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ミルヒシュトラーセ家の手作りアフタヌーンティー【チョコレートリリー寮の少年たち】改稿版

「……エーリク、おはようございます。起きてください、」
僕は柔らかなボーイソプラノで覚醒を促された。小さな手が背中を摩る。ロロだ。僕より先にロロが起きるなんて、珍しい。
「ん……あ、朝か、ロロ……おはよう」
その時ロロの松ぼっくりのかたちの時計が鳴り出した。優しい、アマリリスの旋律に合わせて体をゆらゆらさせていたけどあきてしまったのか、そっとアラームを止めた。ゆるゆるあるいて僕のベッドに腰掛け、そっと頬に触れてくる。
「ぼく、アフタヌーンティーが楽しみすぎて、早起きしてしまいました」
「ふふ……僕も楽しみ。今回のアフタヌーンティーは、東の国にルーツのあるあれやこれやを、みんなでつくるんだもんね」
「ふたりとも、おはよう」
「おはようございます、リュリュ。アフタヌーンティー、ついに二度目のお招き、嬉しいですね」
「うん、僕ぎゅんまいをつくるのがたのしみ」
「ちょっと惜しいな、しゅうまい、だよ。おはよう」
「エーリク、ロロ、リュリュ……起きてるか?」
とんとん、と控えめなノックが聞こえる。スピカだ。
「おはよう、入って」
静かに扉を開けて、後ろ手に微かな音たててとびらをしめる。こういうところも、くまなく彼は上品だ。腕に、バスタオルとアルバイトをした時に縫ってもらった可愛い服を引っかけている」
「おはよう、リヒトと蘭はまだ寝てる。昨晩遅くまではしゃいでいたから、ぐっすりだよ」
「まだ朝の七時です」
「風呂、入ろう」
そう言ってリュリュのモノクルを外し、部屋着をぬがせている。すっかりスピカは、チョコレートリリー寮での僕らのお兄さんになった。
「バスタブに、お湯ためますね」
僕はまだ少しぼーっとしている。お風呂に入ったら、ますますぼーっとする気がしたから、断ろうと思ったけれど、スピカがこちらにやってきて、ばさっと僕の上着を剥いだ。
「寒いよ」
「真宵店長からもらったバスボムであたたまろう。部屋から持ってきた」
「わあ、いいにおい。ジャスミンかな、これ」
ロロの部屋着を脱がす。ぷるぷるふるえながら、抱きついてくる。
「ふええ……」
「みんな先に入ってていいよ。僕タオル持っていくね」
「うん、頼む。さあ、天使たちはバスタブ」
スピカが二人を抱きあげ、バスルームへはいる。きゃあきゃあと笑いさざめく声を聞きながら僕も裸になり、籠にバスタオルを放り込み彼らの後を追う。
「きもちいい」
「あたたかいね」
「おれ、さきに体洗っちゃうから、エーリクもバスタブに漬かってて。交代しながらやろう」
「うん!」
ロロが手桶を手繰り寄せ、いきなり僕の頭にばしゃっとお湯をかけた。
「うわあ」
「つぎ、僕!くらえ!」
「ぶはっ」
「静かに」
スピカはつやつやな砂色の髪を櫛でといている。
あばれていたら、僕はあっという間にのぼせてしまった。腕が真っ赤だ。きっと顔も真っ赤に違いない。
「ふらふらする」
「まずいまずい、ちょっとこっち出て、おれヴィス水持ってくるから座ってて」
「うん……」
「エーリク、大丈夫?」
「大丈夫」
「ほら、これ飲んで」
「つめたい」
「エーリクはもう上がってやすんで」
僕はヴィス水を一気にごくごくのんだ。爽やかなのどごしの、おいしい水だ。少し体力が回復した気がする。
そんなこんなでスピカに散々お世話になりつつ、僕たちは良い香りを纏わせながらバスルームから出た。
「朝ごはん、学食によっていきますか?」
ロロが風渡りの一族らしく風を行使し、僕らの髪の毛を一瞬でふわふわに仕立てた。
「みんなが行くなら付き合うけど、僕はなるべくお腹をすかせていきたいな」
「献立表を見てきたのですが、パンケーキが出るそうですよ」
