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ギフト⑤【チョコレートリリー寮の少年たち】

かくして僕らは無事波止場にたどり着いた。たくさんの露天が軒を並べている。
「すごい、今まさに太陽が沈んでいくところ、奇跡みたい。綺麗な夕焼けです。まるで湯むきしたトマトのようです」
真っ赤な夕日が、嘘みたいなまぼろしをはらんで水平線にきえていく。しばらくの間、僕たちは黙って、ゆっくりその光景に見とれた。
「素敵ですね。僕とレシャはこのくらいの時間から夕飯の支度をはじめるから、こんなに雄大な空、どこまでも広い海にしずんでいくお天道様、ずっと昔に観たきりです。そうですね、坊ちゃんと甚平を着て、遊びに来た時以来」
「坊ちゃん、あまりに美しい光景にこころを揺さぶられて、ぽろぽろ泣いていましたよね。なんて感受性の豊かな方なんだろうと思って、」
「もう!はずかしいからやめて!!」
あっという間に日が暮れ、夕闇が訪れた。そこらじゅうに綺麗なあかりが、灯り出す。
「流星シトロンを買おうか。星あつめをしよう」
「あ!!彼処に藤の籠に入ったものが売っています」
「〈AZUR〉じゃないか!クレセント店長、長身で目立つからすぐわかる。目を惹く方だよね。よし、いこう!」
リヒトが駆け出す。その後を追って、〈AZUR〉の露店へとやってきた。
「こんばんは!待ってたよ、いらっしゃい」
「お、皆さんお揃いで……」
「こんばんは!!みなさん」
「ミケシュ、遊びに来ました」
「やあ、ロロ。ゆめみるプチタルト食べてく?」
「うん!嬉しい。ひとつ下さい」
「あれ、きみたちふたりは……初めて会うよね」
「あっ、僕たちはミルヒシュトラーセ家の使用人で……」
「僕のお兄様になるふたりなので、顔と名前、覚えてください」
「レシャと、」
「ファルリテです」
「俺はクレセント。〈AZUR〉の店主だよ。良かったら、仲良くしてくれたら嬉しいな」
「ミケシュです、改めてよろしくね」
「丁寧に自己紹介してくださって、ありがとうございます」
「こちらこそ」
ぺこぺこ頭を下げあっている。
「流星シトロンをください。藤の籠、かわいいです」
「これはミケシュが作ったんだよ、素敵だよね」
「恐れ入ります」
「クリスマスベア、つぶらなおめめがとってもキュート!お迎えしちゃお。抱っこして歩く!」
「それもミケシュがつくった。ひと月前からクリスマスのためにこつこつと……すごく器用なんだよね、ミケシュは」
「そのくらいにしておいてください」
「お菓子も並べ終えたし、ぼくはテキーラをのむよ。まったく、寒すぎて、冬は嫌いだよ。お酒で体温めないと」
「お付き合いしても宜しいですか、テキーラ」
「僕も」
「ふたりとも、呑むのはいいけど倒れないでね……」
「大丈夫です、とりあえず一杯だけ」
「よし!呑むか!」
ショットグラスにテキーラをなみなみと注ぎ、カットレモンを添えてレシャとファルリテに手渡している。
「メリークリスマスイヴ!!乾杯!!」
「乾杯!!」
大人たちはぐびりとテキーラを飲み干している。大丈夫かなあとはらはらしていたけど、ふわりと笑いあっている。僕が心配することはなさそうだ。
「坊ちゃん、一緒にこうしてお酒を飲める日を楽しみにしています。僕たち、ちょっとした年の差はあるけど……」
「でも楽しみにしています、兄弟、ですから!」
「うん!ふたりは、僕の成長を一番近いところで見つめていてくれたよ。お父様や、鳳にかなわないくらい近くで」
「可愛い!!」
「坊ちゃん!!なんて、なんてことを」
「うわあい!」
感受性が豊かなのは、レシャとファルリテじゃないかなあと思いながら、抱きしめてくる背中をとんとんとたたいて抱きしめた。
「ゆめみるプチタルト、すごく美味しい。こんなに幸せなクリスマスイヴをすごせて、嬉しくてたまらないです」
「僕もゆめみるプチタルト、お願いします。ロロが美味しそうに食べるものだから、つられてしまいました」
「僕もいただきます」
