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レシャとファルリテのうっかりと少年たちの秘密①【チョコレートリリー寮の少年たち】

土曜日のつめたいあめのふる、朝。
先日、お正月にみんなで出かけた時に、レシャとファルリテが僕に、お父様からの手紙をうっかり渡すのを忘れていたとの詫び状が、今朝、白薔薇の豪奢なブーケと共に枕元に届いていた。まだロロとリュリュが眠っている午前七時、僕は邸宅と交信する。
「おはよう、みんな。エーリクだよ」
「坊ちゃん、おはようございます!」
「今三人で、本日のミーティング中です」
「エーリク坊ちゃん、おはようございます」
「ああっ、ごめんね、邪魔しちゃった」
「話はおおかた終わっていますので、大丈夫です。今日も適度に適当に」
「明るく楽しく愉快なミルヒシュトラーセ家、です」
「緩くやってね……見事なブーケとお手紙をありがとう。デイルームにいけて貰う。ノエル先輩がお花の扱い、とても上手なの」
「坊ちゃん、ごめんなさい。先日は僕たち、すっかり舞い上がってしまって、お預かりしていたお手紙をつい、渡し損なってしまったんです。一度旦那様に、お返ししました。アフタヌーンティーの際に、旦那様から直接お渡ししたいそうです」
「わかった、楽しみにしていると伝えて」
「旦那様、はやくみんなに会いたいって一生懸命執務にはげんでいらっしゃいますよ。明日、など、皆さんご予定は……」
「多分、大丈夫。黒蜜店長とクレセント店長は」
「明日参加する方向で動いていらっしゃいますが、坊ちゃんたち、いかがでしょう」
「なるほど。じゃあ僕たちが予定を合わせよう。大人がお仕事休むって、大変な事だと思うから。しかも明日は日曜日でかきいれ時だもんね」
「ありがとうございます。黒蜜店長曰く、昼酒あおる余裕はあるから大丈夫とのことです。やったやった!わーい!たのしみだなあ!みんなにあえるよ。色々作りながらお茶を飲みましょう」
「うん!それから鳳、方々に連絡して取り寄せてくれた烏龍茶、本当にありがとう。そのお礼のお手紙を書いたから、僕もアフタヌーンティーの時に持っていくね。きっと鳳は、形に残るようにしたほうが、喜んでくれると思うから」
「感無量でございます、ああっ……」
「鳳さん、泣かないで」
「ハンカチを」
「歳をとったものです、こんなに涙脆くなって……エーリク坊ちゃんが日々成長されていることが本当に嬉しくてたまりません……レシャ、ハンカチをありがとうございます」
「鳳さんは昔から涙腺がゆるいです」
「歳をとったからとかじゃない気がします」
「うう……」
「鳳、大好きだよ、もちろんレシャとファルリテも、大好き!」
「エーリク坊ちゃん……!」
「嬉しい」
「ミルヒシュトラーセ家の使用人やってて、よかった!!」
「私はっ?!」
ばたんとおおきな音を立ててお父様が執務室の扉を開け放って現れた。
「旦那様!!」
「やあやあやあやあ、エーリク!!!!おはよう!!!!私は徹夜明けだ!!わっはっは!!頑張る私のことはっ?!褒めて!!」
「お父様!!おはようございます。お仕事、本当にお疲れ様です。もちろん大好きですよ、お母様はまだ帰られておりませんか」
「うん、いつも九時頃帰ってきて、ベッドに倒れるように横になってねむっているよ、あとはね、魔よけのブローチがいい具合にきいてるみたい。今まで相手をせざるを得なかった小さな悪魔は、怖がって逃げていくほどなんだって。すごく喜んでる。元気でがんばれ私も頑張る!とのことだよ。伝えられてよかった」
「旦那様、素晴らしいお仕事をなさいましたね。明日、お茶会が開けるよう、本当に頑張りました。どうぞ、そろそろ一旦お休みになってください」
「はーい、ねむいねむい」
「本当によく頑張りましたね。はちみつ入りのカモミールティーを淹れてお持ち致します」