僕は一瞬着替える手をとめた。でも、ふるふると首を横に振った。レグルスでアルバイトをしていたときのとびきり可愛い制服を着てから、式典用のローブを羽織る。
「大好物だ……美味しそうだけど、僕は食べないことにする」
「おっはよ!」
「魔法の指輪便利だなあ、おはよう、みんな」
ふわふわと黒蜜店長とクレセント店長が部屋に舞い降りてきた。大きなバスケットを持っている。二人が協力して作ったという例のものだろう。
「シュガーが学食に行こうと駄々を捏ねたけど、説き伏せた。美味しいものをたくさん食べに行くからね」
「ばらさないでよ、クレセント……あ!エーリクが僕らが作ったお洋服着てる!!ありがとう、嬉しい!!」
「あまりにも素敵な制服なので、お披露目したかったんです」
扉をとんとんと叩く音がする、どうぞ、と声をかけると、ノエル先輩とサミュエル先輩と悠璃先輩が部屋へ入ってきた。
「おはよう!あ、黒蜜店長達ももう到着されていたのですね」
「あれ、サミュエル先輩、いつもと雰囲気が違う」
「ワックスを使って髪を整えたみたい」
「確かに、前髪がいつもと違う。なでつけたんですね、いつも以上に凛々しい」
「ありがとう、せっかくのアフタヌーンティーだから」
「エーリク、みんな、おはよう!」
セルジュ先輩が開いていた扉の隙間からするりと109号室に入ってきた。
そのあとから、リヒトと蘭がしっかりとした足取りでやってくる。申し合わせたように一年生の皆がアルバイトの時の制服に式典用ローブを羽織っていて、先輩方も皺ひとつない美しい服に腕を通している。楽しみだけど緊張、みたいな複雑な空気で満たされた109号室、そして仲間たち。僕はくすくす笑った。
「全然、そんなに気をはらないでください、たいしたことないんです」
「二度目の俺たちから言わせてもらうと、大したことあるんだよな、ミルヒシュトラーセ家」
「そんなこと仰らないでください、ノエル先輩。みんなも、ねえ、たいしたことないよね」
僕の必死の形相をみて、リヒトが僕の腕を取った。
「行くまでが緊張する。でも、みなさまが出迎えてくださると、緊張の糸が緩むというか」
「ミルヒシュトラーセ家、エーリクを見ればわかるけど、やさしくてふわふわしたところです。温かいです」
「お父様も、天真爛漫で少年みたいな感じだし」
「鳳さんも緊張を解くのが上手いよね」
「レシャさんとファルリテさんも、一緒のテーブルにつくだろうし、多分お酒も召されるはず、緊張しなくてもいいと思います」
「ねー」
一年生だけは最後まで僕の味方でいてくれると思った。
先輩たちはしっかりしなくてはという立場があるのだろう。多分。そのせいだ。
「みなさーん、おはようございます!」
部屋の一角から声が聞こえる。目を凝らしていると、ミルヒシュトラーセ家の家紋があわくひかる魔法のゲートがあらわれている。いまいちはっきりしていないゲートの向こうから声が聞こえる。
「セルジュくんいらっしゃいますかー!」
「ちょっと助けてください」
「こんなものかなあ」
セルジュ先輩が、ぴかぴか光る魔法の杖でゲートをノックした。レシャとファルリテがそろってぱたぱたと、前のめりに走り込んできた。
「セルジュくん、ありがとう!皆さん!今のうちにどうぞ!!」
僕たちは連なってゲートへ駆け込んだ。式典用ローブがふわっと一瞬舞い上がり、一呼吸で邸宅のホールに佇んでいた。
「やあやあやあやあ!!!!チョコレートリリー寮の愛おしき少年たち!!ようこそ、ミルヒシュトラーセ家へ!!そして我が愛息子エーリク!!おかえり!!」
二階の大階段を一段抜かしで、すごい勢いで駆け下りてきたお父様がするりと僕を抱き上げた。
「……お父様、お姫様抱っこはもうそろそろ、卒業させてください」
「なんで?私だってよく鳳に……」
