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チョコレートリリー寮の少年たち アルバイト③

放課後のお勤めとして、物語喫茶レグルスのウェイターになって一週間がすぎた。すっかり僕たちは、仕事に慣れ、勉強そっちのけでレグルスに通っている。最近大分余裕ができてきて、適度に働き全力でサボタージュする、という黒蜜店長の言葉の意味がわかるようになってきていた。
「僕たちを聖歌隊にしたいって言ってたけど、あれ、本気なのかなあ」
「冗談だよ、どのみちそうなったら僕は全力で無理だと言うよ」
「ロロとリュリュと蘭の三人ならどうだろうか」
「愛くるしさのあまり誘拐事件が起きかねない」
「いやです、こわいです」
紺色の瞳に涙をたっぷりたたえて、ロロは僕の手を握ってくる。
「僕も歌はちょっと……」
「僕は壊滅的な音痴」
あの謎のプロジェクトもなんなんだろうと思っていると、スピカがチョークで円を描いた。
「みんな、この円の中に入って。おれ、レグルスまで連れて行ってあげる」
「すごいなあ、スピカは」
「ちょっと狭いけど頑張って入って。いくよ!」
スピカのローブがふわりと揺れる、不思議なステップを踏むと、僕らをぎゅっと抱きしめた。
次の瞬間、僕たちはレグルスのホールに佇んでいた。
「おはよう。今日も一日、一緒に頑張ろうね。よろしく」
エプロンにひっかけてあったタオルで手を拭いながら、真宵店長がホールへおりてきた。
「よろしくお願いします」
「ほんとうに、君たちは遅刻知らずで偉いね。5分や10分、遅れてきたところで咎めないし、ゆるゆるいこう」
「はーい!あ、真宵店長、今日の賄いは……」
「えびのグラタン!一緒に食べよう」
「すごい、ご馳走じゃないですか!ぼく、グラタンなんて二回くらいしか食べたことがない……」
「ぼく、えびもマカロニもだいすき」
「僕もー!」
「勤め始めて思ったけど、賄いが本当に楽しみ」
「毎日どきどきしちゃうよね」
「うん!真宵店長が作るご飯はとってもとっても美味しいもん」
蘭が、先日ここで発見して買っていた、黒蜜店長作の真っ白なベレー帽を脱いだ。
「まずは制服に着替えておいで。奥の部屋、使っていいよ」
「ありがとうございます!」
黒蜜店長とクレセント店長の愛のかたまりをさっとみにつける。この制服は凝っているように見せかけて、ものすごく着替えのしやすい設計になっている。揃ってホールへ出ると、真宵店長が口笛を吹いた。
「うん、今日も最高に可愛い!!カウンター席へどうぞ」
「では、遠慮なく」
スピカが、ロロとリュリュと蘭が席に着くのを手伝う。
「君たちはいっぱい食べて、ぐんぐん大きくなるんだぞ」
「えい、えい、おー」
「スピカ、お兄ちゃんみたい」
僕とリヒトも少々苦労しながらスツールに腰かけた。
「今から焼くからちょっとまっててね」
「はーい!」
温めたオーブンに、どんどんグラタン皿を入れていく。動きが素早すぎる、と、スピカが感嘆のため息をもらす。全くもって同感だ。
「さあ、あとはちょっと待つだけ。お腹空かせてるよね、ごめんね。サラダも出そうと思うんだけど、シーザーサラダ苦手な子いる?」
「大好物です!」
「美味しいですよねー!」
「うれしい!大好きです!」
「みんな好きってことでいい?スピカ、みんなに取り分けてあげて。君がいちばん器用そうだ」
大皿にトングを乗せて、真宵店長がスピカに手渡している。小皿をひきよせ、スピカが目を細めた。任せて貰えたのが嬉しかったのか、きらきらと星屑が指の先で舞っている。
「任せてください」
「粉チーズ、好きなだけ使って」
「スピカ、取り分けたらお皿をください、ぼく、ドレッシングをかけます」
「おー、ロロ、助かる」
「じゃあ僕はパセリとクルトンを振りかけよう」
そうやって協力してサラダを作って食べていたら、オーブンからアマリリスの旋律が流れだした。
「出来上がり。熱いから気をつけて。ゆっくり食べてね。あわてなくていいよ、安心して。まだ看板出してないし、カーテンも閉め切ったままだから、誰も入ってこないよ」