「エーリクが、僕も頑張ってるとお母様によろしくお伝えください」
「わかったー」
「まあ、そんなわけでまたね、みんな大丈夫だとは思うけど、きいてみる」
「それじゃ、ゆるゆるまったり」
「はなまるまんてんだね、みんな」
「ありがとうございます」
「また後ほどご連絡差し上げます」
「お疲れ様、じゃあまた、あとでね」
僕は交信を切り、杖を枕元において、またベッドに潜り込んで、二度寝をする事にした。横になるととろとろと眠気がやってきて、僕はそのまま眠ってしまった。

「エーリク、おきて」
「……ん、ううわあっ!リヒト!!」
僕の隣に、リヒトが横になっていた、紺色の瞳をぱちぱちと見開いて、僕の頬に手を当てる。
「ぼ、僕なにもしてないよね?」
「うん、悔しいくらい何もしてこない」
「リヒト、近い!!」
「いいじゃん、たまには添い寝したって」
「入るよー!」
スピカの声が聞こえた。続いて蘭が、はいりますよーと声を上げている。
「あ、リヒト!!そんなところに!!」
「スピカ!!!!たすけて!!」
「エーリクったら、こんなにかわいいぼくがとなりにいても、なんにもしてこないんだよ、おかしくない?」
「いや、その、あの、だって、うわ、そ、そういうもんだいじゃ、ない」
「リヒト、だめ!エーリクはみんなのエーリクだろ」
「ふうん、まあいいや、早く起きて。ちょっとした提案がある」
頬を寄せて囁いて、するりとベッドからリヒトがおりる。スピカがリヒトのローブをはたいてしわを伸ばしながら、言った。
「眠り姫たちを起こしてきて」
「はーい!」
蘭は素直にしたがって、ロロから起こしに向かった。
放心状態のまま、ベッドに腰かけて床を見つめる。
「リヒト!もうあんないたずらはよせよ。エーリクが呆然としてる」
「はぁい」
「ごめんな、エーリク。実はさっきおれのベッドにリヒトが潜り込んできてさ、驚いて相応のおしおきをしたんたけど効いてないな、全くもう」
おしおきの内容が気になったけど僕は何も言わず、次は天井のあかりをみつめた。
「大丈夫か、エーリク」
「う、うん。大丈夫、多分」
「わー!!!!」
リュリュの叫び声が聴こえる。あさからみんなげんきいっぱいだなあとぼんやりしつつ、つぶやいた。
「……みんな、おはよう」
「おはよう、エーリク」
「リヒトがいたずらしてくる!たすけて!!」
「こらこら!!リヒト、だめだろう」
「くすぐってるだけ!」
「エーリク!!」
「きゃああああ」
「だめだこりゃ、収拾がつかない」
「…………みんな、静かに」
僕が胸いっぱいに空気を溜め込んでから、寝起きの低い声で呟いた。さっと、場の雰囲気が一変する。
「ごめん、エーリク」
「……静かに、ね」
「エーリク、あんな声出すんだ……」
「びっくりです」
「みんな、洗面は済ませた?まだの子は、今すぐに」
「このメンバーの中で一番怖いのは、エーリクだということがわかった」
「……怖くなんてないよ」
「リュリュ、早く支度しましょう」
ふたりはぱたぱたとバスルームの方へかけて行った。
「そういえば、アフタヌーンティー、明日催そうかって邸宅と黒蜜店長とクレセント店長が……みんなの予定はどう?」
「特に何も無いよな」
「うん、暇」
「じゃあそのように、みんなで話をしてみようか。黒蜜店長とクレセント店長とも、どこで待ち合わせするとかきめておいた方がいいと思うし」
リヒトが僕のほっぺたを両手で包み込んだ。
「……ごめん、エーリク」
「……ううん、えっとね、嬉しいんだ。でも、とってもびっくりしちゃうから、隣で寝ていい?って聞いてほしいな、リヒトのぬくもり、気持ち良かった。また一緒に惰眠を貪ろうか」
「うん!エーリク、だいすき」
「僕もだよ、リヒトが大好き」
「この二人も可愛いんだよなあ」
「そう?」
「スピカは、頼れるお兄ちゃん!って感じだよね。背も高いし、美しいし」