「なりません、旦那様。それ以上は慎まれますよう。皆様、ようこそミルヒシュトラーセ家へ。エーリク坊ちゃん、おかえりなさいませ。レシャ、ファルリテ、お疲れ様でした。さあ、皆様、どうぞソファへおかけになってください」
「やったー!!エーリクは、私の向かいに座らせよう。よくよく顔を見ておきたい」
お父様が僕を抱き上げたまま、くるりくるりと回転した。ダンスの才能を全く受け継がずに生まれてきたので、僕を抱えてぶれずにぐるぐるまわれるお父様にちょっと感心した。だけどはずかしい。正確に言うと、みんなの手前、照れる。
「お父様!!下ろしてください!!」
「えー、もうおわり?しかたないなあ、よっこらしょ」
「本当に少年みたいな方ですね、エーリクのお父様」
「そ、そう?でも嬉しいな。私は、坊ちゃん気質が抜け切ってないって鳳によく叱られるんだけど、」
「美点かと、息子の僕は思います」
「ゲートを開けるの、手伝っていただきました。こちらのセルジュくんに」
「大したことはしておりません、本日はお招きありがとうございます」
「すごいね、セルジュくん。昨日も学食でとんでもない魔法を使っていた……まあ、座って。あ、きみが悠璃くん。初めまして、リュミエール・ミルヒシュトラーセです」
「はい、悠璃ともうします。本日はお招きいただいて、とても嬉しいです。どうぞよろしくお願いします。こんな立派な御屋敷で、ちょっと緊張しています」
「すぐに慣れます。大丈夫」
「では、失礼致します」
リボンタイを揺らして、にこりと微笑み、僕の隣に腰かけた。
「みんなもどんどん座って。あ、そろそろ秘密のものを教えてもらおうかな、レシャ、ファルリテ、机上を整えたら思う存分だらだら、思い切り、だらけていいから。サングリアを三人分……それから、鳳、ウェルカムドリンクを飲み終わった頃合を見計らってバタフライピーを少年たちに。給仕を任せよう。そして、一通り落ち着いたら私と一緒に存分に呑もうよ。付き合ってくれるよね」
「また旦那様を潰してしまうかもしれませんが……それでは、焼き小龍包と餃子と焼売作りの支度を皆様にお願い致します。すでに半分ほど私が包んだものがこちらにありますので、召し上がりつつまったりとお過ごしくださいませ」
「あ、ぼくとクレセントで作った、月餅をどうぞ。これが秘密の差し入れ」
「げっぺい……?」
「東の国のものだよ。おいしく仕上がった」
「ほんとうはあひるのたまごの塩漬けをいれるんだけど、なかなか売ってないから、にわとりのたまごで作った。中に入っているんだ」
「面白いね」
「レシャとファルリテは冷蔵庫の魔法を解いてください。一体何を拵えたんですか、みなさま……あ!!これは!!」
「えへへ」
「旦那様も鳳さんも大喜びですよ、多分」
「こちらは鳳さんの分です、にんじん抜きの……」
「恐縮です……」
「なになに?!もってきて……うわー!!!!」
銀のお皿に乗せられたスプリングロールをレシャが机上にのせる。お父様は、瞳をきらきらと輝かせて僕の視線を、がしっと捉えた。
「うわ!!これは美味しそうだ!!……エーリク!!これは嬉しい!!私は今、心の底から感動している」
「秘密にしててごめんなさい。ちょっと意地悪だったかもしれないですね」
「ううん、ううん!いいんだ、こういう秘密は、むしろとても嬉しい!やった!!」
「スイートチリソースをお持ち致しました」
「海老と野菜がたっぷり」
「この巻きがぎゅっとしてるのは、坊ちゃん作ですよ」
「すごい!エーリク、器用!!みなさんも、協力して作ってくださってありがとう。うれしい。たべてもいい?」
「慌てなくても逃げませんよ。まずは乾杯を、致しましょう。最初に皆様にはゼリーサワーを。本日は、リンゴンベリーシロップでお作りします」
「鳳は早速焼き小龍包を焼いてまいります。バタフライピーも淹れますので、少々お待ちください」
「月餅もいただこう」
「いくよ!ファルリテ!集中ー!!!!!!」