「では、いただきます」
「うまし糧を」
「うわっ!美味しい。えびが三匹も。大事に大事にゆっくりゆっくり、食べよう……」
「ホワイトソース、だまひとつなくて滑らかで本当に美味しいね、真宵店長、ありがとう!」
真宵店長は白ワインを飲みながらグラタンを食べている。
「あ、わすれてた。お茶を出すよ、ジュースでもいいけど、なにがいい?」
「やっぱりここは、」
「エルダーフラワーシロップの曹達水割りだよね」
「はいはい、了解だよ。みんな本当に好きだね、これ」
「レグルスばんざーい!!」
さっきから一言も話さずに一生懸命グラタンを食べていた天使たちが、一斉に真宵店長に訴えかけるような視線を送った。
「あ、あの……おかわりとか、できますか」
「できればでいいです」
「僕たち、お腹がぺこぺこなんです」
「あはは、なんだ、そんなことか。じゃあケークサレがあるからあたためて出すよ。エーリクたちは」
「おれもいただけますか」
「ぼくも!」
「僕はいいや……もうお腹いっぱい。みんな、グラタンだけじゃなくサラダも食べてるのにどこにそんなにご飯が入っていくの?」
真宵店長がレンジでケークサレを温めながら、僕の頭をぽん、と軽く叩いた。
「エーリクは全然食べないよね」
「すぐおなかいっぱいになっちゃうから仕方がないんだ」
「あまりにもたべないので、ぼくはとても心配です」
「それは、ロロたち基準で言われたらそうかもしれないけど、ちゃんとお腹充たされてる。遠慮したりもしてない。だから、大丈夫だよ」
「それなら、いいのですが」
ロロが心底心配してくれているようすだったので、顔をのぞきこんだ。
「それに僕、チョコチップクッキーとかミルクケーキとか、さんざん食べてるし」
「あっ、確かに。エーリクはきっと、なないろのロリポップでできているんだ」
「ね、だからへいきなの」
「はーい、ケークサレ渡すね」
「ありがとうございます、いいかおり!」
「薄切りした玉ねぎが香ばしい香りを産んでるんだ」
「なるほど、たしかに」
「いただきます!」
「どうぞめしあがれ。エーリクには、お部屋で食べられるようにお土産にしてあげる、後で渡すね」
「真宵店長、だいすき!!」
身を乗り出して、頬に触れる。くすぐったいよ!と、悲鳴をあげている。真宵店長もなかなかどうして、少年らしい。
「さて、エーリク。看板描いてくれる?」
「えっ、僕、そういう心得、まったくないよ?」
「それでもいいんだ。みんなで回すお店だからね。今日はディナー営業、みんなも食べたグラタンとシーザーサラダがお得って書いてもらえたら、あとは好きなようにしていい」
「うう……緊張するな」
「エーリク、一緒に描こう。僕、白百合を沢山描くから、そうしたら華やかじゃないかな」
蘭の申し出に、思い切り乗っかることにした。
「蘭、心強いよ」
「仲良しですてき。チョークはここにあるよ」
蘭がチョークを受け取り、僕の腕に右腕を絡めた。
「よし、ぱっぱとやってしまおう」
看板を引き摺って店内に引き入れると、蘭が見事な絵を描き出した。僕はその合間をぬって、へろへろな文字でおすすめメニューを書いた。グラタンとシーザーサラダ……
「あ、さかなのかたちのビスコッティとゆめみるタルトも焼くから、それも書いて」
「はぁい」
「間違えても、黒板消しで消せるから大丈夫さ、自由に書きなよ」
「うん、どうにかなったかなぁ」
「おっ!上出来じゃないか。かわいい」
「本当だ!じゃあカーテン開けて、看板外に出してきて。リュリュ、洗い物を手伝ってくれないか。グラタン皿とかまとめて洗っちゃいたいんだ」
「了解です」
外に出ると、開店を待つ行列ができていた。僕と蘭は一礼して、お腹から声を出した。
「ようこそ、物語喫茶レグルスへ!寒い中、お待たせしてしまって申し訳ありませんでした」
「どうぞ、紡ぎ手さま、物語の渦の中へ」
なかなか上手く言えたと思う。蘭は扉を開けて、お客様方をホールへと導き、お好きなお席へどうぞ、と声をかけている。