「おれが美しい?!リヒトの目玉はどこについてるんだよ」
「いや、チョコレートリリー寮の生徒の中で一番色気がある綺麗な人といえばスピカだよ」
「全くピンと来ない」
「何せファンクラブがあるくらいだもん」
「あ、そういえばあのファンクラブ、おれ公認だから」
「え!!」
「そうなの?」
「かげでこそこそされるのは嫌だったから、一通おれが手紙をしたためた」
「やるなあ」
「なんであんなファンクラブができたのだろうか」
「スピカは気づいてない!!しぐさの一つ一つが優雅で」
「品があるよね。普段は猫背気味だけど、ご飯食べる時とか、真っ直ぐに背を伸びしてシルバーを優雅に使うじゃないか。それに、見て。このさくら貝みたいなつやつやな爪」
「うーん、背筋を伸ばして食べるのは、こんなにすてきなものをつくってくださってありがとうございますという誠意みたいなもの」
「僕も背をぴんと伸ばして食べるの真似していい?」
「勿論。背筋正して頂くと、ご飯もスイーツも、喜ぶって、何倍も美味しくなるよって、そう、母におそわってきたよ」
「素敵なお母様」
「ふふ、ありがとう」
みんなのおうちのことが気になった。ちょっとおねだりしてみようかな、と思った。
「みんなのお家の様子も見せてほしいなあ」
「エーリクの自宅を知った後だから無理」
「えっ、なんで!?うちなんか、ただでかいだけだよ」
「そのでかいっていうのがすごいんだよ。鳳さんとかすごすぎるし、レシャさんとファルリテさんもくるくるとパワフルに働いていらっしゃる」
「いつかみんなのお父様やお母様に挨拶させてよね」
僕はスピカの腕をぎゅっと握りしめた。そのまま体をそっと預ける。
「アフタヌーンティー、楽しみだね」
「そうだな!黒蜜店長たちがなにか企んでいるようだけど」
「多分聞き出せないよ」
「ねえねえ、僕ら、あすのアフタヌーンティーのために、スプリングロール作りにチャレンジしてみない?生の、この前屋台で食べたでしょ」
「エーリク、それがちょっとした提案。作ってみよう。エーリクのおうちの皆さんと黒蜜店長たち、驚かせようよ」
「あのスイートチリソースが美味しすぎたやつ、感動したよね」
「ライスペーパーで巻いているんだよ、作るのちょっと大変だけど、頑張ってみようか」
「蘭がくわしいよね」
「うん、まかせて!」
言うなり、どんっと一度だけかかとを鳴らした。テーブルの上に材料が現れる。
「蘭!すごいな!!」
「材料を市場から喚んだ。それから、これは僕の趣味なんだけど大葉。これを入れるとまた全然味わいが変わってくる。ちょっと癖があるから、苦手な人も結構居たりするけど僕は好き。美味しいよ。少しだけ大葉入りのも作ろうじゃないか」
洗面台から戻ってきたロロとリュリュにかわり、洗面台で僕は顔を洗い、歯磨きをすませて、フェイスタオルで水気を拭いた
「いま、見比べつつ良いレシピも喚んだ……だけど、エーリクと鳳さん泣かせになるかも」
蘭がちょっと首を傾げた。
「ええっ、なあに?」
「海老を、キューカンバーとにんじんの千切りと共にまくの。あとサニーレタス」
「あ、僕きゅうり、千切りにしてくれたら食べられるよ。鳳はどうだろう」
「一応、にんじんを抜いたものも、支度しましょう。えっと……その分海老とサニーレタスをどっさり巻き込んだら、鳳さん、喜ぶかなあって」
「大喜びでまた泣くかもしれないよ……」
「鳳さん、感激屋さんですよね」
「昔からあの調子だよ。美味しそうじゃないか、このレシピ。これで作ろう。千切りできる子、挙手!」
ロロとリュリュ、スピカがさっと手を天井へ向けた。三人ともふわっと立ち上がり、キッチンで早速野菜を大量に千切りし始めた。
「頼もしいね。僕たちはライスペーパーをお湯で戻そう。エーリク、ポットのお湯使ってもいい?」
「いいよ!おもしろい!」
「簡単だよ、巻く時にちょっとこつがいるけど、やりかたおしえるね、」