「集中ー!!!!!!」
ひと呼吸の間に完璧な机上が整う。手作りしようと約束していた点心の材料も見事に並ぶ。
「レシャとファルリテも、乾杯しよう。お疲れ様!」
「はい!」
「わーい!」
「ミルヒシュトラーセ家に大切な仲間が集合!めでたい!乾杯!!!!」
「かんぱーい!!!!」
「ミルヒシュトラーセ家、ばんざい!!!!」
「焼き小龍包ってどうやって包むの?」
「蘭は、わかるよね、あとは黒蜜店長、悠璃先輩、宜しくお願いします。一緒に手分けしておしえましょう」
「では、僕たちはやや難易度の高めの餃子と……焼売をつくることにします。坊ちゃん、蘭くん、皆さんに作り方を……お願いします」
「えっとね、この丸い皮の真ん中に、ちょっとだけこの餡をおいて」
「欲張ると、失敗しますので気をつけて」
「このくらい?」
「そうそう。捻るようにして。とにかく欲張らないことが大事」
「なるほど、じゃあ僕どんどん作るね」
リュリュの習得スピードが早い。ノエル先輩たちにコツを教えたりしている。
「ロロ、僕らはゆっくり作ろう」
蘭が優しくロロに声をかけている。ロロはきらきらひかる、大きな紺色の瞳で蘭を見上げ、元気よく頷いた。
「君たちの作り方見てたらなんとなくわかった」
セルジュ先輩が、ぎゅっと握っていた手のひらをぱっと広げると見事に包まれた小籠包が現れた。
「す、すごい」
「この調子で量産しちゃうね」
「シュガー、包むのとても上手。さすがだね!俺には難しすぎるから、焼売作りに合流しよう。レシャ、ファルリテ、教えてくれないか」
「皮の代わりにこの千切りのきゃべつをまぶしつけるようにして。これもなかなか難しいけど大丈夫?」
「うんうん、大丈夫。楽しい!これエーリクの大好物らしいね、たくさん作ろう」
「その焼売、蒸し上がりたてが最高なんです。きゃべつが甘くて」
目の前でお父様が夢中でスプリングロールを食べている。
「これはほんとうにおいしい。いっぱい食べる」
「包むのも手伝ってください!」
「このよそったお皿にのってるの食べ終えたら手伝う。海老が美味しすぎる」
キッチンの方から、とても良い香りがしてくる。鳳が静々と大皿にどっさりと焼いた素晴らしい糧をもってきてくれた。
「皆様、とりあえず第一回目の小籠包を焼きましたので、休憩してお召し上がりください。セルジュ様、素晴らしいですね、こんなに沢山包んで……ついでに皆様の手も綺麗にしてさしあげてください。第二回目焼いてきます」
「ありがとう、鳳。つまみ食いしていいからね」
「恐れ入ります、実は五つばかりいただきました」
「みんなのおててをぴかぴかにするよー!」
セルジュ先輩が言うなり、踵を不思議なリズムで鳴らした。するとたちまち汚れていた手が綺麗になった。セルジュ先輩は、信じられないくらい並外れた魔法を使う。
「この白い大きなスプーンはなんですか?」
「それは、れんげっていうんだよ」
黒蜜店長がクレセント店長と微笑ましい会話をしている。
「れんげに小籠包を乗せて、お箸で割るの。フォークでもいいけど……そしたらスープが溢れ出てくるから、ふうふう冷ましながらたべて。慌てて食べるとやけどするからきをつけてね」
「俺、お箸を使うのすごく上手くなった。シュガーが教えてくれたからだね」
「きみが器用だからだよ。白胡麻の香りが、すこく芳ばしいね」
「いただきます……わあ、わあぁ、すごい!!こんなにスープが」
「ゼラチンで固めて、細かく砕いて餡に混ぜてあるのですよ、リヒト様」
「鳳さん、リヒト様だなんてよしてください、リヒトでいいです」
「エーリク坊ちゃんの大切なご学友ですから」
「それならば余計です!ぜひリヒトと」
「では……」
懐中時計を取りだして眺めている。
「只今午前十時より、エーリク坊ちゃんのご学友の皆様のことを、くん付でお呼びしようと思います」
「そう来なくっちゃ!鳳さん!」
