見出し画像

チョコレートリリー寮の少年たち 学院創立記念日③

「きみたち、なにを飲む?あ、リュリュ。ここの店学院と契約してるから500Sで飲み放題食べ放題だから。お代はこのロボットの形をした貯金箱に入れてね」
「安すぎるよなあ。俺もマグノリアで学びたかったよ。まあ、チェリースノーストーム学園では製菓のことを勉強できたのが今役に立ってるし、何より黒蜜と出逢えた」
「さらっと惚気けるな……クレセントみたいな大人からはすごく稼がせてもらってるから、採算はとれてる!あと、この店のコンセプトなんだけど……軽く説明するね。ぼくがいま腰にひっかけてあるキッチンクロス一枚、転がってるくるみボタンや鉱物、ガラス玉、今君が座っている椅子、何もかもが全て商品。素敵だなって思うものを見つけたら、安くお譲りするから見せてね。リュリュ、何となくわかった?」
「はい!!とっても、素敵です!!僕ずっと、ベッドと友達だったから、こんな世界が広がっているなんて……知りませんでした。病気が良くなって本当に嬉しい。どうぞよろしくお願い致します」
「そんなそんな、固くならないでいいよ」
「ねえ、真宵店長、リュリュにとびきり最高なジュース出してあげて。少し落ち着こう。それから、僕はいつもの」
「はいはい」
「あっ!おれ、ちょっと変わったものが飲みたいです。そんな無茶振りをしてもいいですか?」
「ぼくもー!!ここにしかないものが絶対あるはずなんです、隠してても、わかります」
真宵店長がやられたなあとつぶやいて、洋盃を五つ冷蔵庫から取り出した。
「これ滅多に手に入らないから、きみたちだけ、特別だよ」
「なんだろう、えっと、エルダーフラワー?」
リヒトが身を乗り出して瓶に書かれたラベルを見つめている。
「うん、エルダーフラワーっていうハーブのジュース。全く癖がないし、マスカットみたいな風味で……とても美味しいよ。まあ飲んでみなよ」
アイスピックでまるくけずった氷を、からん、とすずしげなおとをたてて洋盃におとす。シロップをそそぎ、曹達水で割り、軽く撹拌してからチェリーとセルフィーユを乗せて提供してくださった。優しく受けとる。ゆびさきが、かすかにつめたさでぴりっとする。この曹達水の季節も、もうじきにおわってしまうのだ。かなしいような、切ないような気持ちになる。
「いただきます!!」
僕たちはいっせいに飲み始めた、それはもう、猛然と。
「美味しい!!」
リュリュが高らかに声をあげて、頬をほころばせた。
「ほんとうだ、癖、全然ないです……ふふ……」
ロロも嬉しそうにふにゃっと笑っている。
「僕、これマスカットのジュースだよって言われたら信じちゃうと思う」
「おれも!何の疑いもなく」
「全く同感」
「真宵!!俺も飲みたい」
真宵店長はにやにやして、クレセント店長のおでこをつついた。
「まずお腹になにか入れて」
「うーん……じゃあエーリクと同じでいつもの」
「はーい、ちょっと待っててね」
「エーリク、いつものってなあに?」
「まあ出てくるまでのお楽しみ。気になったらぜひ頼んでみてごらん」
「あ、やられた、業者が大荷物搬入していったな、ぼくでは退けられないや。ちょっとクレセント、手伝ってー」
「了解」
僕らの肩をぽんぽんぽんぽんぽんとリズミカルに叩きながら、クレセント店長が厨房へと入っていった。
僕らはこそこそ声を低くして話す。リュリュにも知っておいてほしかったことだ。
「えっとね、真宵店長には双子の弟さんがいて、星屑駄菓子本舗の店主の黒蜜店長って言う方なんだけど、黒蜜店長とクレセント店長はお付き合いしていて……いろいろ複雑なんだ、そのあたり」
「おとなのれんあい、です」
「そうだね、僕らにはまだ未知の世界さ」
「ふふ……みんなが楽しいのが一番です。これはあくまでも理想だし、上手くいかないかもしれないけれど……ぼくはそういう世界が到来することを望みます」
