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フレンチトースト大作戦!のその後、そしてたまご。【チョコレートリリー寮の少年たち】

放課後、デイルームに行くというみんなに、少しだけ遅れていくねと伝えて、僕は一人、109号室に向かった。邸宅のみんながとても心配でたまらなかったためだ。
ベッドの横にあるスツールに腰掛け、杖で家紋をえがく。
「エーリク坊ちゃん!!!!」
鳳がすっ飛んできた。フレンチトースト大作戦は、功を奏したようだ。
「申し訳ございません。エーリク坊ちゃん、今すぐ鳳をくびにして下さいませ、執事失格でございます」
「あはは、大袈裟。鳳、くびなんてとんでもないことだよ、鳳の人間らしいところをみることができて、僕なんだか安心した。安心したっていうのは、変かなあ、完璧な人間なんていないんだなって思ったよ。えっと……そうだなあ。ずっとずっと、そばにいて僕らを愛して。これはつぎのミルヒシュトラーセ家当主からの、鳳に下す初めての命令!」
おどけた調子で告げると、鳳は深々と一礼した。
「嗚呼、なんて慈悲深きお言葉……以後、このようなことがないよう、誠心誠意職務を全う致します。ミルヒシュトラーセ家に仕える執事として、私はここに骨を埋める覚悟でおります。それなのにこのような失態……エーリク坊ちゃん……私は情けなくて、情けなくて……」
「だから鳳!大袈裟だってば!誰だって泣きたくなる時はあるし、やるべき事を放棄してしまうことだってあるよ。僕だってたまにサボるしね、授業」
「それはなりません」
僕の目をじっと見つめて、鳳が小さめな雷を落とした。
「ふふ、いつもの鳳だ。フレンチトーストが好きなこと、本当は秘密にしておきたかったんだけど、元気になってほしくてレシャとファルリテに教えてしまったの、ごめんね」
「いいえ、坊ちゃん、謝らないで頂きたいです。おかげでこんなに気力を取り戻しました……心温まるお手紙と、レースのハンカチをプレゼントしてくださって、本当にありがとうございます。一生大切に使わせて頂きます、ご覧下さい……私の胸ポケットに、飾りました。旦那様やレシャとファルリテも、いつもエーリク坊ちゃんと一緒にいるようで、本当に嬉しいと喜んでいて……私もそう思います」
「それなら良かった、想定外な程みんなを喜ばせてしまったけど、こんなもので良かったのかなあって思ってた」
「こんなものだなんて!とんでもない事でございます」
「それはそうと、フレンチトースト、おいしかった?」
鳳が眉尻をさげて、胸に手を置いた。その姿からして、鳳は泣きながらフレンチトーストを食べたのだろうなと思った。
「もうそれはそれは。レシャとファルリテが頑張って拵えてくれたのです。熱でどんどん蕩けるアイスクリイムと、ホイップクリイ厶が本当にたまらなかった……嗚呼、ベリーや食用ヴィオラも美しくて」
「よかったね!ピーマンの肉詰めとか、ほうれん草のおひたしとかも、お昼に出たでしょう。これも、鳳の大好物だって教えちゃったんだ。鳳が執務を投げ出すなんて余程のことだと思ったから……緊急事態だと判断した」
「いえ、寧ろありがたかったのです。おひたしの上には、金粉まで添えられていて……エーリク坊ちゃんが、元気になあれと願いを込めて、作ってあげてと言ってくださったのだろうなと思いました」
「うん、よかった!それじゃあ、仲間がデイルームに集っているから、そろそろいくね。元気な顔を見たら、なんか、ほっとしちゃって……僕……」
涙が二粒ほどこぼれおちた。でも泣いてなどいられない。ティッシュで拭う。
「……あとね、仲間がまたひとり増えたの。悠璃先輩っていう三年生。彼も僕の誕生日パーティーに呼んでもいい?」
「勿論でございます!盛大に催しますので、どうぞ、お楽しみに。鳳をここまで泣かせた罪を償ってもらいますよ」
鳳が冗談を言えるくらい元気になって、本当によかった。
「じゃあまたね、みんなによろしく!」
鳳が一礼する。僕はそこで杖を振って、懐中に収めた。