ノエル先輩が鳳とハイタッチしている。
「ほら!みんな!ミルヒシュトラーセ家、アットホームでしょ?ちっとも緊張するところじゃないんだよ」
「……本当だ、いつの間にか和んでいた……」
「ミルヒシュトラーセ家、素敵!!!!」
「エーリクの親友で本当に良かった」
「あはは、みんな、私とも仲良くしてね」
「勿論ですとも……あ、黒蜜店長、月餅、いただいてもよろしいですか?おれはたまごがだいすきで……エーリクのお父様にも……」
「どうぞどうぞ」
黒蜜店長がスピカのお皿に月餅を四つ積み上げて微笑んだ。
「美味しく召し上がられますよう」
「お父様、一緒に食べましょう」
一口思いっきり食んで、スピカが軽く飛び上がった。
「うわっ!!!!すごい、これみんな食べないと損だよ、ナッツの香りもしますね、衝撃的な美味しさ……」
「ゆめみるプチタルトも作ってきたよ、食べる?」
「わあああ私の大好物!よく持ってきてくれたね、黒蜜!!」
「鳳さん!焼売と餃子出来ました!蒸すのと、焼くの、おまかせしてよろしいですか?」
「レシャ、ではお皿をこちらに」
「月餅食べよう」
「たまご、おいしい!!」
感嘆の声があがる。黒蜜店長とクレセント店長は、さすが、お店を経営しているだけの事はあって、逸品を作り出す。すごい大人だなあと思う。
「皆さん、僕たちの新作スイーツも召し上がれ。異国のチーズケーキとモンブラン、プリンタルト……フランボワーズとピスタチオのマカロン……クッキーシューなどなど。坊ちゃんの大好きなギモーヴもお作りしました。懐かしい味なんじゃないかな」
「嬉しい!!レシャ、ファルリテ!!」
「バタフライピーも美味しいと思います。私はちょっと台所に付きっきりですので、お好きなようについでお飲みください」
ガラスのポットに、なみなみとブルーのお茶が充ちている。典雅なシャンパングラスと一緒に、鳳が、お願い致しますと声をかけて、トレイをレシャに手渡した。ファルリテと協力して、グラスを回している。
「前回のアフタヌーンティーの時も思ったけど、エーリクのひとみとおなじいろ。素敵なお茶だよね、バタフライピーって」
「サミュエル先輩。畏れ多いお言葉です」
「本当に綺麗だよ、エーリク」
「そのくらいにしておいてやりな」
照れてしまってもじもじしていたら、ノエル先輩がサミュエル先輩の肩を抱いて言ってくださった。僕はいまいち、褒めることはあっても、自分が褒められることに慣れていない。
「鳳、そろそろきみも一旦ソファに座りなよ。呑む?冷蔵庫の中に、喜ぶかなって思って取り寄せたスパークリングの東のお酒が入っているから、持ってきていいよ」
「宜しいのですか」
「うん!大人はみんなお酒呑もう。サングリア、甘くて本当に美味しい。このフルウツがまた堪らない。ファルリテが作ってくれたんだよね」
「はい!喜んでいただけてよかったです!」
月餅を目を細めて堪能しながらファルリテがにこにことしている。ほっぺたがほんのり赤い。
「餃子、焼けました。焼売も蒸し上がるところです。お持ち致しますね」
「お手伝いします、ファルリテが戦力外になりそうなので、僕が」
「全然酔ってないよ」
「酔ってるよ!座ってて、危なっかしいからさ」
レシャが、大きなトレイを絶妙なバランス感覚でふたつ受け取りテーブルの真ん中に置いた。
「エーリク坊ちゃんの大好きな焼売、たくさんよそってさしあげてください」
「はーい!」
「鳳のにんじん抜きのスプリングロール、美味しそうだな」
「旦那様、なりません。これはエーリク坊ちゃんが心を込めて私のために作ってくださったものです」
「いいもん、にんじんおいしいから」
「拗ねない!!!!」
「ねえねえ、スパークリングの東のお酒、一緒に飲もう」
「そうおっしゃると思いまして、冷やしておいた盃をご用意致しております」
「僕も飲みたい!」
