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【チョコレートリリー寮の少年たち】給食当番3

また僕らに、給食当番が巡ってきた。ついこの前すませたばかりと思っていたら、またすぐだ。僕は給食当番と聞いただけで憂鬱になる。
「地獄行きの亡者みたいな顔してるよ、エーリク」
「……だって、嫌なんだもん」
夕方になってもなおぎらぎらと燃えるお天道様の光を遮るように、スピカがデイルームのうすいカーテンを閉めた。それがスイッチだったかのように、ママ・スノウが空調を調整してくださった。
「おれにまかせておけって。ささっと片付けて、お腹いっぱい食べようぜ。幸いな事に給食当番は最後に食卓につくから、エーリクの大好きなブロッコリーのベジタブルメダリオンを大量に食べられるよ」
「大丈夫かなぁ」
眉を寄せていたらすぐにロロが僕の嘆きのことばを拾い上げてくれる。
「平気です!困ったことが起きたらぼくに、すぐに言ってください……その、ええっと……ぼくは夏野菜のスウプをなるべくはやくよそいますので、終えたらすぐにエーリクの応援に駆けつけます」
「ぼくもエーリクを手伝う。あのやたらとおおきなトングとママスプーンは嫌だけど、きっと大丈夫だよ」
「皆、ありがとう」
僕らは円陣を組んで、元気よく声を上げた。この三人がいるから、何も怖くないのだけど、それでもメダリオンをトングで掴んでお皿にのせるのはやや不安が残る。あれはしっかりしているようで意外とやわらかいので、ぼろぼろにしちゃったらどうしよう、怖いなあと思いながらリヒトに三角巾を結んでもらった。スピカはいつもより高い位置で結んだポニーテールを三角巾にあっさり押し込んでいる。器用だなあ……果てしなく……
「わあ、スピカ、すごいね!!とっても凛々しいし、かわいい!」 
隣を見るとロロが苦戦している。白金色の髪がくしゃくしゃだ。
「これは、とても、むずかしいです」
「おいで、おれがやろう……ああ、子鳥の巣のようだよ。痛かったら言えよ」
透明のピンでくるくると薔薇のような模様を作っていく。
「外国の王子さまみたいだよ!ロロ!」
「わぁわぁ!!!!これは写真に撮っておきたいくらいだ。どこでこんな技術を学んだんだい」
スピカがはにかむ。久々に、スピカのこんな表情をみたきがする。
「妹がいてね、もう、亡くなってしまったんだけど……病室での気晴らしに、よく髪を結ってあげていたんだ」
初耳だった。そしてデリケートな話題に触れてしまい、僕は泣きそうになってしまった。あまりにも切ない話だ。思わず背中から抱きしめる。
「ごめん、スピカ。そんな事情が……」
「ううん、もう十年前の話だ。こうしてたまに髪を弄ることで妹のことを忘れないようにしたいんだ。また、たまに髪、触らせてくれる?ロロ。髪質が、妹に似てる」
「もちろんです……!ぼくでよかったら」
「ぼくの髪も結ってよ、ツインテールにしてみたい!!」
リヒトがうっすら涙を目尻にたたえながらおねだりする。
「僕も!!かっこよくしてほしい!」
「うん、リヒトは見事なまでに真っ直ぐな髪をしているからいじりがいがありそうだ。エーリクは綺麗な巻き毛だから、ワックスつけるくらいしか出来ないかもしれない。そうだ、ロロには今度の学院祭で、王子さまの扮装で練り歩いてもらおうか。リトルプリンス!」
「グッドアイディア!!」
「スピカ、リヒト、やめてください!!」
僕はなすがままにされているロロの手を取ってきゅっと握りしめた。
「大丈夫、たしかに君は、昔読んだ物語にでてきた王子さまみたいだけど、僕は最後まで君の味方だよ」
「エーリクは本当に優しい。ありがとうございます」
「ほら、できた!」
「うわ!!!!かわいい!!!!」
「これは反則でしょ」
「そ、そうですか……?」
「我ながら上出来」
あまりにもロロが愛らしくて、ぬいぐるみを抱きしめるように、僕らはぎゅうぎゅうとロロとハグをした。