「そうだね、僕も同感だ。僕らだけは優しさをうしないたくないよね、みんな」
「うんっ!!」
「ですね!!」
「おうよ!!」
「僕も!!」
「おまたせ、まずはエーリクから、前失礼するね、」
「うっわあ!!今日も美味しそう!!」
ミートボールにマッシュポテト、コケモモのジャムが乗ったプレートと、ふかふかの香草パン。そしてお皿がもう一枚やってくる。旬の野菜が綺麗に並べられた皿の真ん中にはアルミホイルで包んであるグリル料理……今日は一体何だろう。
「お疲れ様、クレセント。ありがとう。約束通りエルダーフラワーのジュース出すよ」
「今日のメインはなあに?」
「銀鱈ときのこをハーブソルトでシンプルに包んで焼いた。バターがきいてて美味しいはず。身がふっくら焼けていると思うよ」
これは確実に香草パンをおかわりするなと思いながら、音を立てないようにカトラリーを並べた。
「召し上がれ」
「いただきます!」
ミートボールにジャムをつけて、食べる。ああ、やっぱりこの味だよね……と、僕はしばしのあいだ、無言でミートボールを食み、嚥下するのを繰り返した。
「最高だよ、真宵店長……本当においしい。いつたべても、ブレてなくて安心する。この味なんだよなあ」
「そ、そんなに美味しい?ぼく毎日食べてるから飽きちゃったよ、うれしいな、ありがとう」
リヒトが身を乗り出して、右腕をぴんっとのばした。
「ぼくも、いつもの!おねがいします!」
全員からいつものコールが湧き上がる。真宵店長が照れくさそうにお辞儀をして、少し待っててねと言って厨房の奥の方へあるいていく。
「ジャムを取りに行ったんだよ、奥の棚にしまってあるんだ」
クレセント店長がそう僕たちに教えてくれた。うっすら頬を赤く染めて、転げ回るミートボールを一生懸命フォークで突き刺している。ジャムをたっぷり絡めてささやいた。
「反則ものの美味しさだな……」
僕はアルミホイルを破り、海と山がもたらした奇跡の糧の香りを堪能した。銀鱈ときのこなんて、美味しくないはずがない。薄く切られたレモンが乗っていて、バターの主張をうまく相殺している。くどくなくて、さっぱり。でもしっかり、こくを残したこの料理、絶品だと思った。
「あっ……もうこれは、レギュラーメニューにして欲しい……」
「本当にいい香りが漂ってきてる」
「ぼく、いっぱいたべちゃおうかな」
「そうしよう!ロロはミケシュ先輩みたいにかっこよくなりたいんだろう?それなら、もっともっと食べちゃえ」
ロロのほっぺたをふにふにつまみながらスピカがからかう。その様子を見て、リヒトとリュリュもにこにこしてる。レグルスは不思議な場所で、ここに来ればみんなすっかりリラックスして、緊張なんてもう、すぐにどこかへ吹っ飛んでしまうのだ。
プレートがどんどん運ばれてくる。僕は食べ終えたミートボールの皿をカウンターへ置く。次は銀鱈ときのこのオーブン焼きだけど、パンが足りなくなったのでオーダーした。
その時、どすん、と、ドアのあたりから大きな音がした。聞きなれた重低音。間違いなく、黒蜜店長がワゴンを停めた音だ。この時期、お店の外で重たいワゴンを引き摺ってレモネエドやジェラートなどを売って回っているのだ。僕たちも夏の間、随分お世話になった。
「ぼくだよ!開けてー!たいへんなの!!」
「いらっしゃい!黒蜜!」
僕らはいっせいに扉の元へ歩み寄った。クレセント店長が扉を引くと、黒蜜店長が佇んでいた。
頭から服、つま先に至るまでびしょびしょに濡れている。
クレセント店長がさっと僕たちをかいくぐって、一瞬の躊躇もなく黒蜜店長を抱きしめた。すごい身長差だ。
「えーん、えーん」
「一体何があった」
「ブルーライトルームに、ちっちゃなプールがあって、ぼくそこで足を浸してぱしゃぱしゃしてあそんでたの、金魚のおもちゃに紐を括りつけて、それを引っ張ったりして……休憩中だよ!もちろん……」
