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チョコレートリリー寮の少年たち 学院創立記念日⑤

「お借りした三角巾と、割烹着、ここに置いておきますね」
「とても助かったよ、たしか、ロロは焼きプリンが好きだったよね。ちょっとまってて」
カポナータを作っていた大きなフライパンの火を止め蓋をして、真宵店長が奥に引っ込んだ。ぼくはロロが席に着く手伝いをする。
「よいしょ。エーリク、ありがとう!」
「とんでもないものを作ってくる気だね、真宵」
「ここですごく売れてる焼きプリンのレシピも、もともとは黒蜜のだったよね、教えてあげたんだろう」
「うん!みんなに喜んでもらえてよかったなあ」
大人たちがそんな会話をしながらぐびぐびと昼酒をあおっている。
「真宵店長、いつもぼくをどきどきさせてくださいます」
ぴたりと頬を寄せてきたロロの肩を抱いた。
「期待してよさそうだよ」
「ぼく、たいしたことしていないのに、いいんでしょうか」
「どこが大したことじゃないって?!」
黙ってミートボールを食べていたスピカが豪快に笑った。
「もうすこしだけまっててね!」
「はい!」
「星屑駄菓子本舗を開店する前、ここでひと月ばかりはたらいたけど、例のあれは最高のご褒美だったなあ、」
「おまたせ!ロロ、お給料だよ。お疲れ様!」
「わああああ」
真宵店長がフルウツをふんだんに乗せたプリンアラモードを運んできた。星粉をつかったのか、小さな星々がプリンの上を旋回している。
「これはすごい!見事な飾り切りですね、この林檎なんて、ことりの羽根みたいだ」
「ありがとう。この桃といちごはロロのイメージで薔薇を形づくってみたんだ。我ながら綺麗にできた。おあがり」
マグにスウプをよそい、配りながら目を細めて笑う。真宵店長はなんというか……包容力がある。ちょっとちゃらちゃらしたところがあるってうわさ、あれ、本当なのだろうか。訊くのははばかられるし、黙っていた。
「本当にありがとうございます……!いただきます!!」
「いいなあ、ぼくもたべたい!!あっ、スウプすごく美味しい……ロロくん、すごいね」
「黒蜜。これはここで働いた人のご褒美なの、知っているだろう」
「えーん」
「へそを曲げない!あっ、スープ、本当に美味しいよ。どこで料理を学んだんだい」
「ぼくは、母の手伝いをしていたので、学んだとしたら、そこです」
「すごく優しい味。とげがなくてまあるい」
「おいしいね、たまごがふわっとしてる」
賞賛の声を浴びながら、僕らの小さな王子様が、ぱくっとプリンをひとくち食べた。みるみるうちに笑顔に変わる。
「とーっても、おいしい!!!!」
「でしょう、今日も仕上がり上々!」
「あまいけど、滑らかな口当たりでいくらでも食べられる感じです。フルウツも新鮮。とてもおいしいです……ぼく、しばしの間無言になりますが、機嫌を損ねたとかそういうわけではないですので心配しないでください」
そう言ったそばからすごいスピードでプリンを食べ出した。小さな身体からは想像できない力強さで匙を口に運んでいる。
「ぼくも今度働かせてください!!」
リヒトがきらきらと紺碧の瞳を輝かせてお願いしている。
「ふふ……リヒト、なにかできることある?特技とか」
「そうですね……これからの時期に飲みたくなるショコラとか、ホットワインとか、作れます!ショコラにはシナモンを少しだけ添えるんです。美味しいと思います」
「僕もとびきり美味しいお茶淹れられるよ!シュークリームやスイートポテト、かぼちゃのパイ……琥珀糖なんかも作れる」
「エーリクも心強いね」
「あっ!おれはクッキー焼けます。ジンジャークッキーとか、クリスマス前など特に活躍できると思うのですが」
「僕も少しですが料理ができます。師匠の三食、毎日作っているので……」
「リアムから聞いているよ、きみがつくるツナの佃煮と枝豆のおにぎりが神がかり的な美味しさだって」
「師匠、そんなことを話していたんですか?恥ずかしいなあ……」
「それなら、今年の秋から冬、まとめて五人雇うよ。みんなでお店回そうか!」
思いもかけない提案に僕らはびっくりして、その後歓声を上げた。うそみたいだ、うそみたいだけど、ほんとうだ!!この物語のひとつになれるだなんて、なんて嬉しい話だろう!!