「ぼくも自力でこの薔薇みたいな髪の留め方、練習したいと思います」
「うん!今度鏡見ながら教えるさ。さあ、早速食堂に向かおうか」
杖を使ってワープしようと試みた生徒が、時空の狭間に迷い込んでしまった事があるとイシュ先生に脅かされていたので、僕たちはおとなしく歩いていくことにした。  
「あ、一年生だ」
「かわいい!!当番なんだね、頑張って!」
廊下を歩いていると、先輩方に声をかけられた。話し込んでいる暇はない。ぼくたちは軽く手を振って、リヒトが食堂でお待ちしてます!と言いながら投げキスをしている。
食堂へ向かうにつれて、優しい、甘い香りが漂ってきた。なんと、既に配膳台はセットされていた。
「やあやあ、ちびっこカルテット」
悠然とした動作でノエル先輩がコレール食器を運んでくださっている。
「わあっ、わあ!!ノエル先輩、ありがとうございます」
「配膳台重たかったでしょうに……」
「助かりました」
「ありがとうございます、ノエル先輩」
リヒトがスピカ先輩の腕に、ほっぺたをすりすりしている。
「なぁに、この位ならちょちょいのちょい。友だちに手伝ってもらったから大したことじゃない……紹介するね……サミュエル!!」
懐中から取り出した杖でくるりくるりと空中に円を描く。ぴかぴかと光の粒子が舞って、すらりとした体躯の少年が現れた。見事な金髪にビスクのような白い肌。僕と同じ、セレストブルーのひとみ。ぜんまい仕掛けの人形のようだ。
「……今度はなんの用だ、ノエル。あ、一年生だ、はじめまして。僕はサミュエル。仲良くしよう」
初めまして、ありがとうございますと挨拶を交わし合う。
「配膳台押すの手伝ってくれただろう、このちびっこたちが、今週の給食当番なんだ。サミュエルもなにかあったら手伝ってやって」
「はぁい。じゃあノエル、スイートポテトを作って労ってね」
「そんな簡単なものでよければいくらでも……さて、今日はみんな、どんなふうに役割を割り振ったのかな」
「メダリオンやるんだよね、エーリク」
「う、うん……」
「メダリオンなら、トングを使いなよ。このフライ返しみたいな形をしたやつだとむずかしいからな」
「でも、これだと……」
「あ、横から持つと、つぶれる。下からすくうのさ。よくみてて」
ノエル先輩は器用に底面に、すっとトングを差し入れてメダリオンを掴み、見事にお皿に乗せた。
「うわあ!」
「ねえねえ!見た?今の?!ノエル先輩はやっぱり凄いなあ」
「エーリク、やってごらん」
おへそに、ぐっと力をいれて、そっとメダリオンをお皿に着地させた。
「出来るじゃないか!!」
「は、はい!!自分でもちょっとびっくりしました。僕、こんなに不器用なのに、教えていただいたから、もう大丈夫そうです!ありがとうございます!」
スピカとリヒトが色々話し合っている。
「今日のメイン、たまごとサーモンとディルのガレットか……」
「スピカの方が器用そうだよね」
「そんなこともないさ!じゃあ、リヒトはマッシュポテトと、コールスローをプレートに……それそれ!うんうん、そのココット皿にさ、ぱぱっとやっつけちゃってよ」
「わかった、がんばる」
チョコレートリリー寮の給食は美味しくて有名らしく、ほかの寮生も食べに来るんだとサミュエル先輩に教わった。皆同じマグノリアの制服姿なので見分けがつかないですよねと笑ってみせた。
「今日は大変そうだ」
「大丈夫。ちびっこ達で厳しそうなら、手伝うから。ほら、この間杖を貰っただろ?あれで俺を呼んで」
みんなでぺこぺこと頭を下げる。ノエル先輩は本当にすごい。
「さあ、頑張ろう」
ガレットと、コールスローとマッシュポテトが乗せられたプレートが回ってくる。僕は危なっかしい手つきでメダリオンをふたつ乗せて悲鳴をあげた。おもったより、ずっと柔らかい。いきなり挫けそうになる。
スピカとリヒトは飲み込みが早い。だんだんスピードが上がってくる。僕はいよいよ駄目になって、杖でノエル先輩とサミュエル先輩を召喚する事にした。空中にフローライトの杖でくるくると円を描くと、ふわりとローブをゆらめかせながらふたりがやってきた。