「毎度ありがとう!」
三人の天使たちがほほえみながら、ゆめみるプチタルトをたべている。そして、その様子をスピカがトイカメラで激写している。その様子が本当に可愛らしくて僕もにこにこ笑ってしまった。
「みんな、星集めするだろう?それなら是非、流星シトロンをおすすめするよ。どの露店よりも、〈AZUR〉の流星シトロンがたくさん星をつかまえられるって、売れに売れまくってる」
「じゃあ、お願いします」
「みんな、一本ずつ買おうか」
「そうしましょう!」
「ミケシュは、やっぱりすごいです。ぼく、いつかミケシュみたいになりたいな」
「ふふ、かわいい。おいで」
ミケシュさんがゆめみるプチタルトをたべているロロを、膝に乗せた。
「ほかのどの兄弟より、僕はロロを目にかけているんだよ、忘れないで」
「うれしい。ありがとう。ミケシュはちょっとだけいじわるだなって、おもっていたの。ごめんなさい」
「謝ることじゃないよ。こちらこそ、からかったりしてごめんね。ロロは大切な、特別な弟……このばらみたいな巻き髪、すてきだね。自分でやったの?」
「最初は、スピカがやってくれていたんです。それをぼくが練習して……」
「なんだなんだ、おれの話か」
「スピカはすごいっていうお話です」
「今晩は天使が、ロロ以外にも二人いて……」
「リュリュです!こんばんは」
「こんばんは、良い夜ですね。蘭です」
「わぁ、ほんとうだ。可愛いなあ!」
ミケシュさんがロロとそっくりなほほ笑みを浮かべた。笑った時にほっぺたを美味しそうなりんごいろに染めるのは、フェルシエ家の特徴なのだろうか。可愛い人だなと思った。
「さあ、波止場へいっておいで。そろそろ水上花火が始まる時間だ。たっぷり星を集めて、俺たちにも見せてよ」
「行ってきます!あ、お菓子、お取り置きお願いできますか、ぱちぱちシュトゥルーデルと、まぼろしティーハニー、スモーキーフォレストフレーバーのものを……いちごと流星のブールドネージュ……」
「いちごは間違いないです、旦那様、舞い踊ると思うので。鳳さんも姿には表さないと思うのですが、心の中では狂喜乱舞でしょうね」
「きらきらスコーン……まどろみクッキー……お父様も鳳もクッキー、好きだよね。君たちの分も買っておこう。あと、ほうき星のキャンディー、これはみんな執務中に食べられるよね。あとはきみたちふたりに、鉱石べっこうあめを。お父様が欲しがったら分け合ってね。お願いします、またあとで!」
親友たちがいきいきと、流星シトロンの瓶を肩に抱えて駆け出した。僕は歩を弛めて、ロロとリュリュと蘭、レシャとファルリテの手を繋ぐ。
「大丈夫だよ、ゆっくりいこうね」
その時、ぱっと目の前があかるくなった。ぱちぱちとごく静かな音を立て、大きな火花が散り、海面に落ちていく。不思議な仕掛けだけど、落ちていく時にゆらゆら、やさしい煌めきをのこす。水上花火は派手なスパアク音はしないものの、とても美しい。観客たちがそっとそのさまを見つめ、所々で流星シトロンの瓶を振っている。いわゆる花火特有の騒がしさが全くない。だけど、しずしずとみな、ふしぎなゆめのせかいに導かれてしまう。
「すごい、これは人が集まるわけだ。うつくしい」
「星あつめ、しようか」
「うん!どうやるの?」
「坊ちゃん、教えてください!」
「流星シトロンをかたむけたり、ゆすったりしてごらん。機嫌の悪い星は去っていくけど、根気よく集めるととてもおいしいのみものになるんだ、これは」
「やってみる!」
「うん、うわあ、さっそくひとつ捕まえたよ」
「きれい!その調子だよ!」
リュリュはラッキーだ。僕たちも一生懸命、星を瓶の中に閉じ込めた。
「粋な遊びですね、とても楽しい!!これは旦那様が喜びそう!」
「来年、連れてこよう。きっとお父様、誰よりもはしゃぎながら星あつめをするはずさ」
鳳がやっていてたらちょっと面白いよねと言いながら、僕らは懸命に美しい飲み物を振った。
「見てください!ぼくの瓶、もうおなかいっぱいだと言っています」
「ああっ、じゃあそれはもう振るのをやめたほうがいいよ、破裂する」