「蘭、よろしくお願いします!」
「剥がれてきた!ちょっと熱いから、みんなはまだ手を出さなくていいからね」
蘭が一枚ずつライスペーパーをはがしては、お皿に並べた。
「乾く前に、作り方教えてほしい」
「うん、ぎゅっと、ぎゅうぎゅうになるくらい具を巻いて」
僕たちは山のように積まれていく野菜の千切りとサニーレタスを、これも東の国のご飯らしいのだけど、海苔巻き、の要領で巻いた。ぎゅっと手前に寄せて、緩まないように!との指示が飛ぶ。僕らは、はぁいときのぬけた声を上げて、一生懸命頑張った。
「うん、みんな上手!」
「特にエーリクのスプリングロール、巻きがぎゅっとしてて食べやすそうだね」
「エーリクは、一度コツを掴んでからの、成長が、目ざましいんですよ。全てにおいて」
「あはは、照れちゃうからやめて!スイートチリソースがあるから、味見しよう」
使い道がなくて困っていたお父様からのプレゼントのスイートチリソース……ようやく使う時が訪れた。パズルのように、ぱちりぱちりと物事ややさしい気持ちが、ここちよくはまっていくのが、縁を感じて嬉しかった。
「せーの!!!!」
「いただきます!!」
みなしばし無言でスプリングロールを頬張った。
「やばい」
スピカが漏らした一言に、僕たちはうんうんと首を縦にふった。
「美味しいとかそういう次元の問題ではない」
「びっくりしたね、ロロ」
「……は、はい!!ぼくどうにかなるんじゃないかとおもいました、美味しすぎます」
「これは、ひとをだめにする」
「危険だね、でもさ、ほぼ野菜だから、ヘルシーでいいんじゃない?喜ばれると思うよ。こうして薄く細く切ってくれたキューカンバー、ほんとうにたすかった。ありがとう。この味ならアフタヌーンティーに胸張って出せるね」
「明日だよね?アフタヌーンティー」
「うん、楽しみにしていよう」
そのとき、ゆらゆらと部屋の真ん中辺りに時空の穴が開いた。
「失礼します」
「皆様お揃いで……あーっ!!スプリングロールが!」
レシャとファルリテが109号室にやってきた。
「レシャさん!ファルリテさん!!これはっ、これは秘密なんです、みないで!!」
ロロが二人をぎゅっと抱きしめた。
「可愛いなあ、天使だ。なになに、君たち全員で組んで拵えたの?」
続いてはリュリュと蘭が抱きしめにいく。
「だめです、忘れてください」
「あはは、可愛いねえ」
「おはようございます!」
スピカがレシャとファルリテと握手をしている。
「おれたちもなにか一品作ろうと思って」
「もうばれちゃったものはしかたないや、座って、二人とも。一口食べていってよ」
味見をしてもらうために、二人の席を作った。暖かいおしぼりを渡すと、両手を拭きながら、じっとスプリングロールを観察している。
「これはこれは、美味しそうだ」
「いただきますー!」
「坊ちゃんたちの手作りだ、嬉しいね」
「スイートチリソースを……うわああああ!!」
「えええええ!!」
レシャとファルリテが悲鳴をあげ始めた。
「な、なにこれ、美味しい!!僕らの料理ををあっさり超えていった……」
「そんなそんな、とんでもないことです。お二人には、かないませんよ」
「ああ、これは本当に美味しいよ。にんじんとキューカンバーとレタスが新鮮で食べごたえがある。切り方が最高にいいです。海老がまた、美味しいこと。綺麗に背わたもとってあって。一つ一つの作業に、愛情を感じますね」
「良かったあ」
「皆さんが心を込めて作ってくださったことがすごく伝わってきます」
「これ、明日邸宅に持っていくね」
「あ、それならば僕たちが今、持って帰ってもいいですか?ミルヒシュトラーセ家の冷蔵庫にはちょっとした魔法がかかっておりまして、いつまでも新鮮な状態を保てるんです」
「あの冷蔵庫、不思議だよね」
「常に出来たてなのが面白いです。先代の使用人が、かけた魔法らしいです」
