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【ふくろう通信06】船田崇と「詩誌侃侃」

 九州の出版社「書肆侃侃房(しょしかんかんぼう)」が刊行する同人誌「詩誌侃侃」のバックナンバーを入手した。長財布のような縦長の判型で100ページ前後。3月に出た最新号の38号には12人の同人が22編の現代詩と8本の散文を寄せている。同人の大半は九州在住だが、一人だけ千葉に住む詩人がいる。船田崇(ふなだ・たかし)という。

詩誌侃侃のバックナンバー

 船田は1966年、北九州市生まれ。日本現代詩人会に所属し、これまでに5冊の詩集を出している。38号に載せた3編のうち「あめ色の時間」は夜行列車の旅を描く。ラストは夜明け近くの場面。

 東の空はもう刃を妊んでいた
 満ちては欠ける心臓 予感する子宮
 もうおりなきゃいけなかった
 暗闇の唇が開いても
 今あなたの右手から
 一冊の本が墜ちていくのを
 止められない――

 静謐の中に不穏さを潜ませる。船田の詩集『あなたが流星になる前に』(2018年)が西日本新聞の文化欄「西日本詩時評」で<心のたゆたいとためらいが巧みに醸しだされた一冊>と評されているのも納得できる。

滋味深いエッセイ 

 詩誌侃侃は2002年4月の創刊なので、年に1、2冊のペースで発行していることになる。船田は詩にくわえ、エッセイも毎号りちぎに投稿している。いずれも滋味深い。

 25号(2016年)のエッセイ「Iのこと」は、学生時代の登山仲間で脳の病のため若くして亡くなった友人Iの思い出を書いた。Iの死を知らされたのは「僕」を含む2人だけ。もっと深く付き合っていた仲間はほかにいるのに……。思い出したのは、奥多摩ドライブの帰途でIのファミリアが動かなくなったアクシデント。Iを見捨てず車中で長い夜を過ごした2人だけが、死の知らせを受けたのだった。

奥多摩湖

 船田は詩作のかたわら雑誌編集などに携わり、有名人インタビューの経験もある。

 35号(2021年)のエッセイ「肌の温度とタバコの煙」は、好きな歌手との思い出を書いた。駆け出しの頃こそインタビューの仕事は緊張するが、慣れるとなかば無感覚になる。下町が似合うシンガー・ソングライターのNのときも同様だった。しかし、偶然、肘と肘が触れあい、肌の温度を感じた。その瞬間に過去の記憶がよみがえり、「それまで職業的モノクロであった目の前の風景が、色鮮やかな世界に変わった」。その後はまるで新人インタビュアーのようにあがりまくってしまった、という。プルーストの『失われた時を求めて』にある、紅茶に浸したマドレーヌのかけらを口にしたとき一挙に過去の思い出がよみがえったというエピソードを想起させる。五感が理性のふたを開ける瞬間を、鮮やかに切り取っている。

Nとは東京スカイツリーが見える下町で会ったという

詩人とジャーナリスト

 詩人とジャーナリストは似ているのだろうか。昔知り合った政治記者は「記者は詩を読み、書くべきだ」と強調していたし、別の新聞記者も学生時代に西脇順三郎の詩を研究していた。確かに、新聞記事は詩のように短い。一面トップの大型記事だって1000字ほどだから400字詰め原稿用紙で2枚半に過ぎない。そのなかで本質をがっちりと提示してみせるのは詩人の仕事といってもいい。

 船田は30号(2018年)の「言語との出会い」で、「みえない」「はなせない」「きこえない」を疑似体験しながらコミュニケーションをはかったことを報告。ふだん使っている用語や詩的な技巧というものは、いったい何処へ向かっているのかと疑いながらも、一つだけ確信したことがある。それは「書くべきことは、いつも言葉の先にある」。詩人として、あるいはジャーナリストとしての信仰宣言だろう。

船田崇

 では、また。

 

 


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