「こわいです」
「うん、やめようね。大丈夫だよ、ロロ」
「坊ちゃんが、ほんとうに……大人になられて……」
「ローストビーフをばたりばたりとトーションに落としていたあの頃を思うと……」
僕はぶすっとふくれた。
「レシャとファルリテだってケークサレを散々落としまくって鳳に叱られていたじゃないか、」
「えっ、そんなこと」
「なかったよねえ」
しれっと二人が言う。僕はここはおとなしくしておこうと思った。彼らの出生に関する、重要な問題だと思ったから。
「まぁとにかくいいや、」
僕は杖をひと振りして、仲間たちを中央のツリーへと呼び寄せた。
「エーリク。めざましい成長だね、空間移動魔法……どうだい、星あつめの進捗は。俺たちはすっかり終えてしまった」
「僕たちもおしまいです。〈AZUR〉の露店にまた、立ち寄りましょう。たのんでいたお菓子がたくさんあります」
「水上花火、とても美しかった。また来年も一緒に来ようね」
「うん!勿論さ!」
リヒトがブルースハープを吹きながら、先頭に立って行進する。手を振ってきてくれている人々に僕らもにこにこと微笑みを返しながらずんずんすすむ。クラッカーがぱんぱんと飛んでくる。ブルースハープがあまりにみごとだったので、おひねりをいただいたりした。
〈AZUR〉は大盛況だ。流星シトロンを早めに手に入れておいてよかった。
「ただいま戻りました」
「おかえり、今ちょっと忙しいからうしろの椅子に座ってて」
「はーい!なにか、おてつだいできることがありましたら、なんなりと」
「心強いです、ありがとう」
「こういう時、使用人の血が騒ぐよね」
「わかる、手助けしたすぎて仕方がないよ」
「でも大人しく座っていよう」
「うう、お菓子焼きたての魔法かけたい……」
「でもここはクレセントさんのお店だから、勝手なことしちゃいけないよ」
「ゆっくり待っていよう。流星シトロン、見てもらいたいし!」
「坊ちゃんは、お疲れではないですか」
不意にレシャが尋ねてきた。僕はふるふると首を横に振った。
「大丈夫だよ。レシャとファルリテこそ。普段食べたことのないものをたくさん食べたり、立ち寄らない場所をまわっているでしょう」
「坊ちゃん、優しい!!」
「大好きです!!愛おしい!!」
「なんで?当たり前じゃないか」
きょとんとして、ぱちぱちと瞳をまばたかせた。ごく自然な事だ。
「坊ちゃんー!!!!」
「かわいい!!!!」
「二人とも、大袈裟!!お父様に似たのかな」
「それは、一理あるかもしれないですね……特にファルリテ」
「だって、坊ちゃんが本当にすくすくと成長されている……僕たちはずっとずっと、坊ちゃんのお世話をしてきたのです。兄弟同然に。感慨深いの一言です」
「これからも、大切なお兄様でいてね」
「はい!」
「こちらこそ!」
「だいぶお客さん、はけたなあ。流星シトロンを見せて……すごい、上等な星がたくさん集まったようだね。きっと美味しいよ」
黒蜜店長が淡いあおいろの幻燈に瓶をかざしている。
「今日の星は、レシャさんとファルリテさん目掛けて飛び回ってきたのかな、とても綺麗」
「うれしい!坊ちゃんに誘われて遊びにきて、ほんとうによかった。メリークリスマスイヴ、黒蜜店長!」
「乾杯しようか……ねえねえ、クレセント、テキーラ呑んでもいい?」
「だめって言っても呑むんだろ……みんなで乾杯しよう。あ、お買い上げありがとうございます……作ったのはこちらの星屑駄菓子本舗の黒蜜で……シュガー、ほめられてるよ、ゆめみるプチタルト」
「わーい!!やった!!こんばんは!美味しく召し上がられますように。ハッピークリスマスイヴ!」
黒蜜店長がナイフを駆使しながら檸檬を切っている。
「クレセント、きみも呑むといいといいよ。はい、どうぞ。水上花火が終わってしまったから、だんだんお客様もいなくなってきたね」
「よし、じゃあこの幻燈の下で乾杯しようか」
「ハッピークリスマスイヴ!!」
大人たちは一気にテキーラを飲み干した。檸檬を齧り、幸せそうな顔をしている。僕たちも、流星シトロンをぐびぐび飲んだ。