「それなら、お願いしてもいい?」
「旦那様がつまみ食いしないように鍵をかけておきます」
「……お父様には鳳やきみたちの後を着いて回らないようにと」
「言っても無駄だと思いますよ、さっき、三度ほど雷を落とされたのに全くめげなくて。根負けした鳳さんと一緒になって、洗濯物を干していらっしゃいました」
僕は深く息をついた。
「父がわがままで本当にごめんね」
いえいえと、とても優しい眼差しを僕たちにむけた。
「旦那様はとても愛らしい方です。そういう振る舞いも、かまって欲しくて甘えてるんだと思っています。邸宅には旦那様と一緒に仕事をしてくれる人も、話し相手もいらっしゃらないので、仕方がないんです。たまに、怠けて間に合わない手紙などは鳳さんが筆跡コピーして……二人で執務に励まれることもあるんですが」
「やっぱり毎日、基本的にひとりぼっちで寂しいんだと思うんです。作業を妨害されても、旦那様、可愛いなあって使用人一同、心のどこかで許せているのでご安心を。奥様とは起きている時間が真逆で、最近は会話を交わすことも滅多にないと嘆いておいででした。そこは少々、心配しております」
「そんな事情もあって鳳さんや僕らは、ついつい甘やかしてしまうんですよね」
「君たちがうちで働いてくれて本当に良かった、信頼してるよ。鳳にもよろしくね」
「はい!明日は鳳さんではなく、僕たちが魔法で一瞬で連れていきます」
「楽しみ!」
「そんなわけで、僕たちはこれからビニールハウスに入ってる植物やハーブの面倒を見て……それから今晩、なのですが」
「旦那様と僕たちミルヒシュトラーセ家のみんなで、チョコレートリリー寮の学食へ遊びに行きます」
「い、いまなんて……?」
「たまには、いろいろ投げ出してはしゃごうとの旦那様の計らいです」
いつもお父様ははしゃいでるよね……と心の底で思ったけど、黙っていた。それより、邸宅のみんながおしよせてくると思うと迎えるこちらも少しだけ緊張する。
「旦那様も鳳さんも、楽しみにしていらっしゃいますよ」
「お母様とは時間が合わないか……」
「体力の回復速度が、だんだん遅くなってきていると言っていましたね、よほど過酷なお勤めなのでしょう」
「それならそーっとおいでね。お母様の部屋の辺りにはラベンダーでもいけて、なるべく質の良い眠りを」
「はーい!お皿お預かり致しますね!こんなにたくさん、本当にありがとうございます。はい、レシャも持って」
「じゃあ、また後で!」
レシャとファルリテの姿がみえなくなってから、僕は思いっきり後ろを振り返った。
「お母様は残念だけど、ミルヒシュトラーセ家みんなで来るって!」
「わああ、今日のメニューはなんだろう」
天使が三人集まって献立表を見つめていたら、いきなり立ち上がり、腰の辺りに三人が次々と抱きついてくる。
「ブラウンマッシュルームのデミグラスソースのオムライス!!」
「うれしい!!」
「そして今日はデザートに愛玉子が!」
「オーギョーチってなに?」
「ゼリーみたいなものだよ!ぶるんぷるん。これも東のもの。贅沢だ。檸檬のシロップ漬けと共に供されることが多い。クコの実も美味しいよ。この上に乗ってる赤い実」
「蘭は本当に色んなことを知っているね」
「たまたま家で出されたから知っていただけさ」
「あとはポトフか……オムライスといい、争奪戦が予想される」
「お父様と鳳はともかく、レシャとファルリテがすっごい食べるからなあ。そうだ、アフタヌーンティー、先輩たちも呼ぼう」
「今から人数が増えても大丈夫なの?」
僕は万年筆で机をとんとん、と叩いた。
「問題ないよ、ミルヒシュトラーセ家には魔法がかかっているから。急な来客があったとしても、みんな万全にこなす。そんな不可思議なことも、なぜ出来るのか今後、おはなしするね、あ、とりあえず朝ごはん食べに行こうか」
