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チョコレートリリー寮の少年たち 学院創立記念日⑦

その時だった、扉をどんどんと、叩く音がした。その後ベルが五回鳴る。
「眞宮ー!あけてー!!」
僕らは顔を見合せて、いっせいに扉へと向かった。黒蜜店長に違いない。
「先程ぶりです、黒蜜店長!」
鍵を開けて扉を引くと、黒蜜店長が店内になだれ込んできた。
「もう!あかりは漏れているのに鍵がかかっているものだから、強盗にでもはいられたのかと思ったよ。先程ぶり。結局寝ないでチェスをしていたよ。クレセントが眞宮に宜しくだって。どう?仕事の方は」
「適当に頑張ってる感じ。驚かせてごめん!約束してたティーハニー、持ってきてくれたのかい?スモーキーフォレストが、すっごく好評」
陸さんがスツールからおり、黒蜜店長の手を取った。
「やあ、黒蜜。お疲れ!!ねえねえ、一杯やろうよ」
「いいね!陸、今日はどのくらい飲んでるの?」
「テキーラをショットで10杯ほど。まだまだ飲める」
「ぼくといい勝負ができるね、」
「真宵はさっさと戦線離脱したよ」
「黒蜜が飲むなら、ぼくも飲む」
真宵店長がカウンターにうつ伏せて言う。
「無理するなよ」
「大丈夫だもん」
「こういうところ、本当に双子だなって思うよ。言動が似すぎてて面白いね」
「おもしろくないよ。いっぱいだけほしいな。乾杯したらもう飲まないから」
「はいはい、じゃあ大人はテキーラで乾杯!チョコレートリリー寮のみんなはなにがいいかな」 
「エルダーフラワーの曹達水割りがあったらいただきたいです」
「うん!ぼくものみたい!」
「お願いします」
「エルダーフラワー?」
「リュリュも、きっと美味しいって言うと思います!」
「じゃあ僕らはそれでお願いします。みんな、いいよね!」
「はい、了解!未森も、エプロン脱いで客席の方へ座っていいよ。お疲れ様!きみが摘んでくれたパイナップルミントが役に立つよ」
「ありがとうございます!よかった。裏庭、ミントが群生していますね。歩く度、爽やかな香りが立ってとても楽しかったです。その中から、パイナップルミントだけを選んで収穫してみました」
「良い仕事をする子を雇ったね」
黒蜜店長が手を叩いて未森くんを褒めたたえた。確かに、骨の折れる作業だったに違いない。
「いえいえ、僕なんて全然、まだまだで……いつも眞宮店長の真似事をしているだけです」
「素直に褒められていいと思うよ。誰かさんの口癖だね」
グラスにがらがらと氷を入れ、ドリンクを作りながら眞宮店長が声を立てて笑った。
「……ありがとうございます、恐縮です」
「なんだい!どこでこんなにいい子を見つけたの?」
「いつも来てる千早や斗和たちいるでしょ、あの子たちの中から発掘したの!客商売に向いてるなあって思って」
「なるほどね……」
エルダーフラワーのジュースをカウンターに置くと、未森くんがさりげなく配っている。
「黒蜜店長、まずはレモン水をどうぞ。僕も、いただくことにしよう」
テーブルの隅にあったレモン水をグラスに注いでわたしている。黒蜜店長は目をぱちぱちさせて、にこりと笑んだ。
「ほら、気が利く!!」
「いえいえ、空腹でテキーラは危ないので……眞宮店長、冷蔵庫に舞茸としめじのブルスケッタの具材を作っていれてあるのです、ぜひ、出してさしあげてください」
「そんなことまで!」
「あっ、すごく簡単なので、大したことじゃないんです」
「いつの間に……ありがとう、未森。たすかるよ。これはごほうびをあげなきゃいけないね」
「丁度よさそうなパンがあったので、つくってみました」