そこからは、僕たちは目まぐるしく、くるくると働いた。もう伝票を書く技術は完璧で、どんどんカウンターの札下げのところに留めていく。途中でお客様がどっとやってきて、てんてこ舞いだったけど、キッチンにリヒトとリュリュと蘭が入り、ホールの方は、スピカとロロと僕が協力してお店を回した。
三時間ほどするとあんなにたくさんいたお客様がすっかりはけてしまった。ソファ席にぐったりと座り込む。
「今日はかなり混んだね、閉店閉店。お疲れ様!今日はご褒美作っちゃった。ミルクレープ、みんなで食べようか」
「わあ!労働の後の、甘いものは、格別です」
「ロロもそう思うよね、僕も同意」
「嬉しい!!」
リヒトがホールでふわりふわりと舞いながら、何やら異国の歌を歌っている。慣れし故郷を放たれて夢に楽土求めたり……そんな歌詞の歌だ。
「リヒト、踊るついでに看板しまっちゃってくれるかな、後、天鵞絨のカーテン、しめてほしい」
「了解しました」
リヒトは限りなく機敏だ。ささっと頼まれた仕事をこなし、カウンター席へ戻ってきた。
「今日もお疲れ様、ラテアート作るよ」
ゆらゆらとミルクを注いで、ハートの形のラテアートを淹れてくれている。真宵店長の万能さにも驚きが隠せない。
「これ、黒蜜から教わったんだ。きれいだよね」
「飲むのがもったいないくらいです」
「いつでも淹れるからどんどん飲んじゃってよ」
そのとき、とんとんと、扉を叩く音がした。
「遊びに来た!あけてくれ、みんないるんだろ」
「クレセント店長だ!」
ドア近くのソファに座っていた僕が扉を静かにあける
「こんばんは!」
「やあ、みんな、今日も頑張ったようだね、どうだい、首尾の方は上々だった?」
「まあまあさ、いらっしゃい」
「あれ、きょうは黒蜜店長とご一緒じゃない、珍しいですね」
「シュガーも、あれでも一応お店やってるからね。俺は〈AZUR〉の定休日だから、暇でさ。星屑駄菓子本舗で飲んでたんだけど、今日、大盛況だったから邪魔になるしそっと抜け出してきた」
「じゃあここで遊んでいくといいよ。いまちょうど、お店閉めたところなんだ」
外套をぬいだのを見て、僕は立ち上がってクレセント店長の後ろに回る。
「ハンガーにかけますね」
「おお!すごいねエーリク!!ちょっと前までお人形みたいに佇んで動き方が分からなかったというのに、ここまで気を回せるようになったんだね、素晴らしいよ」
「すごいよね、みんな。若いっていいなあ。ところで何飲む?テキーラ?」
「とりあえずダーティーマザーを」
「珍しい。まあ作るけど」
「あ、みんなにお土産があるよ。並べて、真宵」
「なあに?あーっ!!!!これフォーマルハウトプラザのイリゼのカヌレじゃないか!!すっごく嬉しい!ぼくもミルクレープを焼いたの、クレセント、ぜひ食べて」
「一度食べてみたかったんだよね。ミルクレープ、俺の大好物。うれしいな!美味しいものはみんなで共有してにこにこしよう」
「ちょうどみんなカフェラテ飲んでるし、ぴったりじゃん」
「ふふ、良いタイミングで来れて嬉しい」
「ぼく、プレートにチョコペンでお絵描きするの、やってみたいな」
大きなプレートにカヌレを並べていると、ロロが言い出した。真宵店長が頷いて、やってみてごらん、と、チョコペンをあたためている。
「何を描こうかなあ」
「うさぎを描いてほしいな」
「わかりました!」
リヒトがいたずらっぽい笑みをたたえてロロに話しかけている。
「はい、チョコペン!!がんばれ!」
「時間との勝負ですね、やってみます!」
ロロが一生懸命プレートにイラストを描き出した。
「えっと……どうしよう、うさぎって、どういう形でしたっけ」
「あはは、ロロ、それはまるで犬のようだよ」
「もう!いいや!!お花を描きます」
「おおー、ばらは上手」
「すごいすごい、きれい!」
「うさぎはいままで、よくよく見た事がなかったことがなかったので失敗しましたけど、まあ、このばらで勘弁してやって下さい……はい、完成です」
「よし、じゃあみんな、いただこうか」
「人生初カヌレ、いただきます!!」
「おいしい……」
「すごく、しっとり」
「おいしいね」
「ショコラの、絶品」
「今度おれたちも出向いてみようか」