「よし!今日はフレンチトースト!あと、シーザーサラダとはちみつ入りのジンジャーエール」
「最高だな」
花束をだきしめ、しっかりと鍵を鍵をかけて廊下に出るとノエル先輩、サミュエル先輩、セルジュ先輩が駆け寄ってきた。
「おはようございます!」
みんなで一礼してほほえんだ。ノエル先輩が、もうちびっこ扱いしなくなったスピカの肩を抱く。
「一年生のこと、宜しくな。任せるよ」
「はい!大切に大切に、それはもう大切に……しております」
「おおー!!エーリク、その白薔薇の花束なあに?すごいじゃないか!」
てくてく歩きながら、デイルームのところまできた。僕は一旦歩を止めて、ノエル先輩にお願いしますとブーケを手渡した。
「レシャとファルリテがくれました。枕のそばに置いてあったんです」
「わー、これはすごい。俺、ぱぱっと飾ってきちゃう。ちょっとだけ待ってて」
デイルームにある大きな花瓶にヴィス水を充たし、白薔薇を生けている。ヴィス水には植物を長持たさせる作用があるのだと、以前話して下さった。
「完璧じゃん」
おおきくぱんっと手を鳴らしてサミュエル先輩がつぶやいた。
「やっぱり三年生、すごいね」
「僕たちもいつかノエル先輩のようになれるのかな」
「こんなの、初歩!」
「ノエル先輩への道は長く険しい」
「きれい!!」
「はい、おしまい。棘が綺麗にとりのぞかされていたし、レシャさんたち、やさしいなあ」
「自慢のお兄様です。さあ、フレンチトースト、食べに行きましょうか」
「うん、きっとまた奪い合いがおこるよ」
「セルジュにお願いする」
「任せた」
食堂までのみちを、ゆっくり、静かに歩く。
「本当に寒くなってきたな」
「ちびっこたち、風邪をひかないように気をつけて」
サミュエル先輩がロロと手を繋ぎながら言う。
「ロロ、もみじみたいな可愛い手をしているね」
「綺麗な表現。さすがサミュエル先輩」
学食に近づく度に、ふわふわといい香りが漂ってきた。
「はやく、いこう!ぼくはフレンチトーストを五枚食べるつもり」
「何だって」
僕は目を見開いてリヒトを見つめた。
「あれはほぼ飲み物だから。エーリクはシーザーサラダを沢山食べなよ」
「うん……そうさせてもらうよ」
「ぼくのトングさばきをよくよく、みていてください」
「ロロも心強いなあ。こんな時はあの忌まわしいトングも、たくさん掴めるからいいよね」
「ふふ、まかせて」
「みんな、そんなことを言ってるけど、僕が魔法で何とかするよ」
そうだ、セルジュ先輩がすごいことをうっかり忘れていた。
「いきなり魔法を使うのはずるい気もするからおかわりのぶんだけにしよう」
「そんなに変わらない気がするんだけどなあ、まあいいか」
食堂につくと、リヒトがスピカと手を繋いで、席を確保している。
「ぼくたち、この当たり一体の席取りをするから、ご飯はみんなに任せてもいい?」
「助かるよ、すぐ戻るね」
「ぼく、レモン水の洋盃を取りに行ってきます。先輩方、エーリクたち、座っていてください」
「ロロ、逞しくなったなあ」
「本当に。なんだか感慨深いよね」
「……そうだ、先輩方、明日の日曜日、なにか予定があったりしますか?」
「特にないけど、なんで?」
「僕も進路決まったし、暇」
「どうしたの?」
「あの、明日、実家のアフタヌーンティーにあそびにきませんか?いつものメンバーに加え、星屑駄菓子本舗の黒蜜店長と、〈AZUR〉のクレセント店長もおいでです。賑やかな方が楽しいので、ぜひ」
悠璃先輩が首を傾げた。
「いいの?ミルヒシュトラーセ家の負担にならないだろうか」
「いいえ、父の暇つぶしにお付き合い頂く形になるので、こちらとしては是非ともお願いしたいのです」
「ありがとう。僕まで招いてくださるの?エーリクの家、なんだか凄そうだね」
「セルジュ先輩、ぜひ遊びにいらしてください。あと、夜、学食にうちの人がみんなで来るって言ってたから、よかったらご一緒させていただいてもよろしいですか?」