「よし、これかな?細長いの……これも船便で来た異国のパンだ。薄くスライスして焼けばいいんだよね」
「はい、そしてガーリックバターも作ってあるのでそれを塗ってください。ガーリックを塗って、バターも塗ってってすると、手間ですし、つくりました」
「ええっ!!すごい!!」
店内にいた全員が、一斉に未森くんを見た。視線が集まって照れてしまったのかほんのり頬を上気させている。
「とんでもない子だな……」
「わ、あの、たいしておいしくないかもしれません。あまり期待はしないでください」
「楽しみだ」
オーブンのスイッチを入れて、冷蔵庫から具材を取りだしレンジで温めている。
「柚子の香りがするね」
「はい!柚子胡椒を使ってさわやかに仕上げてみました」
「ブルスケッタって、トマトを使ったレシピが多いけど、そういう東の国の作り方もあるんだね」
「そうなんですよね、ほかにも、フルウツを使ったものもあるんですよ、クリームチーズとはちみつに合わせるんです。次はそれをご馳走しましょう」
「そんなことを話している間にできたよ。みんなで食べて、それから乾杯しよう」
「召し上がれ」
「いただきます!!」
元気よくみんなでブルスケッタをつまむ。一口、かじってみた。柚子の香りと舞茸の旨みがぎゅっと凝縮されている。しめじの歯ごたえもたのしい。ガーリックバターも柚子胡椒の香りと絶妙にマッチしている。とてもおいしい!!
「すごいですね、未森くん」
僕が感嘆のため息をもらす。皆しばし無言でブルスケッタをかじった。
「これは誰のレシピなのですか?」
「えーっと……」
「エーリクです」
「エーリクくん……これは創作料理が好きな父のレシピなんです。八割失敗するんですが、二割は絶品なんですよね」
「あはは、なるほど……でも、これは本当に美味しい。ねぎの風味もいいし……」
「酒飲みにはたまらないな!さあ、乾杯しようか!」
「乾杯!!」
皆で揃って声を上げ、ぐびぐびとグラスを空にした。
「このブルスケッタにテキーラがまた合うことといったら……」
「最高だよね、ぼくなんだか感動しちゃった」
「実はもう一種類、作ってあるんです。ここのお店、大勢集まることも多いので、常備菜みたいな感じでつくりおきしたんです。店長、良かったら使ってください」
「いいの?うれしい!!えっと、これかな……」
「赤い蓋のタッパーです。生ハムとイタリアンパセリをマリネにしました。ゆでたまご、スライスしたものが近くの緑色の蓋のタッパーに入っています。全部乗せて、ハーブソルトとオリーブオイルをかけてください」
「かっこいい……未森くん……」
リヒトがひとみをきらきらさせて未森くんを見つめている。
「やるな未森、すごいじゃないか」
「陸が人を褒めるなんて、珍しい。明日あたり脳天に雷が落ちたりして死ぬんじゃないかな、僕……」
「俺だって内心すごいなって思ってること、たくさんあるよ。言わないだけ」
「もう、ひねくれ者!」
「だって俺が急に素直になったらそれはそれで気持ち悪くない?」
「……まあそれは、そうだけど」
「だろう?」
「でも、僕、嬉しかった。ありがとう、陸」
「おい、あんまりくっつくなって」
この二人にもどうやら物語がありそうだな、と思ったけど、尋ねるのは無粋だなと思ったので黙っていた。
「はいはい、いちゃついてないで席について。できたよ!!」
「わあい!待ってた!!いただきます!」
黒蜜店長があしをぱたぱたさせて、早速ひとつつまむ。みるみるうちに頬がほころんで、ふにゃっとわらった。
「これは……うちの店でも出したい……降参。レシピ教えてください……」
「美味しい!!このマリネ、どうなってるの?!」
「えへへ、喜んで貰えて嬉しいな」