「流星シトロン、美味しい……!!」
「頑張って星あつめをした甲斐がありました。この遊びはとても愉快だったので、来年は旦那様と鳳さんを連れてまいります!」
「鳳が星あつめ」
鳳が一生懸命瓶を振る様子を思い浮かべて、笑いをこらえた。お父様ならまだわかる。
「鳳さん、可愛い方ですよ。びしばし叱られて育ったと思うので、そんな印象はないと思うんですけど、先日はカレーのにんじんを綺麗に避けて食べていました。苦手だそうです」
僕はこらえきれず思いっきり笑ってしまった。
「鳳、僕と食事をとる時は、よけずに食べていたよ」
「それは坊ちゃんの手前、そういうわけにはいかなかったのでしょう。堪えて食べたのだと思います」
「鳳さんはプロです。いつもすごいなあって思っていて。見習わなきゃなあ」
「きみたちだって立派だよ」
「ありがとうございます、坊ちゃん。まだまだ畏れおおいです」
流星シトロンを飲み終わる頃には、すっかりムーンライトフェスタの会場に静寂が訪れた。
「素敵なひとときでした。ありがとうございます。ここにいる……えっと、あの、みなさんのおかげで、素敵なクリスマスイヴになりました。来年もまた、はしゃぎましょう」
「本当にたのしかったね。‪ああ、眠くなってきちゃった。ぼくたち、一足先に寮に戻ります。ありがとうございました。皆さんにビッグラブを捧げます」
ノエル先輩が両手いっぱいに腕を広げた。
「みんな、掴まって。取り置きしてもらっていたお菓子を買って寮に帰ろう」
「僕たち今日は坊ちゃんのベッドで一緒に寝たいな。だめですか?そのまま素晴らしいチョコレートリリー寮の朝食、食べたいです」
「かまわないけど、ベッド狭いよ?朝食はいい案だと思う。みんなで食べようか」
「わーい!!」
「では、また!」
「ミケシュ、またね」
「うん、よしよし。本当に、王子さまみたいだな」
「よし、いこう。明日はいよいよクリスマス。楽しく過ごされますように!」
ぱぁっと光が散って、次の瞬間には部屋にかえってきていた。
「まとめて109号室に転送した」
「すごい!これだけの人数を一度に……」
「ノエル先輩、ありがとうございます!さあ、ちょっと杖で実家と交信してみましょう。お土産を届けて、喜ぶお父様が見たい。あと今日はふたり、泊まっていくって伝えなきゃね」
僕はふわふわと杖でミルヒシュトラーセ家の家紋を描いた。
「わーっ!!!!!エーリク、こんばんは!!!!メリークリスマスイヴ!!!!ご学友や、先輩方まで!!!!ハッピークリスマスイヴだねー!!わーっ、花かんむり!!かわいい!!抱きしめたい!!」
「お父様、こんばんは!今日も元気はつらつ……」
「旦那様!坊ちゃんがお土産を沢山買ったので、今送ります、ノエルさん、お力添えいただけないでしょうか」
「任せて」
ぱちん、と指を鳴らし、つま先でとんとんとステップをふんだ。するとお父様の前に、みるみるうちにお菓子のタワーが完成する。レシャが杖をひと振りすると、お土産たちがきらきら光った。
「わーい!!!!やったー!!!!ありがとうね、とってもうれしい!!」
「こんばんは、エーリク坊ちゃんとご学友の皆様。旦那様は少し落ち着かれますよう」
「落ち着けだなんて無理な話じゃん」
「もう、仕方がありませんね……」
「鳳、なにかご馳走でも作った?」
「はい、旦那様リクエストのシフォンケーキや、ピーマンの肉詰め、それから……ティースタンドに沢山お菓子をつみあげて、ティーパーティーをしましたよ、二人で」
「たのしかった?」
「うん!!とっても胸が踊ったよ。サングリアも飲んだの」
「今日はなんとふたりでキッチンに立って色々拵えたんですよ。素敵な一日でした」
「私はクッキーを焼いたよ」
「珍しいフレーバーのティーハニーを手に入れたりもしましたので、そこの袋の中に……あとプチトマトを……冷蔵庫に入れてください」
「ええっ、いやだよプチトマトなんて」
「好き嫌いをしない!!!!」