「ファルリテはもうだめ!!きみは酔ったらすぐに分かる。たちどころに」
お父様が酔って変なことをし出さないか不安だったけど、鳳が上手くセーブしてくれている。ミルヒシュトラーセ家に鳳がいてよかったなあと思う。勿論、レシャとファルリテもだけど。
「では、旦那様、乾杯」
「乾杯!鳳、お疲れ様!」
鳳が一息で日本酒を飲み干した。
「美味しいですね、ぱちぱちします……私もスプリングロールをいただくことに致します」
「うん、僕、鳳の優しい笑顔を思い浮かべながら巻いたよ。たべて。いっぱい作ったの」
「坊ちゃん……!!ありがとう、ございます……」
「泣くなよ、鳳」
盃にたぷたぷと日本酒を注ぎながら、お父様が鳳に笑いかける。
「本当に、私は、幸せ者です……」
「どんどん呑みなよ」
「そのペースでいくと、お父様潰れちゃう…」
「面倒見てくれよ」
「仕方がありませんね、今日のために執務を一生懸命こなしましたし、お好きなだけどうぞ」
「鳳、潰してやる」
「お父様!!」
「ああ……スプリングロール、素晴らしいです。美味しい。このレシピはどなたのものなのですか」
「僕が探してきました」
「蘭くん、シンプルですが、とても美味しい。無限に食べられると言っても過言ではないと思います。ありがとうございます」
「たまにはゆっくり気を抜いて、はしゃいでいいよ」
「気を良くして本当にはしゃぎますが、宜しいのですか?」
「うん。きみはできすぎだからなあ。本当に私と同い年なの?」
「何もかも先代から受け継いだものです……その話は、また二人の時にゆっくりと。ふふ、楽しいですね。エーリク坊ちゃん、焼売をどうぞ」
「ありがとう、鳳」
「月餅も是非」
「黒蜜さん、嬉しいです」
「レシャ、スプリングロール取って」
「ファルリテ、呑み過ぎだからペース落としてチェイサーも飲んでよね」
「アフタヌーンティーにこうして皆さんが集ってくださってとてもうれしいし、おいしいものがいっぱいあるから、今日は呑むよー!!」
「まあ、ファルリテもたまにはいいんじゃない?」
「旦那様まで……」
「やったー!!レシャ!おかわり!サングリアがまだまだ冷蔵庫に入ってる」
「はあい。ついでにセルジュくんがせっせと作ってくださった小籠包、焼いてくる」
「本当にセルジュはすごい」
「たいしたことじゃないよ」
「焼売、とてもおいしい。ずーっと変わらない味だ」
「鳳、盃を。注ぐから」
「旦那様、恐れ入ります」
またしても鳳が一息で日本酒を飲んだ。本当に大丈夫かなあとおもったけど、けろりとして焼売をぱくぱくたべている。
「この焼売、レシャとファルリテが、完璧に私のレシピを受け継いでくださいました……焼き小龍包は、手伝いがしたいと申し出てくださったエーリク坊ちゃんと、よく作ったものです。懐かしいですね」
「うん!焼き小龍包は、僕が唯一作れる料理だよ。鳳が手取り足取り教えてくれたからね」
「結構大変なお料理だと思うのですが、さすがです」
「照れちゃうよ、」
「私だって作れるもん」
「旦那様も最近お上手になりましたね、素晴らしいです」
「やった!!鳳の褒め言葉ゲット」
「めずらしいことがおこってる」
小さく呟いた。お父様はりんごいろのほほをそめて、日本酒をなかなかのハイペースで呑んでいる。
「焼き小龍包、できました。小さいからあっという間になくなっちゃう。あついうちにみなさんどうぞ。ファルリテ、サングリア持ってきたよ。あと旦那様と鳳さんにお酒を」
「さんきゅ、レシャ」
「酔っ払ってるなあ」
「えへへ」
「もうこれでやめておきなね。きみが倒れたら、僕も倒れるんだから」
「理由はいずれ、くわしくみなさんにもお話しますね」
「めんどうだよね、【ジェミニののろい】」
一言呟いて、レシャが儚げに笑った。
「うん、まあとにかく僕らもいっぱいたべよう。スプリングロールが美味しすぎる」
「旦那様、お酌いたします」
