫茶店って名乗っていいんじゃないか」
「僕が淹れられるのはカフェオレだけ。喫茶店っていえるほどのものじゃないよ、畏れ多い。でも、ありがとう」
「とても香りだかくて美味しいです」
「うれしいな、自分でも美味しいと思う。それをこうして振る舞える。とっても幸せだ」
「ミルクの分量が絶妙ですね、素晴らしい」
「このカフェオレを飲んでゆっくりするひとときが、また格別なんだよなあ。商品たちももちろんどれも素敵だよ」
サミュエル先輩がうっとりとした声音で言う。少しノエル先輩にからだをあずけて、にこにことわらっている。
「俺、今日はオイル式のカレイドスコオプをお迎えしようかなって思いながら来たんだ」
「それなら、新作がある。ヴィオラのような模様が覗ける、青と紫の小型のタイプの、あ、それそれ」
「……これは綺麗だなあ……可憐な雰囲気だ。みんなものぞく?」
「つぎ、僕に貸してください」
手渡されたスコオプをのぞく。青のオイルと紫のオイルがまぼろしのようにとろけ、まざり、離れてはまた重なり夢のような渦をまく。あまりのうつくしさに、僕は息を飲んだ。
「すごい……」
「たかがカレイドスコオプ、子どものおもちゃじゃないかっていうやつもいるけど、僕はこれらを売る店が持てて心の底から嬉しいんだ。それに、こうして、美しい趣味を共有できるって良い事だと思わない?」
細長い足を組みかえながら、ファリスさんが小さく笑って僕に視線を投げかけた。
「ほんとうにそのとおりです。僕、これ欲しいな」
「一本一本、微妙に動きや混ざり合いかたにちがいはあるけど、一応同じ色のものなら在庫があるよ。気に入るものが見つかりますように。こういうものって、一生大切にできるよね。名前の刻印を、サービスで請け負わせていただいてるから、検討してみて」
「これはすごい!!きれい!!」
リヒトがわあわあと騒ぎながら、スコオプをのぞいている。
「素敵です、つぎ、ロロ」
「わ!!なんて、幻想的な……」
天井のあかりにかざしながら、一生懸命眺めている。僕は在庫にあった同じ色のスコオプを覗きにかかった。
「ペンダントのものを……レシャ、ファルリテ、記念にプレゼントするよ、好きなのを選んで」
「えっ!そんな、こんなに素晴らしい品を……」
「使用人にはもったいないです」
「そんな事言わないでよ。僕ときみたちは、兄弟みたいなものじゃないか。日付と名前を刻印してもらおう」
「うれしい……レシャ、ここは坊ちゃんに、甘えよう。せっかくだもん。僕らの絆の証として……」
「うん!!そう言って貰えると嬉しいな」
「はい!」
「ありがとうございます、坊ちゃん!」
「ペンダント型の在庫はこちら」
ファリスさんが店の奥から箱を取り出してきた。
「筒の色も、豊富。僕このメタリックブルーのが気になる」
お辞儀をして、三人で箱を漁り出した。
「きれいだね。僕はこの優しいピンク色の、素敵だなあって思ってる。ちょっと付けてみてもいいですか?」
「どうぞ、ここに姿見があるよ」
「わぁ、紺色のセーラーカラーに映えてる」
「いい感じ!」
「僕は……シンプルに銀色のものにしようかな」
「あとは覗いて好みのものを見つけるだけだね」
さんざん悩んで、やっぱり最初のメタリックブルーのものがいいなと思い丁寧にトレイに乗せてレジへ向かった。
続いてレシャとファルリテがやってきて、僕にならんだ。
「刻印していく?それならこちらの伝票に彫りたい文字を書いて。特に文字数の制限はないよ」
二人が書き終えた伝票をながめる。彼らには、苗字がない。それは、本当に複雑怪奇な生まれのせいだ。
「ちょっと、伝票かして」
僕はポケットにしまってあった万年筆で、二人の伝票にMilchstrasse、と書き入れた。
「坊ちゃん……!!」
「嗚呼……!!」
「二人とも、我が家の一員でしょ。僕のお兄様だ。ゆくゆくは僕、ミルヒシュトラーセの当主となるけど、僕と邸宅に、ついてきてくれるよね?」
「坊ちゃん!!どこまでも、いつまでもお供致します」
「骨を埋める覚悟はできております」
ふたりが蹲って嗚咽をこらえている。むしろその反応に僕は驚いてしまって、大慌てで二人の手を取って立ち上がらせた。
「なんで?当たり前の事じゃないか。もしもミルヒシュトラーセ家を離れることがあったとしても、これを見れば邸宅のこと、この日のこと、思い出せるでしょう?」
「愛しています、坊ちゃん」
「抱きしめさせてください」
「おおー!なんかミルヒシュトラーセ家の人たちとんでもないことになってるぞ」
「大丈夫ですか、レシャさん、ファルリテさん」
「えい、えい、おー!」
三人の天使たちがそろって言う。
「現実が受け止めきれない」
「僕たち、ミルヒシュトラーセの姓を名乗って本当に宜しいのですか?」
「もちろん。たとえお父様や鳳に叱られても、構わない。それに……あの二人が僕を咎めると思う?」
「……なさらないと思います」
「それでいいじゃないか。今日を約束の日にしよう。僕が当主になった暁には、正式に二人をミルヒシュトラーセ家の僕の兄弟にする」
「坊ちゃん、大好き。あなたという方は、なんて慈愛に充ちているのでしょう」
「もう、二人ともくっついちゃって大変だよ。みんなはなにかお迎えするの?」
「あっ、はい!ぼくこれを買おうと思います」
「それは箱型でとても珍しいオイル式カレイドスコオプだよ。ネジをまくと、エーデルワイスという美しい曲を奏でる」
「えへへ、じゃあここにおっきく、ロロ・フェルシエと」
「承ったよ、少しだけ待っててね」
レジにバングルをかざして会計をしていると、エトワールさんはカレイドスコオプを持って店の奥へ行ってしまった。金属を削る音が聞こえる。
「夢みたい……ファルリテ、ちょっと僕の頬をつねってみてくれないか」
「僕のほっぺたも」
むにっとほっぺたをつまみあっている。
「本当に、本当に嬉しい……坊ちゃんは僕たちを、使用人扱いしたこと、無い。ずっとずっと、小さな頃からです」
「当然。常々言ってるけど二人は僕のお兄様だよ。これからも、仲良くしようね!」
「はい!僕ら、これからも一生懸命お給仕したり、窓や花瓶を拭いたりします」
「あはは、程々にでいいんだよ。鳳もいるしね。お父様はわがまま言って困らせるかもしれないけど……ありがとう」
「ミルヒシュトラーセ家のみなさん、ロロくん、できたよ」
「わあー!!きれい!!流麗な筆記体!」
「早速身につけよう」
「素敵!!」
「よし、良い買い物をしたし、アル・スハイル・アル・ワズン界隈にでかけようか。エトワール、ありがとう。手回しオルゴオルの入荷を楽しみにしてる。とりおきをおねがいするね」
「うん!みんな遠足楽しんで。素敵な物語になるといいね。気をつけて行ってらっしゃい!」
「カフェオレ、ご馳走様でした!」
「また近いうちに来ます!」
「行ってきます!」

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