「ごめんなさい。やっぱりちょっと僕には難しすぎます」
「よしよし、ここまで良く頑張ったと思うよ、あとは俺に任せて。そうだな、レモン水を机上に並べることは出来そう?レモン、ナイフで切れる?そこの足元の冷蔵庫に入ってる。氷と、水をポットに入れて」
「ナイフは危ないから僕がやるよ」
サミュエル先輩がありがたい役目を引き受けて下さった。
「真夏だからな。とても重要な役割だ、頑張れ!」
僕はすぐレモン水を作り始めた。ポットが五つあったので、よく洗い、うすみずいろの布巾でぴかぴかにした。その隣で、サミュエル先輩が鼻歌交じりに、ひらひら華麗な仕草でレモンを輪切りにしている。華のある方だなあと思う。綺麗なブロンドを、マッシュルームカットにしている。
ぼくは見蕩れていた事にふと気づき、ひとりで勝手に照れてしまった。急いで作業をしなくてはならない。純氷とミネラルウォーター、レモンを入れて、所々に置いて回る。
「とにかく暑いから、取り合いになるかもしれない。洋盃にも、ついでまわってあげてね」
サミュエル先輩が僕の肩を、ぽんと叩いた。
プレートを配膳係の寮生に渡しながら、ノエル先輩が、上出来!と褒めてくださったので救われた。
「適材適所と言うやつさ、あと、慣れるまでは仕方がない。みんなで支え合ってやっていこう」
「スウプ、これにて終了です。他にぼくにできる仕事はないですか?あっ、早速レモン水がなくなりつつありますね。継ぎ足して回りましょう、エーリク」
「うん!一緒に行こう!」
僕は、さらにレモン水を作った。重たいけど、頑張らなきゃ。
「ロロも持てる?」
「はい!大丈夫ですよ!ぼく、からだがちいさいだけで、意外と力があるんです。ふふ……」
愛らしいロロがテーブルを回ると、かわいい!!と食事をとっていた寮生が思わず声を漏らす。恥ずかしいです。レモン水をどうぞと言ってついでまわる。
「すごい。あちこちから悲鳴が上がっているじゃないか。スピカの件があったでしょ?ロロも密かにファンクラブがあったりするかもしれないね」
「スピカが髪の毛をくるくるにして下さったおかげです。ファンクラブは照れるのですが……ま、まあ、あってもなくても、どちらでも良いです」
食堂を一周して、配膳台へと戻ってきた。
「みんな、お疲れ様!ノエル先輩、そしてサミュエル先輩、お手伝い、ありがとうございました」
「感謝します……!」
「いつでも困ったら呼んでくれ。さあ、俺達もご飯、いただこうか」
「わーい!!スピカ!!ぼくにガレット二枚!!」
「そんなに食べるの?!」
驚いて訪ねると満面の笑みを浮かべている。
「勿論さ、ガレットはご馳走……」
「ベジタブルメダリオン、どうする?」
「三つ!!」
「夏野菜のスウプは?」
「ウインナーとプチトマト多めで大盛り、頼むよ!!」
「あはは、なんか緊張の糸が切れた!」
皆それぞれ、気を張っていたようで、ここでようやく、ほっとした表情を見せる。
「給食当番、ぼく、すきかも!」
リヒトが僕の手を取った。きょうもつやつやな髪に天使の輪っかができている。
「エーリクも、すぐ上手になるよ。数をこなしていくうちに。さあ、食べよう!」
席につき、育ち盛りの僕たちは、いただきます!と言ったかと思うと無言で食べ始めた。メインのガレットがとても美味しい。僕は初めて食べるというリヒトに、最初に半熟卵を割って全面にぬり、少しずつ巻いて食べると食べやすいよと教えた。
スピカが猛然と夏野菜のスウプを平らげて、おかわりしてくると席を立った。
ロロが、ゆっくり食べましょうと微笑みをなげかけてくる。そうだね!と背中をとんとんすると、金糸雀のような声で笑った。
優しい金色の風が吹いて、校庭の木々をゆする。日が長くなったなあと、ふと、思った。僕たちはまだ穢れることを知らずに、生きていく。

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