部屋の鍵をかけ、109号室からすぐに見えるくらいの距離のデイルームへと駆け寄る。
「おーい!エーリク!」
ノエル先輩がソファから立ち上がり手招きしている。
「遅くなってごめんなさい。ちょっと鳳と話をしていました」
「鳳さん、元気になりましたか?」
ロロが隣に座るように促してくれた。僕は頷いて、席に着く。
「うん、もうすっかり元気。大好物をたくさん食べたから……ありがとう、ロロ」
「鳳さんって、誰ですか」
悠璃先輩が眉毛の下おおよそ一センチに綺麗に切りそろえられたブルネットをふわりと揺らした。
「あっ、紹介、まだしていませんでしたね。うちの執事です」
「し、執事ですか?!エーリクくん、何者……」
「でっかいお屋敷の坊ちゃんなんだよ、エーリクは」
「ええっ、びっくり!!」
「そんな大した家じゃないので身構えないで下さい。今度、邸宅で僕のバースデーパーティーを催すのですが、ぜひ悠璃先輩にも参加して頂きたくて。お招きしても宜しいですか?どうでしょう、ここに居るみんなも、」
「お招きいただけるのですか、ぼくまで……」
「ミルヒシュトラーセ家、すっごいぞ」
サミュエル先輩が肘でぐいぐい悠璃先輩の脇腹をくすぐっている。
「すっごくはないです。こちらこそ是非いらしてくださいとお願いする立場です」
「よーし!!クッキーシューでも焼くかな」
「最高です!!ノエル先輩!僕の大好物、よく知っていらっしゃいましたね!」
「だって、目をきらきらさせて食べてるから、いつも」
「僕らもなにか支度した方がいいね」
「そんな、いいよ、手ぶらで来て。お願い。それをプレゼントにしてほしいな。」
「うーん、エーリク、たまにはおねだりしてもいいんだよ」
「ううん、僕、本当に、ここに居るみんなが邸宅に来て僕の誕生日をお祝いしてくれるだけで本当に嬉しいんです。ビッグラブです。よろしくお願いします」
「せめてクッキーシューは作らせてくれよな」
「それはもう!!よろしくお願いします!!そうだなあ、わがままをひとつ言うとしたら、カスタードクリイムとホイップクリイムが入ってたら嬉しいです」
「本当にやさしいいい子ですね、エーリクくん」
悠璃先輩が僕をほめてくれた。スピカとの距離も少し近付いたようで、冷たいアナスタシアを一緒ににこにこしながら飲んでいる。
「素敵な仲間がたくさん増えて、それがおおきな誕生日プレゼントだなあ」
ぼーっとしながら呟く。ノエル先輩とサミュエル先輩が顔を見合せて、僕の顔をまじまじと見た。
「可愛すぎない?エーリク」
「それは出会った時からずっと思ってた」
「エーリク、大好き」
「ぼくも!!」
「愛してる」
天使たちが合唱する。
「僕もみんなのこと、愛してるよ。かけがえのない、大切な親友たち。同級生だけじゃなくて、先輩方もです」
「やったね。ありがとう。うれしい言葉のお礼に、何か喚ぶ?」
「えへへ。じゃあレアチーズケーキを」
「苦手な子、いる?ホールで喚んじゃうけど」
「大好きです!」
「おいしいよね」
満場一致で賛成だった。セルジュ先輩がにこりと微笑み、とんとん、たたんと軽くテーブルを手のひらで叩くとぱらぱら星屑が舞い、セルジュ先輩の髪がふわーっとゆれる。
ぱっとレアチーズケーキがやってきた。黒すぐりやラズベリーが乗っている。
「うわあ!!美味しそう!!」
「あーっ!!!!」
「こ、これは!!!!」
天使たちが手を取りあって悲鳴をあげた。
「ありがとうございます!早速切り分けよう」
「スピカのシルバー捌きが見たいなあ」
「ぼくも、みたいです!しっかりとこの瞳にそのお姿、焼き付けたい」
「悠璃先輩、このことも会報に書くのかなあ。ちょっと照れるけど、まあとにかく、おれが切りますね」
「ぼく、お皿持ってくる。オールドミスにお願いするよ」
リヒトが立ち上がり、軽やかな足どりでカウンターへ向かい、ママ・スノウとはなしをしている。リヒトはとても利発で、思いやりが服を着て歩いているような子だ。先日クレープ屋さんとフライドポテト屋さんに行った時も、誰よりも早く行動し、驚いたことを思い出した。