鳳の雷が落ちた。僕たちは顔を見合わせ、くすくす笑った。
「美味しく調理しますから、旦那様、安心なさってください。カラフルで可愛い、フルウツプチトマトですよ」
「プチトマトなんて実を結ばなくていいのに」
呪いの文句を言う。ぼくはまあまあと場を収めた。
「まあ、なんとかなります」
「適当に言わないでよ、エーリク。由々しき事態だよ……」
「私は楽しみにしておりますよ、プチトマト」
鳳が可愛いことを言ったのでにやにやしてしまった。
「あと、お父様。僕とレシャとファルリテ、兄弟になる契りを交わしました。正式にです。お父様や鳳がとめても、僕はこの二人を兄とし、愛する覚悟を決めたんです。でも、」
そこで言葉を選ぼうとしたところで、お父様がみるみるうちに笑顔になる。鳳も微笑んで、ゆっくりお辞儀をした。
「反対するわけないじゃないか。契りなんて交わさなくても、兄弟同然でしょ」
「旦那様……!!」
「嗚呼……!!ことばに、なりません」
「どうかエーリクを宜しく頼むよ、私からも二人にお願いしよう」
「ありがとう、ございます!!」
「嬉しい。旦那様、僕らのこの小さなペンダントをご覧下さい、Milchstrasse、と、名前の横に刻印して貰うといいよと言ってくださったのです」
「それはよかったね、いいなあ、そのペンダント。帰ってきたら、よくよく見せてね」
「今この瞬間、この宇宙で一番幸せな人間は、ぼくとファルリテだと断言できます」
「末永く、よろしくお願い致します。ミルヒシュトラーセ家、万歳!」
「今日は坊ちゃんの部屋に泊めていただいて、朝ごはんを食べたら帰ります。チョコレートリリー寮の学食はめちゃくちゃ美味しいって大評判なんです」
「うん!たくさん美味しいものを食べておいで」
「はい!旦那様」
「……あの、鳳さん。邸宅のこと、おまかせしてしまってごめんなさい」
「なにも問題はありません。たっぷり遊んできてください!レシャとファルリテに圧倒的に足りていないものは、遊びです」
「御屋敷で働くのもすごくたのしいですよ、花瓶や窓をふいたり、お花を生けたり、庭園を整えるのも愉快です。あとは、なんといってもご飯やお菓子を作ってお給仕したり……天職だなって思っています」
「ふふ、帰ってきたら山ほど仕事が待っているよ。何しろ私は君たちふたりが作る紅茶のパウンドケーキとスイートポテトに飢えているからね」
「わーい!うれしい!!」
「では、もうすこし二人をお借りしますね。お父様、鳳、おやすみなさい。そして、お母様にもよろしくお伝えください」
「はぁい!本当に楽しそうで羨ましいなあ……じゃあ、またね!おやすみ!!」
「おやすみなさい」
「うーん、ミルヒシュトラーセ家最高」
「僕ら、ミルヒシュトラーセ家で育てていただいて、本当に感謝しているんです」
「僕も君たちと兄弟同然で育ってよかったなって思っているよ」
ぼくはふたりのその次の言葉をふうじこめるように、バスタブにお湯を勢いよくためだした。ここから先は、かなり重い話になる。いまのところ、僕たち三人だけの秘密だ。
「バスボムがあるよ、どれがいい?真宵店長にいただいたんだ」
「ローズとジャスミンがいいな」
「すごくいいかおりだよね」
「じゃあ今晩はこれで。かわりばんこで入ろう。ぬるくなったら魔法で何とかしよう。本当に最高のクリスマスイヴ!!」
「お背中流しますよ、坊ちゃん」
「うん!じゃはぼくはレシャとファルリテと入る」
「あーっ!エーリクとられちゃった!!」
「今日はエーリク争奪戦がすごいな!」
ノエル先輩が笑いながら僕の肩に手を乗せた。
「愛されてる、ってことだぞ。よかったな」
愛されてる、そのことばを静かに心の底へと落とした。これってすごいギフトだ。僕は与えているつもりでいた。でも、与えられてるのは、僕だった。メリークリスマスイヴ。みんなにほんとうのさいわいが訪れますようにと祈りながら覗いた窓辺に、雪が降り積もっていく。

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