「鳳も飲みなよ、ほら」
楽しそうにお酒を飲むみんなを見ていると、早く大人の仲間入りをしたいなあと思う。
「ノエル先輩、悠璃先輩、なにか取りましょうか」
「うん、たくさん頂いてるから大丈夫。エーリクも、もっと食べな」
「本当に美味しい、エーリクくん、バタフライピーのおかわりを。グラスがからです」
そう言って、僕のお皿にスプリングロールをふたつ乗せてくださった。さらに、たぷんとバタフライピーをそそぐ。恐縮です、と頭をさげた。
楽しい時間はあっという間に過ぎ去る。ロロとリュリュと蘭がうとうとしはじめた。帰りも僕らが一瞬で送りますのでとレシャが言う。それなら心配することないな、と思って、僕は思う存分、美味しいご飯を食べた。
「そうだ、エーリク、忘れないうちに」
お父様が手紙を差し出してきた。立派な金色のシーリングワックスが押されている。
「一人きりの時に読んでね。なんだか照れちゃうから」
「はい!そしてお父様、鳳、僕も手紙を書いてきたから受け取って」
「ありがとうございます、確かに受け取りました。後ほど、拝読させていただきます」
「お母様にも、……あと、お兄様!」
「みんなに書いてきてくれたんだね」
「ありがとうございます。何だか封筒がふわふわしてる、なんだろう」
「あとでよんで!!!!ふわふわの理由もわかるから」
「手紙の交換会も終わった事だし、ご馳走もなくなった。お皿洗い、手伝いますよ」
「なんとありがたいことを……ノエルくん。ですが、これは使用人の仕事ですので。お招きした皆さんが喜んでくださっただけで僕たちは嬉しいんですよ」
「うーん、眠い」
「ファルリテが意識を消失すると、僕も眠ってしまいますので、その前に」
「僕が手伝います」
「セルジュくん、ありがとうございます。ほら、ファルリテ、体を起こして!」
「お父様、鳳、お兄様たち。今日は本当にありがとう。今ここにいるみんなを代表して、お礼を言わせていただきます」
「うん!楽しかった、また遊びにおいで」
「またそのうち、エーリク坊ちゃんの誕生日も近い事ですし、パーティーを開こうではありませんか。上等な茶葉を仕入れておきます。りんごとさつまいもを使ったパイでも焼きましょう」
「わあい!楽しみにしてる!!」
僕はお父様と鳳、レシャとファルリテを抱きしめた。みんなお酒のせいかぽかぽかしていて、温もりがとても心地よい。名残惜しかったけど、ゲートを開いてもらう。
セルジュ先輩がくるくると円を描く。体がふわっと軽やかに浮いた。
「みんな、またね!」
「またねーっ!!!!」
お父様が大きく腕を振っている。鳳と、レシャとファルリテが一礼するのが見えた。次の瞬間にはもう、109号室に到着していた。
「ふう.......セルジュ先輩、ありがとうございます。109号室、ほっとする。落ち着くなあ」
「今日のアフタヌーンティーもたのしかったな、エーリク、邸宅の皆さんによろしくね。ああ、そして天使たちを何とかしなきゃなあ」
スピカがやれやれと嘆きながら、ベッドの上ですっかり寝入ってしまったロロ達の着替えをしはじめた。ぼくも手伝う。
「あー!本当にミルヒシュトラーセ家のティーパーティー、愉快すぎる!」
「黒蜜店長たちはブルーライトルームのお部屋に飛ばしておいた。二人は同じ部屋で良かったよね、」
「今日は心地よく眠れそうだ」
ノエル先輩とサミュエル先輩、そして悠璃先輩が背伸びをして、にこにこわらいあっている。
みんなが邸宅を気に入ってくれているのが嬉しいし、誇りに思う。ミルヒシュトラーセ家に生まれて、良かった!
そして、ふわふわの封筒の中身をみた邸宅のみんな、今頃悲鳴をあげているかもしれないなと思って、僕はこころのなかでおもいきりにやにやとほほえんだのだった。

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