「重たいから持ってきてくれるって」
「ありがとう。早く戻っておいで」
「はーい」
ふわりと羽のように飛んできて、ノエル先輩の膝に腰かけた。すぐにママ・スノウがお皿を持ってきてくださって、なにかあったら、と、テーブルの端にベルを置いて去っていった。
レアチーズケーキを切り分けているスピカを、悠璃先輩が凝視している。
「す、すごい、やっぱりスピカ君は美しい。天鵞絨天幕に輝く一等星みたい」
「褒めすぎです。はい、まずは先輩方、どうぞ」
「尊い......」
もはや崇拝といっても過言ではない悠璃先輩の態度を見て、スピカが苦笑している。
「おれたち、大切なお友達、そして仲間ですよ」
「あたまとこころでは、わかっているのですが、随分長いこと憧れで、かみさまみたいな存在だったので......」
「仕方ないなあ。こればかりは慣れだな。でも今日はアナスタシア、お揃いで飲んでるじゃん」
「友達ですから、盃を交わしあっているのです。ね、」
「は!はい!お友達になれて、本当に嬉しいです」
「あ、そうだ。よかったら、おれとリヒトと蘭の部屋、108号室に遊びにいらしてください。賑やかで、楽しいですよ」
「それなら是非109号室にも。美味しいお茶をいれておもてなしします」
「みなさん、やさしい。ノエル、ありがとう、本当に、君にはいくら感謝しても足りないよ。会報を落とした時、正直にいうとやらかしたと思った」
「誰か憧れの人がいるっていいことだよ。俺はエーリクに憧れてる」
「ええっ!!!!」
衝撃的な一言に、僕は思わず立ち上がった。ノエル先輩は目を細めて、僕の髪をくしゃくしゃ撫でた。
「ど、どこがですか、僕に憧れてるとは、一体、全く憧れの要素ゼロじゃないですか」
言葉にならない。本当にどうしたらいいのかわからない。大混乱している僕に座りな、という。
「うーん、エーリクはいまいち、自分の魅力に気づいてないよね」
「前にもこの話したけど、ふわふわして納得してないようだった」
「いや、僕、すごく平凡だし、特別できることもない。空もまったく飛べないし」
「苦手なところに目が行きがちなのかな、できることも、たくさんあるじゃないか」
そうかなあとぼんやり思った。でも、やっぱり特別なにかできることがあるとは思えない。
「そうです!もっともっと自信をもつべきです!」
ロロが僕のローブの袖をぎゅっと掴んで力説する。
「エーリクは、すごいレース編みや、マフラーとかも、作れるし、鉱物についても詳しい。あやとりも知っていて、ぼくたちにたくさん技を教えてくれました......薬や毒薬に関する知識だって群を抜いていて、いつもおどろいてしまいます。モールス信号だって巧みです。いつも面白そうな本を読んでいるし」
「みてよ、このミルクティーベージュの髪。ビスクドールみたいな白い肌、澄んだセレストブルーの瞳」
「いいにおいするし」
「も、もう僕についての話はおしまいにしましょう」
「うーん、褒め足りないんだけどなあ。俺なんか肌も浅黒いし、髪だってこんな亜麻色でさ」
驚いた。僕が、誰かのあこがれの対象になったことなんて、ないとおもっていた。しかも、あのノエル先輩に......でも、もう少し自分を見つめてみよう。ありがたいお言葉のシャワーを浴びた。僕も捨てたものじゃないのかもしれない。
「あの、話の腰を折って恐縮なのですが、エーリクくんのご実家にお邪魔する時、ドレスコードとか、あったりしますか?」
「そんな、本当に気になさらないでください」
「俺たちはいつも式典用のローブを着ていくよ」
「ああ、よかった。ぼく、ろくな服を持っていなくて......」
「着飾るよりも、学院生らしく制服で行くのがいいと思う」
「うん、わかった」
アナスタシアの入ったグラスをストローでぐるぐる撹拌しながら、悠璃先輩が頷いた。
「レアチーズケーキ、いただこうか。せーの!」
「いただきます!!」
「うーん!美味しいな、これ、タルトなんだね」
「そのほうがいいかなって。僕が勝手に選んだ」