「もちろん!」
「ただいまー、みんな!お皿受け取ってください!」
「洋盃も!お願いします!」
こちらの席めがけてどんどんお皿が飛んでくる。セルジュ先輩が不思議な歌を口ずさんでいる。その旋律に乗ってふわりふわりとお皿が飛んできては、机上に着地する。
「ちょっとだけ狡しちゃったけど、まあいいよね。みんな、食べようか」
「みんな、お疲れ様!朝ごはん、いただこう」
全員が着席したタイミングで、ノエル先輩が洋盃を掲げた。
「いただきまーす」
「リヒトたち、すごい量積んできたね……」
「できるならセルジュ先輩の手を煩わせたくないから」
「エーリク、小皿をこちらへ。サラダをよそいます」
「あ、ありがとう。助かるよ」
「うん、今日もとっても美味しい。バニラの香りがすごい」
「この黒い点々あるだろう、これ多分バニラシード」
「なるほど、香りだかい」
すごい勢いでみんなが目の前の糧を胃袋の中へ収めている様子を見ていたら、僕はなんだか、おなかいっぱいになってしまった。悠璃先輩も、よく食べる方だ。あんな華奢な体のどこにこれだけの量が入っていくのだろう。残さず食べたけどおかわりするのはやめておこうと思った。
「もう動けない」
「背負ってやるさ」
「あれ、めずらしい。エーリクが動けなくなるなんて」
サミュエル先輩がレモン水を飲んで僕の顔をのぞきこんだ。
「苦しい」
「大丈夫か、エーリク、ちょっとエーリクを部屋までおくる。誰かあと一人、ついてきてくれないか」
「ぼくが。しんぱい、です」
真っ先にロロが声を上げた。僕はおれいをいおうとしたけれど、声にならなくて、何度か頷いた。
ロロが僕の手をふにりふにりと握ってくる。小さくて暖かな手のひらを、額に当ててくる。
「熱は、ないですね」
「じゃあエーリク、ロロ、ノエル先輩に掴まって。飛ばしてあげる。109号室だよね。僕らもあとから向かう」
セルジュ先輩がたちあがり、杖をひと振りした。きらきらと星屑が舞ってローブを揺らす。たちまち僕たちは、109号室に戻ってきた。僕はいつの間にか部屋着を着せられ、ベッドに横になっている。
「……ごめん、なさい」
「気づいたか、エーリク、どうしたんだ。最近よく実家と交信するから疲れが溜まっていたのかな」
「エーリク、大丈夫ですか」
ロロが泣きだしそうな顔をして、ぎゅっと手を握ってくる。僕も力なく握り返す。
「心配、しました、後で他のみんなも、顔を見に来ますよ。おみず、飲みますか」
「冷蔵庫にお茶がはいっているからもってきてくれるかい。ロロ。きみが飲む分と、ノエル先輩の分もお願い」
「気を遣わなくていい。夕飯には、ミルヒシュトラーセ家の皆さんが来るんだろ、今日は、それまで横になっていればいい。みんなここに集うだろう。人徳だな」
「エーリク……いる?」
「リヒトとスピカが来ました。招き入れて良いですか」
「うん、ごめんね。そのお茶は自由にみんなで飲んで。ロロ、配膳を頼むよ」
「はい!こういう時は、頼ってください」
僕はふうと深く呼吸して、頷いた。
「エーリク、大丈夫?ただの食べ過ぎ?」
「きみが体調を崩すなんて、珍しい。心配したよ」
「うん、リヒト、スピカも、ありがとう」
リュリュと蘭、サミュエル先輩とセルジュ先輩がそっとこちらを伺っている。
「あはは、みんな入ってください。今日はちょっと僕、食べすぎたみたいです。ロロの電池切れみたいなものですよ。休めばすぐに元気になります」
「良かったぁ……」
みんながどたばたと109号室に入ってきた。ロロが洋盃にお茶をくみ、配って歩く。
「お、このお茶美味しいな、いいかおりがする」
「東の国のお茶です。ほうじ茶、ですね」
「ママ・スノウの苦い薬を飲まされずすんでほんとうによかった」
「セルジュ先輩、ありがとうございます。助かりました」