みんなそれぞれ感想を言いながら、おやつを食べた。
「ありがとうございます、クレセント店長」
「うん!喜んで貰えたようで何より」
「ダーティーマザー、できたよ」
「美味しそう。なにか適当に、ナッツとかでいいからおつまみちょうだい」
「うん、何かあったかなあ、とりあえずミルクレープ食べててくれる?ちゃんとしっかり、おなかに入れてほしいなって思うのだけど」
「レモン水をどうぞ、チェイサーに、なさってください」
「ありがとう。ロロのレモン水係も、すっかり板についてきたな」
「えへへ……ありがとうございます」
「うーん、鶏肉のトマト煮込みでも食べる?シーザーサラダもあるけど……蘭、ちょっとミルクレープを配膳して欲しいな、ナイフ扱える?」
「大丈夫です、できます」
「ぜんぶ頂戴」
ロボットの形をした貯金箱にからから代金をいれながらクレセント店長が言う。
「了解。ちょっとまっててね」
「みんな、仕事には慣れた?」
「すっかり慣れました、スピカが中心となって、動いて回っています」
「スピカ、凄いじゃないか」
「恐縮です、おれなんて、まだまだ」
「こういう控えめなところも魅力の一つだよね」
「スピカは、かっこよくて、うらやましいです。誰よりも動いてるのに、全くせわしなさをかんじさせない」
「すごいよね」
「もう、おれのはなしはおしまい!」
「照れ屋で可愛い」
追い打ちをかけた僕のほっぺたをむにっとつかみ、眼鏡越しの翠の瞳を煌めかせた。
「エーリク、くすぐりの刑に処す」
「あっははははは!!!!やめて!!やめてーっ!!!!」
「ほら!もうみんな席に着いて、なにか飲んで落ち着きなさい。なにがいい?」
「俺はテキーラ追加で」
「うーん、ラッシー美味しそう」
「いちご味のもあるんだ」
「最近、マスカットのラッシーがすごく売れてるよ」
「じゃあ僕、それで!」
「ぼくカシスオレンジ飲みたいな」
「モクテルのカシスオレンジ、美味しいよね!」
「はい!ごくごく飲んじゃいます」
みんなそれぞれ飲み物を頼んで、お疲れ様!と、グラスを交わした。
「アルバイト、慣れてきたおかげでそんなに疲れなくなったと思わない?」
「うん、初日はもうどうなることかと思ったけど、上手な気の抜き方がわかってきたよね」
「これからも、がんばります」
「えい、えい、おー」
「飲み終わったら、この緑と赤のリボンを切る作業を頼むね。クリスマスベアーの首に結ぶやつ。ベルもつけようか」
「そういえば、〈AZUR〉のクリスマスベアー、ミケシュがばんばん量産してるよ。あの子はほんとうに器用だね」
「兄が大変お世話になっております」
「いえいえ、こちらこそ」
「星屑駄菓子本舗でもクリスマスベアー売るのかな」
「シュガーの言うことには、今年は作らないらしい。そのかわりジンジャークッキーを沢山焼いて、ホットワインのキットを売るんだと言っていた」
「ホットワイン、僕らが飲んでも大丈夫ですか」
「煮切ってしまえば平気だと思うよ、ぶどうのジュースだ」
「そうだよ、クリスマスどうしよう。みんないるつもりでいたけれど、帰省する予定の子はいる?」
「僕は帰らない。邸宅のみんなは寂しがると思うけど、ついこの前、アフタヌーンティーにお呼ばれしてもうおなかいっぱい」
印通りにリボンを切りながら僕は肩をすくめた。隣にいたリヒトが持っている袋の中にリボンを入れる。
「ぼくも面倒だから帰らないよ、船に乗らなきゃいけないし、そこまでの長距離移動は魔法でどうにかならない……特別何かしなきゃいけないわけでもないしね」
「ロロたちは?」
「ぼくは家族がすごくおおいから、ぼくひとりくらい、いてもいなくても変わらないからなあ……親族含めると、五十人くらいあつまるし」
「リュリュはリアムさんと過ごすの?」
「まさか。あの方には子離れしてもらわなくちゃいけない」
「僕は魔力の及ばない東の土地に赴いて、丸一日かけて徒歩で移動しなきゃいけないから、杖で交信しておしまいにしようと思ってる」
「おれは色々支度が面倒だから帰ってこないでって言われてる」
「みんな、帰らないのか」