「ありがたいことにこの店も盛況でさ、このメンバーなら気心が知れてるしちょうど良かった、ぼくひとりで店番するの、大変だったんだ」
「僕らで良ければ力になるよ。嬉しいな」
「えっ!なに?!とんでもない話になってない?うちでも雇いたい位なのになあ」
「よしよし、シュガー。ワゴンデートするんだろ?その前にちょっとお昼寝しようか」
「えーん」
「シュガーをなぐさめてやらなくちゃいけないから、俺たちはこの当たりでお暇するね。おいしいごはんと物語、今日も沢山ありがとう。お代ここに置いておくね」
「はい、またおいで。あ、あとこれ、後でふたりでどうぞ。テキーラ・サウザ・ブルーだよ。今日の船便で運良く手に入ったから。黒蜜が好きでしょう」
「お、ありがとう。これは嬉しいな」
「ありがと、真宵」
「シュガー、おいで」
クレセント店長が軽々と黒蜜店長を抱きかかえた。
「みんな、またね。お昼寝したら、ワゴンでこのあたりをまわるから、会えたらいいな」
「お先に失礼!チョコレートリリー寮のみんな、ここには無限の楽しみがあるよね、ゆっくりしていくといい。あと、よかったら〈AZUR〉にもあそびにおいでよね、それじゃ、また!」
僕らは手を振り、別れの挨拶をした。
「とびら、開けますよ。ところでワゴンはどうするんですか?」
ノエルがぱっと椅子から降りて問う。
「ありがとう、星屑駄菓子本舗を開いた時に管理人さんからいただいた魔法の指輪で一瞬で帰るさ」
「それなら安心です。またお会いしましょう」
がらんがらんと扉のベルを鳴らし、退店していくのを眺めながら、僕は呟いた。
「物語だなあ、あのおふたりも」
「そうだね……さて、ぼくらはまた別の物語を紡ごうか。お店散策しておいで」
「わぁい!行ってきます!」
「今日はどの辺に宝物があるんだろう。おれの眼鏡は良いものを見逃さない」
「まって!僕も行く!!」
「行ってらっしゃい」
ロロが席に着いたままで、レモン水をぐいぐい飲み下している。
「あれ、君たちふたりは行かないのかい」
「ぼくは、ゆっくりしたい気分です」
「僕も。あ、真宵店長、シュクメルリ食べたいな」
「昨晩作ったよ。温めるから待っていて。黒糖パンもどうだい?久々に焼いたんだ」
「嬉しい!ぜひ!」
一人分ずつ小分けにしてあるのだろう、冷蔵庫からタッパーを二つ取り出して電子レンジにかけている。
「いいタイミングだったね、ロロも良かったら!」
「はい!いただきます!プリンアラモード、美味しかったです。ご馳走様でした」
「香草パンも美味しいけれど、僕は黒糖パンを推したい。ふわっふわで甘くておいしい……」
レグルスを褒めだすと、もう止まらない。ここは本当にすごいお店だということを述べ始めた。
「宇宙なんだ、ここは……」
僕の右手をとって、真宵店長が微笑んだ。
「嬉しいけれど照れちゃう」
「いつもありがとう。レグルス、大好きなんだ。真宵店長も、ここに集う人々も」
「こちらこそ。これからも仲良くしよう」
「ぼくもレグルスが大好きです。あたたかくてやさしくて、どきどきするところです、ぼくともなかよくしてやってください」
「もちろんさ、よろしくね、ロロ。あ、シュクメルリ、温まったみたい。持ってくるね。先にこちらをどうぞ」
黒糖パンを、小さなお皿にふたつずつのせて、僕とロロの前に置いた。
「ぼくの松ぼっくりのかたちの時計と同じ、アマリリスの旋律が流れますよね、レグルスのオーブンレンジ」
「はいはい、おまちどうさま。あついからきをつけてね」
「とってもいい香り!」
「よい無塩バターを仕入れたんだ。カポナータも、良かったら試食してみて」
トレイに四角いお皿と小鉢が乗っている。こういう器の選び方も、真宵店長のセンスがきらりと輝いているなあと思う。
「いただきます!」
「い、いただきます、あつい!!」
「気をつけて!ゆっくり食べよう」
「でも、それにしてもロロがこんなに食べるのは意外だった」
「僕も驚いた。今でも時々驚く」
「いつも言われるので、もう慣れっこです。大食らいですよ。近い将来、身長、エーリクを追い越しちゃうかも」
「負けないもん」
「シュクメルリ、初めて食べましたが、とても美味しいです!こういうのって、どこで教わるのですか?」
「確か真宵店長は黒蜜店長とクレセント店長と、チェリースノーストーム学園の同期生、だったよね」
「そのとおり。そういえばクレセントとは、なんだかんだでそこそこ長い付き合いになる……ぼくもご飯を食べよう。カポナータと余り物の香草パンと、ロロが作ってくれたスウプにしよう。食事をすっかり忘れていた」
「なるほど、そういうわけなんですね。皆さん、見事に花を咲かせていて、すごいです。お店が出せるって、とんでもないことです」