「もう!このたまごも程よく固茹でで、マリネがとにかく美味しいね、未森くん、いい仕事しすぎ!」
「もうだめ……」
ロロがうめいて、ソファに横たわっている。すぐにリュリュが駆け寄り、様子を見ている。電池切れか、と一瞬ひやっとしたけど、すぐに上半身を起こした。
「しあわせのかたまり……これはしあわせでできています」
「眞宮、負けていられなくなってきたな」
「そうなんだよね。最近よく思う。片腕が有能すぎるんだ」
未森くんは首を横に振った。とんでもない、と続けて、熱っぽく語り出した。
「僕はひとつのことに一生懸命になりすぎてしまって、店長のようにマルチタスクで動けません。たとえば、お客様とお話をしながら色んなものを作ったり、表情でどのメニューをおすすめするか、探ったり……そういう能力が僕にはないんです。尊敬しています」
「上から目線な言い回しになってしまうかもしれないけど、いい関係だね」
「でも、本当にそうなんです。僕は将来、お店を持ちたいと思っていて……店長のもとで働かせていただいてることが、確実に糧になると思うんです」
黒蜜店長と真宵店長が顔を見合せた。
「一つだけアドバイスする。まじめにならないこと」
「本当にその通り、道楽くらいがちょうどいい」
「そうなんですか?」
「うん」
「店長まで!」
「この三人、ちゃんと食べていけてるから、その言葉、信用していいんじゃない?」
三つ目のブルスケッタに手を伸ばしながら陸さんがいう。
「お前は少し硬すぎるんだって、もう少しルーズに生きていい」
「じゃあ適度に」
眞宮店長が未森くんのかたをたたいて、でも、と話し出した。
「君のそういう几帳面で誠意のあるところを、僕は買っている。気を遣える優しい子だよ。ここも、まだ勤めだして間がないし、緊張するのは当たり前さ。覚えなきゃいけないことも沢山あるだろうに、こうしてこっそりブルスケッタの支度をしたり、立派だ」
「よかった!余計なことをしたかなって、ちょっとどきどきしていたんです」
「ぼくには絶対、つとまらないしごとです」
「僕も無理だなあ」
ソファ席でじゃれていたロロとリュリュが、脱力したような口調で言って、脇腹をくすぐりあっている。
「そんなわけで君はすごいんだよ」
「嬉しいな……ありがとうございます」
スピカが胸ポケットから懐中時計を取りだし、おっと、と声を上げた。
「最後の周回バスまであまり時間がない」
僕は取っ組み合いをしているロロとリュリュを抱き起こした。
「帰るよ!ほらほら、支度して!もう、二人ともローブがくしゃくしゃ……」
「はーい」
「忘れ物はない?」
「大丈夫そうです。眞宮店長、黒蜜店長、真宵店長……未森くん、陸さん。楽しいひと時をありがとうございました。黒蜜店長、クレセント店長によろしくお伝えください」
「ぼくはもう少し飲んでから帰るよ……帰り道わかる?」
「おれはしっかり記憶してあります。真宵店長、帰り道お気をつけて」
僕はお代をまとめて貯金箱へ入れて、また!と頭を下げ、真宵店長と握手をして肩を抱き合った。
「こんな特別な場所を教えてくれてうれしかったし、すごくたのしかった。ありがとう」
「スタンプカードは、スピカくんに持っていってもらおうかな」
「任せてください。では、おれたちはここで失礼します」
僕らは手を振りながら、店の外へと出た。すごく寒い。もう秋がやってきてしまったのか。ローブの上に羽織るケープが必要だな、と思った。
「一気に寒くなったなあ」
スピカが呟いて、リュリュの手を引きながら手を上げて、向こうからやってくるバスを停めてくれた。
「よかった、空いてる。ロロ、あと少しだけ頑張ろうね」
うとうととし始めたロロを背負い、乗り込む。学院創立祭は、瞬く間に終わってしまった。楽しかったな、と思いながらロロを席に座らせた。