「このベリーも美味しいよ」
「ノエル先輩、会報に載せるお写真を一枚よろしいですか?」
「あ、別に構わないですよ、写真くらい、お好きなだけどうぞ」
「ありがとうございます!」
悠璃先輩が立ち上がったと思うと、小さなトイカメラで色んな角度から写真を撮りだした。
「笑顔、下さい!」
そう言われてスピカは、ぎこちなく微笑んだ。
「フォークを銜えたところも、一枚!」
「ん、こんなかんじ?」
「いいですね!素晴らしい......ありがとうございます!この写真たちは次号、特装版に使わせて頂きます」
「落ち着け、悠璃。座ってケーキ食べて」
そんなに大きいタルトではなかったので、ぼくのお腹にも難なくおさまった。
「ところで今日のお夕飯はなんだろう。さっきからいいにおいがする」
「なんと、ミートソースパスタですよ」
「やった!!麺に刻んだパセリがまぶしてあって美味しい!」
「あとはじゃがいものオムレツと、小鉢にささみとブロッコリーのハニーマスタード和え。デザートのグレープフルーツのゼリーも美味しそう」
「素晴らしすぎる」
「完璧だ」
「じゃがいも大好き。うれしい!」
「いっぱい食べる」
「えい、えい、おー」
「まあ、僕に任せて。奪い合いになる前におかわりを確保する」
やや重めのメニューだなあと思った。みんながよろこんでいるから調子を合わせてにこにこしたけど、食べ切れるかどうか心配だ。ささみとブロッコリーのハニーマスタード和えだけで充分。パスタは、少しでいい。じゃがいものオムレツなんて確実に胃がもたれる。ゼリーはたくさん食べたい。
「エーリク、大丈夫?」
難しい顔をしていたのだろうか、リュリュが僕の手をぎゅっとにぎってきた。
「うん、平気だよ。ボリュームがある献立だから、みんな喜ぶだろうなあって」
「エーリクは少しずつ、取り分ければいい」
「みんなが食べる量が異常なだけだよね、僕が普通だよ」
「すきなものを無理せずたべればいいんだよ」
みんなが優しく笑ってくれたので、ちょっと救われた。
「ケーキ食べたばかりだけど、みんな動ける?」
「僕は平気!」
溌剌と言い放ち、立ち上がって、使った食器類を隅っこに重ねておく。ママ・スノウにありがとうございましたと告げて、僕たちは食堂へ向かった。
「珍しいね、エーリクがダウンしなかった」
「レアチーズケーキなら無限に食べられるんです。おいしい。だいすきで」
そう言いながらテーブルに人数分のレモン水をついで回る。今日は僕と蘭がレモン水係だ。
「周りのペースに振り回されないようにね、それそれそれー」
とん、とんと、セルジュ先輩の魔法により、お皿たちがやってくる。今日はややスピードを落としているようだ。
「エーリク、ゼリーをどうぞ」
「ありがとう!」
ロロが深めのガラスのグラスに、ぷるんぷるんとにげまわるゼリーを器用によそっている。
「みんなで分けて食べましょう」
「しかし本当にロロは愛らしい」
「わー!!ミートソースパスタがきたよ!」
オムレツも小鉢も僕らのテーブル目掛けて飛んでくる。
セルジュ先輩が手加減しないので、僕らはめいめいいただきますといって、猛然と皿をからにしはじめた。
「天使たちのファンクラブもあったりしてね」
「たしかに」
「わー!!ゼリーおいしい!!」
「あまずっぱい!」
「いくらでもたべられるね」
リヒトたちが暴走し始めた。ぶるんぶるんとすごい弾力でふるえるゼリーを、とんでもないスピードですくい、口に運んでいる。僕は呆然とした。ついさっき、チーズケーキを食べたばかりだというのに。
「ご馳走様でした」
完食して行儀よく手を合わせた悠璃先輩にならって、僕もご馳走様でした、と言ってレモン水をごくごく飲んだ。
「悠璃先輩も飲みますか?」
「......」
「悠璃、先輩?」
「あっ、す、すみません......スピカ君のあまりにも美しすぎる佇まいをみつめていました」
「重症だな、これは」
セルジュ先輩がレモン水のポットを手前に引き寄せると、洋盃にそそぎ、そっと悠璃先輩の前に置いた。