「いえいえ、今晩は折角みんなでディナーだし、明日きみの家に招待していただいているから、なんとしてでも元気になってもらわなきゃ。胃に効くハーブがあるけどのむ?一発でよくなるけど、飲んだことを絶対口外しないと約束してくれるなら出すよ。みんな共犯者ということになるからね」
「セルジュ先輩、何者……」
「僕は薬を扱う一族の者でさ、でもこれ、ママ・スノウの許可を得てないからうっかり見つかったら叱られてしまう。【反省の部屋】送りにされたくないだろう。だから秘密にしてくれる?ここにいるみんなに、お願いしたい」
「うん、もちろん」
「絶対いやです、彼処だけは」
「このメンバー、約束は守るよ。その点は大丈夫さ、ちゃんとわかっている」
「ん、じゃあエーリク、体起こして、ぎゅっと右手をにぎれる?」
一瞬、右手がぽかぽかした。ぱっと手を開くと、手のひらに、小さな錠剤が乗っかっていた。
「お茶、あげて。本当は水の方がいいけど」
「あぅ、う、じゃあ、ぼく汲みます」
「手伝う、ロロ、だっこ」
「僕も!!お水触る!冷えた手でほっぺた触ったら、きっと気持ちいいはず」
「こんな事態でも天使たちを見ていると癒されるね」
僕がそう言うと、所々から微笑みが溢れる。
「ごめんなさい、心配をかけてしまいました」
「気にするなよ、困った時はお互い様だろう」
「おみずです、エーリク」
「ありがとう、じゃあ、飲んでみますね」
ごくごくと飲み込んだ。味はさっぱり分からなかったけど、ミントのような香りが遠くでする。ヴィス水みたいな感じだ。
「どう?」
「……本当だ、胃もたれみたいなのが一瞬で去っていった、びっくり……」
「よかった!エーリクが、具合悪く、なっちゃって、ぼくすごくしんぱいでした。いつもこのようなしんぱいを、ぼくもかけていると思うと胸が痛みます」
「セルジュ先輩、ありがとうございます……ロロ、気にしないでいっぱいはしゃいで。きみは軽いから、全然大したことじゃない」
僕の枕元に突っ伏して、ロロが泣き出すのを我慢している。
「天使泣かせたくない!!!!おいで」
ロロがふわりと舞い上がり、僕の膝に乗った。
「えへへ、エーリクが元気になったから、泣きません」
「僕もお膝乗りたいな」
「いいよ、おいで」
「僕も乗っていい?」
「リュリュもおいで」
「おいおい、エーリクは病み上がりだからな。無茶を言うんじゃないぞ」
ノエル先輩が窘める。リュリュがころんと、僕の隣に寝転がった。
「大丈夫です、この子達、重力を操っているからとても軽いんです。羽根みたいなんですよ」
「エーリクのほっぺた触る」
「ひゃあ、つめたいな蘭!!こんなに冷やして……大変だ」
「このベッド一帯、なんだかきらきらしてるな」
「本当に。でも、元気になってよかった」
「こういう時生まれに感謝するよ、しがらみもおおいけど」
「みんな苦労人だなぁ。俺も家飛び出してきたし」
ゆったりと、そうやっておしゃべりして過ごした。胃はすっかり良くなって、僕は心配してくれたみんなを代わる代わるに抱きしめ、ありがとうとお礼を述べた。
みんな椅子やベッドサイド、スツールに腰かける。ロロがすっかり上手になったあやとりの技をいくつか見せてくれた。みんな拍手をおくって彼を讃えた。
「あやとり、面白そうだな。俺もやってみようかな」
「ノエル先輩があやとり!!!!」
天使たちが一言も違えない悲鳴をあげ、そのユニゾンににこにこしたりも、した。
最近は冬も深まり、夕闇がすぐにやってくる。お腹はそんなに空いてなかったけど、軽くなら食べられそうだ。
「夕飯、ポトフ中心に食べていいかな」
「うん、オムライス、おいしいけど、ずしっとしてるもんね」
「玉ねぎを沢山食べたい」
「じゃあ僕がそのように力を働かせよう。まかせて」

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