「うん」
「そしたらはしゃいでた子どもがバケツに水汲んで、びしゃっとぼくにかけたんだ。笑いながら走り去っていったよ……」
「黒蜜!!わー!!!!なんてことだ、風邪ひいちゃうよ、こっち来て。クレセントまでびしょびしょ……とりあえず、黒蜜にはぼくの制服を貸してあげる。クレセントの服、どうしようかな。オーバーサイズのTシャツで良かったら貸す。タオルはそっち。ドライヤーは彼処、ふたりとも、体を拭いて」
「ありがとう、バスルーム、つかわせてもらうね」
「クレセント、ぼくの髪の毛洗って」
「はいはい。甘えん坊」
「……今余計な一言を聞いた気がした」
「気のせいだろう」
「いちゃいちゃしてないではやく!本当に風邪ひく!!」
「はーい!」
ぽかんと一部始終をながめて、またカウンター席に座った。沢山料理が並べられている。
「リュリュ……これまで、大変つらい思いをしていたってきいてるよ、アル・スハイル・アル・ワズンの店主、君の師父にあたるリアムとは小さい頃の同級生でさ。元気になって、本当によかったね。エーリクの友達なら、もう絶対に素敵な子だ。今日はぼくが腕を振るうから、なんでも好きなものをオーダーしてね。とりあえずこのお料理たち、冷めないうちに食べて」
「もうすっかり元気になりました。ありがとうございます!!」
「たくさん食べよう!ね、リュリュ!」
「うん!まずどれから食べようかな」
「おれはミートボールからにしよう」 
いただきます!と手を合わせるなり、みるみるうちお皿が空になる。
「オムレツが……美味しすぎます……」
ロロが心底幸せそうにいう。
「こんなに素晴らしいオムレツを食べたのは生まれて初めてです」
「そこまで言う?!」
どんぐりのような瞳をぱちぱちしている。真宵店長のことはもっと褒めていこう……自信を持ってもらいたい。
「チーズが、入っているのですね。とろとろふわふわで……この半熟かげん、至高です。見た目も可愛いですね。しあわせな気持ちになります」
「ロロは食レポが上手いね、なんだかとんでもないものを作っちゃったようなきもちになったよ」
「いや、実際、とんでも、ないんです!!」
熱っぽく訴えるロロのおでこに汗のつぶが浮かんでいる。僕は机上のナフキンで、それをそっと拭った。
「わぁあ、ありがとう……すごく、汗をかきました。喉が渇いたので、なにかおすすめをください」
「うん、何がいいかなあ……ブラッドオレンジジュースは前回飲んだよね、じゃあ……コーヒーゼリーの入ってるフラッペはどう?」
「とても美味しそうです!ぜひそれを……楽しみだなあ」
大きな金魚鉢を模して作られたグラスにコーヒーゼリーとカフェラテを流し込み、ホイップクリームをたっぷり絞り上げた。チョコレートのソースをかけ、完成!とロロの目の前に置いた。
「わあああっ!!美味しそう。いただきます!」
「召し上がれ」
「んーっ!!!!!!」
一生懸命ストローで飲んでいる。あまりにもその様子が可愛いらしくてぼくは必死で笑いをこらえた。
「頑張れロロ!!」
そう言ってリヒトがブルースハープを吹きながら、おもちゃの兵隊のように店内を闊歩する。僕は笑いのツボをえぐられ、もう涙目だ。
「そんなにおかしい?」
「変だよ!!やめて!!」
「楽しくなかった?」
「いや、楽しかったけどさ……」
リヒトはおとなしくせきにつきなおした。 
スピカは我関せずといった様子で、背筋を凛と伸ばし、優雅にシルバーを操り食事を摂っている。こういう物事に動じない、どんと構えたところと優雅な所作が魅力なんだろうな……ファンクラブが出来てもおかしくないよねとふんわり考えながら、端正な横顔をそっと盗み見た。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?