「それなら、みんなでお店回して、どこかに遊びに行ったり、クリスマス会でもして過ごそうよ」
「賛成!」
「ノエル先輩とサミュエル先輩は、どうされるんだろう」
「おふたりとも、おれの予想では帰らないんじゃないかな」
「そういう時のスピカの勘はあたるよね!じゃあさ、せっかくだしみんなで街へ繰り出そうよ。きっとクラッカーを鳴らしたり、銀テープが巻き起こったり、きっときつと、愉快だと思う!色々お菓子とか買って帰ってきて、デイルームでクリスマス会とかどう?」
「最高!大賛成!!」
「楽しい年末年始になりそう!!」
「チョコレートリリー寮、万歳!!」
「みんな楽しそうでなによりだ。さて、チョコレートリリー寮の少年たちは門限があるね」
「まずいまずい、帰らないと」
「オールドミスにみつかったら大変だよ」
「じゃあ、またあした」
「お疲れ様。ケークサレ、みんなで食べて」
青い蝶柄のショッパーを手渡してくれた。僕はしっかり胸に抱えて、頭を下げた。
「真宵店長、ありがとう」
「よし、帰るか。きょうもいちにち、お疲れ様でした!」
スピカがくるりとターンを決めると、きらきらと星が舞い散った。次の瞬間には、居なくなっていた。
「おやすみなさい。グラタンもシーザーサラダも、とっても美味しかったです。明日の賄いも、大期待。それではまた明日」
リヒトがかかとを鳴らしてふわりと消えた。
「おつかれさまでした!明日もよろしくお願いします」
蘭が懐中から杖を取りだし、ひと振りした瞬間にかききえた。
「ロロ、リュリュ、僕に掴まって」
「はあい」
「今日もアルバイト、楽しかったです。おやすみ、なさい!みなさん!」
ぼくはおへそのあたりにぐっとちからをこめた。ふわりと浮いたその刹那、無事109号室に戻ってくることができた。
「すごい、エーリク。本当にここ最近のエーリクはものすごい。ものすごく力強くなった。まばゆいほどです」
「先日のミルヒシュトラーセ邸のティーパーティーのとき、エーリクのお父様が息子は魔法使い向きじゃないって言ってたけど、そんなこと、全然ないよね」
「ありがとう。あたたかいお茶を淹れるから、二人とも座って。ガトーショコラを焼いたから、少しだけ食べる?昨日仕込んだから、しっとりしてて美味しいと思うんだ」
「うん!!嬉しい!!」
「エーリクはいろんなお菓子を作れるから、僕いつもたのしみにしているんだよね」
「たいしたことないさ、108号室の三人にも差し入れてくる。やかんをみていてくれるかい、すぐ戻る」
隣の部屋の扉を優しくノックする。
「エーリクだよ、入ってもいい?」
「いいよー!どうしたの」
リヒトがドアを開けて迎え入れてくれた。
「ガトーショコラ、焼いたんだ。一晩寝かせたから、美味しいと思う。良かったらどうぞ、三人で食べて」
「おっ、これは力作だね。ありがとう……蘭はもう、すやすや寝ちゃってる。明日、いただくよ」
「うん、用事はそれだけなんだけど、みんないい夢見てね。またあした!おやすみなさい」
「うん、おやすみ。勉強は適度に適当に、アルバイト、頑張ろうね」
僕の一日のおしまいに、みんなにお茶やお菓子をふるまう、というのがルーティンとなってきている。そうすると、ぐっすりねむれるのはなぜなのだろうか。
部屋に戻ると、煮出したお茶をリュリュがポットにうつしかえているところだった。ロロは横になって、うとうとしている。
「ただいま。ありがとうね、リュリュ」
「ううん、このくらいなら僕でもできるよ、任せて」
「眠り姫はもう寝ちゃいそうだね、静かにしよう」
「そういえば、珍しく、二人でお茶を飲むね」
「ね、眠り姫がねているのはちょっとさみしいけど」
「おきたら注いであげよう」
「うん!ほうじ茶っていって、くせがなくてとってもおいしいお茶だよ、二人も喜ぶと思うんだ」
立ち上がり、カーテンを閉めようと窓辺に近づいて夜空を見上げる。金星が、紺色の天鵞絨天幕に縫い付けられた金ボタンのように、きらきらとひかっていた。

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