「ぼくはさかなだ」
「だめだこりゃ......」
「壊れちゃった」
「ああ、そうだ。悠璃先輩。良かったら気分転換におれと一緒ににわとりごやの掃除しに行きませんか?たまごも取れるので」
「勿論!です!!そしてそのお姿、写真に撮らせていただいてもよろしいですか?」
「はい、どうぞ。ただかなりの大騒ぎになりますのでそんな余裕があるかどうか。あとはにわとりがこわがるので、フラッシュはたかないで下さい。すべて悠璃先輩の頑張りにかかってきますよ。みなさん、ちょっと、いってきます。悠璃先輩、どうぞ」
立ち上がり悠璃先輩の隣に立つと、腕をさしのべた。悠璃先輩はぶら下がるかたちでスピカとともに去っていった。
あっというまにグラウンドに出たかと思うと、にわとりごやへと駆けていく。
「始まるぞ」
ふたりが鶏小屋に足を踏み入れると、にわとりがスピカという危険因子に対してものすごい勢いで攻撃しはじめた。わああああと叫びながら悠璃先輩がにわとりごやから飛び出してきた。
「怖い!!こわいよ!!!!」
スピカは平然と掃除を続けている。リボンを鶏に奪われ、鎖骨あたりまで伸ばしてある髪がぼさぼさだ。
「ぼくはもどります!」
「じゃあ、このたまご、そこのバケツに入れて持って帰ってください」
「はい!確かに受け取りました。大切な役目、果たします。お写真ありがとうございました!」
「いえいえ。ノエル先輩に渡してください」
僕とロロが走って玄関の方へむかった。
「悠璃先輩もかみのけぼさぼさ!怪我はないようですね」
「ローブにいっぱい葉っぱが……なんとかします!」
ふたりで悠璃先輩を囲んでぐるぐるまわったら、ブルネットの髪はつやつやしだし、ローブもしわひとつ無くなった。
「きれいの魔法、です」
「たまご、いっぱいとれましたね」
「スピカの写真は撮れましたか?」
「お陰様で......ぼくもすごくがんばったけど怖かったです。すごいんですよ、にわとりのつめ。痛かった……」
「ぼくはにわとりがだいきらいです」
「英雄の帰還だぞ、讃えたまえ……あ、大丈夫ですか、悠璃先輩」
「スピカくん!!嗚呼!!髪ふぁ、あああ」
「すぐに結い上げます」
「櫛はこちら、」
「鏡はぼくが」
すぐに、ぼさぼさだった髪が艶を取り戻した。ローブを協力してはたいて、くしゃくしゃにあとが着いてしまったのを真っ直ぐに仕立てあげる。
「結い上げてるところを撮らせていただいても……?」
「あはは、いいですよ。俺でよければ、サービスしますので、どうぞ」
スピカがモスグリーンのリボンを軽く銜え、細い両腕で髪を持ち上げている。
「尊い!!!!尊い!!!!」
「どうでしょう、いい感じにとれましたか」
髪を結び、眼鏡をクロスで拭いている。そのさまを、じっと見つめている。
「……撮って良いですよ、遠慮せずに。何しろおれ公認だからなあ。でも同じ部屋の一年生や、友達の契りを交わしたみんなへの迷惑は、絶対かけないことを約束してください。問題が起こったら、その時点でよろめき隊!は解散させます」
「分かりました。その旨、今月号にスピカ君からの有難いお言葉コーナーを作ってしっかり書いておきます。幸い、スピカ君によろめき隊!のメンバーには常識人しかおりませんが、念の為、直々にそういうおことばがあったと書きます。ありがとうございます!!」
いうなり、ぱしゃん!とシャッターを切る音が聞こえた。
スピカ、凄いなあとおもいながら僕たちは写りこまないよう食堂へと戻った。
「おかえり!あ、バケツみせて。わあ、たくさん。お菓子作りに使うからいくつか欲しいなあ」
うみたてたまごでつくるお菓子、絶対美味しい。そしてみんなで一緒にテーブルを彩る時、ぜひノエル先輩のお菓子をティースタンドに飾りたい。
優しい先輩が仲間になってくださったし、たのしいことがたくさん起こるなあと思っていたのだけど、実はその直後、災難にもあったりした。
それはまた、別の話。

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