「お人形みたい」
リュリュがくすくす笑い、ロロのほつれかかった髪を撫でた。
「ピン、取れちゃうな、回収しておこう」
「そっとだよ、そっと。起きちゃう」
「わかってるって。任せて」
癖がついてますますふわふわになったロロの髪を弄りながら、スピカがにこにこわらう。
「本当に髪質が妹とそっくりだ」
「ぼくらの眠り姫。かわいいね」
「本当に」
いつまでなら、彼を背負ってあげられるのだろう。きっとすぐに、僕より背が伸びる。ロロはきっと誰よりも、身長が高くなりそうな気がするなあと思いながら、陶器のような頬に触れた。
寮までは十五分くらいの道程だ。僕とスピカは、疲れて眠ってしまったロロとリュリュの面倒を見ながら、チョコレートリリー寮を目指した。
「よし、降りるよ」
僕がベルを鳴らすと、するするとバスはスピードをゆるめ、静かに止まった。
「ありがとうございます」
パスケースを見せ、ロロを背負う。
「リュリュ、おれの背中へおいで……あはは、エーリクはいつも、電池切れのロロをこんな気持ちで背負っていたのかなって、親にでもなったような気分だよ」
「ところで、リュリュは何号室なのかなあ」
「えっ、知らなかったの?リュリュは君たちふたりと同室だよ。今日工事が入ってるはずだ。オールドミスが不思議な魔法を使って、もう一人分のベッドと勉強机、搬入してるはず。荷物は確か、お師匠様のリアムさんだっけ、あの方が仕立てたパジャマが届くの楽しみなんだって、嬉しそうに言ってたよ」
「えーっ!!!!」
リヒトにそう告げられ、僕は嬉しい悲鳴をあげた。ますます寮生活が楽しくなりそうだ。
「リアムさん、いつもぐったりしてる印象だけど、愛弟子のためならって頑張ったんだろうなあ。今晩は僕のパジャマを貸してあげよう」
これから二人分の着替えをさせなきゃいけないのかと思っていると、僕の気持ちを汲んでくれたのか、ふたりが静かに笑い声を漏らした。
「ぼくらも手伝うよ。部屋、行ってもいい?」
「うん!ありがとう、たすかる……ふふ、リュリュも、すっかりスピカの背中がお気に入りのようだね。かわいい。モノクル、気をつけて外さなきゃいけない」
部屋に入ると、ふわりと甘い香りがした。
「ママ・スノウがパピエダルメニイを炊いてくれたんだ、きっと。随分広くなったな……一体何者なんだろう、ママ・スノウは」
ロロをベッドに座らせる。自力で座らせるのが難しそうだったので、横たわらせてローブを脱がした。
「ごめんね、ちょっと触るよ」
ボタンをぷちぷちとはずしていく。一番低い位置にあった棚から、ワンピースのようなナイティをとりだし、起こさないように頑張って着せる。この作業にも、随分慣れた。
「よし、眠り姫、おやすみなさい」
「手伝って!うまくいかない!」
リヒトがこっちこっちという。パジャマを一着持っていって、肌着姿のリュリュに着せる。
「お見事」
「さすがロロで慣れてるだけはある」
「ふふ……二人も眠り姫を抱えることになってしまった。朝が大変そうだ」
「まあ大変なら呼んでよ、隣の部屋だし」
「うん。気にしないで頼って。それじゃ、またあした。楽しい一日だったなぁ。二人とも、本当にありがとう」
「こちらのせりふさ。おやすみなさい」
「おやすみ。また明日ゆっくり語り合おうね」
ぱたん、と扉をしめて、二人は部屋へと帰っていった。
あっというまに過ぎ去った夢のような時間や思い出に思いを馳せていたら、急に眠気がやって来て、そのまま僕は、とろとろと眠りへと落ちていった。

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