「あはは、ありがとう。クレセントはともかく、黒蜜とぼくは半分道楽みたいな部分があるけどね。ああ、スウプ美味しいなあ、きみ、本当に素人なのかい」
そんな会話をしながら食事をしていると、リヒトとスピカが戻ってきた。リヒトは腕の長さほどの怪しい銅像のようなものを手にしている。
「すごいものをみつけてきたね、リヒト」
「この像かっこよくない?!これが部屋にあったら、きっと華やぐと思うんだ、」
「おれはそれはやめた方がいいと言ったんだけどリヒトが買うって聞かなくて」
「うーん、たしかに、夜目から光を放ったり、血の涙を流したりしそうです……」
「そんなことないって!かっこいいよ」
リヒトが言い張る。懐中から杖を取りだし、とんとんとその銅像の頭を叩いてみせた。ぱっと光が散る。
「全然怖い物じゃないってぼくの杖が言ってる」
「まあ悪いものはこの店には無いと思うよ、ねえ真宵店長」
ズッキーニを頑張って食べながら店主が首を縦に振る。ようやく飲み下して、感心したようにリヒトと銅像を眺めている。
「それを持ってくるとはね。リヒト、きみ、ついてる。前回のフローライトの件もあったよね、ぼくが東の国へ旅をしに行った時に持ち帰った例のやつさ。その銅像も良い祈りを込めて作られたものだよ。名もない作家の作品だけどね。ぼくの昔からの友人がこしらえたの」
「なるほど、呼ばれる、ってこんなかんじなのかも!」
「リヒトは座学も飛行術も、こういうセンスも、ずばぬけて優秀だよね、すごい」
僕が賞賛の拍手を送るとリヒトが短いツインテールを揺らして微笑んだ。
「ありがとう、でもきみだって、最近は随分飛べるようになったし、それに、薬草学に関してはぼくの理解の範疇を大きく超えた、膨大な知識を持っているじゃないか」
「そ、そんな、それは父にくっついて土いじりをしていただけで、全然、たいしたことじゃない」
「素直に褒められていいんじゃないか?エーリク」
「そうです!」
「そうなのかい?ぼくは全然、学院での君のことをしらないから、よく分からないけど、すごく褒められてるということは伝わってきたよ」
僕は渋々頷いた。僕は魔法使い向きではない。それは、わかっている。でもフォローをしてくれたのはとても、うれしかった。僕にもできることはあるんだ。
「薬草学のテストが来る前日は、エーリクとロロの部屋に集まって猛勉強だな」
「まかせて!まずはいにしえの記述法……」
「そこからなのか!!」
リヒトがギブアップ!と声高らかに告げた。くすくすと、笑いの輪が広がる。
「その辺は現代らしくいこう」
「僕、ほんの少しだけなら書けるかも、師匠に、初めはそのやり方で教わってたんだけど、僕の飲み込みが悪すぎて機嫌損ねちゃってさ、ふて寝しちゃってね……そこからはちゃんと今の方式で教わったよ」
「それならリュリュもぜひ講師として……おねがいします」
ロロがぺこりと頭を下げたので、僕らもぺこぺこお辞儀をしあった。真宵店長が黒糖のロールパンを小さくちぎって口に放り込んでいる。
「リアムも喜ぶだろう。愛弟子の成長、間近で見ることが出来て幸せものだよなあ。後で手紙の一通でも送っておこうかな。無事チョコレートリリー寮の仲間としてやって行けるから安心して寝込めって」
「真宵店長!寝込まれるのは困ります。僕が毎日お粥を食べさせなくてはいけなくなってしまう。今日からいよいよ入寮だというのに。元気でいてって書いてください」
「あはは、わかったわかった。さぁ、探索を終えて、ごはんもおなかにおさめたし、そろそろ店じまいしようかな」
銅像を緩衝材に包みながら真宵店長が言う。僕らがいる時間帯に閉店するなんて、随分、珍しい事だった。
「今日はだいぶ早いね、何か用事でもあるの?」
「うん、ブルウライトスタア商會って聞いたことある?あそこの雇われ店主の眞宮少年にちょっと届けものがあって」
「あ、チケット入れに確か、店名が記されたポイントカードが入ってたはずだ、これですよね」
スピカがちゃっかり、また新しい情報を仕入れてきたようだ。
「そうそう、それ。三ツ、スタンプ押す場所あるでしょう。これ完走したらサービスをしてくれるらしい。何をだろうね」
「楽しみ!」
「というか、きみたちもくる?」
「いいの?!」
「にぎやかになって眞宮も喜ぶよ、きっと」
「やった!!」
リヒトがロロを背負い、ぐるぐる回転している。僕はスピカとリュリュの肩をそっと抱いた。
「ここから先は未踏の地だ、たのしみだね!」

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